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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
5/68

検査の後に起きるお楽しみ

「うう~、無防備な女の子を襲うなんて男の子がすることじゃないよ!」

「うるさい。俺のベットに忍び込んだおまえが悪い」


 身なりを整え、メイドのノルトに案内された食堂で朝食を食べながら恵美の相手をしていく。ちなみに、ノルトが俺の部屋に入ったときに丁度恵美が奇声を上げていた瞬間であった。なので、彼女は部屋に入った途端に顔を赤く染め、朝からお楽しみの邪魔をしてすいませんでしたと言い残して出て行った。

 彼女には誤解であると恵美から話をつけてあるが、ノルトはいまだに顔が赤い。朝から男女がベットで戯れている姿を目撃すれば、誰だって彼女のような反応をするだろう。まあ、あのときにカツラをかぶっていなかったから……な。もしも、カツラをかぶったままであったら……その逆も同じ結果となっていたよな。

 そのことを忘れるためにテーブルの上にある朝食をいただく。温かいパンと肉と野菜が入ったスープ、ドレッシングがかけられたサラダ。これを食べたときは、すなおにおいしいと感想を口にすると、ノルトがワタシが作りましたと教えてくれた。なるほど、メイドの料理スキルとは高いな。

 おいしい朝食を食べながら、隣に座る明を盗み見してみる。あいつは前の席に座るサティエリナと会話している。明は楽しく語り、サティエリナは相槌を打ちながら話を進めている。一見すると、サティエリナは黙って聞いているように見えるが実はそうではない。無表情な彼女の口元にうっすらと笑みが刻まれていることに、あいつとの会話を楽しんでいることを俺は見抜いてしまったからだ。

 珍しいこともあるんだよな。明自ら女性に声をかけて話をする、というのはこれまで一度も見たことがない。あるとすれば、あいつの幼なじみの鈴音か俺の妹である巴ぐらい。だから、明がサティエリナに話しかける姿を見ていると、微笑ましく思える。


「ところでヨシオ様、あなたは男性ということで間違いありませんね?」


 確かめるように問いかけるノルトに肯定しておくと、彼女はため息をついた。


「そのような顔つきで男性とは、もったいないですね」

「俺でも気にしていることを言うな」

「ですが、これをかぶれば女性と見間違います」


 ノルトはどこからかカツラを取り出し、それを俺の頭にかぶせようとするのを拒否しておく。しゅんと落ち込むノルト。

「気にしなくてもいいわよ、ノルト。彼は変態野郎だから」


 助け舟を出したのは、明と会話をしていたサティエリナであった。


「サティエリナ様、さすがにそれは言い過ぎではありませんか?」

「平気でしょう。彼は昔からそのようなことをしていたと思うから、傷つくことなんてないでしょう」

「それは……そうかもしれませんね」


 悩んだ素振りを見せたノルトであったが、サティエリナの言葉をすんなりと受け入れたてしまう。おい、そこは否定しておけよ。

 苦笑する明、不機嫌になった俺をなだめる恵美、我関与せずという態度をするサティエリナ、彼女の背後で控えるノルト。

 こんな時間を過ごしていると、魔王の脅威が迫っているということを忘れそうになる。穏やかな時間を過ごしていると、食堂のドアがノックされた。


「失礼します、姫様」


 入ってきたのは、金細工に輝く髪をポニーテールにした爆乳騎士ことジュリアス。そのようなことを心の中で呟くと、彼女をこちらを睨みつけてくるとぬっ? と疑問符を口にした。


「姫様、こちらの男性は?」

「変態野郎よ」

「冗談抜きで答えてください」

「彼はムタヨシオ。昨日、女装をしていた人よ」


 なるほど、と納得したようにあっさりと引き下がるジュリアス。だから、心の中でもう一度爆乳騎士、と呟いてみると彼女は俺を睨んでくる。


「貴様、私のことを馬鹿にしただろう?」

「いや、胸が大きいなぁと思っただけだ。なっ、明?」


 話題を明に振ると、あいつはサムズアップしてきた。おい、言葉じゃなくて行動かよ。

 おかげで、彼と会話していたサティエリナの目は氷のように冷たくなり、さらにノルトまであいつを睨む。さっきまで彼女と高めていた好感度を一気にダウンさせることに成功させたな、明。


「ごほん。姫様、彼らに適性魔法について教えましたか?」


 場の空気を読んだジュリアスがサティエリナに問いかける。


「いいえ、これから教えようかと考えていたところよ」

「では、私が彼らにそのことについて説明してもよろしいでしょうか? ついでに、訓練を始めても構いませんか?」

「いいでしょう。このことについて、あなたに任せようかと思っておりましたから。では、アキラさん、メグさん、変態野郎。お昼にまた会いましょう」

「俺は変態野郎じゃねえ!」


 思わず叫んでしまったが、サティエリナは氷の微笑みを浮かべ、ノルトを連れて食堂から去っていく。あいつ……いつか俺をそのように呼んだことを後悔させてやるから、いまに待っているよ……!


「行くぞ、アキラ、メグミ。……ヨシオ」


 ジュリアスに同情されるような視線を受けていたが、俺はあえて無視しておいた。




  ◇  ◇  ◇




 俺たちがジュリアスに案内された場所は武器庫であった。適性魔法をするためにここに来る必要があるのか? と疑問を抱いたが、なにも知らない俺は黙っているしかない。ここに来る前にジュリアスが適性魔法とはどういうことなのか教えてくれた。

 魔法とは、この世界アースにおいて一人につき一つの属性しか扱えないのが基本だという。けれども、ほとんどの人は自分がどのような属性に適しているのか知らない。そこで、適性魔法検査という道具を使用することによってなにを宿しているのかはっきりと知ることができるという。

 だが、すべての人間が魔法を使用できるというわけではないというのだ。ジュリアスいわく才能や素質ある者のみしか扱うことしかできず、適性魔法がない人もいる。すべての人間が魔法を使用できるわけじゃないのか、と納得してしまった俺は自分はどうだろう? と想像してしまう。

 詳しいことはジュリアスが武器庫の中で教えてくれるということなので、俺たちは中に足を踏み入れた。そこには壁にかけられている剣や槍、斧、弓、大剣、短剣とさまざまな種類の武器が並んでいた。


「まずは、適性魔法をする前に武器を選んで……」


 ジュリアスが言い終える前に俺は、壁にかけてある武器を手に取る。切っ先に菱形の刃が光る一本の槍。柄も穂先も青く、何の装飾も施されていないとてもシンプルな槍。

 鈴音からよっしーには強くならんといけないからなぁという理由で、彼女から槍術を教わった。というか、強制的に教わるはめになった。おかげで武器について悩む必要もなく、使いなれた槍を振るえることができるので鈴音には感謝しなければならない。

 槍を握った俺は調子を確かめるように左足を前に出し、腰を低く構え、なにもない空間に向かって連続で突く。ある程度突きの動作を繰り返し、そろそろいいかなと思いながら下から斬り上げる。空気を裂く音を聞き、次の動作に入る。左足を軸にして回転し、槍でなぎ払い、頭の中で思い浮かべた周囲に群がる敵を近づかせないようにする。

 もちろん、そこにはなにもないけれども、こうやってイメージしながら槍を振るうことが楽である。目に見えない敵を倒す、なんて馬鹿らしいかもしれないけれど、ただ槍を振るうよりもマシだ。


「ほう、なかなかやるではないか」


 感心したようにジュリアスが声をかけてくる。


「そうか?」

「うむ。武術を修めていると一連の動作で見抜かせてもらったぞ。どうだ、今度私を手合わせをしてみないか?」


 期待で目を輝かせるジュリアスに俺は否定しておいた。すると、私は戦闘狂だから強者と戦うのが楽しみである、と聞いてもいないことを教えてくれた。


「爆乳騎士ジュリアスは戦闘狂であると発覚したぞ、明」

「私のことをそのように呼ぶではない! 貴様、後で強制的に手合わせしてもらぞ!」

「だとさ、明」

「僕は関係ないよね!? けれど……おお、確かに吉夫の言うとおりにジュリアスさんの胸は大きいなぁ」


 と鼻の下を伸ばす明にジュリアスは彼を睨む。それだけで、明はどれがいいかなと冷や汗を流しながら武器を選ぶふりをしている。


「吉夫くん、やっぱり槍にするつもりなの?」


 近づいてきた恵美は、武器を選ぶ明とジュリアスを観察しながら話しかけてくる。


「ああ、これが一番使い慣れているからな。ところで、恵美はもう決まったのか?」

「うん。でもここにはないよ。だって、私の武器は部屋にあるから」


 武器が部屋にある、という恵美の言葉を考えた俺はとある結論に至る。彼女がこちらの世界に召喚させる前に背負っていた袋の中に、刀が入っているということを容易に想像できた。なぜなら、妹の巴が彼女が常に背負っている袋の中には竹刀、または刀が入っているということを。

 明たちが武器を選んでいる間に、俺は恵美にどうしてベットに忍び込んだのか問いかけることにした。


「だって、怖い夢を見たせいで寝ることができなくなって……」

「不安になったおまえは俺のベットに夜這いをしてきたのか。まったく、最近の女の子は大胆だな」

「夜這いじゃなくて添い寝だから!」

「はいはい。じゃあ、今度からこっそりと夜這いなんてしないで、堂々と添い寝してきたらどうだ?」


 それを聞いた恵美は顔を赤く染めていき、それでもうれしそうな表情でうん! と肯定してきた。困ったな、堂々と添い寝されたら間違って襲い掛かりそうだ。

 恥ずかしくなった俺は彼女から目をそらし、武器を選んでいた明の様子をうかがってみる。ジュリアスと一緒に選び抜いた明の武器はなにであるのか、と興味がある俺が見てみるとそれは一振りの剣であった。

 勇者が剣を武器にするのは当たり前だよな。RPGのゲームとかでも、勇者はいつも剣から始まるから……というか、ただの剣士からそこまでランクアップしていくよな。

 鞘から剣を抜いた明は何度か片手で振るい、よしと納得したようにジュリアスに感謝していた。へえ、騎士という職業をしている彼女にとっては他人に武器を選ぶ目があるかもしれないな。


「では、適性魔法について教えるが……メグミ、あなたはなにも選ばないのか?」

「大丈夫。いざとなったら吉夫くんが私を守ってくれるから」

「……そうだな。ヨシオの槍術は見事なものである」


 俺を頭のてっぺんから足のつま先まで見たジュリアスは、大丈夫だと呟く。安心したように安堵の息をつくと、彼女はどこからか白いボールを取り出した。それはテニスボールくらいの大きさで、手のひらにちょうど収まるサイズであった。


「これは適性魔法を調べるための道具――適性魔法検査具である。どのようにこれを使用するのか、口で説明するよりもその身で体験したほうが早い」


 適性魔法検査具――面倒だからボールと呼ぼう。それをためらいもなくジュリアスは恵美のほうに山なりに投げる。ゆっくりと向かってくるボールをキャッチする恵美。途端に白かったボールが輝きだし、そこから水色と黄色の二色が浮かび上がる。ちょうど区別するかのように半分ずつわかれている状態となった。


「えっ。なにこれ?」


 困惑する恵美は唯一答えを知るジュリアスに救いを求めるように見つめる。


「恵美の適性魔法……と言ってもわからないだろう。黄色は土、水色は水を示すのだ」

「あれ? さっき、魔法の属性は一人につき一つであるとジュリアスさんは言わなかった?」

「うむ。普通はそうであるが、たまに二つの属性を扱うことができる人も存在する。ちなみに、私は光と土の属性を扱うことができる」

「えーと、じゃあ……赤くなったら火で、緑色となったら風かな?」


 半信半疑でジュリアスに問いかける恵美。俺も同じことを思っていたがあえて口には出さず、ジュリアスから語られる解答を待ち望む。


「おお、そうだ。けれども、たとえ適性魔法がわかったとしても訓練しなければ意味はない。魔法を学ぶために常に鍛錬し、身体に感覚を刻ませるのだ。

 メグミたちを召喚したサティエリナ様は毎日、寝る間を惜しんで魔法を学んだのだ」


 まるで自分のことのようにサティエリナのことを誇らしく語るジュリアス。サティエリナに忠誠を誓っているだろうなぁ、と彼女に対する評価を上げていると、


「次はアキラがやってみたらどうだろうか? 言い伝えによると勇者はすべての魔法を扱う素質があったため、さまざな色が浮かび上がったという」


 明にどのような適性魔法があるのか興味津々な表情で促すジュリアス。恵美が水色と黄色の二色が浮かんでいるボールを明に渡すと、変化が訪れた。さっきまでそこにあった色は消え、かわりに緑色が全体に輝くようになった。


「これは……風か。勇者はすべての属性を扱えるとあったが……やはり、素質かもしれないな」

「素質があったとしても、僕には全部扱うことなんてできないよ。僕はたった一つの属性を極めるほうが楽だと思うよ」


 勇者がすべての属性を扱うことができる、と知っていても明は顔色一つも変えてない。たしかに、全部使用できるようになればいいかもしれないが、それまで膨大な時間がかかる。逆にたった一つの属性について極めたほうが一番の近道なんだよな。

 恵美は土と水の二つを覚えるまで、きっと苦労しそうだよなぁ。でも、基礎さえなんとかすればあとは訓練しながら習得すればいいだろう。


「なあ、ジュリアス。さっきすべてと言ったが全部で何種類の魔法がある?」

「むっ、ヨシオのくせに鋭いところをついてくるではないか。まあ、よい。

 いまわかっているのは、四大元素である火、水、風、土。この他にも光と闇、雷という属性もあるがこれはごく一部の人たちしか扱えない。

 ちなみに私は光を扱い、剣を振るうことで聖騎士と呼ばれておるぞ。姫様は水と氷を使用できるので、氷姫と呼ばれている」


 ふうと息をついたジュリアスは満足気に俺へ微笑みかける。それだけで心臓がどくんどくんと力強く脈打つほど、こいつの微笑みの威力は高い。


「貴様、私を満足させた礼として手合わせする権利を得たことを光栄に思うがいい」

「明、よかったじゃないか。ジュリアスがおまえに地獄の訓練をしてくれるだとよ」

「僕じゃなくておまえだろう!?」


 ツッコミをしてきた明のことを無視しておく俺とジュリアス。


「なあ、ジュリアス。俺も適性魔法検査具を使ってみてもいいか?」

「無論だ。それと先ほどの説明で省いたことだが、この世界で魔法を扱うことができるのは才能や素質のみ。適性魔法検

査具を握り、なにも変化が起きなかった場合は魔法を扱うことができないという意味だ」


 ジュリアスからそのようなことを聞いた俺は、もしも魔法の素質がなかったら――と想像してしまった。恵美や明に才能や素質があるとすれば、俺にだってあるはずだ。あいつらと同じ出身だから、きっと魔法を使用できる……はずだ。

 胸に期待を膨らませながら俺は明から渡された緑色のボールを握った。何色に染まるのか、わくわくしながら変化が訪れるのを待ち望んでいるとふっと色が消えた。え? 嘘だろう。色が消えたボールを力強く握り、変化が起きないのか見守るが……白いボールの状態が続いた。


「一つだけ言い忘れていたが……変化が起きない場合、その人には魔法の素質がない」


 ジュリアスから告げられた一言は、俺の期待を粉々に打ち砕いてくれた。





適性魔法がないことを判明した俺は、そのことを忘れるために体を動かしていた。場所は城にある訓練場で、そこに騎士たちが木刀を交えて模擬戦を繰り広げている。彼らに混ざって遠くからでも目立つ赤くはねた髪と高い身長、整えられた顔つきをした明がジュリアスと木刀を打ち付けていた。

 俺はここに来てからあいつらのほうに見向きすることなく、武器庫で選んだ青い槍を振るい続けていた。なぜなら、明は天才である。あいつは出会った頃から始めてやることや、相手の動きを見ただけで自分の技にしてしまう才能の持ち主だからだ。

 例えば槍術。俺が鈴音の元で嫌々ながらも槍について学んでいると、どこからか明が姿を現した。明は鈴音と俺がどのように槍を振るうのかじっと観察し、しばらくすると僕もやっていいかな? と申し出た。

 俺は素人の明にはなにもできないだろう、と思いながらも槍を渡してみた。最初はただ槍を振るうような動作であったはずなのに、時間が経つにつれてだんだん動きとキレがよくなっていった。

 以来、俺は強制的に槍術について学ばせてくれる鈴音にまじめに向かい合い、技術を磨いていった。改めて考えてみると、鈴音が俺をやる気にさせるために明を呼んだかもしれないな。

 同時に、見ただけで覚えてしまう明の才能がとてもうらやましくなった。天才とは、まさにこの言葉こそが緋山明にふさわしいだろう。


「吉夫くん、そろそろ休憩にしない?」

「……恵美か」


 槍を水平に振り下ろし、声のした方向に目を向けてみれば恵美がいた。彼女の腰には一振りの刀が差してあり、かわいらしい容姿と裏腹に凛とした雰囲気をかもし出している。


「どうした?」

「どうした? じゃないよ。適性魔法の検査を終えてから、ずっと吉夫くんは体を動かしているよね。だから、休まないと体に毒だよ?」


 心配してくれる恵美に俺はため息をつき、ゆっくりと休める場所はないのかと周囲を見渡してみる。太陽が爛々と輝く雲一つもない青い空に下で、騎士たちが汗を流しながら模擬戦をしている。熱心に練習する彼らを尻目に、あからじめ休憩するとしたらと決めていたポイントに向かおうとする。それよりも先に恵美が俺の手を取って、


「あそこに行こう」


 と俺が向かおうとしていた場所に歩き出していく。というよりも、唯一休めるここができるのは訓練場の近くに生えている巨大な樹だけ。そこに着くまで恵美のひんやりとした冷たい指と、溶岩のように熱い俺の指がしっかりとからまっていた。なにをするんだ、と言いたくなったが彼女が上機嫌で鼻歌を奏でるのでそのままにしておいた。


「大きい……」


 目指していた樹に近づくと、恵美がすなおに思ったことを口にしてくれた。俺も彼女と同じ感想を抱く。目の前にある樹はまるで偉大な神様のように堂々とそびえ立ち、神聖な雰囲気にあふれていた。


「あっ……」


 恵美と繋いでいた手を離すと彼女は寂しげに表情を曇らせる。悪いことをしたな、と罪悪感を抱きながらも樹の下で寝転がる。


「服が汚れるよ?」

「俺は気にしないからいい」

「たとえ吉夫くんが気にしなくても、私が気にするの。だから、せめて……私の膝で……」


 ぽんっと自分の膝を叩く恵美の顔は完熟したトマトのように赤く染まっていく。俺の服が汚れることを考慮して自らの膝を枕にして差し出してくる恵美に、今日何度目かわかないため息をつく。


「俺、汗くさいぞ?」

「吉夫くんからまったく汗のにおいなんてしないよ。逆に女の子ぽっいにおいが……」


 無言で恵美の頬をつねる。


「痛いよぉ、吉夫くん」

「だったら、余計なことを言うな」


 つねられた頬をさする恵美に謝るつもりもない俺は、さっそく彼女の膝枕に頭を乗せる。鼻腔をくすぐる甘いにおい、彼女の体温が服を通して伝わってくる。


「なあ、恵美。もう魔法の練習をしたのか?」

「まだだよ。ジュリアスさんがメグミは姫様から水の魔法を習ったほうがいい、と言われたから」

「そっか」


 彼女の膝枕を堪能しながら俺は、ふあとあくびをしてしまう。


「ふふ、眠いの吉夫くん?」


 からかうように恵美が俺の様子をうかがってくる。


「ああ。適性魔法検査を終えてからずっと槍を振るい続けていたから……さすがに疲れてきたな」

「そっか。でも、本当は魔法が使えなくてショック状態であった吉夫くんは、そのことを忘れるために体を動かしていたでしょう?」

「バレたか」


 かわいらしく舌を出してみると、恵美が女の子ぽっい仕草だよとからかわれた。こいつの頬をつねたくなったが、槍を振るい続けたせいで身体が疲れていると訴えてきたので我慢する。そのかわりに、恵美にとあることを先に伝えておく。


「昼寝させてもらうから……一時間ぐらいしたら起こしてくれるか?」

「いいよ。その間に私は吉夫くんが女装するなら、どのような服が似合うのか考えておくからね」

「やめてくれよ」


 くすくすと微笑む恵美から逃げるように俺は目を閉じ、ゆっくりと休むことにした。






 じっーと誰かにねっとりと見られているのを感じ、目を開けて上体を起こす。そのときに頭がゴツンと硬いなにかにぶつかる。


「痛ぇ」

「それはこっちの台詞だよ……」


 痛む頭部を押さえていると涙目の恵美が視界に入る。あれ? どうしてここに彼女が……ああ、俺に膝枕をしてくれたんだよな。そこで誰かにねっとりと見られているのを感じ、勢いよく上体を起こしたら彼女の頭にぶつかった。ただ、それだけのこと。


「まったく、ヨシオはなにも考えずに動くからこうなるのだ」


 上を見上げてみると、立派に実った果実を強調するように腕を組むジュリアスが呆れていた。彼女の隣には苦笑する明がいたので、ジュリアスにこのようなことを告げてみる。


「気をつけろよ、ジュリアス。明は胸が大きい女性を見ると欲情してしまうから、せいぜい押し倒されないようにしておけ」


 軽蔑するように恵美とジュリアスが明を見下し、そんな彼は慌てて弁解しようとする。


「僕はそこら辺にいる男たちとは違って、一度惚れた人には最後まで共に歩むぞ!」

「おまえは本気に好きになった人に対して一筋だからな。でも、ジュリアスと訓練しているときにゆっさゆっさ揺れる胸を見ていただろう? なっ、ジュリアス」


 うっと言葉を詰まらせる明のことを無視しておき、確認するようにジュリアスに話題を振ると、きっと彼を睨む。凛々しい顔だちをしている彼女の目つきはさらに鋭くなり、明は一歩後ずさる。


「アキラ、あなたは私の胸を見ていたため、たまにいやらしい笑みを浮かべていたのだな」

「い、いや、たまたまだよ? 男というのは、豊かに盛り上がった双丘が気になってしまう生物なんだ!」


 言い訳をしようとする明の視線は泳いでいる。彼の言葉を聞いたジュリアスは肩をぷるぷるを震わせ、羞恥によって顔を赤く染めている。あれは我慢しているよな。よし、彼女の気を紛らわせるようにあのことを提案してみるか。


「ジュリアス。俺がおまえの相手をしてやるから明のことを許してくれ」


 立ち上がった俺は地面に転がる槍を肩にかつぐ。


「……わかった。槍術を修めているヨシオと一手願おう」


 悩む素振りを見せたジュリアスは木刀をどこからか取り出し、正眼で構える。

 手合わせすると察知した恵美と明はすでに退避していたので、俺たちは巨大な樹の下でぶつかり合う。ジュリアスと手合わせしている最中に、誰が俺を見ていたのか疑問が浮かび上がった。少なくても、明やジュリアスではないと言える。

 すぐに気のせいだろう、と浮上した疑問をすばやく解決し、ジュリアスの木刀と俺の槍が交える。



 ◇  ◇  ◇



 ジュリアスとの手合わせが終わり、汗をかいた俺は風呂に入ることにした。明も入らないのか、と誘ったがあいつは僕はおまえと一緒に入りたくない! と拒否された。まあ、こんな女ぽっい顔つきをした俺が風呂場にいれば、誰だって女性がいると勘違いしてしまうだろう。襲われる可能性も……うげ、気持ち悪いから思考を中断し、風呂に浸かる俺は安堵の息をつく。

 いま、俺がいる風呂場は人が百人ぐらい入れるほどの大きさがあり、白い大理石でできている。木製の手桶や洗面器、椅子、体を洗う薬液も用意してある。体を洗い終えた俺は風呂に入ってリラックスしていく。

 ここは無駄に大きい風呂場で一人ぼっちであるが、俺にとっては誰もいないほうが落ち着く……はずだった。隣から聞こえた恵美とジュリアスの声さえなければ。


「うわぁ……ジュリアスさんの胸って大きいね」

「ジロジロ見るではない、メグミ」


 誉めるように相手の胸について語る恵美と、恥ずかしがるジュリアスの声が隣の浴槽からよく響いた。


「でも、これだけ立派だと……いたずらしたくなっちゃうなぁ」

「な、なんだその怪しく動かしている手は……!?」

「むふふ、いただきまーす」

「きゃあああぁああ! 私の胸をわし掴みにするなぁ、メグミぃ」

「かわいい悲鳴だね。でも、こっちの揉み心地は……指が吸い付くような感触は、さいっこうだよ」


 この会話を聞いているだけで、なにが起きているのか容易に想像できる。恵美がジュリアスの胸を後ろ、または前からわし掴みにしてしまい、そのまま感触を楽しむために揉んでいるということを。

 おそらく、ジュリアスは涙目になっているかもしれないなぁ。反対に恵美は楽しそうに彼女の胸を揉んで、いじめているだろう。

 彼女たちの会話を聞きながら、武器庫で選んだ青い槍を頭に思い浮かべて今日の手合わせについて振り返る。

 戦闘狂であると自覚しているジュリアスは戦いを純粋に楽しみ、それでも手を抜くことなく俺の相手をしてくれた。サティエリナの専属騎士をしていることだけあって、彼女の実力は本物であった。槍術を五年前から修めている俺にとって、久々に歯ごたえのある相手であったのでつい熱くなってしまい、本気で彼女とぶつかりあった。

 それは俺だけではなく彼女も同じであった、と手合わせを終えた後に感想を述べてくれた。それだけではなく、ジュリアスは明日も私の相手をしてくれるか? と頼まれてしまったので、俺は否応なしで引き受けてしまう。魔法が使えないのであれば、少しでも槍術で応戦するしか俺には残されていなかったからな。

 けれども、ジュリアスはそのことについて心配しなくてもよいと告げた。なぜなら、彼女が貴様の魔導具さえあれば魔法に頼らなくてもよい、と教えてくれたから。

 魔導具? とあのときに疑問に思ったことを口にすると、ジュリアスは深くため息をついていた。知らないで選んだのか、と呆れながらもそのことについて教えてくれた。

 魔導具とは魔法を人の手に、という意味で作られた武器や道具のことを示す。これさえあれば、いままで魔法を扱うことができなかった人たちの夢が叶う。が、現実は異なる。

 魔導具から魔法の力を引き出すためには、努力しなければならない。魔法とは形なき存在。そこになにかの形を与えなければ使用すらできないという。ようするに想像力を働かせなければ、一生扱うことができないというわけだ。

 それと魔導具に属性が付加されているので魔法を扱う人や、戦士や剣士も扱う。ジュリアスいわく水属性が付加された剣で火属性の魔物を斬れば効果抜群。他にもさまざまな用途があったが、ジュリアスは武器に関してそれしか教えてくれなかった。ちなみに、俺が選んだのは水属性の槍である。

 どちらにせよ、属性を付加された武器を振るうか、魔導具としての力を引き出すのかの二択しかない。前者は槍術を修めている俺にとっていい。逆に後者はどのようにすればいいのかわからないので、すでにあきらめている。

 思考をしていると、ジュリアスがこちらまで聞こえるほど大声で抗議する。


「め、メグミ! あなたは隣に人がいたらどうするつもりなのだ!?」


 胸を揉まれることに我慢できなくなったのか、ジュリアスはここで反論しだす。うん、正論だ。だって、この風呂場はもとは巨大な浴槽であったがなぜか二つに分けてしまった。巨大な浴槽を隔てるのは四メートルもある一枚の壁があり、一つは俺がいる男性用、もう一つは恵美たちがいる女性用。

 あの壁を登ろうを目論むような輩はきっといないはずだ。でも、男であれば一度は女性の一糸纏わぬ姿をその目に焼き付けるために、困難を突破しようとするかもしれない。明であればきっと迷うことなく、ジュリアスの生の爆乳を拝むために登っているだろう。


「さて……出るか」

「さあさあ、ジュリアスさん。あなたの感じやすいポイントはどこなのか、この私がきっちりと把握するから観念してね」

「や、やめてくれえええぇ! だ、誰かか私を助けてくれ!」

「逃げちゃダ~メ」

「きゃあああぁああぁ」


 もしも、俺がジュリアスの立場であったらきっと彼女と同じ目に合っていたかもしれない。うん、男性として生まれてきて本当によかったよ。

 心の中でジュリアスに楽しめとエールでも送っておいた俺は、風呂場を後にした。

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