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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
炎の国フォガレイム
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炎の国へ

 地下都市スビソルで明たちと別れた吉夫たちは〈火の欠片〉を求めて炎の国フォガレイムへと向かい、そこで数日振りに『彼女』との再会を果たす。

 ゆっくりと絡み合う前世の記憶。

 虹の勇者との邂逅。

 少女はただ、必ず彼が帰ってくることを信じ、恐怖と不安を押し殺して――戦う。


 そして、彼は約束を交わした。

 地下都市スビソルで明たちと別れた俺たちは、炎の国フォガレイムに行く商人の護衛クエストを見つけてそれを受けることにした。炎の国まで馬車を使えばわずか四日で着くということもあり、俺たちは馬――ではなく、ランドドラゴンが引く馬車でのんびりとしている。

 ランドドラゴンと呼ばれるドラゴンは翼がなく、しかし恐竜のように発達した脚。馬よりも一回り大きく、また個体によって大きさは異なる。基本的にランドドラゴンは大人しい性格ばかりで、人に懐いてくれればこうして商人の馬車を引くことだってできる。馬よりも強靭な脚をしているおかげで重い荷物を運ぶことができて、疲れ知らずなので休むことなく走り続けることも可能。

 だけど……。


「ううっ……気持ち悪いです……」

「まったく、素直に馬車で酔うと言えばよかったじゃないか」

「情けない姿を見せたくなかったのです……」

「痩せ我慢するからだ」


 気持ち悪そうな顔をしているヴィヴィアルトの小さな背中をさすってあげて、少しでも和らぐようにしている。そう、ヴィヴィアルトは馬車で酔った。なので、護衛をしている男性である商人にある程度の速度で走って欲しいと頼むと、彼はあっさりと承諾してくれた。

 さらに彼は一定の感覚を走ると一旦休むと申し出たが……ヴィヴィアルトがそうしなくていいです! と否定したので彼女はこうやって苦しんでいる。

 いま俺たちがいるのは森に囲まれた場所で、空は薄っすらと赤く染まっている夕暮れ。荷物が積まれている馬車と番犬のようにそこに居座るランドドラゴン。商人である男性は夕食の準備をしており、大きな鍋には肉と野菜が浮かび、小さな岩に座っている俺たちまでいい匂いが届く。

 俺たちの近くにはいつでも魔物や盗賊の襲撃に備えて、赤いハルバードと二振りの銀色の剣が置いてある。


「あと何日で着きます?」


 海のように青い瞳を潤ませながら、上目遣いをするヴィヴィアルトが不覚にも可愛いと思ってしまい、彼女の顔にかかっている銀色の髪を指で払う。


「あと一日だったはずだ。それまで我慢できるか?」

「たぶん……大丈夫です……ううっ、ヨシオさんのバカ。恥ずかしいじゃないですか」


 目をそらし、頬を赤くしたヴィヴィアルトは小声で文句を呟いている。俺が何をしたというのだ、ヴィヴィアルト。それと聞こえているぞ。


「なあ、ヴィヴィアルト。おまえはユグドラシルで一度だけ行きの馬車に乗ったのによく酔わなかったよな」


 ふと思い出したのは、ユグドラシルでの戦いが終わった時のこと。フィオナの森で魔物が溢れているから退治して欲しい、というクエストで明と共に受けて途中で出会ったヴィヴィアルトが馬車に乗せて欲しいと頼んでいた。あの時は……大丈夫だったのか?


「あの時はヨシオさんとアキラさんと楽しくお話してましたので、酔いませんでした」

「そっか。じゃあ、気さえ紛らわせれば大丈夫だよな?」

「はい。……それにしても、アマちゃんたち遅いですね」

「あの二人はどこかで手合わせか、魔物を相手にしているか、果物を探しているかもな」

「そうですね」


 ここには恵美とアマリリスの二人がいない。ヴィヴィアルトに言った通りにあの二人はきっとそういうことをしているはずだ。こうやって馬車が止まるとき……朝食や夕食を摂ってから彼女たちは少し休むと手合わせを行なっていた。それ以来、彼女たちはよく二人で行動している。

 彼女たちだけではなく、俺とヴィヴィアルトは夕食後に手合わせと必殺技の十字聖の完成を目指している。彼女には地下都市で身体をしっかりと休まないといけないと言われたが、なにもしないよりマシなので時間制限付きの訓練をやっていた。

 一人になれるちょっとした時間であの黒剣を呼び出そうと何度も試したのに来てくれず、戦いの時に勝手に現れてくれる。まるで剣に意思があるみたいだ……。


「ん?」


 がさりと樹の上から音を聞いて、青い目を細めて足元にある赤いハルバードを拾い、警戒する。静かに立ち上がり、ハルバードを構えていると……全身が赤く、小柄な猿が飛び出してきた。一匹だけではなく、数匹現れた猿の形をした魔物。


「またですか! もう嫌になりますねっ」

「本当に嫌になるよな、これは」


 同じことを口にしながらもヴィヴィアルトは身体から魔力を発してそれを形に変えていく。

 うんざりしながらも、飛びかかってきた一匹の猿を石突きで突き、次に魔力を流したハルバードをなぎ払う。灼熱の刃が迸り、俺を越えようとした数匹の猿の前に炎の壁が現れ、ウキッ!? と驚いて飛び退く。

 その隙を見逃さず、ヴィヴィアルトは作り出した拳ほどの光り輝く魔力弾をぶつける 。魔力弾によって飛ばされた猿たちにすかさず、右手に集めた雷を放ち、分散。

 雷が周囲で弾け、音に驚いた猿たちは逃げ出していく。はあ……。これで何回目だ? 少なくても夕食前と寝る前にこいつらはしつこく姿を現して……馬車にある好物……バナナを狙っている。

 このバナナ、地下都市スビソルでしか採れない果物で、実際に食べてみれば口内に甘みが広がっていくほどおいしい。地下都市なのにどうやって野菜や果物を育てているのか、そこが一番謎だ。

 この護衛も楽ではないとヴィヴィアルトに愚痴ると彼女も同意した。受けているクエストは、バナナ好きの魔物から守れという内容。バカらしいかもしれないタイトルだが……実際にやるとけっこうキツい。

 いつバナナを狙ってくるのかわからず、警戒していないとあっという間に奪われてしまう。魔物……猿も人海戦術で略奪しようとするから、あいつらも頭は悪くない。チームワークを組む魔物……これからは気を付けないとな。

 と、考えていると赤い髪を靡かせる人物がヴィヴィアルトの背後に現れて、俺たちに労いの言葉をかけた。


「ヴィヴィ、ヨシオっ。お疲れ様」

「きゃあっ。い、いつも言ってますがいきなり抱きつかないでくださいよ、アマちゃんっ」


 可愛らしい悲鳴を漏らした小柄なヴィヴィアルトを後ろから抱き締めているのは、彼女の親友であるアマリリス。燃えるように赤い髪は緩やかに波打ち、強気な瞳は髪と同じ色で、楽しそうに目を細めている。

 獣人の証として頭の上からぴょこと三角巾の耳があり、ふさふさのしっぽが生えている。赤を強調した服には獅子の形をした刺繍があり、ホットパンツからのぞく子鹿を思わせるような白くしなやかな脚。

 この二人……冒険者ギルドでどちらもランクSで、ヴィヴィアルトは「閃光」、アマリリスは「赤獅子」という二つ名を持つ。彼女たちのおかげで、いま実行しているクエストのランクCを受けることができる。俺と恵美のランクは低いからすごく助かっている。


「吉夫くん。怪我してない?」

「そういうおまえのほうこそ、怪我していないのか?」


 振り返れば、刀を腰に差して色とりどりの果物を抱えた恵美がいた。目元まで切り揃えた絹のように美しい黒髪、大きな瞳に可愛らしい顔立ち。髪には花のかんざしをつけている。着ている服は転んだのか、土で汚れ、それを払ったあとがある。

 


「大丈夫だよ。ちゃんとアマリリスさんは手加減してくれるから、怪我なんてしないよ。それに私はアマリリスさんからいろいろ学んでいるから」

「ったく……無茶すんなよ?」


 頭の上に付いている葉っぱを取り除き、恵美が抱えている果物を半分もらうと肩を並べて歩き出す。いま抱えているこの果物、アマリリスがそれについて詳しいおかげで自然にあるものを採れ、また恵美と彼女が鍛錬を終えた後に甘いものを食べたいということでこうして集めている。

 そのまま会話することなく、俺たちは夕食の準備をしてくれた男性のもとに向かい、干し肉と野菜が入った木の茶碗を彼から受け取る。

 じゃれ合っていたアマリリスとヴィヴィアルトもこちらにやって来て、木の茶碗を受け取って夕食を食べていく。食べ終えると、恵美たちが持ってきた果物をいただき、口に含めば甘過ぎて俺の口には合わない。商人のほうを向けば、彼もどうやら口に合わなかったようで一口だけ食べて残りをランドドラゴンのほうにぽいっと投げた。

 投げられたそれをぱくりと丸ごと口にして、むしゃむしゃと食べるランドドラゴン。それに驚きながらも、この甘ったるいのを一個だけ食べ切ろうと決めて、炎の国フォガレイムに詳しい人物に問いかけた。


「なあ、アマリリス。炎の国ってどんな場所だ?」

「あんたねぇ……昨日の夜に説明したでしょ?」


 赤い瞳で睨みつけてくるアマリリスに、確認としてもう一度聞きたいと頼む。昨日は半分寝ながらアマリリスの話を聞いていたのではっきりとしたことなど覚えていない。


「しょうがないわね……。あたしが丁寧に教えてあげるから、しっかりと覚えなさいよ?」

「ありがとな、アマちゃん」

「アマちゃんって言うな!」


 いまにも飛びかかりそうなアマリリスだが、その表情はどこか楽しんでいるようだ。このやり取りに慣れたのか、それとも冗談に付き合ってくれているのか。

 ジュリアスに対して爆乳騎士とからかうと、あいつはいつも怒っていたよな。あれは楽しかったけれど、本気で殺そうとするから冗談が通じないから困ったものだ。


「吉夫くん、なに笑っているの?」


 隣に座る恵美はなぜか怒っているように見える。なんでもない、と返してアマリリスの方を向くと、彼女は面白そうに目を細めて俺の知りたいことを口にしてくれる。


「きっとメグミはあんたが他の異性を考えていることを見抜いて、嫉妬しているのよ」

「し、嫉妬してないよっ」


 そっぽを向く恵美の頬は薄っすらと赤く、薄暗くなってきても火の明かりでよくわかる。可愛らしい恵美をからかってみたいが、いまはアマリリスの話が優先だ。


「アマリリス、恵美をからかうよりも話を進めてくれるか?」

「珍しくまじめね。悪い物でも食べたの?」

「……しっぽを触って欲しいみたいだな」

「あ、あたしが悪かったから触らないでよ、変態っ」


 獣人である彼女にとって、しっぽは敏感な場所なのでちょっといじってしまうと気持ちよくなってしまうという。恐らく、獣人全員がしっぽは敏感かもしれないな。

 わざとらしく咳をしたアマリリスに、俺は彼女の話に集中することにした。


「これから行く場所は炎の国フォガレイムって呼ばれているところよ。でね、獣人ばかりだけど人間(ヒューマン)やエルフやドワーフもいるわよ。さらに竜人(ドラゴノイド)や魔族まで暮らしているのよ」

「へえ……」


 興味深い話だ。すべての種族が同じ場所で暮らし、お互いに協力し合って生きていく国は他にないだろう。いや……一つだけあったか。魔の国プロトメル。あそこは……種族を関係なく受け入れる。炎の国フォガレイムは、第二の魔の国かもしれないな。

 それにしても……魔族か。


「ヨシオ。先に言っておくけれどね、いくら魔族だからって差別しないでね 。いくらあんたが仲間でも、そういう偏見は許さないわよ?」

「俺は種族が違うだけで差別なんてしないからな。……で、フォガレイムってどんな感じなんだ?」

「そうねぇ……」


 腕を組んで考え出すアマリリス。つい視線は腕を組むことによって強調される胸元へと向かってしまう。……遠目からでもわかるほどよい形をしているな、こいつは。


「吉夫くん、いやらしい目つきしているよ?」

「わ、悪い。でもな、男の性なんだよ。明がここにいたらきっと同じことをしていたはずだ」


 ジト目の恵美に謝ると、彼女は俺だけに聞こえないように小さく呟いた。私だけを見てよ、と。彼女の方を見れば、頬を紅潮させた恵美が俺の目を見つめて、お互いに吸い寄せられるように顔を近づけていく。

 こつんと二人の額が重なり、息がかかるまで距離を詰めた恵美に俺の心臓は爆発しそうなくらい速く脈打っていた。恵美はこの状態で一気に俺の唇を奪おうと動いて顔を動かしたけれども、届くことはなかった。

 

「え……身体が動かない……?」


 恵美の呟きを耳にして腰に指している剣の柄に伸ばそうとするけれど、思うようにうまく動かない。何だ、これはっ。痺れているっていうのか。

 素早く視線をヴィヴィアルトとアマリリスに向ける。ヴィヴィアルトは俺たちのほうを見ていて顔全体を赤く染めていて、アマリリスはとある方向を睨み付けていた。睨まれている人物は立ち上がって麻痺薬を入れたことを告げた。


「すまない。これも僕の家族を助けるためだ」

「どういうことだ?」


 問いかけると彼は驚いて、事情を説明してくれる。夕食に仕込んだ麻痺のせいで動けないと判断したのか、警戒することなく教えてくれた。両腕が鎌になっている魔族に家族が人質として取られていて、唯一救う方法は俺たちを殺すか、奴のもとに連れていくということ。

 両腕に鎌を持つ魔族はあいつしかいない、と彼に家族を助ける方法について交渉しようとした矢先――男性の後ろに突如現れた黒い影が切り裂いた。恵美が必至に声を押し殺して悲鳴を漏らさないように歯を食いしばり、俺はいっこくも早く終わらせるために動いた。


「キシシ。おまえの家族はもうこの世にいねぇよ。オレが殺したからなぁ」


 両腕にある赤黒い鎌からは血が滴り、それの持ち主――身体全体が細く、濃い緑色をした人型のカマキリを睨みつけた俺は恵美の麻痺を解くために唇を重ね、腰に差している剣の柄に手を添えたまま大地を蹴る。

 こいつは仲間の復讐をするために無関係な人たちを巻き込んで、殺した。ふざけるな、狙うなら俺だけにしやがれ糞野郎。あの男性だって本当はこういうことをしたくなかったはずだ。

 麻痺しているはずの俺が動いたことに動揺を隠せないカマキリだが、奴は素早く鎌を振るう。放たれるのは――風の刃。


「はあっ!」


 剣に雷を流し、居合いで闇を照らす雷の斬撃が解き放たれたが見えない風の刃とぶつかって相殺され、奴が次の動きに入る前にそこから飛び退く。

 入れ替わるように恵美が前に飛び出し、刀の柄に手を添えて――銀色の一閃が煌き、金属同士が激しくぶつかり合った音が響く。居合いを放ち終えた恵美は刀を振り上げた体勢のまま、手首を動かして高速で振り下ろす。あれは巴が教えてくれた技の一つ、燕返し。


「ちっ! どうして動ける!?」

「おまえが、知る必要はない!」


 距離を取ったカマキリが俺と恵美を睨みつける。手にしている剣を鞘に戻し、空間魔法からハルバードを取り出した俺は奴を貫くために身体全体に雷を纏わせ、前へと進む。

 こいつは硬質化と呼ばれる魔法で身体を金属のように硬くすることができてしまう。なので、剣で裂くよりも槍で貫いたほうが早い。

 もっとも手に馴染む武器を握り締め、こちらと正面からぶつかろうとしているカマキリの赤黒い鎌が禍々しく輝き、両腕を振るう。


「血塗れし刃! 死ねぇ!」


 半月状の赤黒い刃がカマキリの両腕から飛来し、俺を裂こうとしていく。これを突破できなければ死ぬ、と一瞬だけ湧き出た恐怖を押し殺し、ハルバードに魔力を流して発動させる。

 槍の先から炎が生まれ、やがて全体に広がっていき、俺を裂こうとした赤黒い刃を文字通り貫いた。突破はできたものの、さすがに他の部分だけは貫くことができずに肩や脚、頬をかすめるけれども、俺はここで止まらないっ。


「ちいっ! いい加減くたばれやがれよっ!」

「それはてめぇだ!」


 炎の上にさらに雷を纏わせて、ハルバードで眼前にいるカマキリを貫いた――と思えば奴は右腕の鎌を盾にして防ぎやがった。苦痛で顔をしかめるカマキリだが、奴は残っている左腕の鎌を振るう。


「ぐうっ」


 運がよかったのか、奴の鎌は俺の身体を浅く切り裂く。一旦距離を取った俺はハルバードを構え直し、この場から引き下がらないカマキリと睨み合う。

 そこへ恵美の魔法によって麻痺を解毒したヴィヴィアルトとアマリリスが乱入し、それぞれ技を放つ。


「銀の交差っ!」

「燃えなさい、獅子円舞っ!」


 双剣を交差するように構え、銀色に輝くそれを振るうヴィヴィアルトの技の一つ――銀の交差。違う方向からは全身が赤く、獅子の形をした炎が分裂しながらカマキリを襲う。


「ちっ……! 面倒だな!」


 残っている左腕の鎌を禍々しく輝かせながら、アマリリスが放った獅子を裂いていくものの、逆に数が増えてカマキリの死角から鋭い牙を突き立てる。

 ヴィヴィアルトの銀の交差は半月状の赤黒い刃によって打ち消されたが、アマリリスのおかげでこいつを倒すことができそうだ。


「風よ! 渦巻け!」


 炎の獅子たちに囲まれながらも、奴はあきらめることなく魔法を使った。カマキリを中心として風が強く渦巻き、炎の獅子たちは切り裂かれていく。


「刻まれろぉ!」


 全身に風を渦巻かせているカマキリが左腕を大きく横になぎ払うと、不可視の風の刃が大地を抉ながら迫ってきた。広範囲の攻撃から逃れるためにその場から飛び退き、アマリリスとヴィヴィアルト、恵美の姿を探すと彼女たち全員は無事だ。


「くそ、逃げられたか」


 彼女たちを探している間にあれで目をくらませたカマキリはもうここにはいない。けれど……地面に刻まれた爪痕は奴の威力を物語っている。放った風の刃を操る能力を持ち、さらに風の魔法も扱えるとは……な。今度出会った時こそ、仕留めてやるよ。


「吉夫くん」

「恵美、あいつらの麻痺を解毒してくれてありがとな」


 近寄ってきた恵美はカマキリによって浅く斬られた身体に手を伸ばし、触れるか触れないかの位置で止める。ふと彼女の麻痺を解毒させるために、唇を交わしたことを思い出して顔全体が熱くなっていくのを感じてしまい、それを思い出したのか、彼女も同じ状態であった。

 淡く彼女の手が輝き、それによって傷跡がふさがっていく。水の魔法を本格的に勉強している恵美は浅い傷口ぐらい治せるようになっていて、ちょっとだけなら怪我してもいいかな、なんて思うこともあったりするのは秘密だ。


治癒(ヒール)っと。はい、これでもう大丈夫だよ」

「恵美、あまり無理するなよ?」

「疲れてないから心配しなくてもいいよ?」


 他の傷跡もふさいだ恵美は花が咲くように微笑む 。地下都市を出発して以来、恵美は焦るように強さを求めているからすごく心配している。


「ほどほどにしてくれよ?」

「うん」


 恵美と一緒にカマキリに斬られた商人に近づき、彼女は目を背いた。もう生きていない、と一目でわかるほど彼から血があふれ、大地に染み込まれていく。


「まずは彼を埋めようか。それから出発しても遅くないだろう? アマリリス」

「そうね」


 穴を掘り、彼の遺体をそこに埋めた。ヴィヴィアルトが彼が亡くなったことをギルドに知らせるために身分証だけは持っていくことにした。

 翌日、昼ごろに俺たちは炎の国フォガレイムに着いた。

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