集落
ディーンと名乗る獣人の青年は俺たちを安全な場所に案内すると宣言し、彼は先頭を歩き、殿にはルナティカと名乗ったダークエルフの女性が付いている。
彼らに挟まれるような形として進んでおり、ディーンいわく迷子にならないためにこうしているという。
ふと後ろを振り返ってみると、褐色の肌をしたダークエルフと目が合う。男性を虜にする魅力的な悩殺ボディ、銀色の長髪が彼女の美しさを引き立て、たわわに実る胸は非常によい。
彼女が自己紹介したとき、明とレオが鼻の下を伸ばしたことでフローラとアマリリスが怒ったので、あの二人はしばらく会話をしていない。
俺もあいつらと同じだったので、鈴音には腕を抓られ、巴には足を踏まれた。それを目にしていたディーンは苦笑していた。
その自己紹介の時、明はディーンが誰かに似ていると口にしていたものの、名前までは思い出せていないようだ。頭の上から生えた三角巾の耳、茶色の髪に水色の瞳を持つディーンは一体誰に似ているのか。
「そろそろ着きますよ、白狼様。詳しいことは僕の家で話しましょう」
ディーンに声をかけられ、辿り着く先を目にすると――集落があった。
樹の上に家が建ち、お隣さんに向かうためなのか、あちこちに橋がかけられている。上るために梯子もあり、小さな子供が親の手も借りずに高いところまで怖がらず進んでいく姿はたくましいな。
感心していると、外からやって来た俺たちのことをよく思っていないからか、敵意を隠すことなく睨み付ける住民たち。外で遊んでいたダークエルフと獣人の子供たちは好奇心に満ちた瞳で見つめていたけれども、親たちが庇うように前に立つか、家の中に連れて帰る
睨み付けられて怯えた巴は俺の服の裾を掴み、彼女を彼らの視線から隠すように前に立つと余計に視線を浴びた。髪のせいかもしれない。敵意を浴びせられ、震える足を堪えて逆に彼らを睨み付ける。
明も俺と同じようにフローラの前に立つけれども、臆することなく堂々としていた。さすがは勇者と呼ばれるだけの男は覚悟が違うな。それとも、惚れた女に手を出すならば、容赦はしないということか。
鈴音は連結式の漆黒の槍をいつの間に握り、背後にいる涙目のレナを守るように立ち、彼女を安心させるように人懐っこい笑みを浮かべている。
アマリリスとレオはいつでも動けるような体勢になっており、さすがに住民たちも腰に差している剣や背負っている弓に手を添えて、いつでも抜ける状態になっていた。
アイリスだけは呑気をあくびをしながら、事が終えるのを待っている。
これはまずい。
そんな時に、この場にいる全員に聞こえるようにディーンが声を張り上げて、住民たちに聞かせる。
「この方は白狼様とユグドラシルを救った勇者の二人だ! そして、「彼ら」の呪いを解くためにこの場におられるっ。だから、安心して欲しい。彼らは私たちを傷つけることなどない。我が父の名に誓うっ」
ディーンの説明によって敵意が和らいだものの、警戒するような目つきだけは変わらない。
このままお互いになにもしないでいると、また一触即発になりそうだ。それを察したディーンは俺たちを自分の家まで案内していく。その間に視線を向けられていることをひしひしと感じ、けれども手を出されることなどなく無事に彼らの家に着いた。
彼らの家は一番奥にあり、ルナティカが何かを唱えると俺たちの足元に魔法陣が浮かび上がるとそれが光る。眩しくて、つい目を閉じてしまう。
「ここは……?」
ゆっくりと目を開いていくと、そこは家の中だった。周りを見渡してみれば家具もあり、ディーンとルナティカの二人が暮らすには広過ぎるくらいの大きさ。興味深いのか、明の肩に座っていたアイリスは宙を舞いながら、家の中をうろつく。
「改めましてようこそ、白――」
ディーンが口を開いた時に、彼の唇を己のそれで塞いだのはルナティカだった。人前であるにも関わらず、口づけを交わすカップルをできるだけ視界に収めないようにしていると、女性陣のほとんどは顔を真っ赤にしていた。
明とレオも気まずそうにそっぽを向いている。
「……ふぅ。ディーン成分が足りなくて、倒れそうだったわ」
「だからって、人前で、しかも白狼様の前でしなくてもいいよねっ」
ディーンとルナティカが離れると二人の間に銀色の橋が出来上がり、彼の成分を補給した彼女は満足そうに微笑みを浮かべた。妖艶に微笑みを浮かべるルナティカと対照的に、ディーンは羞恥で顔全体を赤く染めてる。
「ふふっ。本当だったら、私を押し倒してたまらないくせに何を言っているの?」
「ぐっ……」
「普段は落ち着いているくせに、ベットの上になると激しく私を攻めてしまうのは、どこの誰だったけ? ねぇ、ディーン。私がやめて、って言ってもやめないのは……」
「お願いルナティカ。その話はまた後にしてっ」
ディーンの背後に回って豊満な胸を押し当てて、耳元に熱い吐息をこぼすルナティカ。さすがにこれは目に悪い。ディーンのあそこも、大変なことになっている。
「ああ、もうなんなのじゃ! 乳繰り合うならばあとにするのじゃ!」
恐らく、この中で最も初心なフローラが我慢できずに顔を真っ赤にしながら叫ぶと、ルナティカは彼から離れていく。
ルナティカはお茶を淹れてくる、と言い調理場に向かう。その間にディーンがこの家は三階建てであることを教え、一階は調理場と居間であり、二階は図書館になっており、三階は客人を泊める宿泊場所となっている。
ここはもともと図書館だったらしいが、本をすべて二階に収納させてしまい、空いた一階を有効活用しようと決めたのがディーンの先祖だという。収納できたのは、ダークエルフたちの魔法のおかげ、とルナティカが付け加える。
その祖先たちの肖像画がいくつも並んである壁を見ていた明は、何かに気が付いて声を漏らす。気になって明のほうに顔を向ければ、ある肖像画の前で動かない。
明の様子がおかしい、と感じたフローラは彼の隣に並んで、言葉を発することなくただそうしていた。
肖像画には頬に傷があり、水色の瞳、生真面目な顔つき、三角巾の耳をした若い青年の獣人が描かれている。ディーンにそっくりのこの人物は誰だ。
「アキラ君だっけ。そこにいるのは僕の父親で、ユグドラシルの剣豪と呼ばれた人――バルベットだよ」
「……っ」
明から聞いたことがある。バルベットは自分の仕える王であるギースを裏切り、ケルベロスと化して戦った相手だと。バルベットには助けられた恩があるが……どうして彼がギースを裏切ったのか、よくわかっていない。
〈欠片〉の黒狼と化した白狼に命じられたのか、それとも自らの意思で行ったのか。答えは永遠に謎のままだ。
「アキラ君。僕はね、君が父さんの命を奪ったことに恨んではいないよ。父さんは剣士、いや戦士だから戦いの最中で命を落とせるのは本望だと、いつも僕に言い聞かせてくれていたよ」
「それでも、あなたにとって僕は仇だと言い切れない……!」
「言えないよ。なにせ、父さんはここを出て行く時にはすでに覚悟していて、理解していたから。――いつか〈欠片〉が目覚め、操られることをね」
ディーンは語る。
死霊の森と呼ばれるこの奥の集落はもともとは普通の森で、ダークエルフと獣人たちは穏やかに暮らしていた。が、〈欠片〉の一人が襲撃し、そこへ雷の精霊王である白狼が封印を施したことで森の様子が変化し、死霊の森へと名を変えた。
集落に暮らしていた人々は命を助けられたことで白狼に仕えることを決意し、いまに至る。
ただ、白狼が施した封印は完璧だったが相手のほうが一枚上手で、この地を離れる者は〈欠片〉の支配下に置かれると知ったのはだいぶ後のことだった。
バルベットは本能で察していたのだろう。いずれ封印が解けることを。だからこの地を離れ、ギースに仕え、そして明と剣を交えて死ぬのを覚悟の上で行っていた。
「気にしないでくれると、僕としてはありがたいよ」
罪悪感を抱く明にディーンは続ける。
「尊敬する父さんを倒した勇者の腕、ぜひ僕に見せて欲しい」
「……わかったよ」
「まだ気にしているの? なら、もしも脅威が迫ってきたら君の力を貸してくれないかアキラ君。僕は村を守るのに精一杯だ。外までは手が届かないからね」
「勇者の……いや、緋山明として約束する」
「ありがとう、アキラ君」
二人の間で納得の行く形で事を終えた。それでも、俺だけはまだ満足できる答えをもらっていない。水を差すようで悪いかもしれない。
「なあ、ディーン。どうして俺のことを白狼様と呼ぶんだ?」
この問いにディーンはうーんと唸る。
「何となく……でしょうか、小さい頃に見た雷の精霊王である白狼様と同じ雰囲気なので、もしや人化でもしているのか、と思いましたので」
「悪いが、俺は白狼じゃない。ただ、加護を授かっただけだから、畏まらないでくれると俺としてうれしい」
「わかりまし……わかった」
そこで明が余計なことを口にする。
「加護を授かった時の吉夫は美人だったから、その場にディーンさんがいなくて残念だ」
「悪いけれどね、アキラ君。僕にはルナティカがいるから……たぶん、目を奪われなかったと思うよ」
「おまえらな……」
朗らかに笑うディーンと明に対し、呆れる俺。
三人で話し合っている傍ら、鈴音たちはルナティカに部屋を案内されており、すでに部屋割りをされていることを明と俺は知らなかった。
他愛もない会話をしていると、ふとディーンがなぜここに来たのか、と問いかける。それに明が答えた。
「僕たちがここに来たのは、そうだね、蹴りをつけに来たと説明したほうが早いね」
「えっと……どういう意味なんだい?」
「もっとわかりやすく言うとだな、ディーン……」
明が何を言いたいのか、俺にはわかるがディーンには理解できないので簡素に説明すると、彼は納得してくれた。
「なるほど。それなら何度か僕も剣を交えたことがあります。しかし、白狼様……ではなく、ヨシオさん。お言葉ですが、父さんでさえ彼らを倒すことができなかった相手と剣を交えるのは無茶です。歯が立ちませんよ」
「それでも、僕らは必ず成し遂げるよ」
「その通りだな、明。なにせ、これは俺たちの問題だからな」
ディーンは俺と明の言葉を聞いて、説得は不可能だとわかったのか、諦めたようにため息をつく。
「一週間後、満月となります。それまでしっかりと身体を休め、技を磨いてください。そして、生きて帰ってくると誓ってください」
「ああ」
「もちろんさ」
ディーンの言葉に誓うため、俺と明は握った拳を左肩に触れるか触れないかの位置まで持っていく。ユグドラシルで学んだ敬礼、生還するという意味を込めて。それを目にしたディーンは目を丸くさせる。
「二人とも、それはどういう意味でしょうか……」
恥をかいたことを俺たちは気付く。そうだ、ここは世間にもっとも疎い場所でそんなこと、知る人などいない。
「なあ、明。なにおまえ、俺と同じことをやっているんだよ」
「そういうおまえこそ、僕と似たことを考えるなんてね」
改めてディーンにユグドラシルでの敬礼だと伝え、これを聞いた彼は村に広めようかなと呟いていた。
「ディーンっ。夕食に必要な素材がちょっと足りないから、狩ってきてくれない?」
台所から美味しそうなにおいとともにルナティカが声をかけてきた。それを聞いた明はディーンと共に狩りに行くことになり、俺は二人から休めと厳命されてしまう。
その後、狩りから戻った二人のおかげで夕食に必要な素材は揃い、ルナティカが振るってくれた料理は俺たちをひどく驚かせるものであったけれども、味だけは悪くなかった。
そう、味だけは。