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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
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黒騎士

 風呂場から出た俺はお昼を食べ、それからあてがわれた部屋で疲れた体を癒していた。ベットに仰向けとなっている俺はお昼のときに楽しそうに会話するサティエリナと明のことを考える。

 あの二人は、俺の知らない間に仲良くなっていたようで、見ているこっちが微笑ましかった。なんというか、初々しい。明は彼女の気を引くために俺たちの世界であったことを語り、サティエリナはアースについて教えてくれた。

 いま俺たちがいる国であるユグドラシルは、過去に勇者を召喚したということで有名な場所。勇者の始まりの地と言っても過言ではない。でも、これが禁忌の召喚魔法であることはほとんどの人たちは知らない。知っているとすれば、世界を救うための召喚魔法だろうな。

 話は変わり、俺たちがいる場所にも他の国もあるという。

 地下都市スビソル。

 ここはドワーフと人が共存して生きている場所。鉱物が盛んであり、そこから出てくるものをドワーフが加工し、武器や防具を作るというのだ。

 聖都サンタルチェ。

 光の精霊が住むといわれている都市で、古代からその地を守り続けているという。神父やシスターという職業についている人たちは、都市に接近する魔物を倒すということで有名である。この都市の名物は中心にある教会という。

 魔術都市マギウス。

 数多の有名魔法使いを世に送り出したところ。通常は魔法だけしか教えないところであるが、最近では剣と組み合わせて戦うスタイル――魔法剣士の育成もしているらしい。それと魔法について学ぶであれば、一度はここに通ったほうがいいと言われているぐらいである。

 帝都ローデルス。

 アース一の軍事力を誇り、各国の物資が集まるといわれている。それだけではなく、年に一度だけ帝都最強王を決めるためにトーナメントを開くため、その日だけは多いににぎわうという。

 炎の国フォガへイム。

 近くに火山があり、常に活動しているおかげで温泉として有名。ここには地下都市スビソルと同じように鉱山があり、工業としても盛んである。しかも、魔物に襲われないというかなり平和な国らしい。

 氷の国ゼウィルド。

 氷に覆われた世界。一年と通して決して溶けることのない氷に覆われ、人々は厳しい環境の中で暮らしている。雪も一週間に一度は降り、ひどいときは三日も続くというのだ。


「本当に異世界に来てしまったんだよな……ふあ」


 すなおに思ったことを述べ、目を閉じて意識を手放そうとしたときに部屋の外からノックが響く。


「吉夫くん、私だよ。恵美」

「ん、入っていいぞ変態恵美」

「せめて普通に名前で呼んでよ!」


 部屋に入ってきた恵美は迷うことなく俺のベットまで近寄り、そのまま横になる。……おい、何様のつもりだ二階堂恵美? おかげで彼女から鼻腔をつく甘いにおいが漂い、体温が上昇してしまったことは秘密である。


「ねえ、吉夫くん。今日、あなたに膝枕しているときに私も気持ちよく寝ていたのに、どこかの誰かさんが頭突きをしたせいで目覚めちゃった。だから、いまから私が昼寝するから吉夫くんは添い寝してくれる?」

「あー……いいぞ。けれど、食べてすぐに横になると太るぞ?」

「それは女の子に対してタブーだよ!?」


 とか言いながらも恵美は俺の腕をつかみ、そのまま自分の胸元まで近づける。かああと自分の顔が赤くなっていくのを感じながらも、彼女の頬をつねることだけは忘れない。


「いたいよぉ、よひおくん」

「……なあ、どうして知り合ったばかりの俺にそんなサービスするんだよ」


 気が付いたら、俺は思ったことを口にしてしまった。彼女、二階堂恵美と出会ったばかりの関係であるのにも関わらず、膝枕や添い寝など普通にしてくれるのだ。疑問を抱かないほうが異常だろう。

 彼女の頬から手を放した俺はつねた場所をさすってあげながら、恵美の答えを待つ。

 すると彼女は、


「だって、吉夫くんは女の子ぽっい容姿をしているから普通に、巴ちゃんとしているスキンシップをやって――いひゃいからやめてよぉ!」


 最後まで聞きたくない俺は、すぐさまにつねた場所にもう一度いじめる。そのせいで彼女の目元に涙が

たまっていくので、ここまでにしておく。


「……はあ」


 疲れてため息をつく俺。


「……本当は不安なの」


 そんなときに恵美は俺と目を合わせ、心に抱えている感情を吐露した。


「そうか」

「うん。昨日まで鈴音と一緒に過ごし、普通に学校生活を送って、毎日部活に励んでいたのに……急にこ

んなことになったから……」

「怖いか?」

「怖いに決まっているよ。魔王を倒すために旅とかしないといけないし、魔物と呼ばれる生物と戦わないと生き残ることができない。自分の命がかかっているから……いつ死ぬのかわからない。きゃ」


 恵美の独白を聞いていた俺は知らないうちに彼女を抱き締めていた。彼女の顔が噴火寸前の火山のように赤くなっていくが、いまはそんなことに気にしなくてもいい。


「だったら、俺がおまえを守ってやるよ」


 俺はこの異世界アースでは槍を振るうという能しかないが、誰かのためであれば命をかけて守ってあげることぐらいできる。それぐらいしか、いまの俺にはできないからだ。


「……うん。ありがとう、吉夫くん」


「どういたしまして。さて、おまえの添い寝をしてやるから解放してやるか」

 

 抱き締めていた恵美を解放してあげると、ぶうっと頬を膨らませて吉夫くんのバカ、と不満を漏らしていた。そんな彼女がかわいいと感じてしまった俺は、抱き締めて添い寝するかわりに、という理由で恵美の手を握る。


「よ、吉夫くん?」

「さっきの状態であると、間違って襲いそうだから……これでいいだろ?」

「……うん。ありがとう、吉夫くん」


 安心したように恵美は目を閉じ、すぐに規則正しい寝息をたてて夢の世界に旅立つ。本当に不安なんだな。いきなり異世界に飛ばされ、急に魔王を倒してほしいなんて言われたら誰だって信じることはできない。

 夢であればいい。誰もがそう思うけれども、現実は残酷である。


「……おまえを守ってやるよ、恵美。そのために俺は強くなることを誓う」


 無防備な彼女の額にキスしてから、俺は目を閉じた。





 

 誰かに全身をなめまわすように見られているのを感じた俺は、ベットから上体を起こして周囲に気を配らせる。どこに誰かいるのかわからないが、あの視線の持ち主だけは隠れていることだけは容易に想像できる。

 どこにいる、と警戒しながら周囲の様子をうかがい……ふいに突き刺さるようにあった視線が消えた。このような視線を受けたのは、恵美の膝枕で昼寝をしているときだったのに……。そこで恵美のことを思い出し、手を繋いで隣に寝ている少女が起きていないのか心配する。が、そこにはいるはずの少女がいなかった。


「恵美……?」


 トイレに行ったかもしれない、と最初は思った。けれど、トイレに行くのであればすぐに戻ってくるのに……彼女は帰ってこない。まさか、この城のどこかで迷子になった……というオチはないだろう。ここにはノルトを始めとするメイドたちが働いているから、彼女たちに道を聞けば迷うことはない。

 しばらく待ってみるが、彼女は戻ってくる気配などない。ざわざわと胸騒ぎがしてきた俺は、部屋にある青い槍を手にして部屋を飛び出した。

 途中ですれ違ったメイドのノルトがヨシオ様、夕食の準備ができておりますと声をかけたが無視した。彼女には答えることもなく、広大な城内にいる恵美がどこにいるのか考え出す。たった一人の人物を広大な城内で探し出すのは、砂漠に埋まる一粒のダイヤモンドを求めることと同じ。

 どこに行ったのか、と思考すればするほどだんだん焦りだす。彼女はここに来てから日が浅く、どこに行ったのか想像すれば容易に見つけ出すことができる……はず。


「ヨシオ様、返事をしてくださいね」

「うおっ」


 そんなときにノルトは俺に足払いをかけ、床に転ばせる。背中を打ち、痛ぇとうめく俺は自然にノルトを見上げる形となってしまう。腰まで届く白い髪を三つ編みにしており、切れ長い目はルビーのように赤く、落ち着いた雰囲気であるはずの彼女はぷんぷんに怒っている。

 黒をベースとしたメイド服を身にまとい、足首まで伸ばされているスカート。そこからのぞくのは、健康的な白い脚。なぜなら、動きやすいようにスリットが入っているから。


「ど、どうしたノルト」

「どうしたではありませんよ。ワタシがあなたに声をかけていますのに、無視するように去っていくヨシオ様が悪いのです。なので、あなたにお仕置きさせてもらいました」


 俺に人差し指を向けて叱るノルト。


「これがお仕置きかよ……あっ、ノルト。恵美を見かけなかったか?」


 恵美と認識のあるノルトに彼女について訊ねることにした。彼女であれば、恵美がどこに行ったのか知っているかもしれないと予想したからだ。


「見ましたよ」

「どこに行った?」

「訓練場のほうですね。ところでヨシオ様、なぜ槍を持っているのでしょうか?」

「胸騒ぎがするから、これを持っていくだけだ」


 答えに満足したかのようにノルトはうなずき、それから俺に背を向けてその場にしゃがみこんだ。なんだ?


「ヨシオ様、胸騒ぎがするのであれば急いでメグミ様のもとに向かいましょう」

「どうしておまえがそんなことをするんだ?」

「ワタシの背に乗れば、あっという間に訓練場まで連れて行ってあげますよ?」


 このような提案をしてくれるノルトに、俺が乗っても大丈夫なのかと心配してしまう。だが、いまは恵美のことが最優先であるから――ノルトの背に乗ることにした。

 彼女の邪魔にならないように槍を持ち、空いている手でノルトの首に回す。


「ヨシオ様、どさくさに紛れてワタシの胸を揉まないでくださいよ?」


 ぽっと恥ずかしそうに顔を赤くするノルトに頬をつねるぞ? と忠告しておくと、彼女は冗談ですと返してきた。ふざけている場合ではなかったが、彼女が冗談を言ってくれたおかげで少しだけ気が楽になれた。


「では、行きますよ」


 俺をおんぶしたままノルトは走り出し、そのまま一定の間隔で作られている石造りの窓に向かう。おいおい、まさかここから飛び降りるってわけじゃあ……


「<風のウイング・ロード>」


 ノルトの周りに風が集い、彼女は走る速度を落とすことなく――窓から飛び降りた。幸い、窓ガラスがなかっただけでも僥倖だろう。


「うわああっ」

「うるさいので黙ってくださいね」

「――っ」


 ノルトが窓から飛び出したおかげで、いまの俺たちは自由落下している最中。

 本来なら重力に従って自由落下していくはずなのにそのようなことが起きなかった。目を凝らして前を見てみればノルトがなにもない空間、つまり空中を疾走しているのだ。これにはさすがの俺も現実離れしたことにぽかんとしてしまい、すぐにこれが魔法であると結論に至る。

 ノルトが<風の(ウイング・ロード)>と口にしたときに風が集い出したから、きっとあの効果であろう。その証拠に彼女は目に見えない道を普通に走り、まっすぐ訓練場に進んでいる。

 そんなときに俺は空が黒く染まり、星たちが輝いていることに気が付いた。夜まで昼寝していた俺って……ジュリアスとの手合わせで相当疲れたんだな。


「見つけました」


 訓練場にまっすぐ向かっていたおかげで、すぐに恵美の姿を発見することができた。彼女はふらふらと歩き、どこかに進んでいる最中であった。

 ノルトは恵美の前に先回りし、そこで俺を降ろしてくれた。ふらふらと歩く恵美に声をかけようとした俺は、彼女の目が虚ろでなにも映っていなかった。


「おい、恵――」


 彼女の名前を口にしようとしたときになんの前触れもなく、俺のほうに倒れてくる。槍を地面に放り投げ、倒れてくる恵美を受け止める。


「ヨシオ様、なにかが来ます!」


 ノルトがどこからか二振りのダガーを取り出し、それを構える。彼女の焦った声を聞いた俺は恵美を地面に下ろし、放り投げた槍を拾い、ノルトが警戒するなにかに備える。

 すると、俺たちの目の前の空間がぐにゃと歪み、そこから真っ黒な鎧兜に身を包んだ人物が姿を現れた。闇よりも濃い体から威厳のある雰囲気が放たれ、兜の奥からのぞく目はどちらも色が異なる。右目は真紅に染まり、左目はアメジストを連想させるような輝きを宿している。

 この人物に逆らえば命はない、と本能が告げている。それでも、出会ったばかりの恵美やノルトを失いたくない俺は震える膝に喝をいれ、槍を構える。


「ノルト、恵美を連れて逃げろ」

「できません! ヨシオ様を置いて逃げるのであれば、このワタシも一緒に戦います」

「頼む、逃げてくれ。俺には槍を振るう能しかないから、せめて時間稼ぎでもさせろよ」


 黒い鎧を纏った人物から目を離すことなく、ノルトに説得をしてみる。彼女は答えに迷うように沈黙を貫き、しばらくすると必ず戻ってきます、と言い残して恵美を連れて去っていく。


「ははっ」


 楽しそうに笑う黒い騎士に俺は睨みつける。


「なにがおかしい?」

「なんでもないさ。運命はなんて残酷だろうな、と思っただけなんだよ。……まったく、これは予想外のことが起きているじゃないか」


 ぶつぶつと何かを呟く黒騎士。俺はいつでも動けるように槍を構え、黒騎士の動きを見逃すことなく見続ける。

 黒騎士は攻撃する素振りや敵対する態度をとることなく、はあと疲れたようにため息をつく。奴はオッドアイの瞳を俺に向け、


「なあ、おまえは魔王になりたくないか?」


 何の前触れもなく、黒騎士はそのようなことを持ちかけてきた。

 そのとき俺は……。

 

 

 

 

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