二人の行方
明たちと別れたハーゼルは飛翔翼という魔導具を使い、地下都市スビソルを超えた先にある港町まで移動した。この港町は海の中央の聖都に行くことができる。また、聖都の北には水の都メルクリア、南には魔の国があり、たまにあちらの名産品をこちらに運ぶこともある。
しかし、いまでは魔の国の名産品を手に入れることが難しい。魔族の王である魔王が不在であるため、暴君が魔の国で好き勝手に動いている。
人間、獣人、エルフ、ドワーフと魔族たちが暮らす国だが、いまでは暴君のせいで他の種族を迫害している。魔族のみだけの魔の国を作るために動く暴君のせいで不満が高まっている、と噂を聞いているからこそあの国に立ち寄ることができない。
「邪神のことさえなければ……」
歩き続けていたハーゼルはいつの間に海岸に着き、そこで潮の匂いとさざ波の音を感じる。ドラゴンゾンビとの死闘から休むことなく行動をしていたハーゼルは、ふうと息をつく。
「暴君は白狼の加護を授かれし者に任せるとするか」
黒騎士として姿を偽っている魔王がユグドラシルで騒ぎを起こし、異世界からの救世主――つまり、勇者を召喚させるように圧力をかけた。
ユグドラシルの人たちは魔王の思わく通りに異世界から゛勇者たち゛を召喚させて……。一人の少年に魔王になれ、と命じ、さらに力を得るためにフィオナの森に行くことを薦める。
あの時、ハーゼルは監視用の魔導具をさまざまな場所に配置して状況を把握していた。だから、こうしてゆっくりと考えて見ると魔王も自分と同じように裏で動いていることが嫌でもわかってしまう。
「く……くく。魔王め、そういうことか!」
笑いを押し殺すことができなかったハーゼルはそのまま高らかに声を上げる。
「くははっ。魔王よ、貴公と私は似た者同士かもしれないな」
昂ぶっていた感情も収まり、冷静になったハーゼルは銀色の髪をかき上げ、海のように青い瞳である空間を睨みつける。
「……貴女は一体いつまで隠れているつもりだ?」
「あらら。またしても見抜かれてしまいましたか」
ぐにゃりと空間が歪むと、そこから一人の女性が姿を現した。太陽のように輝く金色の髪、同じ色の瞳は垂れ目、白の修道服を着ている人物。首にぶら下がるのは、十字架。彼女は出会った時と同じように聖母のような暖かい微笑みを浮かべている。
「また貴女か……」
自然とため息をついてしまったのは、目の前にいる女性のせい。こうやって前触れもなく姿を現す彼女はハーゼルにとって心臓に悪い。女性はそんなことを考えているハーゼルのことなど気にせず、近寄ってぎゅっと抱き締めてきた。
正面から抱きつかれ、柔らかな二つの感触を嫌でも感じてしまう。生まれて初めて出会ったばかりの女性に抱き締められたハーゼルの頭の中が真っ白になってしまう。
ハーゼルが動揺していることなど知らない女性は、 彼の闇によって生み出した左腕を触ってから顔を上げた。
「あなたを放っておけません 。あなたの左腕は闇によって具現化させましたよね?もしも、そのままにしたら自我を失いますので……私があなたの闇を清めます」
一目でそこまでわかってしまう女性はただの見習いではなく、何者なのか問いかけたかったが開きかけた口を閉ざす。女性が生み出した光がすっと身体の中に入り、蝕んでいた闇が消えていくのを感じる。
ハーゼルが身体の中に宿している闇はただの闇でなく、復活祝いに邪神が与えた力。空間魔法にある魔剣も邪神から与えられた武器。邪神が与えた闇はあのメイドと黒騎士によって解放してしまい、それ以来必死に光魔法を全身にかけて自我を失わないようにしていた。
もしも彼女が傍に居てくれたら、目的を達成できるかもしれない。道具のように彼女を利用したくないハーゼルは、恥ずかしそうに微笑む女性と目を合わせる。
「貴女の名前は?」
「見習いのネルオナです。あなたは――」
強い風が二人の間を通り抜け、彼女がそのことを知っていることにして彼は苦笑してしまう。このことに気付いている人たちはきっと聖都に住む人々か反対側の大陸―― ラスチルト大陸ぐらい。
「是。 だが……貴女は本当に私と一緒に旅をするつもりなのか?」
「当たり前ですよ。困っている人を私は見捨てることができませんからね。それと私だけがあなたのことを知っているのは平等ではありませんので……」
他人に聞かれたくないのか、ネルオナは耳元まで近寄って自分の秘密を教える。そのことを聞いたハーゼルは彼女の魔力の質がどうして高いのか、ようやく理解し、さらに聖都で何が起きているのか教えてもらった。
「なるほど……。しかし、ネルオナよ」
「はい。なんですか、ハーゼルさん?」
「私と共にいれば……貴女に迷惑がかかってしまう」
「そうですか? 私からすれば出会った時点でもうすでに迷惑をかけてしまっていると思いますし、これからはあなたと一緒じゃないとできないことって多いですからね」
これからのことを考えてみると、確かに一緒じゃないとできないことが多い。いままで一人きりで動いてきたハーゼルにとってネルオナの提案は魅力的だ。お互いに公にできないことを秘密にしているからこそ、二人で動いたほうが一人でやるよりもずっといい。
だから、ハーゼルは右手を心臓に当てて誓う。
「私はこれからあなたを守らせてもらう」
「お願いしますね、ハーゼルさん」
さり気なく近づいたネルオナは自分の胸を押し当てるようにハーゼルの腕を取り、逃がさないようにしっかりと固定される。彼女のたわわな胸が腕に押し当てられているハーゼルは顔が赤くなっていくのを感じ、海のほうを向く。
初々しいハーゼルの様子にネルオナはくすくすと口元に手を当てて上品に笑い、しかし急に彼女は泣きそうな顔になった。
ネルオナのことを心配するハーゼルに、彼女はあることを伝えると彼は苦虫を噛み潰したような顔となる。
「……私が聖都から離れなければこうならなかったはずなのに……」
「否。いずれ起きることだったのだ、ネルオナ。だから、嘆くな」
「優しいですね、ハーゼルさんって」
涙目のネルオナの金色の瞳とハーゼルの青い瞳が交差し、彼らは今後のことを語り合ってから飛翔翼を使って聖都へと移動する。『あれ』を盗んだ人物たちに関しては、きっとあの者たちが対処してくれる。
彼らが逃げた先が炎の国である、とネルオナから聞かされたハーゼルは監視用の魔導具で聞いた彼らの話を思い出し、祈るように彼の名前を口にする。
「頼む、白狼の加護を授かれし者よ」