炎の獣
炎の精霊王ソルに乗って、街まで戻った俺たちは見られた住人たちに驚かれたが、大きな騒ぎにはならなかった。ソルに感謝し、すぐに道場に向かってペドロに生徒がいないこと、〈火の欠片〉が虹の勇者に奪われたことを伝えた。
道場に残って鍛錬をしていた恵美とヴィヴィアルトは疲れているみたいだが、どこか満足そうにしている。ペドロとの鍛錬で二人とも納得ができるまで続けたせいかもしれない。
そこでペドロが昼食を食べていけ、と俺たちが戻る前に用意していた野菜炒めと鹿肉をいただいた。ペドロは外見と裏腹に料理がうまい。千年も長生きしている彼は料理が趣味と教え、暇な日は孤児院で子供たちに美味しい食べ物を作っているのだ。
美味しくペドロの昼食をいただいたあと、宿屋「赤きしっぽ」に戻ればアマリリスの従兄が女性陣に温泉に入ることを薦めた。汗をかいていた恵美とヴィヴィアルトは迷わず入ることを決め、火山で蒸し暑い思いをしていた鈴音とアマリリスも温泉に向かうことになり、彼の妻が裏にある温泉へと案内された。
女性陣がいなくなって、一人だけどなった俺は暇になってしまい、やることがない。赤きしっぽの一階は食堂で、そこの隅っこに座っている俺はアマリリスの従兄や従業員が忙しく働いているのを見ながら何かやろうと決めた。
いまはお昼だからか、空いている席やテーブルなどないほど人があふれている。しかも、昼であるにも関わらずジョッキに発泡酒……黒麦酒だったか? それを飲んで騒ぐドワーフどもと飲み比べをする一つ目の魔族、野次馬たちがうるさい。
バカ騒ぎを眺めているのも暇だろう。立ち上がって、アマリリスの従兄に声をかけた。
「また裏を使わせてもらうからな」
ここに来た初日に使った場所のことを伝えると、こっそりとやってくれよと苦笑しながら言われた。なにをこっそりとやるのかわからず、裏こと裏庭に向かう。
裏庭は草が茂り、建物が二階もあるため太陽の光を遮っている。おかげで日陰ができてしまい、外は暑いはずなのに涼やかな風が吹くので心地よい。
この前は気が付かなかったが、ちょうど建物の半分に木で仕切られている場所があって、そこから硫黄のにおいがする。
硫黄のにおい? そういえば温泉はそのにおいだってな……じゃなくて、温泉だと? 裏庭にある温泉、そこには汗を流すためにいまは恵美たちが一糸纏わぬ状態で浸かっていて、男にとっての楽園が広がっている……ごくり。
そういうことか、あの野郎。こっそりとやってくれよと告げたのは、彼女たちに気付かれることなくのぞきを行い、楽園をその目に焼き付けて来いってことか……いや、待て俺。暇だからって、さすがにのぞきはまずい。
こっちだって、命が惜しい。女性陣に気付かれた場合、気が済むまで魔法の嵐が飛び交いそうだから無事では済まない。初日で温泉のことに気が付かないなんて……バカだな。
踵を返そうとして、歩き出したときに反対側から女性陣の声が嫌でも聞こえてしまい、つい足を止めてしまう。
「いつ見ても鈴音の胸っていい形しているよねー……」
「そういうメグみんもうちと同じやないか。そうそう、知っておる? よっしーの好みは美乳なんやて」
「ふーん……じゃあ、今度揉ませてあげようかな」
「その時はうちも一緒にやらせてもらうで。ああ見えても、よっしーは押しに弱いからなぁ」
「うん、いいよ。やり方は鈴音に任せるから」
恵美と鈴音のやり取りが自然と聞こえてしまい、あのバカが余計なことを口にしていたので、温泉から出たあとは頬でもつねてやろうと決めた。
帰ろうと思ったけれども、なんだかガールズトークというのを聞いてみたくなってきたので盗み聞きでもしよう。そうしても罰は当たらないはずだ。
「アマちゃんのそこ、いつ見ても大きいです……」
「そう? これぐらい普通じゃないの? ほら、見なさいよ。あの二人だってあたしと同じぐらいあるでしょ」
「同じじゃないですよっ。アマちゃんのほうがもっと大きいですっ。メグミさんやリンネさんもわたしよりも大きいですし……」
「悩むヴィヴィって可愛いわね。やっぱり、あいつに出会ったせいかしら?」
「きゃあ。だ、だからいきなり抱きつかないって毎回注意しているのに、どうしてそうするのですか!?」
アマリリスによって背後から抱き締められたヴィヴィアルトが顔を赤らめ、本人はきっと彼女の反応を楽しんでいるだろう。慌てふためくヴィヴィアルト……などと想像してしまい、つい笑みをこぼしてしまう。
「なぁ、メグみん」
「なに鈴音?」
ヴィヴィアルトとアマリリスが戯れているのに、二人はまったく気にすることなく話を続けていく。それは、俺が予想にもしなかった爆弾発言だった。
「よっしーはうちらをのぞくつもりないから、誘惑すればええやない?」
ここから鈴音の顔は見えないが、絶対に小悪魔のように微笑んで恵美の反応をうかがっているはずだ。鈴音、おまえがどうやって俺がここにいるのかわかったのか知りたくないが……それを教えなくてもいいじゃないか……?
恵美が誘惑するつもりなんてありえない。さっきまでガールズトークを盗み聞きしていた俺は彼女たちのことを忘れ、訓練をやろうと立ち上がったとき、そいつの声が嫌ってほど聞こえた。
「悪魔がいないいま、僕は君を迎えに来たよハニー」
「きゃああ!?」
虹の勇者アレクの声と恵美の悲鳴。あの野郎、場所を選ぶことなく姿を現しやがったな。すぐに追い払ってやるから……待っていろよ、恵美、鈴音。
「水蛇!」
「消えんか、変態っ」
「わ、ま、待ってよ。ハニーとそこの君。僕に攻撃するなんて、君らしくないよっ」
「黙って消えてよっ」
あの二人の声を聞き、俺は半分に仕切られている木から離れて脚に雷をまとわせる。脚に雷をまとわせた俺は走り出し、大地を強く踏んで身体を宙に浮かす。それでも壁を乗り越えるのにまだ足りない。首にぶら下げている風の魔導具に魔力を流し、なにもない宙を「踏み締め」てようやく壁を乗り越えた。
視界に映るのは、中心には円状に作られていお湯が張っている場所。ヴィヴィアルトとアマリリスは隅に退避し、恵美と鈴音は奴と交戦中。
猫っ毛の黒い髪に軽鎧を着ているそいつは左腕の小型の盾で迫りくる水蛇や飛び交う黒い球体を防いでいく。
着地する前に右手に雷を集めてアレクへと解き放つ。一条の雷の柱がまっすぐに彼へと向かうが、奴は小型の盾を掲げて完全に防いだ。
「僕の邪魔をするな、悪魔め!」
後退しながらも俺の奇襲を防ぎ切ったアレクは腰に差している剣を抜き放てば、噂通りの虹色の刀身である剣が姿を現す。
地面に着地した俺へと、アレクは虹の剣を振るうよりも早く複数の水蛇と漆黒の槍を手にした鈴音が攻める。
タオル一枚で身体を隠した鈴音は槍を巧みに操って、アレクを貫こうとしても奴は剣の腹で防ぎ、かわす。また複数の水蛇は刀身が赤く輝く奴の虹の剣によって切り捨てられる。
「鈴音、下がれ!」
「そうするつもりや! 任せたでっ」
空間魔法からハルバードを取り出し、鈴音が下がると同時に前へ踏み出してアレクとの間合いを詰める。
アレクは剣を振るうよりも左腕にある小型の盾を自分の身体の前に掲げて俺の一撃を受け止めた。正面から防いだアレクは歯を食いしばりながら、その状態で俺を後ろに飛ばす。
「悪魔め。よくも僕のハニーから過去の記憶を奪ったな!」
「そんなもん、知るかっ」
ハルバードを構え、脚に雷を纏わせて自らの速度を上げ――アレクへと向かう。奴は速度を得た俺に驚きながらも盾を掲げてこの一撃を防ごうとしたが――それを穿ち、奴の身体に矛先が届く。
「ぐっ……」
後ろに下がったアレクは俺を睨み、ハルバードの矛先によって貫かれたそこを押さえる。ハルバードを構え、いつでも反撃できるようにしておいてもアレクは動こうとせずに言い訳を口にした。
「僕の真の力はこんなところで解放できないから、手加減してやっているんだよ!」
なんだ、こいつ。ガキか。だが……周囲を見れば温泉があるこの狭い場所で戦うとなればお互いに不利であることはわかる。
「そうか。じゃあ、さっさと火の精霊王から奪った〈欠片〉を返せよ」
「そんなもの知らないね。悪魔、ヴォルカノ火山で決着をつけてやる。――ハニー。君を助けるから、待っていてね」
恵美だけ笑顔でそう告げたアレクは俺に背を向け、逃げていく。向かう先はもくもくと白い煙を吐き出すヴォルカノ火山の方向であることを確認し、ハルバードを空間魔法の中に戻し――急いで彼女たちに背を向けた。
ぶっちゃけ、目のやり場に困る。いまの彼女たちはタオル一枚で身体を隠し、白い肌はうっすらと赤く、濡れた髪は身体に張り付いていて、目を合わせることなど俺にはできないのでとっとのこの場から逃げ出そうとした矢先。
「吉夫くん。私たちと一緒に行こうよ」
「メグみんに賛成や。うちは虹の勇者は一人やなくて、パーティ組んでおるっていう情報を聞いておる」
心配してくれる恵美と鈴音が声をかけてきて、首だけ後ろに振り向かせて彼女たちと目を合わせる。
「あいつ一人だけならなんとかなりそうだ」
「負けたら許さへんからなぁ」
「だから、勝てるようにおまじないでもしておくよ」
恵美のその言葉にどういう意味なのか問いかける前に、鈴音と彼女は顔を合わせて頷いてから俺に近寄って――両方の頬に一瞬だけ熱く、柔らかいそれが触れた。それが二人のおまじないだとわかると頬がどんどん熱くなっていき、本人たちは恥ずかしそうに顔をそむけていた。
「……ありがとう。これなら奴には負けないよ」
おまじないをもらった俺は彼女たちに微笑み、行ってくると伝えてその場から飛び出した。ヴォルカノ火山に向かう途中、ヨシュアの記憶が思い浮かんでいたが、それを忘れるために脚に雷を纏わせて走り出した。
――もしも、リーンとヘンリーさえよければ三人で共に暮らして、愛して、最後まで生きていたい……。だけど、僕はリーンの気持ちに気付いていても、応えることなんてできない……。
ヨシュアの苦悩はきっと俺と同じ。だからこそ、いまは戦いに集中したいから忘れておきたい……けれど、もしもそれが叶うならば二人は……俺のわがままを許してくれるだろうか。
「ふぅ……着いた」
全力で走り続け、雷を脚にまとわせたおかげで自分が思っていたよりも早くヴォルカノ火山の麓に着いた。ふうと大きく深呼吸し、乱れた息を整えながらアレクの姿を探していく。
いつでも剣を抜けるように柄に手を添えて、警戒しながら歩いていると一人の獣人を見つけた。黒い三角巾の耳、目元まで伸びた黒髪の青年の表情は見えないが……俺のことに気付くと口元に笑みが浮かび上がる。
ぞわりっと寒気を感じ、本能に従って横に飛んだ。すると眼前にいたはずの獣人は俺がいた場所は拳によって陥没し、砕けた破片が宙を舞っていた。
「なにを――」
なにをするんだよ、と言葉にする前に獣人は両手に炎を滾らせ、正拳突きをやった。それによって両手にあった炎は矢の如く放たれ、よける暇もなかった俺は間合いを詰めていく。炎の矢は当たらなかったものの、その熱さだけで顔をしかめてしまうほどだったが、居合いの間合いとなって剣を振るう。
奴を切り裂いた――はずだった。が、獣人は居合いが放たれる瞬間に一歩だけ下がって、うまくかわした相手はにやっと口元に笑みを浮かばせて、腕に炎をまとわせて俺を殴り飛ばす。
よける術もなく、炎の塊を正面からくらってしまう。ぴりぴりと肌が焼け、後ろに飛ばされた。握っていた剣はどこかに弾かれて、体勢を整えて獣人を見据える。
「おまえ、アマリリスみたいに気を炎に変化させるのか?」
気をある程度うまく扱いこなす者であれば、属性変化までできるとペドロから聞いていて、それができるのはアマリリスしか知らなかったが……こいつ、手練れだ。至近距離で居合いをかわすだけではなく、そんなことまでできるなら、全力で挑むしかない。
「へえ。おまえ、あいつのことを知っているのか」
「当たり前だ。一応仲間だからな」
アマリリスを知っているような口ぶりの青年を警戒しながら、彼の視界には映らないように空間魔法からハルバードをこっそりと取り出す。
「俺はあいつの幼なじみだ。……で、おまえが悪魔と呼ばれている男か」
「それがどうした?」
「俺はアレクからおまえを倒すことを頼まれているからな。それにせっかく得た力で暴れてみたかったんだよな!」
青年の両腕が炎に包まれ、奴は連続で炎の塊を打ち出してきた。こっそりと取り出したハルバードを構えて、魔力を流しながら回避していく。
魔力を得たハルバードなぎ払えば、灼熱の刃が生み出されて炎の塊を消していく。ある程度の数を打ち落としながら、動こうとしない獣人から離れてた俺は褒められた。
「さすがだな、悪魔」
「悪魔じゃねぇよ。ヨシオだ」
「そうか、じゃあ俺も名乗らせてもらう。ラエンだ」
目の前に立つ獣人――ラエンを見据えながら、ヴォルカノ火山で行方不明になった生徒を探して欲しいと頼んだペドロのことを思い出す。その行方不明の生徒はもしや……。
「まさか、おまえがペドロが探している生徒なのか……?」
「あいつの名前を口にするな!」
ペドロの名を聞いただけで、豹変したように顔を怒りで歪ませて全身から炎をあふれさせる。ラエンは大地を踏み締め、拳に炎を集めて、俺が見たことがある技を放った。
「獅子円舞! 燃え尽きろぉ!」
全身が赤く、獅子の形をした炎が奴の拳から生み出される。アマリリスと同じ技名に俺は焦り、途中で分裂していく炎の獅子に手を向けて雷を溜めて、一気に解き放つ。
一条の閃光が分裂していた炎の獅子をまとめて消し去り、けれどまだ残っているほうが牙を向く。
「火炎弾でもくらえ!」
さらにラエンは炎の塊――火炎弾を打ち出してきた。牙を向く炎の獅子たちをかわすだけで精一杯なのに、それはないだろうっ。
高速で迫る炎の塊を横に飛んでかわし、しかし待ち構えていたように一体の炎の獅子が体当たりをしてきた。火でできている獅子のせいで当たった場所は焼けるように熱く、続けて別の獅子が脚を噛みつく。
「ぐぁ、痛ってぇな!」
牙が脚に噛みつき、内側から燃えるような痛みが全身を駆け巡る。痛みによって動きが一瞬だけ止まったときに、大量の火炎弾と炎の獅子が迫ってくる。
「消えろおぉ――!」
全身から雷を放出させ、広範囲で広がっていくそれはラエンの炎を掻き消していき、脚に噛みついていた炎の獅子もいなくなっていた。放電させ、荒くなった息を整えてつつ脚を動かそうとしたら、痛みが襲い、走ることは難しい。
「はあ……はあ……くそっ」
悪態をついてしまい、ラエンの姿を探し求めると横から強い衝撃が俺を襲って、みっともなく地面に転がる。腹に痛みを感じた俺は蹴飛ばした体勢のままこっちを見るラエンと目が合う。放電で攻撃を打ち消して無防備になっていた俺が気付くよりも早く、感知されないほどの速さで動いていたってことかよ……。
獣人という種族は身体能力は高いってわかっていたが……これほどとは。
どうすればいい、と俺がいた場所から動こうとしないラエンから目をそらすことなく、考えていると視界に光る物が映った。
「はははっ。これで俺は誰にも落ちこぼれなんて呼ばれないっ。いいや、誰にもそう呼ばせない! だって、俺は最強になったからなっ」
高笑いを上げる獣人はすでに勝ったつもりでいる。まだ終わってねぇよ。獣人化し、胸元が大きく膨らんでいき、頭の上から三角巾の耳と尻のつけ根からしっぽが現れる。
しっぽで光るそれまで伸ばし、落とさないようにしっかりと巻きついてラエンを挑発した。
「最強になったと思っていても、おまえは落ちこぼれなんだよ」
「……あ?」
ぴたりと笑うことをやめたラエンは俺のほうを向いた。奴のことを嘲笑うように口元に笑みを浮かばせると、悔しそうに拳を握り締める。
「聞こえなかったのか、落ちこぼれ。だったら聞こえるように言ってやる。おまえは、一生落ちこぼれなんだよ!」
「黙れっ! いますぐおまえを殺してやるよ!」
大地を蹴ったラエンは予想通りに俺に向ってきてくれた。立ち上がり、しっぽに巻きついたそれを手元に持っていき、柄を握り締め、雷を纏わせてラエンと交差。
奴は頭に血が上っているせいか、放たれた拳は軌道が読みやすく、またかわしやすい。だから、奴に一撃を当てることができた。
「ぐっ……。よくも俺を斬りやがったな……!」
袈裟斬りの痕は出血しないようにか、炎で傷口を焼いたラエンは肉薄してきた。先ほどよりも速く、炎を宿した脚で蹴り飛ばそうとするがやはり大ぶりだ。傷ついた脚のせいで速く動けないものの、無駄が多くなったラエンの攻撃くらいかわせる。
剣を鞘に収め、蹴り上げる炎の脚を横に飛んで回避し、居合いを無防備な背中に叩き込む。
居合いによって斬られた傷跡もあっという間に炎によって塞ぐラエン。これじゃあ、斬っても痛みがまったく感じられない。ユグドラシルで相手をした黒狼みたいに攻めても回復してしまう相手にはどうすればいい……!
攻撃が通らない相手と距離を取って、必至に策を練ろうと頭を動かしているとラエンは獣のように咆哮。その雄叫びはまるでヴォルカノ火山を揺らすほど雄々しく、力強い。
獣人化したことによって、強化された耳にきぃーんと嫌な音がしてそこを抑えて、痛みに耐える。脳がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われ、それに耐えるために怪我した脚を殴りつけて痛みを書き換える。
それでもだいぶマシになったので、震える脚で立ち上がろうとしたらラエンが大地を揺らすほどの重い一撃をぶつけた。そこを中心に亀裂が生じていき、少しずつ大地が盛り上がっていく。
「喰らえ! 地形破壊!」
奴が叫ぶと同じタイミングで足元の地面が大きく盛り上がり、さまざまな大きさの岩が突き出して俺を潰そうとしていく。首にぶら下げている風の魔導具を使って、足元が不安定のここから逃げようと決めた。が、行動するのは遅過ぎた。
地面から突き出た岩を蹴り、高速で接近してきた炎の塊――火に身を包んだラエンに殴り飛ばされ、剣を構えることを許さないように武器を蹴飛ばされた。
「くっ……!」
「おらぁ、さっさと死ねよ!」
武器を失い、炎に身を包んだラエンの攻撃をかわそうとしてもあまりにも相手は速く、目で追いかけることすら難しい。ラエンの攻めを最低限の動きでかわし、かすめただけで熱風が肌を焦がす。
「炎脚っ!」
炎が宿った獣人の脚が獅子に噛まれた場所に命中し、あまりの痛さに意識が飛びそうになった。蹴られた俺は背後にあった岩にぶつかり、肺から息を漏らす。
次の攻撃に備えるために立ち上がろうと、脚に力を込めるが言うことを聞いてくれない。くそっ……。奴の重い拳と蹴りのせいで身体のあちこちは痛いが……俺はまだやれるはずだ。なのに、どうして脚が、身体が言うことを聞いてくれない……!
「ははは。おまえは俺を落ちこぼれと呼んだ罰だ」
「あ……があ……っ」
片手で俺の首を締めた奴は、そのまま軽々と身体を腕一本のみで支えた。首を締めつける奴の腕のせいでまともに呼吸することができず、もがいて逃げ出そうとしても指は外れそうにない。
「大人しく死ね……!」
拳を後ろに引いたラエンはそこに炎を宿らせて、あとは殴るだけで俺の人生はここで終えてしまう。ごめん、鈴音、恵美。せっかくおまじないかけてもらったのに……こいつには勝てそうもない。
「……くく、どうやらおまえの仲間が着いたみたいだな」
意識が飛びかけている俺は、ラエンが顔を向ける先に見覚えのある人物たちがヴォルカノ火山の麓に着いたことが見えた。ヴィヴィアルトにアマリリス、鈴音と恵美。彼女たちは走ってきたのか、肩で息をしている。
「よっしーを離さんか!」
真っ先にラエンへと攻めてきたのは、漆黒の槍を呼び出した鈴音。鼻で笑ったラエンは俺を片手で掴んだまま、空いている手に炎を集めて獅子円舞を彼女と背後にいる彼女たちに放った。
途中で分裂して数を増やしていく炎の獅子。鈴音は槍で獅子たちをなぎ倒しながら、必死に俺を助けようとしている。
「おまえを助けるなんて無駄なことを、仲間たちに教えてやるよ」
足で地面をたんたんっと軽く叩くと人一人分ほど呑み込めるほどの穴が現れた。その先は……鮮やかな赤一色の溶岩はぐつぐつと煮え、あふれる熱気は感じているだけで汗が流れてくる。
「おまえはここで死ぬから、あそこで槍を振るう黒髪の女をもらってやるよ。いい女じゃ――!?」
「だ……まれ……」
首を締められ、まったく力が入らなかったはずなのに、鈴音のことを言われるとラエンの腕を片手で潰すように握る。苦痛で顔を歪めるラエンは俺の手から逃れるように炎を腕から出し、拘束を緩めさせるつもりだが……それでも諦めない。諦めるもんかよ……仲間には手出しなんて、させねぇよ。
「く、は、離れろっ」
焦り出すラエン。奴の腕を掴んでいる手からは肉が焼ける嫌なにおいがして、激痛とこの熱のおかげで意識がぶっ飛びそうになるがそれでも俺はやめない。
「よっしー、あともう少しの辛抱やっ」
五メートル先には連結した槍を振るう鈴音がいて、彼女が動くたびに炎の獅子は消し飛び、または潰れていき、獅子としての形を失う。あれは……重力という魔法だったな。
「くそぉ! さっさと死にやがれよ!」
「がっ……」
近くにあった岩に背中を叩きつけられ、続けて腹に重い一撃。激痛で拘束しているラエンの腕を離してしまい、好機と見た奴は俺を灼熱の海に投げ込んだ。そのとき、鈴音が奴の背後に姿を現した。
「邪魔や!」
「ぐあっ」
連結式の槍を伸ばしてラエンを弾いた鈴音はくるりと回転したそれで、灼熱の海に落ちていく俺に掴ませようとする。手元まで近付いたそれを握ろうとしても、身体が言うことを聞いてくれない。力なく微笑んで、鈴音には口の動きでごめん、と謝罪した。
涙を流し、悲痛な彼女の声を最後に灼熱の海へと呑み込まれた。