必ず迎えに行く
黒剣と虹色の剣が交差し、強引に振り抜こうとしてもできないことをお互いに感じたのか、後退しつつ俺は剣に雷を纏わせて薙ぎ払う。さらに俺自身も前に出て、先ほど放った一閃に紛れてアレクへと斬りかかる。
フェイント込みのこれは当たればただでは済まない。が、奴は冷静に対処した。
「来い、盾よ!」
掲げるように左腕を前に出すアレク。呼び出された小型の盾はまるで最初からそこにあったように現れ、二重の魔法陣が浮かび上がった。逃げることなく、アレクは俺の攻撃を盾だけで受け止めた。
二重の魔法陣を盾に浮かばせた人物を嫌でも思い出す。地下都市スビソルで恵美と鈴音の最大の一撃を防いだ銀色の騎士。くそ、盾に二重の魔法陣を浮かばせるだけで防ぐことができるって、どんな魔法なんだよ!
このまま盾に触れた状態で雷を解き放とうとすれば、アレクが自慢してきた。
「この盾は天界にしかない。すべての攻撃を無力化することができる無敵の盾さ!」
「そんなもん、存在しねぇだろっ」
雷を解き放つと同時にアレクは盾で俺を押し飛ばした。金属である盾を通してこちらの攻撃によって手を痺れさせようとしたのにうまくいかず、逆に押し飛ばされた俺は体勢を整える。
やっかいだ。あの盾があるだけでアレクの動きは変わった。盾を左腕に、剣を右手に。攻撃を防ぎ、すぐにでも反撃できるとはだてに自称虹の勇者を名乗っているわけじゃないな。
「次は僕の番だ!」
金色の尾が引き、アレクが一瞬で視界からいなくなる。違う、視認できないほどの速さで迫っている。どこから攻めるのか予想できない。
剣を構えていた俺は、背後から鋭く空気を裂く音に気付いて前に飛び、右足を軸足にしてその場で半回転。金属同士がぶつかり合う音が響き、正面にはアレクが嬉しそうに笑みをこぼしていた。
「僕に気付くとはなかなかやるじゃないか! でも、まだ僕の攻撃は始まったばかりさ。――光輝く刃っ」
拮抗状態だったのに、アレクの虹色の剣は白へと変化し、そこから生じた衝撃波が俺を吹き飛ばした。アレクが一振りするだけで複数の刃が出現し、行けと命じるといっせいに俺へと光り輝く刃が牙を向く。
それらを見据えて、大きく息を吸ってから肩の力を抜く。剣を自然体に構えてから、軽やかに大地を蹴った。光り輝く刃をかわし、または斬りながらアレクへと肉薄していく。
「ちっ、だったらこれならどうだっ。聖連撃っ!」
光の尾を引きながら再度高速で動き回るアレクは、普通ならば目では追えない。だけど、いまならおまえとの殺し合いを付き合ってあげてもいい。
死角から振り落される剣を感じて、前へ一歩進んでよける。次に横から撫でるように振るわれる剣を黒剣で受け流す。下段から振り上げられるのを黒剣で受け止め、そのまま流す。
こういう動きができるのは全部ヨシュアのおかげだ。彼のこの踊りは俺にも伝わっているからこそ、アレクの攻めに対応できる。基本、ヨシュアのこの剣舞はすべて回避と受け流し、そして反撃に長けている。
このままアレクの攻撃を受け流そうとしていたら、鼻先に何かがかすめた。
それを感じたのは俺だけではなく、アレクも次の動きに入る直前で止まっていた。アレクがじっと見つめる先の視線をたどれば、鋼色の肉体をしたマシャードが地面から生えた先が鋭く、太い木が腹を貫かれていた。
あれをやったのは巴だろう。彼女の姿を探すと、着ている巫女服は破れたあとが見えるが、怪我している様子はない。
あの場にいるのは巴だけではなく、どこからか駆けつけた元〈火の欠片〉ペドロがいた。ペドロは腹に木を打ち込まれて動けないマシャードに炎を宿した拳を打ちつけると、遠くにいても聞こえる爆発音が響く。
「硬いな! だが、〈師子王〉の名にかけておまえを倒させてもらう!」
「私がいることも忘れないで」
マシャードに一撃を叩き込んだペドロはすぐに離れ、遠距離からラエンが俺を苦しめた獅子円舞を放つ。ペドロの獅子円舞は一度で三頭の炎の獅子を生み出し、マシャードに体当たりすれば爆発した。
煙が上がり、油断することなく拳と刀をそれぞれ構えるペドロと巴。彼らが見据えている先からは腹の底から響く獣の咆哮が聞こえ、煙を引き裂くようにそこから銀色の鋭い杭が飛び交う。
あれがこっちまで飛んできた、とわかった俺はアレクの様子をうかがうと、奴はまずいな、と漏らした。
「なにがまずい?」
「マシャードの本能を解放したせいで敵味方の区別がついてない」
飛んできた鋭い杭を打ち落としたペドロと巴。煙がなくなった先にいたのは、棘を身体の至るところに生やすマシャードがいた。溜め込むように身体を丸め、棘を全方位に解き放つ。
「おまえは下がっていろ! こいつは俺が止めるっ!」
ペドロがマシャードを包み込むように張った炎の膜によって、棘は俺たちの方までやって来なかった。下がれ、と言われたはずの巴は引き下がることなく、むしろ戦うようにペドロの隣に並んで無言で黒い斬撃をマシャードにぶつける。
「死ぬなよ」
「あなたが思うほど私は弱くないから」
「そうか。だったら――さっさと終わらせるぞ」
肩を並べた二人は身体から斧を生み出したマシャードと戦い出す。戦う彼らを見ていた俺とアレクの視線が交差し、奴は剣を振るうこともなくあることを提案した。
「悪魔。僕らが死ぬ前に仲間のことを見ておかないか?」
「油断させて襲うつもりか?」
「僕はおまえを正々堂々と倒す。この剣にかけて誓う。そして、ハニーは僕がおまえから奪い返す」
「……好きにしろ」
戦う意思を見せないアレクに拍子抜けし、レナと鈴音の二人の様子をうかがった。鈴音はレナが召喚した炎の魔人と氷のケンタウロス、さらに彼女自身による弓矢で苦戦していると思いきや、視界に映った光景はそうではなかった。
「これで、どうよ!」
炎の魔人を相手にしているのはアマリリスで、彼女はすばやく動いて連続で拳と蹴りを食らわせる。
苛立ったように炎の魔人は炎を火炎放射のように撒き散らすものの、アマリリスはその中を突き進んで相手の胴体に殴りつけると爆発が起きた。
炎の魔人はそれによろめき、しかし戦意は衰えることなくアマリリスを握り潰そうとして腕を伸ばすが彼女はそれをかわす。そのまま腕に乗って、相手の頭を火を宿した脚で蹴飛ばすとまた爆発。だが、それでも足りないのか頭部を失ってもいまだに顕現する炎の魔人に炎脚や獅子円舞を叩き込む。
「これだけなら、まだ兄様のほうが早いですっ!」
氷のケンタウロスのほうを見れば、弓矢を捨てて氷で生み出したスピアと盾を構えて双剣を握るヴィヴィアルトを貫こうとしていた。
ヴィヴィアルトはスピアをかわし、双剣に光を集めて連続で振るう。連続で放たれる目にも留まらない一撃――銀の舞で氷の身体でできたケンタウロスの身体を削っていく。
「負けを認めんかっ」
「わたしは道具ではないとアレク様に証明してみます!」
最後に鈴音とレナ。レナは鈴音相手に弓矢を使うのを諦めたのか、短剣を抜き、それを振るいながら連結式の槍を弾いたり、受け流しをしていた。
槍を振るう鈴音はレナの動きを封じるために足払いをかけるのに、彼女は飛んでかわすと短剣を振り下ろす。鈴音は一歩後ろに下がることでよけれたものの、肩を短剣がかすめた。
「ちっ、沈みな。重力!」
鈴音が空いている手を前に出すとレナは膝をつき、悔しそうに見上げる。俺も一度ザックの重力を受けたことがあるから、レナが鈴音を睨みつける理由はよくわかる。身体が地面についたら、そう簡単に起き上がることなどできない。
それでも諦めようとしないレナに鈴音は冷たい目で見下ろして、先ほどよりも強めの重力で彼女を動かせないようにした。苦しそうにもがくレナはアレクに救いの目を向けるが、やがて彼女は気を失った。
「あ、アレク様……」
最後にそう呟いたのを聞いたが、アレクは彼女が負けたことなど気にすることなく、俺に告げる。
「使えない道具だな。そうだ。いいことを思いついた。悪魔、あれを君にあげ――」
「黙れ」
必死にアレクのために戦うレナを見捨てるこいつに腹が立ち、奴が言い終える前に踏み込んで斬りかかる。アレクは左腕の盾で防ぎ、右手に握られている剣を振るわれる前に奴の死角から白い炎を迸らせる恵美が刀を抜刀。
それに気付いたらアレクは虹の剣の刀身を緑色に変化させ、自分を中心に竜巻を作り出す。恵美の居合いは弾かれ、俺も後ろに飛ばされてからアレクの様子がおかしいことに気付いた。
「はぁ……はぁ……」
アレクならばさっきの竜巻で俺を弾かせ、何かを仕掛けてくるかと思ったが、奴は荒く息を乱していた。いい機会だ。だけど、こっちも度重なる戦闘のおかげですごく疲れているんだよ。同じ条件で、負けるわけにはいかない……!
肩を並べた恵美に目で行けるか、と問いかけると彼女は静かに頷いた。
「任せた」
「任されたよっ」
炎で足元を爆発させ、一気に加速した恵美は下段に刀を構えたままアレクに接近し、振り上げた。下段からの鋭く、速い――恵美の燕返しをアレクは盾に二重の魔法陣を浮かばせて、正面から堂々と受け止めていた。
「愛しているよ、ハニー!」
「私はあなたよりも、吉夫くんのほうが好きなのっ」
そして愛の告白を告げるアレクに恵美は拒絶し、間合いを取りながら火炎の球を連発。後退していく恵美と入れ替わるように、彼女の攻撃を盾で防ぎ続けるアレクに斬りかかろうとすれば虹色の剣を地面に突き刺した。
茶色へ変化し、踏み締める地面に違和感を抱いて横に飛べば、鋭い棘が突き出ていた。冷や汗を流しながら、地面に突き刺した剣を抜いたアレクと交差。
黒剣と虹色の剣がぎちぎちと金属音を奏で、仕切り直すようにお互いが弾かれるように下がれば恵美が魔法を発動させた。彼女の背後にいくつも展開されていた魔法陣からは炎の奔流が迸り、アレクを呑み込んだ。
さすがにあれでは生きているはずがない、と俺と恵美はそう思いながらも警戒を解かずにいると、消えた炎の中から魔法陣が見えた。それが宙に溶けるようになくなると、祈るように目を閉じて剣を正眼に構えたアレクがいた。
「完全防御の効果はどうだい、悪魔。すごいだろう。これのおかげで僕はまだ戦える」
「そうかよ。じゃあ、さっさと終えようか。俺もおまえも限界が近いだろう」
この言葉を聞いた恵美は、俺とアレクが最後にすべてをかけて決着を付けることを察したのか、巻き込まれないように後ろに下がってくれた。それを目にしていたアレクは不敵に笑みを浮かべ、必殺技を解き放つ。
「これが僕の全力だ!――光明烈風っ!」
幻のようにふっと姿を消し、聖斬撃よりも重たい一撃を放ちながら、光の如く動き回って俺を刻もうとしていくアレク。だけど、俺はそれを黒剣でさばき、アレクの一撃を軽やかにかわし、舞う。
ぶつかり合う剣同士が奏でる音。鋭く空気を裂く音。俺とアレクの息遣い。
お互いに欲する物は同じで、どちらも負けたくないからただひたすら剣を振るい続け、意地を張って、何度も激突して……やがて、俺の剣が弾かれた。
「僕の勝ちだああぁ――!」
「いいや、俺の勝ちだ……!」
止めを刺すために剣を振り下ろすアレクよりも速く間合いを詰め、がら空きの胴体に掌底を叩き込む。カウンターを食らったアレクは数歩後ろに下がり、まだ剣を手放していないので、戦意を失っていない、と警戒していれば奴は仰向けに倒れた。
アレクの鎧はへこんでおり、気絶していることを確認してから近付こうとしたら身体が鉛になったかのように重くなって、うまく動かせない。くそ、いまごろ〈雷の欠片〉の反動が来やがった。おまけに疲労もあるから、一歩進むのもきつい。だけど、これだけはきっちり終えないといけない。
また一歩歩み出そうとしたら、恵美が俺の肩を支えてくれた。
「なにするの?」
「〈光の欠片〉をアレクから取り出さないといけないからな」
「それ、吉夫くんがやらないといけないの? ねえ、私にもできないの?」
「……たぶん、できるじゃないか。〈欠片〉を解放すれば取り出せるはずだし」
「私にやらせて。吉夫くんがこれ以上〈欠片〉を解放したらいまにも倒れそうだよ」
恵美に〈欠片〉の解放方法を教えながら、アレクに近づいていく。倒れているアレクは動く気配など見せず、恵美が離れる直前に彼女の手に触れてその温もりを感じる。
驚いたようにこちらを見る彼女に悪い、と謝って、おまえがどこかに行きそうになったと感じたことを口にすることをやめた。そんなの、気のせいだ。
恵美が〈火の欠片〉を解放すると、聖炎とは異なる炎を手に纏わせて、鎧に埋められている光り輝く菱形に触れる寸前――どこからか男性の声が聞こえた。
「ふむ。実に惜しい実験材料をここで見捨てることなど私にはできないから、君らには黙ってもらおうか?」
恵美の手が凍り付いたように動かなくなり、それだけではなく周囲の時さえも止まっている……と感じていると物音さえ感じないほど、静寂に満ちた世界の中に俺はいた。俺だけではない。目を動かしてみると、ここにいる全員は石像になったかのように動くことなく、沈黙を貫いている。
唯一動かすことができる目で状況を把握しようとすると、先ほどの声の主が目の前にやってきた。ぴんと背筋を伸ばし、白衣を身に纏い、白髪の老人の目は獣のようにぎらぎらと輝き、探求心と好奇心に満ちている。
「ほう。私の時間閉鎖の中で動ける人がいるとは、これは実に珍しいことだ。見た目は人であるが……む。これはもしや保有魔力の質が違うからなのか? それとも血筋だろうか。ああ、考えれば考えるほど楽しくなっていくではないか」
にんまりと笑みを浮かべていくけれども、彼の目は俺から離すことなく、宙に指先に光を灯しながら高速で魔法陣を描いていく。
「だが、私の実験材料を葬ろうとした君には悪いかもしれないが……ここで大人しく死ぬがいい」
老人が描いた魔法陣が輝くと同時に、後先考えることなく〈雷の欠片〉を解放し、凍りついていた身体は再び動くようになって、大地を踏み締めて――正面から放たれた魔法に掌底を叩き込む。
触れた瞬間に腕が弾け飛んだ。遅れて、痛みが全身を襲う。肘から先はなにもなく、ぽたぽたと血が地面に流れ落ちていく。老人の放った魔法は俺の腕を消し去っただけなのに、なぜか消えていた。
「がああぁっ……!」
灼けるほどの痛みが腕から発せられ、この老人に一矢報いたい、と睨みつけていると〈雷の欠片〉からとある魔法が脳内に浮かび、魔力を注いで発動させた。
「ほう。私の魔法を正面から対処したのは世界で君が初めてだ。おめでとう。私が人を褒めることなど――」
「落雷ぃっ!」
空が轟き、そこからいくつもの雷が降り注ぎ、老人がいた場所を次々と破壊していく。土煙がなくなると、地面に触れた雷が大きな穴を作り出していて、その威力を物語っていた。「落雷」が運良く発動できてよかった。
これをきっかけに、止まっていた時が再び動き出す。俺以外は何が起きたかわからないという顔をしていて、きょろきょろと周囲を見渡している。
「お兄ちゃん!? どうしたの、その腕は……!」
「吉夫くん、いま血を止めてあげるから!」
異変に気付いた巴が駆け寄り、恵美はアレクよりも俺の手当てを優先した。が、この選択は間違っていた。
「まったく……君は人が言い終えるのを待てないなんて、最近の子供たちの教育はどうなっているのか。ああ、君たち。安心していいよ。彼の腕だけ済むなんて、まさに奇跡だからね」
彼女たちの背後に音もなく姿を現し、親しげに声をかける無傷の老人。せいぜい、俺の腕が弾け飛んだ時に血が白衣を染めている程度だった。それを目にした彼女たちは――切れた。
振り返ると同時に巴は刀を抜刀し、老人を裂くつもりで振るうものの、彼の目の前に魔法陣が浮かび上がって、それに防がれた。恵美は聖炎を宿した手で俺の肘に触れると、感じていた痛みがなくなる。
「聖炎は癒しの炎だからね。……私も巴ちゃんに加勢するね」
足の裏に炎を爆発させ、加速した恵美はその勢いを利用して老人の腕を斬り落とそうとしても、相手は見事に反応した。これも魔法陣によって防がれ、にやりと口元の笑みを楽しそうに嗤う老人。
恵美と巴は同時に袈裟斬り、燕返し、居合い、または水蛇を放っても、彼はすべて魔法陣で対処していくことで、届かない。これでは打つ手がない。
「老いている私に対して、このような仕打ちとはひどいと思わないかね」
彼女たちは答えず、それぞれの必殺技を放つ。鞘走りの音が響き、複数の黄色い刃が宙を飛び交う――巴の無影。それによって、恵美が作り出した炎の球を次々と切り裂いていくけれども、決して数は減ることなどなく、むしろ増えていく。
老人には巴の無影は展開された魔法陣によって防がれ、ひび一つさえ入ることなどなかった。
「散って、舞い散る花びら」
彼の周りには小さな炎の塊、いや、花びらが集い、恵美が合図を出すと爆発していく。だが、これだけでは終わらなかった。
「まだだよ。朱雀」
美しい炎の鳥が姿を現し、大きく羽ばたいて老人がいる場所へとまっすぐ向かうと、相手に当たったのか、爆発した。熱風と土煙が舞い、じっと皆はそこを警戒しながら見ていた。
「ふはは。素晴らしい。素晴らしい素晴らしいっ。私を追い詰める者がいるとは、最近の若者たちはやるではないか。ああ、何という日か。今日という日は感謝しなければならない」
ひっと誰かが悲鳴を漏らした。炎によって衣服は燃え、それでもなお立ち続けるのは頭部の半分が吹き飛びながらも口が器用に動いている。肉体の繊維が見えるほどになっていて、両腕は焦げている。
あの状態で生きているって、あの老人は本当に人間なのかよ……!
「再生。ついでに服も再生」
逆再生の如く、肉体が肌色へと変化していき、おまけに服までも元通りになっていく。やがて、人の形を取り戻した老人は身体の調子を確かめるように肩を鳴らす。
「お待たせ。ああ、そうだ。そこの君には私の魔法を正面から対処できたってことで特別措置してあげようか」
親しげに声をかけてきた老人が再生と唱えると、失ったはずの腕が元通りになっていた。なんだ、こいつ。本当に敵なのか……?
ここにいる全員は老人に攻め込もうか、それともどうしようか悩んでいて、そんなことなどお構いなしに彼はアレクを軽々と片手で持ち上げた。また同時に腹部に大きな穴を打ち込まれたマシャードまで一瞬で移動し、指先で魔法陣を描いた後に彼の肉体は消えてしまう。
「私はただ実験動物を回収しに来ただけなんでね。彼を聖都から逃したのはこの私。よって、彼は私の物だ。ああ、そうだ。それと彼女をもらっておこうかね。聖都でもう一度君は私の実験と付き合ってもらわないと困るしね」
恵美に音もなく近づいた老人は彼女の頭に触れると、目から光が消えていく。それだけじゃない。刀を収め、老人の隣に立つ彼女はまるで主を守る騎士みたいだ。
「てめぇ……恵美になにをした!」
「なに、ちょっとしたことさ。具体的に言うならば、彼女の感情を一時的に封じただけさ。いまの彼女は勝者に注げる人形になっただけ、ということ。それと私の命令には忠実さ」
「っざけんな! くそ、恵美。待っていろ。必ず迎えに行くから……!」
恵美と約束を交わすと、彼女の目から涙が流れて頬を伝う。老人はなぜか驚いていたが、そんなことなど気にしないでいた。指先で魔法陣を描いた老人は恵美と共に姿を消し、胸の中で彼女を必ず助けることを誓った。




