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彼と彼女は誓う

 

 竜の里に戻った明とフローラ、アイリスはインペラディスが自分の命を代償にして、ドラゴンゾンビの悲しみを解放し、この世を去ったことを竜王に告げた。

 あの青い炎の持ち主がインペラディスであると知っていた彼は、納得したようにそうか、と小さく呟いていた。その後、彼は魔物と戦って怪我した人々に治癒を施していた。インペラディスと同じような青い炎を手に宿し、痛みに呻く青年の患部に触れると傷痕がなくなっていた。


「父上は四大元素をすべて扱うことが出来るのじゃが、争いを好まないのじゃ。おかげで父上は呪いを解くことや、あのように怪我を治すことを覚えた、ということじゃよアキラ」


 父のことを誇っているフローラに、明はそうだねと相づちを打って竜の里を見渡す。魔物の死体はどこにもなく、竜王、もしくは男性たちが炎で燃やし尽くしただろう。肉の焦げる臭いなどなく、おそらく風を扱う者たちが臭わないように配慮している、とアイリスが教えてくれた。

 〈風の欠片〉を持っているおかげで明には風の流れが目に見えてしまう。だから、臭わないように風を操作している人たちに心の中で感謝する。

 気になるのは誰があれほどの魔物を相手にしたのか。ほとんどの人たちはレオが剣で切り裂き、闇を行使して魔物を倒したと口を揃えて言うが本人は記憶がないらしい。必死で戦ったという記憶しかないレオに対して、竜王は苦笑していた。

 明の肩に座るアイリスは大きくあくびをして、疲れたよーと一言漏らしたので彼とフローラは歩き出す。


「今回はアイリスがいなかったらどうにもならなかったよ」

「えへへ。すごいでしょ、風の精霊王であるわたしに感謝してよねっ」

「本当にありがとうアイリス。君がいなかったら僕たちはドラゴンゾンビを倒せなかったよ」

「ううん。わたしのおかげじゃなくて、先にいたあの二人のおかげだよ」


 ハーゼルと修道服の女性のことを思い出す明。

 もしも、あの二人が先に竜の谷にいなければドラゴンゾンビは山を下りていたかもしれない。いくら破れた翼でも、〈欠片〉の一人であったドラゴンゾンビであれば空を飛べた可能性もあった。注意を引き付けていたおかげでドラゴンゾンビは竜の谷から出ることなく、全員の力を合わせてなんとか倒すことができた。……インペラディスの犠牲も含めて。


「……アキラ、おぬしは悪くはない」


 考えていることを見抜かれたのか、フローラは安心させるように優しく声をかける。アイリスも心配そうに明の顔を見上げる。


「わかっているよ。でも……僕の、いやガウスの破壊の炎であれば燃やし尽くせると思っていたのに……できなかったことが悔しい」

「対象を燃やし尽くすことができる炎じゃな。確かに、ドラゴンゾンビを倒せたはずじゃが……相手が悪かったとしか言いようがない」

「もしも、僕にもっと力があればインペラディスが死ななくてもよかったのに……!」

「甘ったれるではない! あの者はおぬしに生きて欲しいからこそ、自らの命を犠牲にしてドラゴンゾンビを倒したではないかっ」


 明の正面に立ち、叱咤を飛ばすフローラ。明もそのことがわかっているが現実を認めたくない。何も言い返さない明に、フローラは背を向けて竜王の屋敷に向かって歩き出す。


「アキラ……」

「ごめん、アイリス。少しだけ一人にしてもらってもいいかな?」

「うん。それとね、アキラ。〈風の欠片〉は風をよく使う君にふさわしいと感じたから、託したの」

「じゃあ、〈風の欠片〉は僕が持っていていいの?」

「うん。でも、アキラはまだ風を理解していないからわたしが教えてあげるね。フローラにも、ちゃんとした風を教えないとずっと拳だけだもんね」


 風の精霊王である彼女が旅に加わってくれることは非常にありがたい。たとえ〈風の欠片〉保持者になってもその力を使わなければ、宝の持ち腐れとなる。いずれ邪神を倒すための鍵となる〈欠片〉。彼女が旅に同行してくれることに感謝し、初めてアイリスと出会った草原に向かう。

 そこで寝転がり、青い空に浮かぶ雲を眺めながら風を身体で感じて自然の匂いを吸い込む。おかげで頭の中がすっきりし、昂ぶっていた感情も落ち着いてくる。

 インペラディスがいなければ、悲しみ続けていたドラゴンゾンビはきっと暴走していたかもしれない。彼の犠牲なしでは絶対にドラゴンゾンビには勝てなかった。


「ハーゼルは何がしたいのだろう」


 考えていることを口にすると疑問が浮かび上がる。彼はユグドラシルで吉夫と戦う前に邪神を復活させた、と告げた。もしも、彼が本当にこの世界であるアースを滅ぼしたいのであれば、なぜ蘇ったドラゴンゾンビの相手をしていたのか。

 普通であればドラゴンゾンビのことなど放っておいてもいいはずなのに、彼はそれを認めなかった。まるで彼は自分たちと同じように邪神を倒すために動いているかもしれない、と考えたところで身体を起こす。


「おや。そのまま楽にしていればよかったのに」

「僕だけ寝転がっているのは悪いですからね」


 竜王の気配を感じていた明は苦笑しながら、空間魔法から甘いものを取り出す。竜の里にあるお菓子の一つであるまんじゅうとお萩。最後に竜王が好きなせんべいを。

 この竜の里では自分たちの世界にあった食べ物屋やお菓子があり、どうしてあるのかフローラに訊いたところ、初代の勇者が作り方を伝授した、と。自然と初代勇者は自分たちがいた世界と同じ住人であるという結論に至り、これらの食べ物を食べれることに感謝している。吉夫と恵美にも懐かしい味を味わってもらうために幾つか買い込んでいる。


「これは嬉しいな。では、私はお茶でも用意しようかな。はい、アキラ君」

「ありがとうございます。……って、どこからか取り出しましたか!?」

「うん? そんなの秘密に決まっているじゃないか」



 熱々のお茶が注がれているコップを受け取り、明の疑問をさらっと受け流す竜王。彼は好物であるせんべいを食べだし、明はまんじゅうをいただく。しばらく無言の時間が続き、先に沈黙を破ったのは竜王であった。


「すまないね。行きたかったけれどこっちに怪我人が多くて何もできなかったよ。ここで傷を塞ぐことができるのは私しかいなくて……」

「気にしないでください。ハーゼルともう一人の女性と力を合わせたおかげでなんとか倒せました。でも……インペラディスが」

「彼のことは……本当に残念だ」

「そうですね。竜王さん、ドラゴンゾンビは二ヶ月前に前触れもなく蘇ったのですか?」


 インペラディスの情報が正しければ、竜王は肯定するはず。彼は無言で首を縦に振って肯定し、拳を握り締める。


「私の友は邪神によって暴れだしてしまい、元通りにさせるために語り合ったが……彼には届かなかった」

「だから……」

「私自身の手で葬った。 それなのに……!」


 怒りで震える拳を強く握り締める彼の姿を目にしていると、このような事態を引き起こした人物を許せない。


「竜王さんがドラゴンゾンビを竜の谷から出さないために、ここから結界を張っていましたよね?」


 インペラディスの言葉を思い出す明。


「そうさ。おかげで彼はずっとあの場所で一人きりで過ごした……。アキラ君。少し話題を変えようか。――フローラを君のお嫁さんとしてあげよう」

「ぶっ」


 シリアスな空気が一瞬にしてなくなってしまい、お茶を飲んでいた明はつい吹いてしまった。訊いた本人はにやにやしながらも、同じことを口にする。


「ど、どうしていきなりそんな話題に……」

「フローラには勇者である君と出会って、ドラゴンゾンビを倒して欲しいと頼んで、運良く君たちは出会えた」

「言われてみれば……。でも、僕とフローラさんが出会えたのはきっと偶然ですよ」

「そうかもそれないね。けれど……君とフローラはここで別れることになるよ?」

「あ……」


 言われて初めて気付く真実に、明は隣にフローラがいなくなることに寂しさを感じた。地下都市スビソルに行く途中で出会い、それから宿屋でお互いのことを語り合った。

 彼女を守る、と約束したのは自分を強くするため。あの時のフローラの表情は顔を赤くしていたが、いまさらよく思い出すと嬉しそうな顔だった。一緒に過ごした時間は短いが、楽しい日々を送ったことは間違いない。ここで彼女と別れたらもう二度と会えないかもしれない。

 だから、もう少しだけ、いや、もっと多くの時間を彼女と一緒に過ごしたい。この感情は……きっとフローラのことを好きになってしまったせいかもしれない。

 茶化すことなく、沈黙を貫く明の答えを待つ竜王に抱いている感情を告げる。


「……竜王さん」

「なんだね?」

「僕は彼女と一緒に旅をしても問題はないですよね?」

「当たり前だよ」

「……お嫁さんとしてもらいませんが、彼女を一人の女性として受け入れます」

「君はすなおじゃないね。まったく……もう少し積極的になってあげないとフローラがかわいそうだ」


 竜王と目を合わせると、彼は苦笑し、明とフローラの関係を認めた。

 明は生まれた始めて異性のことを好きになったので、これからどのようにフローラと接していこうと悩み……あの二人のことを思い出す。恵美が彼のことが好きで、吉夫はそんな彼女のことを受け入れているけれど普通に話している。自然と会話すれば大丈夫かな、といつもどおりのことをすればいいと結論が出た明はあっと声を漏らす。


「このこと、フローラさんに教えていないですよね……?」

「実はアイリスに風の囁きで伝えて欲しいと、と頼んだおかげで彼女にも届いているからこうやってうまくいってよかった、と私はほっとしているよ」

「えっ……。まさか、いま話していることすべて全部……」


 さあっと顔を青ざめる明と対照的に竜王は楽しそうに微笑む。


「私と君の会話は全部フローラに聞こえているから、安心したまえ」

「あ、安心できませんよ!?」


 他愛もない会話をしながら二人はやがて竜の里に戻り、屋敷の中に入ると薄っすらと頬を赤くしたフローラがいた。彼女に全部会話を聞かされていた明はなにも言うことができず、フローラもずっと口を閉ざしたままだった。けれど、フローラは明の傍に寄って、彼女は手を握り締めてから囁くように妾も好きじゃよと口にする。

 そのときのフローラの顔は熟れたりんごのように赤く、初々しい反応をする彼女が可愛らしくて明は手を握り返す。明とフローラはお互いのことが好きである、とわかったがまだ出会ってから日が浅い彼らは自分のことについてしゃべり合う。もっと好きな相手のことを知るために。同じ時間を一緒に過ごすために。

 まだはっきりとした告白はできていないが、いつかは彼女に愛している、と告げたい。

 その前にまずは世界の敵である邪神を倒さなければならない。残りの〈欠片〉を集めないといけない。

 そして、なによりも彼女を守るための力が必要だ。


「フローラさん。僕は君を守る剣となるよ」

「ふふっ。妾はおぬしを包む翼となるのじゃ」


 握り締めた彼女の手から感じる温もりを感じながら、もう二度と大切な人を失わせたくないと心の中で誓う。

 前世であるガウスの姉ヘンリエッタが失われたときの悲しみを二度と感じたくない明は、自然と思いついた場所の名前を口にする。その場所は異世界から来たはずの明が知らないはずの名前。この場で竜王しか知らない場所を口にした明に誰もが驚いた。

 そこは――。

 

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