剣舞王
村を出てすぐに明と別れ、そこから先は相手と巡り合うまでひたすら前へと歩き続けて、飽きることなく森の静寂を楽しんでいた。
それでも、たまに大きな音がするときには心臓に悪くて仕方ない。
梟の声や虫のさえずり、風によってこすれる葉の音がよく聞こえて、けれども途中で魔物が出ても対処できるように警戒していたが……遭遇しない。
ディーンいわく、たとえ満月の夜でも夜行性の魔物は餌を求めて闊歩していると聞いていたはずなのに、気配すらしない。
いまはそんなことなど気にしてもしょうがないので、やるべき事を成すためにまた一歩踏み出すと――視界が変化した。
森の中にいたはずなのにいつの間に草木が生い茂る草原になっており、夜空には星と満月がよく見える。心地よい風が吹き抜け、草を波打たせてまるで海のように揺らす。
草原には一つの雄々しい樹が生え、そこの根元に誰かが寝転がっていた。間違いない、あそこにいる人物が俺が倒すべき人物――ヨシュアがいる。
ヨシュアのほうに近付いていくと、彼もまた俺の存在に気付いて身体を起こし、ふあぁ……と呑気にあくびをかます。気の抜ける仕草をしながら彼は立ち上がり、俺を見据える。
柔らかな黒髪に柔和な瞳、優し気な外見をしているヨシュアは首をこきこきと鳴らして、黒一色に染まっている紳士服の裾をただす。普通ならば紳士服で戦うとはおかしいかもしれないが、ヨシュアの服は特別だ。あれは、魔法を防ぐ最高級の一品。
ただ、攻撃を受け続ければその効果は失ってしまうが……ヨシュアの剣舞と組み合わせるとやっかいだ。
「やあ、ヨシオ君。こうして出会うのは初めてだね」
にこやかな雰囲気を醸し出しながら、親しげに話しかけるヨシュア。
「そうだな」
「つれないね。もっと親しくしても、僕は構わないのに」
「そっか。いや、ただな、どうやったらおまえの服を破ればいいのかって考えていたところなんだよ」
「あれ? もしかして、君って男色なの……? 戦う前に奥深くまで掘られるのは、さすがに勘弁して欲しいな」
「どうしてそうなるんだよ!? 俺は普通に女の子が好きだよ、阿呆! どうすればおまえの服の効果をなくせるか、考えていただけだっ」
くすくすと笑みをこぼすヨシュアに対して、俺は全力で彼の言葉を否定した。
「まあまあ、そう怒らないでよ。この服の効果は使わないから安心していいよ。ちゃんと決着をつけるから、こんなものは必要ないからさ」
安堵の息を漏らす。さすがにヨシュアとあの服の組み合わせを前にしたら、絶対に勝てない。ヨシュアはなぜ俺が服の効果を知っているのか、野暮なことは訊かない。
ヨシュアの前世である俺は彼の記憶をある程度知っているが、詳しいことまでははっきりとわかっていない。せいぜい彼の戦い方、癖、好きな物、嫌いな物程度。それ以上のことはわからない。
だから、彼の口から告げられた言葉には驚いた。
「あ、そうそう実は僕、魔王の息子なんだ」
「全然似ていないな」
「そうそう、みんな僕が魔王の息子だって知ると毎回君と同じことを言っていたよ」
苦笑するヨシュア。
ザックの顔を思い出してみても、ヨシュアとは似つかない。
俺は彼の言葉を遮ることなどなく、ただ聞き続ける。千年前からずっと死霊の森に縛り続けられ、今日こうして俺という好敵手を見つけ、呪縛を解き離れる前には最後くらい楽しく話し合っても罰は当たらないだろう。
彼とのおしゃべりが終われば、命を懸けた殺し合いが始まる。
「知っているかい? たとえ、魔族に生まれても特定の能力を持たない子供がいることを」
「いいや。もしかして……おまえが、そうなのか?」
魔族については、人と多少異なる外見をしていることと、特殊な能力を持つぐらいしか知らなかったため、寝耳に水だ。
問いかけるとヨシュアは肯定した。
「まあね。魔王の子供のくせに、と周囲から馬鹿にされていた僕だけど、姉さんのリーン、幼馴染のガウスとヘンリーのおかげで何も言われなくなったのさ。姉さんから槍術、ガウスから剣術、ヘンリーから励ましの言葉」
「……」
「まあ、魔法すら扱えなかった僕には闘気しかなかったから。おかげでリーンに徹底的に教えられた踊りが剣舞にも活かすことができたよ」
「なあ、剣舞で訊きたいことがあるか、いいか?」
「あ、予想できているからあえて答えを言わせてもらうよ。君は僕の前世だから自然と闘いの中で踊れるから、そこは感謝して欲しいな」
俺が剣舞をできたのは、ヨシュアのおかげなのか? と問いかける前に言われてしまった俺は口を閉じるしかない。
しばらく無言の時間が続き、寂しそうにヨシュアが微笑む。
そうか、そろそろ始めるってことか。
ヨシュアが短く、来たれ、と喚びかけると、応えるように彼の眼前に一振りの漆黒の剣が姿を現す。魔法を断ち切る魔剣――名を魔殺し。
魔殺しを構えたヨシュアに対し、俺は腰に差してある剣を居合いの体勢で迎え撃つことにした。
「お願いだ、ヨシオ君。僕を倒してくれ」
「倒して、おまえを超えてやる。恵美を取り戻すためにヨシュア、おまえの剣が必要なんだ」
「いい返事をありがとう。行くよ、ヨシオ君!」
「ああ、かかってこい、ヨシュア!」
俺たちは同時に前へ鋭く踏み込み、一瞬で交差し合い、背を向けた俺とヨシュアはまったく同じタイミングで振り返る。俺は剣に雷を纏わせ、ヨシュアは魔殺しに闘気を乗せて――交差。
至近距離で放たれた斬撃の勝敗は、ヨシュアのほうが勝っていた。いくら魔殺しでもさすがに剣に宿る雷までは打ち消すことができなかったことを知りつつ、後退していく。
途中で獣人化を行い、一時的に獣人になった俺はヨシュアの魔殺しを打ち落とそうと接近したのが間違いだった。
ヨシュアの姿が掻き消え、剣は空振りし、両肩に痛みが走る。傷は浅く、腕を動かすには問題がないものの、先ほどのヨシュアには驚かされた。まさか、「すり抜かれる」とは。
「闘気、または魔力でもう一人の自分を作り出して、回避を行う。それが幻影さ。まあ、主に緊急回避のためだけどね」
先ほど見せつけてくれた技について、丁寧に説明してくれるヨシュア。
「やっかいなもんだな」
「君も頑張れば幻影を習得できると思うから、この機会によく目に焼き付けておくといいさ」
お互いに剣を構い直し、そのまま睨み合う。
緊急回避のためならば今度は使う間もなく徹底的に攻めればいいと判断し、首にぶら下げている風の魔導具――イカロスの珠に魔力を注ぐ。
さらに速度を得るために足に雷を纏わせて地を駆け巡り、剣を振るい、宙に形成した足場を利用しながらヨシュアを追い込む――はずだった。
ヨシュアは幻影を使うことなく、また剣は彼に触れることことさえ叶わない。魔殺しでこちらの攻撃を捌き、受け流す。見る者を魅了させるほど、軽やかな足捌き。
忘れていたよ。
おまえは、俺の前世で剣舞ができてもおかしくない。たとえ、速度があったとしても、ヨシュアには通用しないことをどうして忘れていたのだろうか。
「どうしたんだい、ヨシオ君。もしかして、それだけって――」
余裕ぶるヨシュアだが、次にこちらが発動した魔法のおかげで彼の顔は険しくなる。
「だったら、これでもくらえ!」
ヨシュアの頭上から轟音を響かせながら落雷が降り注ぎ、さすがの彼も焦ったのか、魔殺しで打ち消しながら下がっていく。まだだ、ヨシュア。これだけで終わらせない!
剣を握ってないほうの手を前に出して、三メートルほどの雷球を構成させてからヨシュアに放つ。落雷に気を取られていたヨシュアがこれに気付き、魔殺しを振るおうとしたのを目にして、雷球を爆発させた。
至近距離での爆発はたとえヨシュアでもかわせない。それに魔殺しは触れなければ打ち消すことができないから、触れる前に仕掛ければいいだけのこと。
「ははっ……参ったね、ヨシオ君」
爆発によって生じた煙がなくなると、そこには「闇」を纏うヨシュアが立っていた。
「本気で――君を倒したくなってきたよ」
ぞくりっと背筋を凍らせるほどの殺気がヨシュアから迸り、本能的に横に飛ぶと、黒い何かが通り過ぎた。それが地面に接すると爆ぜ、もしもよけていなければ俺は命を落としていたかもしれない。
地面に突き刺さったそれは、鈴音が扱う黒い槍と酷使している。
「さすがだね、ヨシオ君。よくよけたよ。でも、まだ序の口さ――幻影」
おい、緊急回避のために技じゃなかったのかっ。悪態をついていると目の前のヨシュアは二人に分裂し、距離を詰めてくる相手を前に放電を行う。
全身から雷を放出させ、どちらかは本物のヨシュアに当てるようにしているはずなのに、魔殺しで打ち消されてしまい、今度は両腕を斬られる。またも浅い。
それでも、身体の動きを止めるには十分なほどの痛み。ヨシュアたちはその一瞬を見逃すことなく、懐に入って、掌底を叩き込む。
「がはっ」
「へえ。直前に闘気を腹部に集中させて痛みを軽減させるとは……やるね」
喉の奥から込み上げるそれを吐き出す。追撃する身振りも見せず、ただ俺の様子をうかがうヨシュアは剣を構えるのを待っているみたいだ。
口元をぬぐい、アマリリスから闘気について学んでよかったと心の底から思う。闘気に関してはまだ初心者だが、先程のように身体に纏わせて痛みを軽減させることをアマリリスから教わった。
一度だけまぐれで地下都市の戦いで生命力を魔力に変換したことがあったが、まさかあれが闘気だったなんて思いもしなかった。
もう一度やろうとしても、ヨシュアに見抜かれるかもしれないから、二度は同じ手は通じないだろう。
「おいで。邪竜槍」
ヨシュアが喚びかけると、鈴音が扱う黒い槍と酷使している槍が彼の眼前に現れ、それを大地に突き刺す。
「これ、見覚えあるよね」
「ああ」
「これ、リーンの片割れだよ。もしも、君が勝てばこの槍と――」
黒一色に染まっているはずの魔殺しなのに、ヨシュアの手の中で変化を起こす。いかなる色であったとしても染まることがない、穢れない純白の刃になったそれをヨシュアは俺の目に焼き付けさせるように高く掲げる。
「この命の剣を授けるよ」
命の剣……? どこかで見覚えがあるけれども、一体どこで目にしたのか、思い出せない。
「これはヘンリーが持っていた剣さ。それと、そろそろ気付いているかもしれないはずだよね、ヨシオ君。君とリーンの前世が持つ武器が普通じゃないって。なぜなら、これは聖剣や魔剣と呼ばれる類の武器だからね」
説明しながら命の剣も大地に突き刺すヨシュアは魔殺しを構え、間合いを詰めてきた。魔殺しを剣で受け止め、その状態のままから雷を放出するものの、ヨシュアはすぐに離れてしまう。
「さ、ヨシオ君。もっと、君の本気を僕に刻ませてくれないか」
ヨシュアの眼前に五つの漆黒の魔法陣が展開され、闇の波動を解き放つ。このまま剣で打ち消し――ダメだ。いまの俺は魔殺しが使えない。たとえ、かわしたとしても、追撃されてしまうかもしれない。
剣を正眼に構える。
「すぅ……はぁ……」
目を閉じて深く息を吸い込んで、肩の力を抜く。腹をくくれ。ヨシュア相手には小細工など通じない。ならば、真正面から叩きのめすしか道は残されていない。
目を開ければ、すべてを呑み込まんと迫る五つの闇の波動。
「――〈雷の欠片〉解放」
全身からあふれる魔力をすべて雷に変換させ、剣に纏わせて、振るう。闇の波動をそれだけで切り裂くと、向こう側には嬉しそうに口元に笑みを浮かべるヨシュアがいた。
「それが君の本気かっ。幻影っ」
四人へと分身を増やしたヨシュアがいっせいに牙を剝く。振り下ろされる剣をしっぽで弾き、一体に落雷を落とし、最後の二体の攻撃をかわす。落雷で一人は消滅したけれども、ヨシュアはまだ三体残っている。
手にしている剣をヨシュアたちの頭上に投げ、そこに自然と視線が引き寄せられる。だが、一人だけはそうはいかず、前に踏み込んだ。
二体のヨシュアは剣から発せられた雷によって消滅し、同時に三体目に斬られた。胸に深く十字が刻まれ、そこから滴る血が地面を染めていく。痛がっている場合ではない。
空間魔法から紅いハルバードを取り出し、魔力を流し込む。お互いに振り返ると同時に武器を交える。ハルバードからあふれる炎と相殺しようとする魔殺し。弾かれるように距離を取り合い、ハルバードを空間魔法の中に仕舞って、剣が落ちている場所まで向かう。
「はぁ……はぁ……驚いたよ。ヨシオ君、いまのはなんだい?」
肩で息をするヨシュアはずいぶんと余裕をなくしているが、油断はできない。剣を構え、雷を宿す。
「ズルに決まっているだろう、ヨシュア。――展開」
それを目にしたヨシュアは引き攣った笑みを浮かべたが、すぐに楽しそうに微笑んだ。
悪いな、もう手段は選んでいられないんだよ。俺の周囲にはバチバチと音を立てて、視界を覆い尽くすほどの雷の刃が並んでいる。本来ならば剣を振るわなければ、使用不可であるの技。しかし、〈欠片〉の補助があって、初めてここまでできる。
「千の嵐を味わってくれないか?」
「ははっ、笑えない冗談だね」
ヨシュアが動き出すと同時に千の嵐が降り注ぐ。雷の刃が地面に触れることであちこちで衝撃が起こり、土煙が巻き起こる。
草木が生い茂っていたはずの大地はもはやその姿はどこにもなく、雄々しい樹は千の嵐によって切り刻まれている。
気を抜かず、周囲を警戒していると土煙が晴れていくとヨシュアが立っていた。やっぱり、そうなるか。彼は――無傷だった。ヨシュアの四方には漆黒の盾があり、それはひび割れており、いまにも壊れてしまいそうだ。
「ふぅ……危うく死にかけたよ」
「すでに死んでいるくせに何言ってんだよ、おまえは」
「そうだね。それにしても、闇堕ちしたおかげでこうして魔法が使えるって……おかしな気分だよ」
盾が壊れ、ヨシュアが魔殺しを振るう。
闇堕ちした影響で闇系統の魔法を使えるヨシュアが振るう斬撃は黒く、速い。俺も斬撃を放ち、それを打ち落とす。
二つの斬撃が消え、俺たちは静かに剣を構えてただ相手の動きを注目しながら、魔力を迸らせていく。
暗闇の中で強く輝く雷とすべてを呑み込まんとする漆黒。
俺たちは、同時に踏み込んだ。
どちらも長引いていることに不利を感じてきているため、正面から切り結ぶ。それだけでは止まらない。俺たちは隙ができたところを素早く狙い、剣で強襲し、交える度に奏でるように音が響き渡る。
終わることなき嵐の中、突然ヨシュアが二人に分裂して、それに目を奪われた時には腕と太ももに痛みが走った。
だけど、その程度のことで俺は止まることなんて、できない。恵美を助けるまでは立ち止まることは俺自身が許さない。
イカロスの珠に魔力を流すことで宙に壁を作り出し、ヨシュアの猛攻を抜けてからそこに飛び、すばやく後ろに回り込んで剣を振るう。一人目のヨシュアを斬ると、消え失せる。
幻影のヨシュアがなくなり、一人となった彼に最後の勝負を仕掛けた。正面から俺たちは切り結び、交差した。
静寂に満ちる場には荒い息のみ響き、しばし口を開くことなどなく、火照った身体に心地よい風が吹き抜く。
最初に口を開いたのはヨシュアだった。
「――おめでとう。君は僕に勝てたことを、誇りに思っていいよ」
彼が戦意を収めていくと、張り詰めていた空気がなくなっていく。ようやく本気のヨシュアに勝てたことを実感して、安堵の息を吐きながら後ろに倒れ込んだ。
ヨシュアが近づいてきて、魔殺しを地面に突き刺すと俺と同じことをしだす。彼も疲れているだろう。
「これで……僕もようやく、死ねるのか」
千年という長い時間、死ぬことなくただそこに存在し続けていたヨシュアであったが、憑き物が落ちたように爽やかな笑みを浮かべている。彼はどれほど苦しみを味わったのだろうか。
俺には到底想像できないほどの苦痛を過ごしていた彼だけども、今日はそれで終わる。
お互いに胡坐をかいて座って、向かい合う。立ち上がる気力にはなれないのは、魔力と闘気。それと体力を消費したせいだ。
「約束通りにちゃんと授けるよ」
俺たちの間に漆黒の剣――魔殺し、黒い槍――黒龍の槍、純白の剣――命の剣の三つの武器が現れる。改めて魔殺しを見れば、やはりこいつがないと魔法を打ち消すことができなくて不便だったが、あると頼りになる武器だ。
黒龍の槍は、鈴音の持つ槍とは異なっている。槍の柄には薄っすらと鱗に覆われており、禍々しい闇の波動を放つ。これを鈴音に渡しても大丈夫だろうか。
命の剣は魔殺しとは反対に全体的に純白で、芸術品のように美しく、触れてしまえば壊れてしまいそうな感じだ。
その三つの武器を観察していると、俺の身体に吸い込まれるように消えていく。もちろん、驚いた。ヨシュアはこうなることを知っていたのか、俺の顔を見て笑っていると、あっと何かを思い出してそれを告げた。
「そうそう。一応言っておくよ。この場所は僕が用意した舞台だからね。もしも、君の広範囲無差別魔法が実際に発動していたら、この死霊の森は荒れていたよ」
「ははっ……そ、そうか。ありがとう、ヨシュア」
たった一人の相手に千の嵐はさすがにやり過ぎた、ではなく周囲に起こる事態のことなど考えていなかったので次からは気を付けよう。ただし、相手が巨体だったり魔物の群れだったら……いいよな。
「どういたしまして。あと、君の友人も僕が用意した舞台にいるよ。今頃、あっちでも決着がついているはずだよ」
「そっか。じゃ、ありがとう、ヨシュア。――最後におまえの父親に伝えたいこととか、あるか?」
これから先、きっと何度もザックと顔を合わせるようなことがあるはずだ。あいつはなぜか俺を魔王にしたがっていて、その理由はまだはっきりとしていない。そう思っていた矢先にヨシュアの持つ情報が俺に流れ込んできて、納得ができた。
そのことには触れずにヨシュアの、息子の言葉を父親に伝えてもいいだろう。
「そうだね。……僕の晴れ姿、見せられなくてごめんって伝えてもいいかい?」
「ああ」
魔殺しを俺に継承したせいか、それとも彼との戦いに勝利したせいなのか、ヨシュアの身体は雪のように溶けていく。どちらも含まれるだろう。
「ヘンリー……ずっと待たせていて、ごめん。いま、僕はそこに逝くよ……」
彼の目には、愛する女性が映っているのか。上を見上げる彼は空に手を伸ばして、命を落とした彼女――ヘンリエッタに触れようとしているかもしれない。彼は上半身まで消えかかっていき、やがて、何かに触れたのか、安堵の笑みを浮かべて「愛しているよ」と言の葉にはせずに彼女に伝えて――ヨシュアがそこからいなくなる。
ヨシュアが用意した舞台が消えていき、周囲は薄暗い森の中へと変化していく。見上げれば、満月が夜空に浮かんでいて……何かが通り過ぎた。それは何かは知らない。
森が静かに騒めく。嫌なことが起きそうな予感がして、空間魔法から飛翔翼を取り出して魔力を注ぎ、村へと転移を行う。