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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
8/68

フィオナの森にて

 教会とは愛を育んだ男女が訪れ、人々に自分たちの永遠の誓いを見てもらい、神父に祝福される場所。そこにいる俺はさっきまで幸せに満ち溢れていた気持ちをなくしていた。共に永遠の愛を誓うはずの女性――ヘンリーの亡き骸を抱えていたからだ。

 彼女が身に纏っている純白のウエディングドレスは赤く染まっているけれども、美しさだけは損なわれることはなかった。元々赤という色が似合う彼女にとっていまの姿がよく合っている、というのは不謹慎だろう。

 どうして俺がこのようなことを知っているのか自分でも疑問を抱くことなく、彼女の額にキスを送る。なぜこうしたのか俺自身でさえわからないが……こうしなければならないと本能が告げていた。

 ……おそらくだが、これはいつもやってきたことなんだろう。さきほどしたことは、もう目覚めることのないヘンリーに送るおやすみのキス。意味するのは永遠の別れ。


「どうしてヨシュアたちの幸せを奪うんだよ、リーン」


 怒声を帯びた声が静寂に満ちた教会に響き渡る。視線を声のした方向に向けてみると、明のように髪が赤く、紫色に輝く瞳、鷹のように鋭い目つきをしている男性は誰かと対峙していた。よく見てみると彼の手には一本の剣が握られている。剣は深紅の炎を練り込んだような輝きを放っている。

 彼はいつでも動けるように剣を構え、眼前にいる人物に怒りをぶつける。


「おまえはあいつらの結婚を認めたのに、どうしてこんなことをするんだ!? 答えろ、リーン!」


 彼の目の前にいるのは――


「嘘だろう……どうして、おまえがここにいる……?」


 蚊の鳴くような声で俺は彼女を見つめる。

 漆黒に染まる艶やかな髪は後ろに束ねられ、いつもは人懐っこい笑みを浮かべているはずの彼女は獰猛な微笑みを浮かべていた。そう、俺のよく知る人物――九条鈴音である。


「どうしてだと思うかしら、ヨシュア? それとガウス」


 凛とした声が彼女から発せられたことに俺は、鈴音ではないことに悟る。そうだ。だって、ここは夢。この前見た夢の続きであり、俺がここにいるのはただの偶然である……はず。


「おまえは、ヨシュアを独り占めにしたいからだろう」


 鈴音そっくりの女性――リーンに答えたのはガウスと呼ばれる男性。彼の顔つきをよく観察すれば、俺が抱えてるヘンリーとそっくりだ。まさか、兄妹なのか?


「ええ、そうよ。だって、ヘンリエッタだけのヨシュアになってしまうことが嫌なの」

「だからって殺す必要はなかっただろう!」

「そうね。よく考えたら、ヘンリエッタとヨシュアが結婚してからでも私が一緒に暮らせば、楽しい楽しいハーレムになっていたかもしれないわ。ねえ、そう思わないヨシュア?」


 リーンは期待するように俺を見つめ、女神のように優しく微笑む。そんな彼女にはらわたが煮えたぎっていく。ヘンリーを殺した後に自らの行為を考え直すリーンが許せない。リーンが握り締めている槍は赤黒く光り、刃の先から鮮血がぽたぽたと床に落ちていく。

 あの槍でヘンリーの命を奪った、ということはわかる。けれども、どのように近づいた? 知覚できない速度で接近し、ヘンリーの胸を刺した……? いや、考えても仕方のないことだから忘れよう。

 思考することを放棄した俺はリーンを睨みつけていると、彼女の目元に涙がたまり、悲しみの色に染まっていることに気が付いた。どういうことだ? ヘンリーを殺したことで満足したじゃないのか? 俺が悩んでいる間にリーンが口を開く。


「ねえ、ヨシュア。私を殺して――」


 これ以上闇に肉体と精神を奪われる前に、と言の葉にならない口の動きだけで伝えてきた。リーンはぼろぼろと涙を流し、微笑みながら手を大きく広げる。持っていた槍は地面に放り投げだされていた。

 なにかを察したガウスは俺に任せる、と悔しそうに剣を下ろし、見守るように様子をうかがう。これはやるしかないと決意した俺はヘンリーの亡き骸を抱え、


「すまない、ヘンリー。こんな最悪の結婚式になってしまったことを許してくれ」


 片手を腕を大きく広げたリーンのほうに向け、


「だから、最後の瞬間まで僕と共に戦ってくれ」


 抱えているヘンリーの亡き骸から光の粒子があふれ、彼女の体が消えていく。かわりにリーンのほうに向けた手に光の粒子が集い、徐々にある形に変化していく。それは一本の剣。ヘンリーの髪のように刀身は白く、中心には一筋に赤い線が刻まれている。

 羽のように軽い剣を握り締めた俺は、腕を大きく広げる無防備なリーンに向かって飛び出す――。






「ぐぅ……」

 勢いよく上体を起こしたおかげで腹部に痛みを感じ、思わずそこを抑える。ぬるっとした感触が身体に巻かれた包帯の上からでもわかり、動いたおかげで傷口が開いたようだ。

 痛ぇとうめいた俺は二日連続で見た夢にうんざりとしていた。昨日は大切な人であるヘンリーを殺され、今日は彼女の命を奪ったリーンが俺に殺して欲しいと頼む。

 ただ殺して欲しいではなく、訳ありのようでもあった。ガウスと呼ばれる男性はなぜか明そっくりで、彼はリーンが俺に命を差し出す理由を知っている素振りだった。夢のくせに妙にリアルだよなぁ。ヘンリーの温もりや、あのときに感じた感情。それに、あそこにいたのは俺じゃなくてヨシュアと呼ばれる男性。まさか……俺の前世の記憶がいまごろになってよみがえった、というオチはないだろう。

 くだらないことを思考していると、ドアをノックする音が聞いた。礼儀正しく二回叩き、こちらに入ってきたのは目の下にくまができている恵美だった。

 いつもはストレートに伸ばしている髪は寝起きのようにばさばさに乱れ、トレードマークである花のかんざしすらつけていない。とりあえず、声でもかけるか。


「おはよう、恵美」

「おはよう、吉夫くん……え?」


 目を大きく見開かせた恵美は信じられない、という顔をする。


「どうした? まるで幽霊に会ったみたいな顔じゃないか。うおっ」


 からかおうとしたら恵美に押し倒され、俺の胸に顔をうずめた彼女は子供のようにわんわん泣く。心配かけてしまった、と罪悪感を抱いた俺は安心させるように抱きしめる。

 しばらくすると、泣き疲れた恵美は穏やかな寝息を立てて夢の世界へ旅立つ。

 それにしても……女の子に押し倒されるって、巴以来だよなぁ。



  ◇  ◇  ◇



 二時間も馬車で揺られ続け、ようやく着いたのはフィオナの森と呼ばれる場所。そこには数え切れないほどのテントが並び、俺と恵美をここまで連れてきたノルトは駐屯場であると説明してくれた。先にここへ来た明たちがいるテントまで向かおうとしていたら、いきなり眼前に巨大な壁が立ちふさがる。驚きながらも、それをよく見てみると人間であった。

 短く切り込んだ栗色の髪、彫りの深い精悍な顔つきをした男性が現れた。彼は服の上からでもわかるほど筋肉が鍛えられあげ、歴戦の戦士という雰囲気を与える。しかも、なぜかひげがM字型。


「ヨシオ様、メグミ様。こちらが――」


 固まっている俺たちにノルトがその人について語ろうとすると、男性が手で彼女を制する。ぴたりと口を閉ざしたノルトは耳をおさえた。その直後に雷鳴の如く男性の声が響く。


「よく来てくれたヨシオ殿にメグミ殿! 私はユグドラシル現国王であるギースだ」


 名乗ってくれたのは現国王ことギースで、彼は黒騎士とはどのように戦ったのか聞きだそうとする。

 どうしてこうなったのか、少し前のことを振り返る。







 恵美が泣き疲れてから三時間ほどぐっすり眠り、彼女が目覚める頃にドアからノックが聞こえた。それなのに恵美は俺の上から離れようとはせず、幸せな表情でえへへと微笑んでいた。


「失礼します、ヨシオ様」


 銀色に輝くトレーを片手に入ってきたのはメイドのノルト。彼女は黒騎士と戦ったのにも関わらず、傷一つも負ってはいなかった。


「怪我のほうは平気でしょうか?」


 心配するノルト。


「大丈夫、これぐらいなんともないさ。ノルトのほうは無事か?」

「はい。黒騎士は一切ワタシに手を出すこともなく、逃げていきましたよ」

「そっか。なあ、ノルト。背中から翼が生えてきたのは……」

「おそらく血が足りないせいで幻覚でも見たと思いますよ?」


 幻覚……だったのか? ノルトの背中から純白の翼が生え、勇敢に黒騎士に向かっていく姿は幻だったのか? 考えても仕方のない、と俺はこのような結論を出すことにした。血が足りないせいで幻覚を見てしまい、ノルトは勇敢にも黒騎士に立ち向かった、と。


「さて、ヨシオ様。あなたが倒れてから一日は過ぎましたことを伝えます。そのせいで心配で一睡もできなかったメグミ様は、いま現在幸せな表情でヨシオ様の胸元で微笑んでいますね?」


 切れ目を鋭くさせ、俺の胸元にいる恵美を睨みつけるノルト。すると、うーとうなりながら顔を彼女のほうに向ける恵美。


「いつから私が起きているとわかっていたの?」

「部屋に入ったときからです。――早くヨシオ様からどいてあげてください、メグミ様。彼の傷が悪化したらどうするつもりですか?」

「うっ……」

「それと黒騎士がユグドラシルを攻めるまであと六日しかありません。少しでも時間を有効に使いたいので、ワタシが作ったサンドイッチをメグミ様と食べ、着替えてください」


 トレーを残して去ろうとするノルトに待ってくれと声をかける。無言で振り返るノルトはじっと俺を見つめる。


「まさか、フィオナの森に行くのか?」

「そのまさかでございます。アキラ様とサティエリナ様、それとジュリアスは一足先に向かいましたので。ああ、黒騎士からの伝言がありました。――リーンを殺したのは嘘だ。おまえをやる気にさせるためだったからな、と」

「わかった。――さっさと俺の上からどかないと頬をつねるぞ、恵美」


 状況を理解した俺は、いまだに胸元からどこうとしない恵美に忠告しておく。


「おはようのキスをしてくれるならいひゃいよぉ」


 おかしなことを言いかけた恵美の頬をつね、彼女が昨日風呂場でしたことを口にしてしまう。


「バカなことをしていないでさっさとしろ。ジュリアスの胸を揉んで危うく彼女の貞操を奪おうとした恵美め」

「ど、どうしてそんなことを知っているの!?」

「いいからさっさと上からどけ。おはようのキスはしないかわりに髪を梳いてやるからな」

「うん。ありがとう吉夫くん」


 女性の髪を梳くことぐらい慣れている俺にとって、これぐれいできて当然でもあった。なにせ、巴が髪を梳いてよ、兄さんといつも甘えてきたおかげで上達してしまったのだ。

 





「はあ……」

 過去を振り返っていた俺はいま、ユグドラシル現国王のギースがいるテントにいる。そこで黒騎士とは? とさまざまな質問を浴びせられ、答えることに疲れた俺はダウン状態であった。この間に明、恵美、サティエリナとギースは談笑し、ジュリアスとノルトは彼らの背後に控えている。

 会話に参加するつもりもない俺は改めてテントを見る。


「ここって、なんでもありなんだよな……」


 外見はただのテントであるが、中身はそうではなかった。バスケットボールのコートのように縦に細長く、横は短い。短いと一口で表しても五メートル以上はある。縦なんて十メートル以上ありそうだ。

 ここに入ったときはさすがに驚いた。そんなときに自慢気にジュリアスが、これは姫様が独自に開発した拡張魔法であると聞いてもいないのに教えてくれた。魔法ねぇ……。てっきり、戦闘しか用いないと思っていたけれども、日常でも役に立つんだな。

 改めて異世界に来たことを実感していると、香りのよう紅茶が差し出される。


「ありがと……」


 ありがとう、ノルトと言おうとした俺は固まってしまう。だって、紅茶を差し出してくれたのはノルトじゃなくて、サティエリナ専属騎士のジュリアスだったから。


「どうした、ヨシオ?」


 金細工に輝くポニーテールをしている彼女が首を傾げると、ドキッとしてしまう。凛々しい容姿なのに、かわいらしい仕草をしてしまうジュリアスは心臓に悪い。表情を顔に出すことなく俺は彼女のエメラルドグリーンに輝く目を見つめる。


「んー、のんびりしてもいいかなと思ってさ」

「平気だ。アキラは貴様が眠っている間に魔物と戦い、実戦というものを学んだ」

「へえ、あいつが魔物を。剣術や魔法はどうだ?」

「驚異的な早さで習得していくが、いまだに魔物の命を奪うことにためらいがある。どのように言えばよいのだろうか……そう、詰めが甘い」


 勇者失格である、とジュリアスは俺にしか聞こえないように愚痴る。それには同意するよ、と返して紅茶を飲む。うむ、ノルトとはまた違った味であるがジュリアスの優しさというものが詰まっているからおいしい。

 それにしても……やはり、あの明はここでもありえないほどの速度で習得していくのか。チートだな、あいつ。なにをやらせてもすぐにコツを掴んでしまうからなぁ。さすがは天才明。でも、その天才明でも生物の命を奪うことにためらいがあることは、勇者として失格だよな。


「その件について俺に任せてくれないか、ジュリアス? 俺ならうまく説得できるかもしれないし」

「それはありがたい。ところでヨシオは人嫌いのくせに、なぜ平然私を会話できるのだ?」

「おまえがかわいいからだよ」

「なっ……」


 絶句してしまうジュリアスの顔は完熟トマトのように赤く染まっていく。おいおい、からかっていることぐらいわかってくれよ、ジュリアス。

 後で彼女に右も左もわからない俺たちに親切にしてくれたから、と伝えておくか。……口が裂けても言えないのは、困っている人たちを放っておけないという恥ずかしい台詞だ。


「か、かわいいのか? 凛々しいではなくかわいいのか?」


 完熟トマトから頬がうっすらと赤い状態まで回復したジュリアスに俺は微笑む。


「騎士として凛々しく、女性としてかわいいな」

「~~~ッ!? よ、ヨシオ! いまから貴様と手合わせするぞ」

「照れるな、ジュリアス。本当のことを言ったまでのことだぞ」

「口を閉ざせ、馬鹿者! 表に出るがいい!!」


 テントの外に出た俺たちはギースが声をかけるまで手合わせを続けた。




  ◇  ◇  ◇



「痛ぇ……」

「す、すまないヨシオ。あなたが怪我していることをすっかり忘れていた」

「過ぎたことを後悔してもしょうがないさ、この戦闘狂め」

「う……だ、だからすまないと言っているだろう」


 さっきの手合わせをしたせいか、ジュリアスとの距離感を少しだけ縮めることができた俺はふうと息をつく。背後からじっーという恵美の視線を感じながら、森の中を歩き続ける。

 俺たちがいるのは魔物が巣食うフィオナの森。ギースが俺とジュリアスの手合わせを止めていなかったら、ここにはいなかったはずだ。

 ここに足を踏み入れてから三十分以上が経ち、魔物と呼ばれる生物がいっこうに姿を現さないことに疑問を抱く。ジュリアスの話を聞くかぎり、昨日明たちがここらにいる魔物を倒した、ということで他の生物たちは奥に逃げ込んだ……らしい。


「はあ……」


 ため息をついた俺は森を横断している順番を確認する。先頭は明、サティエリナにギース。真ん中は俺とジュリアス。後衛はノルトと恵美。驚いたのは、姫であるサティエリナが魔法だけではなく剣術もできるということ。いまの彼女は城で着ていたドレスではなく、動き易い格好をしている。なんか……ドレスよりもこっちのほうが似合っているよな。


「どうしたのかしら? 変態野郎」


 俺の視線に気付いたサティエリナは、むかつくことを口にしながらも問う。


「あー、どうして俺たちはここにいるんだろうって思ってな」

「もう忘れたの? あなたの頭には変態という知識しか詰まっていないせいで、こちらの話すら入っていなかったようね。いえ、人語を理解することすらできないかしら」

「……殴っていいか?」

「女性を殴るなんて最低ね。話を戻すと、父上が勇者であるアキラさんの実力を知りたいと理由でここにいるのよ」

「ありがとよ、サティエリナ」


 どういたしまして、と彼女が返すと同時に前にいたギースが動いた。


「ぬんッ」


 とギースが声を出すと同時にぐしゃとなにかが潰れる音を聞いた。先頭にいる彼がなにを潰したのか気になった俺は、なにが起きたのか確かめみる。


「つまらぬ。弱過ぎるではないか」


 右手から滴る赤い液体。視線を下に向けてみれば、頭部が潰れた人型の生物がそこにいた。


「えーと、ギース陛下。ゴブリンを瞬殺できるのはあなたしかいませんよ?」


 明がフォローらしいことをギースに言う。


「そうだろう。我が拳に潰せるものはない!」


 高らかに宣言するギースの声に反応するかのように、ガチャガチャという金属がこすれるような音をどこかで聞いた。気のせいだろう、と一瞬だけ思った俺であるがギースが再びぐちゃと嫌な音を前方で立てる。


「ゴブリンが群れでやってきたぞ、アキラ! おまえの実力を見せるがいい!」

「わかりました! うおおぉッ」


 ギースは拳で、明は剣で目の前に迫る緑色の海に突撃していく。そんな彼らをサポートするかのように、氷姫という二つ名を持つサティエリナが静かに魔法を唱える。


「<氷の(アイスニードル)>」


 彼女の周りに五つほどの氷塊が現れ、先が鋭いそれらにサティエリナは命じる。


「貫け」


 たった一言だけ紡がれた言葉。従うように五つの氷塊は、こちらに攻め込もうとする肌が緑色の生物の頭部を射抜く。

 ばちゃと水が床にぶちまかれるようにな音を立てて、頭部を貫かれた生物たちはまた一匹数を減らす。後ろで恵美が気持ち悪いと呟いていたが、いまは彼女の背中をさすっている場合ではない。

 いまは戦闘中。一瞬でも気を抜けば、死に繋がることだってある。明たちが緑色の生物を倒している間に、俺は彼らから目を離すこともなくジュリアスにあれはなんだ? と問いかける。


「あれはゴブリンと呼ばれる魔物だ。一メルトの身長、緑色の肌、醜い顔つき。個々の能力は低いが、集団で攻められると熟練の剣士でも命を落とす」


彼女も緑色の生物ことゴブリンから目を離すこともなく律儀に答えてくれた。一メルトとは、おそらくメートルのことだよな。

「そうか」

「……ところで、本当に精霊の白狼を倒すつもりなのか?」


 心配するようにジュリアスは静かに俺の覚悟を確かめようとする。


「ああ、黒騎士がどのような意図があるのか知らないが……加護を手に入れることができれば、足手まといにならない」

「……そうか。白狼はこのフィオナの森の奥、聖地と呼ばれる場所にひっそりと暮らしている。もしも、貴様が白狼を倒したら……」

「倒したら?」

「聖地に封印されているなにかが復活するかもしれない」

「考えすぎだろう、ジュリアス。おっ、もうすぐ終わるみたいだ」


 呑気に会話している間に、まっさきにゴブリンの群れに突入したギースが地面を力強く蹴る。彼を見上げるのは呆然としたゴブリンたちと彼らを見下すようにギースは睨む。複数のゴブリンをどのように倒すのか、と思いながら戦闘の行方を見守ると、ギースの右手に黒い光りが集まっていく。それを放つかのようにギースは拳を振り下ろす。


「グラビティインパクト!」


 まっすぐ放たれた黒い光りがゴブリンたちに触れた直後、べこんと地面がへこんだ!?

 いきなり地面がへこんだことに驚きを隠せない俺は、あんぐりと口を開いていた。


「あれは陛下の闇魔法の一つであるグラビティインパクト。拳に込めれば威力を上げ、放つことによって敵を重力で押し潰したり、弾き飛ばすことができる」


 そんな俺にジュリアスが詳しく教えてくれた。すげーな。ギースさえいれば黒騎士と互角に……いや、勝てる可能性は限りなく低い。

 黒騎士は能力である重力。

 ギースは魔法である重力。

 真正面からぶつかっても、どっちが勝つのか想像すらできない。


「どうだった、吉夫?」


 肩で息をしながら明は俺に評価を求めてきた。


「悪い、ギースたちが凄すぎて平凡なおまえのことを見ていなかった」

「ヨシオ。せめてギース陛下と呼ぶがいい。仮にもあのお方は国王であるぞ?」


 消沈する明に代わり、ギースの呼び名について咎めるジュリアス。


「俺がどんな風に呼んでもいいじゃないか、爆乳騎士」

「貴様、私をその名で呼ぶなと何回言えばいいのだ!?」

「いいじゃないか、ジュリアス。細かいことを気にしていると胸がさらに大きくなるぞ」

「どうして胸なのだ!? ――む?」


 俺と言い合っていたジュリアスは何かに気付くと、振り返りながら腰に差していた剣を鞘から抜き放つ。タイミングを合わせたように、剣を振り下ろそうとして血まみれのゴブリンの頭へ吸い込めれるように当たる。驚愕の表情で首を切り落とされたゴブリンが地面に転がり、頭があった場所から血がどくどくと流れていく。


「さすがジュリアス。背後の敵に気付くとはなかなかやるじゃないか」

「そうか? これぐらい当たり前だぞ」

「ああ、命を奪うことぐらい当たり前だよな、明」


 ゆっくりと明のほうを向く。


「今度から、迷うことなく魔物の命を奪えよ」

「……わかった」


 悔しそうに唇をかみ締める明。俺はあいつに見ていないといいながらも、しっかりと見ていたのだ。ゴブリンの命を奪うことなく、行動不能にさせるためにあえて手足を斬っていたことを。そのことを承知していたサティエリナは氷の棘でゴブリンの頭部を潰し、彼のフォローをしていた。

 バカ明に関わっていたらキリがないので、ギースがどうなっているのか確かめてみる。彼は一国の王でありながらも自ら前線に立つ、というのはノルトの話に聞いたとおりの人物だった。

 ゴブリンを潰したさいに浴びた返り血は目立つものの、彼自身には傷がない。ユグドラシルの王のすごさを知った俺は、ノルトに背中をさすられている恵美に近づく。


「大丈夫か、恵美?」

「うん、大丈夫だから心配しなくてもいいよ」


 顔色が悪い恵美には刺激が強過ぎたようだ。俺は黒騎士が自らの目をくり抜いたのを見たせいか、これぐらいのことに動じない……ようだ。


「無理するなよ?」

「……うん」

「今日も添い寝しれやるけれど、あまり強く抱き締めるなよ?」

「わかっているよ。でもね、私が抱き締めるのは吉夫くんの腕だから心配しなくてもいいよ」


 ふと恵美をからかいたくなった衝動に駆られた俺は、こんなことを言ってみた。


「こっちは襲われないのか不安だよ」

「どうして私が襲うの!? 普通、男の子である吉夫くんが私を押し倒すよね!」

「場合によっては逆にあるし」

「うう、吉夫くんのバカぁ」


 恥ずかしそうに頬を赤く染める恵美は俺から視線を外す。


「私を誘うならもっと人気のない場所にしてよぉ」


 と爆弾発言してくれた。

 あっ、周りに明たちがいることをすっかり忘れていた。俺たちの会話は筒抜けだよな。彼らの様子をうかがってみると明とギースは呆れており、サティエリナは冷たい目で俺を見下す。ジュリアスは肩をぷるぷると震わせ、ノルトは耳を両手で押さえている。やべ、ジュリアスが怒るかもしれないと察知した俺は耳を押さえようとすると、


『オオオ――ン』


 狼の遠吠えを聞いた。

 緩んでいた空気は一瞬にして張り詰めたものとなり、俺たちはそれぞれの武器を構える。どこから声の主がやってくるのか予測できない俺たちが周囲を警戒していれば、きゃあと少女の悲鳴が聞こえた。


「待てアキラ、ヨシオ!」


 俺と明はすぐさまに声がした方向に向かって走り出し、ジュリアスの制止すら振り切ってしまう。まったく、人嫌いである俺が誰かを助けようとするのは、全部明のせいだ。こいつが困っている人を助けるのを見ていたせいで、俺は知らぬ間に明の影響を受けたようだ。

 土地勘すらない俺たちがひたすら前へ走り続けていると、急に視界が広がる。木々ばかり並ぶうっとうしい場所から、広場のようになにもないところに着いたのだ。周囲を見渡してみると銀色の髪をツインテールにした小柄な少女が二振りの剣を振るい、眼前にいる狼と戦っていた。

 狼の全身は銀色の体毛に覆われ、目は海のように青い。ただの狼のはずなのに、そこにいるだけで押し潰されそうなプレッシャーが放たれている。気高き百獣の王のような狼。


「行くぞ、吉夫!」

「わかっている」


 それでも俺たちは少女を助けるために狼に立ち向かう。

 

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