少女の戦い
「……嘘だよね」
目の前で起きた出来き事は、いまだに恵美は信じることなどできなかった。虹の勇者アレクと戦うつもりであったはずの吉夫はなぜか目元を隠した獣人と戦い、敗れ、そして――溶岩の中へと落とされた。
吉夫がヴォルカノ火山に向かった直後に鈴音が嫌なことが起きそう、と感じていたため、すぐさま身支度を整え、ここまで全力で走った結果がこれであった。吉夫の死。
彼を目の前で救えなかった鈴音は漆黒の槍を呼び出し、夜のように黒い瞳に怒りを浮かばせ、全身からは同じ色の魔力を放出しながら獣人と戦っていた。連結式の槍を振るい、身にまとう闇を放出させて獣人が打ち出す炎の塊を打ち消し、黒い波動を放って近づけさせないようにさせている鈴音。
だが、彼女をあのままにしておけば闇堕ちさせてしまう。簡単に闇堕ちのことを説明すれば闇を扱う人が正気を失い、命尽きるまで魔法を扱い続ける。いまの鈴音は愛しい人が目の前で命を落としたせいで、そうなりかけているから、いま止めないともう後戻りできなくなる。
「アマリリスさん、少しだけあの人を抑えてくれますか?」
腰に差している刀の位置を確認した恵美はアマリリスに問う。すると、彼女は拳に炎を宿し、獣人に飛びかかれるように足に力を入れていた。
「もちろんよ。あのバカ、あたしの知り合いよ。だから、やるわ」
「アマちゃんがやるならわたしもやります」
力強い言葉が返ってくると、アマリリスの隣には銀色の双剣を構えたヴィヴィアルトが立っていた。
「二人とも、お願いします」
「ええ!」
「行きますよ、アマちゃんっ」
赤と白の疾風が大地を駆け抜け、獣人へと牙を向いた。
恵美も即座に動き出す。狙いは鈴音。彼女は自分が狙われることがなくなったおかげか、獣人とその相手をしているアマリリスとヴィヴィアルトに手の平を向けていた。
手の平には魔力が集束しているのを知った恵美は足に気を込め、足の裏で爆発。一瞬で速度を増した彼女は鈴音が魔法を解き放つ前に抱き付いて、得た勢いのまま飛びかかったのでごろごろと地面を転がっていく。
何度か転がって、やがて止まると恵美の上にいた鈴音は立ち上がって獣人のところへ行こうとする。そんな彼女に対し、恵美は名前を呼んでこちらを振り返ってもらい、頬を叩いた。
「メグみん……?」
「ごめんね、鈴音。いまのあなたは見ていられないよ。闇堕ちしたら、本当に吉夫くんに会えなくなるよ」
親友に叩かれて赤くなった頬を抑え、鈴音は自分に何をしていたのか理解して謝罪してきた。そして、吉夫がいなくなったことを思い出して、子供のように涙を流す鈴音の頭を抱えて、彼女が落ち着くまでしばらくそのままでいた。
彼女の黒髪を撫でながら、恵美はアマリリスとヴィヴィアルトの戦いを見守る。あの二人の本気などいままで見たことないが、いまこの瞬間、彼女たちは全力を出して獣人と戦っていた。
地面からは岩が突き出て、不安定な足場にも関わらずアマリリスと獣人は逆にそれを利用して炎を宿した脚や拳を交えており、ぶつかり合うと離れたところにいる恵美と鈴音のとこまで熱風が届く。
「ははっ、そんなもんかよ、アマリリス。おまえは思ったよりも弱いな」
「うっさいわね! あんた、気さえ扱えなかったのになんで炎を出せるようになってんのよ、ラエン!?」
構えながらも距離を取りつつ、いつでも動けるようにしているアマリリスは獣人――ラエンに問いかけた。一瞬だけ動きが止まるラエンへと、宙からは天使の翼を生やして光の如く動き回るヴィヴィアルトが双剣で攻め込もうとしても彼は余裕でかわす。
それでもヴィヴィアルトは光の斬撃を飛ばし、また自ら斬り込むがそれもラエンによけられてしまい、彼は距離を取って自慢するように説明した。
「おまえは俺の幼馴染だから特別に教えてやるよ。火の精霊王が守っていた宝をアレクが奪って、それを俺にくれたからな」
その言葉は間違いなく、ラエンが〈火の欠片〉を取り込んでいると教えていると同じ。だけど、おかしい。地下都市スビソルで〈土の欠片〉を取り込んだ魔族は暴走していたはずなのに、彼は逆にその力をうまく扱っている。
理屈は知らないけれども、本来ならば〈火の欠片〉は恵美のものになるはずの予定だから――返してもらう。
「私、そろそろ行くね、鈴音」
腕の中にいる鈴音に告げると、彼女はごめんな、と謝って戦いに巻き込まれないように引き下がっていく。彼女もわかっているだろう。闇堕ちしかけたことで膨大な魔力を消費したため、たとえ恵美の手助けをしたくても足手まといになる、と。
――ねぇ、ヘンリエッタ。もしも、ヨシュアが危なくなったらあなたは助ける?
――変なことを言うのね、リーン。そんなの、決まっているでしょう。
――うふふ、そうね。じゃあ、私たちはいつも彼とガウスに助けられているから、もっと強くならないとね。
――ええ。頑張りましょうっ。
前世であるヘンリエッタの記憶が鮮やかに思い出す。二人で紅茶を飲みながらくすくすと笑みをこぼして、話題はいつもヨシュアのことで盛り上がっていた。リーンとは魔法をともに競い合い、ヨシュアとガウスはいつもはらはらしながら見守っていたことを思い出しながら、恵美は全身にうっすらと白い炎――聖炎を宿す。
「私は吉夫くんが死んだなんて思ってない。だから……早く帰ってきてよ。じゃないと、私がこの人を倒しちゃうよ」
本当は吉夫がいなくなっているかもしれない、という不安と恐怖で押し潰れそうなほど怖い。それでも、こうして恵美が普通に振る舞えるのは彼が戻ってくる、と信じているからこそ、ラエンと戦う覚悟ができている。
恵美は足裏に炎を集めて爆発。一瞬で得た加速の中、腰に差している刀の柄を握り、アマリリスを狙おうとするラエンの拳へと居合いを叩き込む。
鋭く風を裂く最速の刃と轟々と燃え盛る破壊の拳がぶつかり合い、二人の間に衝撃波が生じる。二人は引き下がることなく、もう一度同じことを繰り返す。恵美は居合いによって振り落した刀に聖炎を流して振り上げ、ラエンはもう片方の腕に炎を宿してその一撃を放つ。
交差した両者の必殺の攻撃は通らず、ただ相殺されただけ。
「アマリリスさん、お願いです。ヴィヴィアルトさんと一緒に下がってください。本気で戦いますから」
「わかったわ。ヴィヴィ、下がるわよ」
「はい、メグミさん。無理しないでくださいね」
背後にいたアマリリスと宙にいたヴィヴィアルトが下がっているのを気配で感じながら、刀を構えて眼前に立つラエンを睨み付ける。
「人族が気を使えるなんて、俺は見たことねぇよ」
「それはあなたが知らないだけだから」
気とは魔力と似ているようでそうではない。魔法を使うためには魔力が必要であるが、才能がない人にはそれすらもできない。しかし、気は才能あるなし関わらずに使えてしまうため、誰でも学ぶことができる。
恵美がずっとアマリリスと手合わせしていたのは気を習得すること。彼女の師匠であるペドロにも気について学び、いまでは普通に使うことができる。
言葉を交わし、恵美は彼の拳が燃え出すのを目にして水の矢を自分の周りから三本生み出して穿つ。
予想してなかったことにラエンは後ろに飛んで、貫こうとする三本の水の矢を拳で落とす。
「大地の棘っ!」
大地から鋭く太い棘が現れ、水の矢を落としたばかりのラエンは焦ったように拳を地面に叩きつけると分厚い炎の壁が生み出される。だが、防御さえ無意味だったかのように鋭く太い棘はそれを破壊した。
その先にいるはずのラエンはそこにいなくて、恵美は背後から気配が近づいているのを察して振り返ると同時に横に薙ぎ払う。聖炎を宿していた刀からは白い斬撃が放たれ、それから逃げるようにラエンは勢いよく後ろに飛び、獅子の形をした炎を生み出して相殺し、さらにもう一回放った。
牙を向く炎の獅子を前に恵美は臆することなく、正面から切り伏せる。舞う火の粉を抜け、恵美は周りに火炎の弾を生み出して駆け出す。ラエンは迎え撃つように拳に炎を宿して、それを連続で飛ばす。
身に纏う聖炎の質を上げた恵美は火炎の弾を盾にしながら前へ踏み込み、両腕に炎を宿すラエンを切り裂くつもりで刀を振るう。交差し、少し遅れて息が詰まるような衝撃が身体を襲う。
カウンターを食らうことを想定していて、聖炎で防御していてもやはり防ぎきることはできなかった。痛みに顔をしかめながらも油断することなく、恵美はラエンの様子をじっとうかがう。
「お、俺の、俺の腕があああっ」
右腕の肘下からなにもなく、そこから止めどなくあふれる血は大地を鮮やかに染める。ラエンを正面から切り裂くつもりだったのに、彼はあの瞬間に冷静に身体を捻ってかわした。
肘を抑えるラエンの手からは血によって赤くなり、彼は探し求めように視線を忙しなく動かしてとある一点に止まる。 それは彼の腕。ラエンは迷うことなく自分の腕を掴み、傷口にくっつけた。炎によって無理矢理繋げたはずなのに、彼は普通に指を動かしている。
「本気で叩き潰してやるよ。――地形破壊っ!」
大地を揺らすほど重い一撃を大地に叩きつけたラエンのせいで、転びそうになった恵美。離れた場所にいる鈴音たちまで衝撃は届き、彼女たちは不安げに恵美を見守っている。
ラエンの足元の大地が大きく盛り上がり、さまざまな大きさの岩が付き出して恵美を押し潰さんばかりに迫る。
大地の棘よりも速く、威力も大きいそれを前にしても引くことなど許されない恵美はもう一つの魔法を発動させた。
「来て、地龍。お願い、私のために道を作ってっ」
恵美の呼び声に応えるようにぼこりっと地面が盛り上がり、そこから複数の土色の蛇が姿を現した。よく恵美は水で水蛇を生み出し、戦っていたがもう一つある魔法――土にも同じことはできないか悩み、つい最近できるようになった。
それが地龍。土色の肌は硬く、また強い。そう簡単に壊すことができない土の蛇たちは、恵美が命じることなく迫りくる岩の壁に牙を向く。
空気を震わせる轟音と破壊音が響き、土の蛇たちは身体に亀裂を作りながらも主のためにひたすら岩の壁を壊していく。足場は砕かれた岩の欠片ばかりで悪くなったのにも関わらず、恵美は刀を鞘に収めてその上を駆け抜けていく。
最後の土の蛇が残った岩の壁を破壊し、その先にいるラエン目がけて居合いを放つために抜刀しようとしたが――彼はいなかった。
もうもうと立ち込める砂煙、彼の姿を探し求めるがどこにもいない。いつ奇襲されてもおかしくない、と恵美は危機を感じながらも自分の周りに火炎の弾を生み出し、いっせいに打ち出す。
花が咲くように火炎の弾は放たれ、いつでも刀を抜けるように柄に手を添えて耳を澄ませていると――。
「うおおおっ!」
裂帛の声とともに砂煙から飛び出してきたのは、全身に炎を宿したラエン。 彼は奇襲するつもりなどなかったのか、恵美の正面から現れた。
ためらうことなく、恵美は距離を詰めて居合いをラエンに叩き込み、また彼の一撃をくらうこととなる。いくら聖炎である程度防御できるからといっても、こうやって二度も息が詰まるような衝撃に恵美は耐えることはできない。
しかし、眼前にいるラエンをまだ倒れていないから、ここで負けるわけにはいかない。振り下ろした刀を振り上げて、彼を裂こうと腕を動かして刀を振るうまでラエンは無防備だった。
勢いよく刀を振り上げてラエンを裂くはずだったのに、彼に触れた瞬間に弾かれてしまった。まさか、さっきまで聖炎で自分の身を守っていたはずの技を相手にマネされるなんて考えてなかった。
それでも、恵美は最後まで諦めない。刀を手放し、左手に聖炎を宿して彼を貫くつもりで手刀をすばやく突き出す。ラエンの心臓を貫くために放った一撃であったが、彼はあっさりと左手を掴んでしまう。
力を込めても腕は岩のようにぴくりとも動かず、恵美は聖炎を迸り、彼から拘束を逃れようと必死になってもそれはできなかった。ラエンは諦めようとしない彼女に武人としての言葉を送る。
「おまえはもう充分に戦った」
ラエンからぽつりと漏れた言葉に恵美が彼の目を合わせると、目元まで伸びた髪からのぞく黒い瞳は穏やかで、ただ彼女を諦めることを促す。彼の瞳には侮辱の色などなく、恵美はなにもできない自分に恥じてラエンが腕に炎を宿して最後の一撃を放とうとしてるのを見ていることしかできなかった。
――ごめんね、吉夫くん……。
鈴音が、アマリリスが、ヴィヴィアルトが恵美の名前を同時に叫ぶ。心の中でごめんね、と謝って、愛しい人のことを想いながら目を閉じて来るべき衝撃を待ち続けていると……。誰かの温もりを感じ、つい閉じていた目を開くと海のように蒼い瞳と交差し、そして彼が――微笑みを浮かべる吉夫がいた。
「無茶ばかりしやがって……おまえを守るって約束したこと、もう忘れたのか、恵美」
「あ……」
彼が生きていることに安心し、まだ戦闘中なのに涙がぽろぽろとあふれてくる。本当はとっても不安で、もしも彼がいなくなったら自分はどうすればいいのか、恵美にはわからなかった。
手を伸ばし、彼の頬に触れると苦笑する吉夫。ほっと一安心すると、恵美は吉夫に抱えられていることにいまさら気付き、ラエンから離れた位置にいることまでわかった。
「あいつと決着をつけてくるから、おまえは休んでてくれ」
「……うん」
下ろされた恵美はラエンに向かっていく吉夫の後ろ姿を見送り、ふと腰に視線を落とせば刀が柄に収まっていた。いつ彼がこうしたのかわからない。でも、いまの吉夫ならラエンに勝てると確信していた。
「大丈夫。兄さんなら絶対に勝ちます」
「巴ちゃん……」
「お久しぶりです、恵美さん」
いつの間に黒いローブを着た巴が隣に立っていた。涼しげな目元、すらっと伸びた身長、鴉のような濡れ場の黒髪はポニーテールにしていて大人っぽい雰囲気をしている少女――吉夫の義理の妹。
どうしてここにいるのか、恵美は訊かない。かわりに一つだけ尋ねる。
「もしかして、巴ちゃんが吉夫くんを助けたの?」
「私と火の精霊王の二人で助けました。どさくさに紛れて兄さんにキスしようと思いましたが、火の精霊王に咎められました」
相変わらず兄のことが好きな彼女のことを恵美は苦笑し、吉夫とラエンの戦いを遠くから見守る。彼らは言葉を紡ぐことなどなく、ある程度吉夫が近づくとラエンが大地を蹴る。
炎を身体に宿らせ、一本の赤い矢と化したラエンはその状態から獅子円舞を使い、生み出されていく赤い獅子たちを前にしても吉夫は止まることなく歩み続ける。
「焦るなよ。ちゃんと相手してやるから」
いつ抜いたのか、吉夫の両手には黒剣と白銀の剣が握られており、彼は噛みつこうとした炎の獅子をかわし、まるで炎の獅子と戯れるように踊って次々と剣で切り裂いていく。
火の粉が舞い散り、斬られた獅子たちは増えていく。またラエンも炎の獅子に紛れて獅子波動を放つがそれすらも吉夫には当たらない。
「まとめて減らしてやるよ。――〈雷の欠片〉解放。さっさと終えて、アレクの糞野郎をぶちのめしてやらないといけないからな。行け」
どうやって減らすのか、と恵美が不安げに見守る中、吉夫はただ言葉を紡ぐ。それだけで彼の周りにバチバチと音を立てる雷の刃が現れ 、恵美は驚くことしかできなかった。あれは、剣を振るわなければ生み出すことができないはずなのに、言葉だけでは不可能のはず。
吉夫を守るように出現した雷の刃は、命じられたことを実行するように炎の獅子たちへと飛び交う。全方位に解き放たれた雷の刃は次々と獅子たちを裂き、やがて彼の視線は人型の炎に止まる。
「くっ……。おまえ、なにをした?」
「〈雷の欠片〉を解放しただけだ。安心しろ。おまえは俺の手で倒す」
獅子たちがいなくなると、役目を終えた雷の刃は消えていき、吉夫は人型の炎――ラエンを切り裂くつもりで二振りの剣を交差させる。対するラエンは炎に包まれた両腕で迎え打とうとするが――急に吉夫がそこからいなくなった。
「……え?」
「恵美さん。兄さんはあの人を高速で斬りつけてますよ?」
巴が指摘したとおり吉夫は目で負えないほどの速度でラエンを連続で斬りつけている。彼がいるとかろうじてわかるのは、白い閃光が目まぐるしく動き回っているから。
ラエンは連続で斬りつけられているにも関わらず、必死に彼の攻撃をかわして反撃しようとしても――拳になにも当たらない。彼が立っていられるのは、恵美と同じように全身に炎をまとわせてしのいでいるだけ。
「大噴火っ!!」
渾身の一撃とも呼べるラエンの拳は大地を大きく揺らし、亀裂からはちろちろと炎があふれだし、やがて大きな火柱があちこちから飛び出た。まさに噴火と呼べるラエンの必殺技。だけど、必殺技など当たらなければ意味などない。
恵美は吉夫の姿を追い求めると、彼は無事であった。ラエンから下がり、足元には亀裂があるはずなのに彼の周囲だけはまるで何事もなかったかのようにそのままの状態。まるで打ち消しているかのように……。
――私のこの剣はどんな怪我でも癒すけれど、ヨシュアさんの剣はまるで反対の性質ね。
――魔法を打ち消す剣……魔法を扱うことができない僕にとってこれは相棒だよ。
――そうね。だから、魔殺しでも名付けたらどうかしら、ヨシュアさん。
――いい名前だね、ありがとう、ヘンリー。
あの黒剣が魔殺しであることを前世の記憶を思い出した恵美は、これまで吉夫がその剣で数々の魔法を打ち消してきたことに納得した。だから、勝ってほしい。勝って、また抱き締めてもらって、たっぷりと甘えさせてもらう。鈴音には悪いけれど、今回くらいは許される……はず。
「これで決めてやる」
「やってみやがれよ!」
全身に雷を宿す吉夫を近づけさせないように火炎弾を連続で放つラエンだが、彼は回避しながら、また打ち落とし、魔殺しの効果で打ち消しながら距離を詰めていく。
吉夫は眼前で放たれた獅子波動を回避、隙ができたところへすばやく移動し、二振りの剣で強襲。それを繰り返し、ラエンのまとっている炎を削っていく。まるで終わりなき嵐のように。
舞い踊り続ける吉夫のそれは、どこかで見たことがある剣舞。その剣舞は……恵美の前世であるヘンリエッタが知るヨシュアの剣舞。蝶のように舞い、蜂のように刺す。それが嵐の舞。
「これで、終わりだ!」
「ぐああっ」
最後に吉夫が正面から交差した二振りの剣を振るい、ラエンは耐えることができずに倒れる。吉夫はそんな彼に近づいて、手を胸元まで伸ばしていく。
「火の精霊王から聞いたぞ。おまえが〈火の欠片〉を持っているということを。〈火の欠片〉が暴走しなかったのはおまえが強くありたいと思い続けたせいだろうな。……ったくよ、意思が強ければ〈欠片〉は誰でも使えてしまうとか信じられないな。――〈雷の欠片〉解放」
恵美は吉夫が何かを言っているのはわかるが遠くからではわからない。ただ、ラエンになにかしようとしていることだけは理解できる。ラエンの胸元まで伸ばした手は抵抗もなくすんなりと身体の中に侵入し、すぐに吉夫はそこから抜くと赤く輝く菱形のそれを握っていた。
「よっ、恵美」
「きゃあ。い、いきなりこっちに来ないでよ、吉夫くんのバカっ」
遠くにいたと思えば急に目の前に姿を現す吉夫に驚いた恵美はつい悲鳴を上げるのに、彼は苦笑しながら可愛い悲鳴だな、と呟く。かあっと頬が赤くなっていく恵美は恥ずかしさを紛らわせるように抱きつく。照れ隠しに吉夫は自分の頭を撫でて、ただいまと呟いて、おかえりなさいと返した。
すると拗ねた巴の声が聞こえて、苦笑してしまうが彼女には彼の胸に顔を埋めているのでわかるはずがない。
「……兄さん、私の前でいちゃいちゃしないで」
「固いことを言わないでくれよ、巴。俺だって恵美や鈴音のことをすごく心配していたからな。もちろん、おまえのこともな」
「ん、ごめんね、兄さん。勝手にこっちに来て」
「おまえが無事ならそれでいいよ」
久しぶりに出会った兄妹の会話を聞いている恵美は、吉夫に優しく抱き締められた。彼の腕の中で安堵の息をついて、顔を上げれば楽しそうに巴と会話する吉夫。
いまはなにもしないで、このまま彼の腕の中で休みたい。張り詰めていた緊張感がなくなり、恵美はゆっくりと眠りに落ちようとしたときに一番聞きたくない少年の声が響いた。
「僕のハニーを返せ、悪魔ぁ!」
「……っ」
息を呑む吉夫と鋭く空気を裂く音、誰かの痛みを押し殺した声が同時に恵美の耳朶を打つ。




