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「……いいですよ。泣いても。見ませんから。」
「…っ…、……。」
「っお願いします。隠さないで下さい。俺に一緒に感じさせて下さい。」
「……、」
「建前なんて、強がりなんて要りません。 俺は貴女を裏切らない…!」
出ませんでした。話題に。私の事なんて。
貴族の話しや、国の噂話、姉の事…色々話題に上がったのに、私の話しなんて出ませんでした。
私との記憶が無い訳じゃない。私を忘れた訳じゃない。ただ、私の話しをしなかっただけ。
知りたかったんです。
姉の能力を予想しても、貴族の思惑を想像しても、その裏付けが欲しかった。
………だけど何より、彼らが、リューイが私を本当はどう思っているか知りたかった。
皇宮では姉の前だったからとか妄想したり。騎士団長みたいに少しは私を思って抗えているんじゃないかと妄想したり。
結局期待していたのです。馬鹿みたいに。
昨夜リューイの自室を盗聴すれば、何かしら情報を得られると思っていました。
当然、話題に出ると思っていたのです。
私を馬鹿にした言葉や、蔑んだ言葉、憎む言葉。笑い者にされる覚悟もしていました。
だけど、だけど彼らからは私の名前処か存在さえも上がらなかった……!
「――っ。…ふ、」
カイルは私の頭を優しく撫でます。まるで脆い物を触るかの様に。
私はそんなに弱くない!!
そう思っても、カイルの腕から抜け出せませんでした。
「…っく…う、っ…」
カイルは何も言いません。ただ私を安心させる様に、ずっと頭を撫でてくれました。
「…っふえ、っ、く」
どれくらい時間が経ったか分かりません。
数分の様な気もしたし、数時間経った気もします。
私は漸く落ち着き、カイルの服で鼻水を拭いて顔を上げます。
「……ごめん。」
「いえ。」
カイルは優しく笑います。この男はどこまで私に優しくすれば気が済むのでしょう。
「…ずぴっ。シャワー浴びてくる。」
「分かりました。俺も自室で浴びて来ますね。」
頷いてから、バスルームに入ります。
…あーあ。やっちゃった。
男に涙を見られるなんてあり得ません。それも自分に好意を持っている男に。
自覚はしています。
この状況下、カイルにだけ優しくされて、甘く見つめられて、グラグラきてます。ええ。
でもこれは所謂吊り橋効果なのでは?とかも思うんですよね。
…どーなんでしょう。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、もうカイルは居ました。早いな。
「…いま何時?」
「午前6時です。式は正午でしたね。」
「うん。」
「……どうするのか、聞いても?」
ですよねー。私何も言ってなかったし。
「…最初は、式に乱入して国民の前で全部ぶちまけてリューイ達滅茶苦茶に殺してやろうと思ってたけど。」
カイルは当然とばかりに頷いています。…私が言うのも何だけど恐ろしいなあんた。
「…なんか、馬鹿らしくなっちゃった。あんなひとたちに私がそこまでする価値あるのかなって。時間の無駄かなって。」
カイルは黙って聞いています。
「だけど何もなかったかの様に許す事は出来ない。……どうすればいいのかな。」
ポツリと呟きます。そしたら何でかカイルは驚いた顔。
「…なに?」
「あ、いえ…。深衣が、誰かに意見を求めるなんて。…それも俺に。」
最後の言葉と一緒に、カイルは信じられない程甘く微笑みました。
確かに私は勝手に決めて勝手行動してましたからね。
「深衣、深衣が面倒だと、したくないと思う事は全て俺がやりますよ。例えどんなに非道でも、深衣が望んだ通り、全てしてみせます。…貴女は、ただ望むだけでいい。」
カイルは甘い表情のまま、囁く様に言います。
…甘やかしますねー。
「…私は…もう、関わりたくない。顔を見たくない。話しにも聞きたくない。でも、あの人たちが笑っているのは許せない。不幸のどん底に突き落としてやりたい。」
正直な気持ちです。裏切られた相手でも幸せになって欲しい、なんて思えません。
関わりたくない。でも不幸にしてやりたい。
なんて矛盾した思いでしょう。
「分かりました。では不幸のどん底に落とすための種を撒いて来ましょう。…深衣。姉君には貴女がしますか?」
迷った後、頷いた。