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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
炎の国フォガレイム
52/68

酒場

 昼頃に炎の国フォガレイムへと着いた俺たちは、商人が使っていたランドドラゴンと荷物をギルドに預けることにした。ギルドまではランドドラゴンも自分の主が亡くなったことを察したのか、大人しく炎の国まで連れて行ってくれたことに感謝するしかない。

 フォガレイムのギルドに入れば、アマリリスの言ったとおりに様々な種族たちが交わって、メンバーを組んだり、ボードに貼ってある依頼書と睨め会う人などいた。

 室内はレンガで作られているのに、どこからか仄かに香るにおいが鼻孔をくすぐる。殺風景にならないようにか、花が飾られている。

 ギルドに慣れているヴィヴィアルトとアマリリスはそのまま奥にある受付けに向かい、そこにいる男性に商人の身分証を渡した。それは一枚のカード。商人の名前とどこに所属しているのか書かれており、受付けの男性に彼が亡くなった経緯を話す。

 簡素に事情を話し終えたアマリリスに、男性はその商人の家族が数日前に切り裂かれた姿で見つかったことを伝えてくれた。さらに依頼を達成したため、報酬を出すと言っていたが、依頼を失敗したはずの俺たちに出していいのか、と疑問が浮かんだがアマリリスはそれを受け取った。

 一応、届けるものを届けたので依頼成功ということになったが、この報酬、俺は受け取る気にはなれなかった。俺の心情を見抜いていたのか、アマリリスは孤児院に寄付してくれる? と頼んで受け取ったのを男性に返した。


「孤児院?」

「ここはどんな種族も受け入れる。だけど、お金がない親なんかは孤児院に預けたり、生まれたばかりの赤子を捨てることもあったわ。いまはまだ戦争なんて起きてないから平和だけど、昔なんて飢えで苦しむ子供たちもいたって師匠が言っていたわね」


 なるほど、と感心しているとアマリリスの腹から音がぐうっと鳴り、彼女は顔を朱に染め、恥ずかしそうにしている。ぴんとしていた三角巾の耳まで伏せていて、しおらしい態度が可愛らしい。

 それを聞いていた恵美とヴィヴィアルトはくすくすと笑みをこぼし、アマリリスはいまにも俺に飛びかかってきそうな雰囲気をしていたので、笑いを堪えようとしても……無理だ。


「ははっ、はははっ。もっととんでもない音するかと思えば、ぶはっ」

「ちょっと! とんでもない音ってなによ!?」


 彼女には失礼なことかもしれないが、ドラゴンの唸り声かと想像していた俺は口が裂けても言えない。ぐうっと俺の腹も鳴り、まだ昼飯さえ食べてなかったことをいまさら思い出して、ここの出身であるアマリリスにどこか美味しい店はないか? と尋ねた。


「あるわよ。ほら、さっさとあたしに着いて来なさい」

「そうだな。アマリリスが空腹で暴れ出す前になんとかしないと、誰かが喰われそうだ」

「うっさいわねっ」


 そんなやり取りをしながらギルドから出て行き、先頭にはアマリリスとヴィヴィアルト。その後ろには俺と恵美。恵美は昨夜のことを思い出したのか、ほんのりと頬を赤く染めて、さり気なく俺の手に触れると逃がさないようにしっかりと指を絡ませてきた。

 彼女の様子を窺うと、恥ずかしそうにはにかむ。

 なんだか恵美と目を合わせることができなくなって思わず視線をそらすけれど、手だけは離さないままでいた。


「好きだよ……吉夫くん」


 小さな彼女の呟きには、答えることができなかった。





 アマリリスのおすすめの店は酒場剣食堂の場所。ここの店主である獣人のオッサンとアマリリスは顔なじみで、彼女が彼に声をかけると、頬を綻ばせて久し振り、と野太い声で返され、そのまま二人は雑談しだす。

 空いているテーブルなどなく、木の皿が山のようになっているとこもあれば、賭け事をしているのか、そこだけ異様に盛り上がっている。そこに獣人、人間、ドワーフと耳が長い美形の男性……エルフと頭に角を生やした女性……魔族もいた。

 本当に種族なんて関係ないみたいだな、この国は。

 一定の間隔に置かれたテーブルが並び、皿の少なそうな席を選んで、忙しそうに動き回る従業員に渡した。メニューはどうしますか、と問われたらアマリリスがシチューをお願いね、と全員分の料理を注文していたので得に文句などなく、そのままにしておいた。

 注文されたものが来るまで雑談でもしようとすれば、賭け事をしていた連中たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ、次にどよめいて、おおっと驚愕の声を上げる。忙しい奴らだな。

 そう言えばこっちに来てからは娯楽についてあまり触れていないな。庶民にとっては、あのような賭け事で楽しむ以外にもなにあるのか、知りたい。

 ヴィヴィアルトたちにそれについて聞く前にシチューが届き、会話に花を咲かせていた女性陣たちはそれを一口味わえば美味しいと声が漏れた。とろみのある白い汁、色とりどりの野菜と一口サイズに切られた肉、少し硬めのパン。

 パンを汁に付けて食べれば、これもまた違った食感を味わえる。うまい。みんな、腹が減っていたせいなのか、誰も口を開くことなく料理を味わい、食べ終えるとどや顔のアマリリスが訊いていた。


「どう、美味しいでしょ」

「ああ、美味しいよ」


 俺の答えに満面の笑みを浮かべるアマリリスだが、ヴィヴィアルトがさらっと聞きたくないことを告げた。


「気を付けてくださいよ、ヨシオさん、メグさん。アマちゃんのおすすめには人が食べれないようなゲテモノとか平然と差し出すことがありますからね。あ、これは大丈夫ですよ」


 顔を青ざめるヴィヴィアルトに、アマリリスは楽しそうに笑う。恵美はそんな彼女にどういう食べ物なのか訊くが……頭を横に振って否定する。アマリリス、どんな食べ物を食べさせられたのか俺も気になるじゃないか。

 そういうこともありながら、俺と恵美は彼女たちの冒険者時代について語られたり、こちらもあちらの技術や文化などの知っていることを教えていく。

 一時間ほどしてあれこれ語り合い、渇いた喉を潤すために水を飲んでいると、恵美の視線を感じた。いつになく真剣な眼差しをしていて、こちらが水を飲み終えると問いかけた。


「鈴音のことをどう思っているの?」


 いつかは聞かれると思っていた恵美の質問に、鈴音のことを考えると自然と言葉が紡がれる。


「鈴音は親友だ。あいつとは、おまえと一緒にいるときよりも気楽に話せるし、本音を打ち明けることができた唯一の人物だな」

「……それって鈴音のこと好きって意味じゃないかな?」

「いいや。俺はいままで一度も鈴音のことを……」


 俺は鈴音のことをあまり意識したことはない。けれど、鈴音が……俺のことを意識していたらどうする? 彼女はいつも俺の傍にいて、片時も離れようとはしなかった。二人で出かけるときは、明と一緒にいるときよりも楽しそうに微笑んでともに時間を過ごした。

 よく考えたら、鈴音は俺の幸せを願って恵美と会わせた可能性が高い。でも、それは自分の感情を押し殺すことと同じで、本人からすればとても辛いことなのに……。


――大好きよ、私の可愛い弟、ヨシュア……

 後ろから抱き付いてから耳元にそう囁く『彼女』の声を思い出しながら、恵美の目と合わせる。


「だからね、吉夫くん。私は親友の鈴音がいたからこそ、あなたと出会えたの。そして、知らない間にあなたに惹かれて、好きになっちゃたの。これはね、前世のヘンリエッタさんとしての感情じゃなくて、二階堂恵美として。だから、あなたのことが好き」


 恵美は偽ることなく自分が抱いている感情と気持ちを俺に告げた。彼女の黒い瞳には迷いがない。


「私はあなたのことが好き。でも、鈴音はまだ自分が抱いている感情を吉夫くんに告げていないから……」

「鈴音が俺に気持ちを伝えてから、選んで欲しいってことか?」

「うん。じゃないと、不公平だもんね。それに吉夫くんにはもっと私の……私たちの気持ちを知って欲しいの。でも、どうしても選べないって時があれば、その時はちゃんと私たちに相談してね」


 自分の親友は恋敵であることを知りながらも、相手の気持ちを理解してから選んで欲しいなんて……俺にはとうていできそうもない。


 ――幸せになってね、ヨシュア。

 

「……っ」


 脳裏に黒い髪を後ろに束ね、鈴音のように人懐っこい笑みを浮かべる『彼女』の姿が浮かび上がった。微笑む彼女であるが、どこか悲しそうにしている。『彼女』は……ヨシュアの双子の姉であるリーン。


「吉夫くん? 頭痛がするの?」


 頭を片手で支えてしまった俺に、恵美は手を重ねて気遣ってくれる。なんでもない、と返して、彼女に今後はどのように動くのかと口を開こうとした時に頭の上から冷たい何かか降り注いだ。

 これは……水か? ふざけたことをしてくれた人物は、俺たちの横に立っていた。木のコップを傾けたまま、そいつはいた。

 猫っ毛の髪は黒く、茶色の瞳。どこにでもいそうな顔立ちをしている少年は、親の仇のように俺を睨みつけている。軽鎧を着ているそいつの左腕には小型の盾、腰に差している剣。これを見れば冒険者の一人であるとわかる。


「てめぇ、俺に喧嘩を売っているのか?」


 そいつを睨みつけながら、低い声で訊く。恵美は俺の態度が豹変したことに驚いたみたいだが、少年のほうを向くと珍しく彼女が睨んでいた。アマリリスとヴィヴィアルトも、そいつのことを警戒している。

 

「僕のハニーに穢れた手で触れるな、悪魔」

「……はっ?」


 唖然としてしまったのは俺だけじゃないはずだ。こいつ、いきなりなにを言いやがる?


「聞こえなかったのか、悪魔。僕のハニーから離れろっ」

「黙れよ。誰がてめぇのハニーだ。大体、どこにいる?」

「おまえの隣にいるじゃないか!」


 こいつ、なんで恵美ことをハニー呼ばわりしているのかわからない。その上、俺のことを悪魔扱いしているとは何様だ。苛立ちながらも恵美に問う。


「恵美、この阿呆と知り合いか?」

「知らないよ。私、この人の知り合いじゃないから」

「ああ、かわいそうなハニーだ。僕と愛し合ったことまでも忘れたのかい? そうか、そこにいる悪魔が僕と君の記憶を――」


 きっぱりと否定したはずなのに、この阿呆はまるで聞いてなかったかのようにして、さらに記憶を捏造している。うるさい口を黙らせるために、立ち上がった俺は奴の胸倉を掴んだ。

 賭け事で盛り上がっていた連中など、面白そうに様子など見守っている。


「さっきからうっせぇよ。妄言を吐くなら、どこかに消えろ」

「僕が虹の勇者の勇者であることを知りながら、手を出すつもりかい?」

「……あ?」


 偉そうな態度を取る自称虹の勇者に俺は、キレそうになった。恵美のことをハニーと呼び、さらにこいつは彼女と愛し合った、だと。

 恵美はアースに召喚されてから、ほとんど外出することなどなかったが訓練だけは毎日のように続け、いつも俺の近くにいた。こいつとは一度も会っていないことを、断言できる。


「吉夫くん。ここは私に任せて」

「……ああ」


 真剣な眼差しをする恵美を信頼して、自称虹の勇者の胸ぐらから手を離すと奴は立ち上がった彼女を抱き締めるように両腕を大きく広げ――途中で止まる。

 冷や汗を浮かばせる自称虹の勇者の首元には、いつの間に抜かれた刀が触れるか触れないかの位置で止まっていたからだ


「は、ハニー。どういうつもりかな?」

「吉夫くんに謝って」


 ぐいっと刀の先を突きつけると、自称虹の勇者の柔らかな首元をぷくりと刺さって、赤い筋がゆっくりと流れ落ちる。さすがにまずいと察した奴はしぶしぶながら謝罪し、恵美が刀を鞘に収めたタイミングで抱き締めようとする阿呆の顔をぶん殴った。

 いくつかのテーブルを巻き込みながら、止まる阿呆。不気味なくらい静まり返った酒場の中、ここにいる客たちの視線を感じながらぐったりとしている阿呆が立ち上がるのを待つ。

 もっとも、立ち上がることができればの話だが。


「ぐっ……悪魔! 僕になにをした!?」


 起き上がろうと腕や足に力を込めて、テーブルに埋もれている阿呆は起き上がることができない阿呆は、怒りで顔を赤くしながら喚く。


「俺に水をかけた礼を返しただけだ。気分はどうだ?」


 阿呆が立ち上がることができないことを、恵美たちはわかっているみたいだ。拳に麻痺(パラライズ)を込めて、相手を気絶させると同時に起きたときに動けないようにすること。相手が魔法の耐性さえあれば気絶することなどなく、ただ身体が動かなくなるだけのこと。


「悪魔ぁ! おまえが僕の目の前からいなくなった愛しい彼女の記憶を奪ったのか!?」

「うっせぇよ」


 根拠もないないこと口にする阿呆に近づいて胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。


「変な妄想をして、勝手に恵美を自分の恋人にするなよ」

「なっ!? 僕が言っていることは全部真実なんだっ」


 話しても無駄だとわかった俺は阿呆の胸ぐらを離し、喚く奴のことを忘れて後ろに振り返るとそこには巨漢が立っていた。

 頭部を兜で隠し、手甲と脚絆を装備している巨漢は上半身裸。奴の肉体はユグドラシルの国王であるギースを思い出し、鍛えられた身体はすごいの一言に尽きる。

 背中に大剣と斧を背負った巨漢は、阿呆目がけて拳を放つ。眼前を通り過ぎた拳は正確に阿呆の腹部を捉え、喚いていた奴はもう何もしゃべることがなかった。

 ぐったりと気絶した阿呆を巨漢は片手で抱えて、ここから去っていく。阿呆がいた場所は壁がへこみ、亀裂が生じている。


「あ、あのぉ。アレク様を悪く思わないでください」


 声のした方向には茶色と青のオッドアイをした少女がいた。尖っている耳に黒ぶちメガネ。黒い髪を三つ編みにしている彼女にそばかすがあって、素朴な雰囲気をかもし出す。

 尖っている耳ってことは……エルフか。エルフって美男美女と思っていたが意外とそうではないみたいだな。

 彼女が着ているのは桃色のドレス。素朴な雰囲気をしている少女とよく似合う姿だが……旅をしているときは邪魔じゃないのか? さっきの口ぶりだと、あの阿呆と知り合いみたいだ。


「あ、あのぉ……きゃ」


 俺に近づこうとした少女はなにもないところで転び、巻き込まれないように一歩後ろに下がる。鼻から床にぶつけた少女は、真っ赤になったそこをさすっていた。もしや、これがどじっ子とかいう体質か?

 彼女をこのままにしておけない俺は手を伸ばして、周りの人たちに下着が見えていると嘘を吐く。おかげで頬を赤くした少女は俺の手を取って立ち上がると、謝罪をしようとしたのか頭を下げると腰に差している剣の柄に額をぶつけてしまう。


「うぁ……痛ぃ……」


 彼女は本当にどじっ子なんだ、と理解して、声をかけてこちらと目を合わせる。きれいな茶色と青のオッドアイに俺が映り、赤くなった額をさする彼女に告げた。


「あの阿呆に伝えておけ。二度と顔を見せるな、と」

「えーと……」

「いいな?」


 こくんと頷いた彼女にじゃあな、と挨拶すると少女は酒場から去っていく。

 残されたのは食べ物がぶちまかれた床、へこんだ壁に壊れたテーブル。アマリリスと仲がいいオッサンのほうを見れば、弁償してくれと宣言された。こうなったのは自称虹の勇者のせいだ、と愚痴りながらも請求された分を支払う。

 その後、アマリリスのおすすめする宿屋に向かい、それから気を紛らわせるために外に出て槍と剣を振るうことで時間を過ごした。


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