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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
炎の国フォガレイム
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師子王

 森の中で想いを告げた鈴音がずっと胸の奥にしまっていた感情を涙とともに流した彼女は、あれから積極的に俺を振り向かせようとしている。しかも、彼女はあの日に俺と一緒に宿屋「赤きしっぽ」に戻って、ヴィヴィアルトたちと会話していた恵美に堂々と宣言してしまった。

 よっしーはメグみんに渡さへん、と。

 また恵美も宣戦布告してきた鈴音に普段から考えられないような凛とした声で返してしまう。

 私が彼を振り向かせるから、鈴音には無理だよ、と。

 恵美と鈴音が睨み合い、俺は口を開くことすらままらなかったが、アマリリスの従兄が修羅場だね、とその時の場面を言葉にしてくれた。

 二人の仲が悪くなる前に何とかしようとする前に彼女たちはあっさりと引き下がり、何事もなかったかのように仲良く話し出すことに驚きを隠せなかった。

 しかも、内容は俺についてだったので、恥ずかしくてどこかに隠れてしまいたいほどだったからあの場になければよかったと思うほど後悔している。けれども、二人がどう思っているのか知れて、ちょっとだけうれしかったのは彼女たちには秘密だ。

 以来、鈴音と恵美は積極的に俺を振り向かせようとしている。

 それが二日前の出来事であった。


「ねえ、吉夫くん。どうしてあの時に私にキスしたら麻痺が解けたの?」


 フォガレイムの朝早くに宿屋赤きしっぽで朝食を食べ終えた俺たちは、アマリリスを先頭にして街中を歩いている最中に思い出したように恵美が問いかける。

 俺の両脇には恵美と鈴音がいて、もっと離れてくれと頼んでも彼女たちはいや、と否定したのでこうなっている。前にはアマリリスとヴィヴィアルト、後ろには俺と恵美、鈴音という並び。

 あれか、と食べ物に麻痺薬を入れた商人と俺たちを殺すために現れたカマキリのことを思い出しながら答えた。 


「触れることで麻痺が解けるけれども、あの時は緊急事態だったから……仕方なくああするしかなかったな。まだ麻痺を解くことに慣れてなくて……」


 すまない、と言いかけたところで自分が何をしたのか思い出して、頬が熱を帯びたように熱くなっていく。唇を重ねることで麻痺を解除した……が、それを抜きにすれば彼女にしたことはキスじゃないか!

 恥ずかしいことを思い出してしまい、逃げるように足を早めてしまうのに、二人はペースを上げて追いかける。


「吉夫くん、顔が真っ赤だよ?」

「言わなくてもわかっているよ!」


 からかうように恵美はくすりと苦笑するものの、彼女の頬はうっすらと赤い。そこへ言わなくてもいいことを言ってしまう鈴音が、勝ち誇ったように微笑みながら爆弾を投下。


「う、うちはよっしーと大人のキスをしたからなっ」

「えっ、よ、吉夫くん、それは本当なの?」

「……ああ」

「うー……じゃあ、今度私にもしてくれる……?」

「嫌に決まっているだろう、バカ」


 あの時に鈴音にされたことを思い出して、まともに彼女の顔を見ることができずに前を向く。だが、なぜか俺を挟んで見えない火花がばちばちっと音が鳴ったような気がする。

 恵美は鈴音が俺にしたことに対抗するかのように、ユグドラシルで女神の涙を口移しさせた時のことを自慢してしまう。


「よ、吉夫くんなんて私に口移ししたことがあるからねっ。私に気遣うようにそっと液体を流し込んで……ね、吉夫くん。あの時、舌を絡ませなかった……?」

「してねぇよ!?」

「口移しやって……。なぁ、よっしー。今度、うちにも同じことしてくれへん?」

「ああ、もう! 頼むからこれ以上口を開かないでくれっ。いろんな人が興味津々にして聞いているだろう!?」


 聞いていて羞恥を感じさせる二人の惚気っぷりに耐えられなくなった俺は、頬をつねて強制的に黙らせる。ここに明がいたら、二人ともなに考えているのっ!? と突っ込みを入れているはずだ。

 あいつの突っ込みが懐かしいと感じてしまうのは……きっと離れているせいだな。明は今頃、フローラとどんなことをしているのだろうか。あの二人は気が合うみたいだし、うまく行けば付き合うことになるだろうな……。

 そんなことを考えてると二人が涙目で控えめにお願いをしてきた。


「よ、吉夫くん。頬が千切れちゃいそうだから離してくれるかな?」

「よっしー、お願いや。今度からはよっしーがいないときにこんなことを言い合うから許してくれるとひじょーに助かるからな」


 反省したらしい二人の頬から手を離せば、彼女たちは痛むそこをさすって痛むを和らげる。俺たちがそんなことをしている間に前を歩いていたアマリリスとヴィヴィアルトはとある建物の前で立ち止まっていた。

 アマリリスと目が合うと、彼女は俺を睨みつけてきた。


「のろけ話をするならよそでしなさいよっ! 聞いていて恥ずかしくなるじゃないの!」

「そ、そうですよ。ついうらやましいと思ったかないですかっ」

「こら、ヴィヴィっ。本人がいる前でそんなことを言う必要なんてないわよ!」

「大丈夫ですよ。あの人、鈍感なので……聞いていてもわからないみたいですしね」


 アマリリスとヴィヴィアルトは俺たちの前を歩いていたから……あののろけ話を聞いていた、じゃなくて嫌でも聞かされていた。すまないと謝罪し、アマリリスは連いて来てと一言残して建物の中に入っていく。

 俺たちも彼女のあとに続き、ブーツを脱がないといけないことを告げられてそれを取ってから気付く。そこは玄関で、履き物がきれいに並んでいた。奥に進むとそこは道場で、奥行きが八メートルほど、横は四メートルほどもあった。

 道場にいるのはもちろん生徒らしき人たち。獣人、エルフ、魔族、人間と異なる種族たちが身体を動かして汗を流し、武道に励んでいる。彼らを指導しているのは全員の前に立って、拳を交互に出す立派なたてがみをしたライオンの顔をした男性。

 琥珀色の瞳は鋭く、睨まれたら誰もが怖いと感じてしまうほどの威圧感。背が高く、服の上からでもわかるほど身体を鍛えられており、両腕は太い。


「しっかりと拳を前に出せ! 適当に動かしたら罰として腕立て伏せと腹筋をそれぞれ百回ずつやらせるからな。嫌ならやれ!」

「はいっ!」


 空気を震わせるような声に萎縮してしまうものの、学んでいる生徒たちはひるむことなく大きな声で返事をする。すごいな……。前にいる人はよい師匠だから慕われているみたいで、生徒たちも嫌な顔をせずに言われたことを実行していて、彼は嬉しそうに頬を緩めていた。

 獰猛な牙が口からのぞいて、目を細めているが何か怖い。ひっとヴィヴィアルトが小さく悲鳴を上げるほどだから、やっぱり怖い。

 そんな彼女の親友であるアマリリスは気にすることなく、俺たちに生徒たちの前に立つ人物のことを教えてくれた。


「あの人があたしの師匠ペドロよ。二つ名は獅子王。宿屋にあった獅子はあたしのお母さんが師匠から免許皆伝された証拠よ。ちなみにあたしのはこれよ」


 服に刺繍されている獅子を見せつけるアマリリス。宿屋にあったあれはそういうことなのか、と納得していると赤い疾風が飛び出す。それがアマリリスだと気付いた頃には、師匠であるペドロに対して躊躇いもなくその拳を振るっていた。

 彼女の存在に気付いていたようにペドロは広げた手でアマリリスの拳を受け止め、空気が爆ぜるような音が道場に響き渡り、静まった空間の中で二人の声がよく聞こえた。


「久しぶり、師匠」

「相変わらずだな、アマリリス」


 太陽のように微笑むアマリリスと不敵に笑うペドロはそれだけで再会の挨拶を済ましてしまい、彼らをのぞいた生徒たちと俺たちは、呆気に取られていたのは言うまでもない。

 あの過激な挨拶をしたアマリリスと彼女の師匠であるペドロ、それから俺たちは応接間に移動し、今後について語り合うことになった。ペドロの生徒たちはちょうど稽古の終える時間帯だったので、彼らは家に帰っている。

 ここの主であるペドロはテーブルの向こうであぐらを組み、じっと鋭い目を細めて俺を見定めているみたいで、ついにその口を開いた。


「なるほど。おまえが〈雷の欠片〉保持者か。あの邪神に陶酔しているトローヴァがおまえに託すとは……な」


 〈雷の欠片〉保持者であることを見抜かれ、ペドロに対する警戒を高めていると彼は待ったと制止の声を上げて、おまえたちの味方だ、と一言告げた。琥珀色の瞳に嘘をついていないと感じ、警戒するのをやめて彼と向かい合う。


「単刀直入に言わせてもらおうか。俺は七つある〈欠片〉の一人である〈火の欠片〉だ。しかしそれは千年前のことだ」

「せ、千年前ですか? 〈欠片〉はそこまで長生きするのですか?」

「ヴィヴィちゃん。ダイナスさんも〈欠片〉の一人だって忘れていない?」

「……あ」


 地下都市スビソルで商人をしている〈土の欠片〉の一人であったダイナスのことを恵美の言葉で思い出したのか、納得したようにヴィヴィアルトは頷いた。

 それにしてもすべての〈欠片〉には寿命がないのか? 雷の精霊王の白狼や土の精霊王であるノルーヴィも長く生きているし……。きっと、不老不死かもしれない、と考えながら自ら〈火の欠片〉の一人であったペドロの話に耳を傾ける。


「おまえたちは封印を解かれた邪神を――我らの主であった者を倒すために〈欠片〉を探しているのであれば、ヴォルカノ火山に行けばよい」

「あれ? 師匠は〈欠片〉保持者を見定めなくていいの?」


 アマリリスの疑問にペドロは目を細め、優しい眼差しを恵美に向ける。懐かしむように彼は彼女の前世である名前を口にし、火の精霊王の加護を授かった者ならばできる確信したように告げる。

 もしかして彼は恵美の前世であるヘンリエッタと知り合っていたからこそ、彼女が〈火の欠片〉保持者としてふさわしいと言っているみたいだ。どうしてそのことがわかるのか、と問うとヘンリエッタと同じ聖炎を宿しているからだ、と彼女の炎を見ることなく見抜いたペドロ。

 へえと感心していると鈴音が疑問をぶつけた。


「なあ、どないして〈欠片〉を火山なんかに隠しているんや?」

「隠しているのではなく、火の精霊王が管理している。ヴォルカノ火山に行くのであれば、頼みを聞いてくれないか?」

「うちじゃなくてよっしーに言いや。うちは彼の決定したことに従うだけやし。メグみんたちもそれでええやろ?」


 いつの間にリーダーになったんだよ、と鈴音に文句を言いたかったが彼女以外は首を縦に振って同意していた。そこでアマリリスが暗い表情をしていることを察し、けれどもすぐにいつも通りの彼女に戻ってヴィヴィアルトと戯れるために冗談を言い出し、きゃあきゃあとうるさく言い合う。

 この二人のじゃれ合いはいつものことなので、放っておくことにしておいて、ペドロの琥珀色の目を合わせて決めた。 


「それで頼みはどういう内容なのか、教えてくれないか?」

「簡単なことだ。ヴォルカノ火山で行方不明になった一人の生徒を探して欲しい」


 こうして、俺たちはペドロの頼みと火の精霊王から〈欠片〉を受け取りに行くために火山に行くことが決まった。


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