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二人の勇者

 竜の谷では、ハーゼルと修道服を着た女性が暴れるドラゴンゾンビを相手にしている間。立つのもやっとという明とそんな彼に守られるフローラ。向かい側には明の言葉を信じられない、という顔をするインペラディス。


「う、嘘を言うな! 我はこの目でしっかりとそこの娘の父親が人々を殺している姿をっ」

「殺した、じゃない。殺すしかなかったって言ったほうが正しいかな」


 動揺するインペラディスに対して、冷静に真実を伝えていく明。


「君たちが暮らしていた村は呪われていた。あの人がそこに着いたときにはすでに全員が呪いによって暴走し、目に映るすべてを破壊していた」

「う……嘘だ! そのような作り話など信じるものか!」

「じゃあ、どうして君は呪いをかけられたはずなのにこうして生きているの? もしも、君が呪いを打ち消せる体質であれば辻褄が合うはずだよ」


 ぎろりと睨みつけるインペラディス。彼の身体からは怒りによって抑えられないのか、青い炎があふれだしている。


「彼は言っていたよ。彼らを唯一助ける方法は殺すしかなかった、と。だから、君がしている復讐なんて意味はないから……大人しく引いてくれないか?」

「……引き下がる、だと? ふざけるな」


 インペラディスは宙に魔法陣を描くことなく、それぞれ異なる種類を四つ生み出す。赤、青、緑、黄色。色からして四大元素である火、水、風、土。

 本来ならば魔法陣を戦闘中に描くことなど誰もしないが、稀にそうする者がいる。魔法陣を描くことによって通常使用する魔法の威力を底上げし、ただの炎の球をより大きく、さらなる破壊力を得ることができてしまう。

 普通ならば宙に魔法陣を描くのが基本であるが、目の前にいるインペラディスは常識外れだ。一人で四大元素を扱い、なおかつあの青い炎。強い、と肌で感じている明にインペラディスが動き出した。

 まずは鋭く、太い棘がインペラディスの周囲から出現して明を串刺しにしようとする。

 風の衣を発動し、明を中心として風の帯が現れ、大地の棘を破壊するために前へ一歩踏み出そうとしたときにフローラが先に動く。


「ここは妾に任せよっ!」

「頼んだよ、フローラさんっ」


 緑色に輝く爪。フローラのなやかな手の先から鋭く伸びたそれから放たれた斬撃は、明を貫こうとした太い棘を切り裂き、開かれた道を明が進む。

 そこへ見えない風の弾丸が明に降り注ぐが、彼は柄しか残ってない剣を振るう。他の人から見れば、柄しかない剣を振るうのはおかしなことかもしれないが、戦闘をしている明とインペラディス、フローラにはその違いがはっきりとわかる。

 柄しかない剣に明が剣を構成するように、と風で形を生み出したことによって刃と化し、剣へと変化した。

 見えない刃を振るう明は、風の魔法を使っているからこそ降り注ぐ風の弾丸の位置が正確に把握し、切り捨てる。すべては切れなくても、風の衣によって守られているためそれでそらす。

 インペラディスは接近する明に慌てることもなく、氷の槍と炎の槍を同時に生み出し、一斉に放つ。

 これはさすがにまずい。

 さすがに風の衣だけではそらし続けていても、いずれは肉体に届いてしまう。風の衣を重ねるように展開しても、同じことになるかもしれないな、と判断した明は見えない剣を伸ばすことを想像する。疾走しながら見えない剣を伸ばすことを想像し続け、裂帛の気合いと共に横になぎ払う。


「なっ……一振りだと」


 暴風が起きたように氷の槍と炎の槍はすべて消し去り、明の前を邪魔する存在はどこにもない。残るのはインペラディスのみ。彼の周りに展開されていた四つの魔法陣はどこにもなく、明は疾風の如く距離を詰める。

 

「我は負けるわけにはいかないのだっ」


 インペラディスの全身から迸る青い炎。彼は青い炎から剣と盾を生み出し、正面から明と斬り合う。交差する二人。すぐに背を向けた二人は向き合い、再度切り結ぶ。

 盾を手にしているインペラディスは明の見えない刃を防ぎ、剣で切りかかるがあっさりと彼はかわす。空いているインペラディスの胴体へと剣先で鋭く突こうとするが、相手は後ろに一歩下がってよける。


「強いね」

「貴様もな、勇者よ」


 にっと不敵に笑い合う明とインペラディス。 

 

「僕にはやらないといけないことがあるから、これで終わりにしてもらうよ」

「我とて同じことだ。勇者よ、次で最後だ」


 明は見えない風の刃に紅蓮の炎を注ぐと、オレンジ色の刀身が浮かび上がる。対するインペラディスは盾を捨て、青い炎を刀身に注ぐと蒼く染まっていく。

 静かに向かい合う二人は、ハーゼルと修道服を着た女性が相手をしているドラゴンゾンビの咆哮が竜の谷に響いたときに同時に大地を蹴る。

 一瞬の交差。

 背を向き合う明とインペラディスは剣を構えたまま動かず、やがて斬られた二つの刀身が地面に落ちた。落ちたそれは幻のように消えてしまったのは魔法で生み出したため、彼らは驚くことなく褒め合う。


「さすがだね。君は魔法だけじゃなくて、剣術もできることに驚いたよ」

「貴様もな。勇者とは名だけかと思っていたが……なかなかやるではないか」


 お互いの手に握られているのは柄のみ。明のは紅蓮の炎によって刀身を生み出したため、インペラディスに斬られたせいで消滅している。逆にインペラディスは明の剣を斬った代償として刀身を失った。


「我もまだまだだな……」


 斜めに浅く切り裂かれた自分の身体を見ながら、インペラディスはすなおに負けを認める。インペラディスは明の紅蓮の炎によってできた刀身を己の剣で斬ったが、そこで見えない刃が彼を襲ったため引き下がってくれるようだ。

 まさか、あの一瞬の交差で風の刃を放っていたとは誰が想像しただろうか。しかも、命を奪わないように明が手加減したせいでインペラディスはまだ生きている。

 

「アキラっ。なぜそやつを生かすのか妾にはわからぬ」


 近づいたフローラは竜化を解くことなく、警戒するようにインペラディスを睨みつける。


「彼には生きて欲しい」

「そやつは妾の故郷を滅ぼそうとしたのに……なぜ生かすのじゃ?」

「……竜王さんは君に伝えたかった言葉があるんだ。それは『辛いことがあっても生きて欲しい』って。だから、僕はあの人の気持ちを優先にするよ」

「その割には奴の命を奪うつもりでいたではないか……?」

「あはは……。敵をだます前に味方からってね」

「おぬしは阿呆じゃな」


 手加減されたフローラのげんこつをもらった明はその場にうずくまり、痛みがなくなるまでじっとしていた。そんな二人のやり取りを見ていたインペラディスは薄っすらと口元に笑みを浮かべていたことを彼らは知らない。


「勇者アキラ。いちゃつかないでさっさとドラゴンゾンビを倒しに行けばよいではないか」

「いちゃついてないよっ」


 茶化すようなインペラディスがまるで友人のように接してくれるのは、きっと竜王の言葉を伝えたせいかもしれない。もしくは、互いの想いをぶつけ合った影響か。

 

「行け」

「行かせてもらうよインペラディス。また会おう」

「ああ」


 去っていく明とフローラの後ろ姿をインペラディスは見送り、彼はこれから復讐なしでどうやって日々を生きていこうか、と未来のことを考えながら傷ついた身体を起こす。


「…………教授よ。貴様はいずれあの者に殺されるだろう」


 小さく呟いた彼はゆっくりと歩き出す。






 明とフローラがドラゴンゾンビの相手をしているハーゼルと修道服を着た女性のもとに近づこうとすると、邪魔するように大地から複数の骨の兵士が現れる。襲いかかる骨の兵士たちを明とフローラは見えない剣で裂き、拳で砕く。すぐに再生してしまう骨の兵士であるが二人はそのことを気にせず、ひたすら前へ進み続ける。


「ダメだよー」


 聞き覚えのある声が上から聞こえ、同時に明たちへ剣を向けようとしていた骨の兵士たちが突然現れた竜巻に呑み込まれて、消えていく。


「ろくな装備をしていないアキラは死ぬよ?」


 二人の前に姿を見せたのはアイリス。くりくりとした緑色の瞳で見つめられる明は、これまで鎧の類など装備したことなどない。あるとすれば、胸当て程度。いまの明はそれすらないので、ドラゴンゾンビの一撃でももらえば死に至る。


「それでも僕はやるしかない」

「もーアキラってバカだねー。いまのアキラは怪我しているし、さっきの戦闘で魔力もけっこう消費しているからあの二人の邪魔になるだけだよ?」


 アイリスが明に説教している間にも骨の兵士が再生し、フローラが動く前に竜巻が出現し、相手を蹂躙していく。


「あ、アイリス……おぬしは何者なんじゃ?」

「わたしは風の精霊王だよ。嘘ついてごめんね」


 重要なことを軽く口にするアイリスは驚く二人のことなど気にすることなどなく、彼女は手を前に出す。アイリスが手を前に出したことによって風が集い、やがて手の平に収まる透き通るような緑色の菱形を生み出した。


「はい。これが〈風の欠片〉。それと鎧もわたしが用意するからね」

「ありが……!?」


 アイリスから〈風の欠片〉を受け取るために手を伸ばそうとしたら、彼女がすっと身体の中に入っていく。後ろを振り返るとそこにはアイリスの姿などなく、フローラの彼女の姿を探し求めると頭の中で声が響く。

 

『わたしはアキラの中にいるよ』

「ぼ、僕の中に……?」

『そっ。わたしがアキラの鎧になってあげるから、剣はなんとかして』

「えっ。うわ」


 明を中心に風が吹き荒れると、さっきまでなかった鎧があった。全身を守るようにある緑色の鎧。身体は軽く、インペラディスとの戦闘で負った怪我も癒えている。

 アイリスが治してくれたことに感謝し、剣は見えない刃を想像。さらに紅蓮の炎で刀身を具現化させる。


「これでいいかな」

『うん。……えっ、もしかして……これは……』

「アイリス?」

『な、なんでもないよ』


 歯切れの悪いアイリスにそっかと返し、フローラのほうを向くと彼女は無言で頷く。

 眼前にいるのはドラゴンゾンビの相手をしているハーゼルと修道服を着た女性。彼らは息の合った動きでドラゴンゾンビを翻弄している。大剣を振るうハーゼルと遠距離から弓矢を放つ女性。

 ドラゴンゾンビはハーゼルに斬られ、弓矢で射抜かれているはずなのに痛みを感じないように強靭な前足をなぎ払う。近くにいたハーゼルは風圧によって吹き飛び、女性が放った光の弓矢はそれだけでかき消されてしまう。

 

「くっ……」


 振り下ろされるドラゴンゾンビの前足。とっさに守護結界を張ったハーゼルは、大地に大剣を刺したまま苦しそうな表情をする。

 

「……っ」


 ハーゼルは敵である、と明はわかっている。けれど、彼がいなかったらドラゴンゾンビは竜の里に向かっていたかもしれない。彼を援助していた女性は注意を引くために連続で弓矢を放ち、しかし相手はそれでも見向きもしない。

 吉夫と恵美を苦しめた相手をここで見殺しにする。そうすれば、今後彼は二度と明たちの前に現れないかもしれないが……。


「僕は勇者だ。困っている人がいるなら、助けるって決めたんだ」


 自分に言い聞かせるようにいつもしていることを口にした明は、大地を蹴り、宙を駆ける。走るのに邪魔な剣を鞘に収め、頭の中に浮かんだ魔法を即座に使用。


風の息吹エアロ・ブレス!」


 横向きに回転する竜巻を複数生み出し、前足を振り下ろそうとしたドラゴンゾンビにぶつかる。鋭く回転する竜巻はドラゴンゾンビの皮膚を裂き、その巨体をわずかに後ろへと押す。


「……勇者か」


 大地に突き刺した大剣を抜いたハーゼルは正眼に構え、闇をそこに纏わせていく。


「今回は君と共闘させてもらうよ、ハーゼル」

「敵であるこの私と、か?」

「君は敵だよ。でもね、あいつを倒すのには僕だけでは無理だ」

「是。私とて一人で倒せる自信などない」


 大剣と剣を前に出して交差させた二人。視線の先には咆哮を上げるドラゴンゾンビが息を大きく吸い込み、灼熱の炎を吐き出した。ハーゼルは横に飛び、明は宙に浮かび、剣に風を流していくとアイリスの声が響く。

 

『アキラは魔法をあまり覚えてないから、わたしが教えるからね。回避と攻撃はそっちがやってね』

「わかったよ」


 さきほど頭の中に浮かんだ魔法はアイリスのおかげであるため、彼女に感謝しながら風の刃を放つ。岩すらも切り裂く明の風の刃はドラゴンゾンビに直撃するが、それほど痛みなど感じていないようだ。

 いまの技よりも威力が高くなければ、ドラゴンゾンビを倒せないとわかった明は炎の刃で斬りつけることにした。刀身がオレンジ色の炎に包まれ、高速で接近した明は相手の身体を斬りつけると悲鳴を上げるように叫ぶドラゴンゾンビ。


『本当なら龍には炎とか風なんて通じないよ。でもね、いまの龍は死体だから炎はよく効くよ』

「ありがとうアイリス。うわっ」


 標的を明に定めたのか、ドラゴンゾンビは彼に向かって首を伸ばし、鋭い牙で噛み砕こうとする。慌てて後ろに飛んで回避し、再度炎の刃を喰らわせるために剣全体にオレンジ色の炎を纏わせていく。

 

「私のことを忘れては困るな」


 闇の斬撃がドラゴンゾンビを襲い、相手は放たれた方向に目を向けると尾を横になぎ払う。すぐさまハーゼルは上に飛んでかわすが、追撃するかのようにドラゴンゾンビの周りから魔法陣が浮かび上がっていく。

  漆黒の魔法陣がドラゴンゾンビから出現し、そこから大地の棘に似た魔法が生み出される。黒い大地の棘はハーゼルと明を呑み込まんとするが、お互いにかわして魔法が使えることに勇者は抗議する。


「死んでいても魔法が使えるなんて僕は聞いたことないよっ」

「否。あれ〈欠片〉の一人だからこそ出来るのだ。また、知性ある魔物が死に再び甦ったときにも同じことが起きる、と本に書いてあった」

「先に教えてもよかったじゃないかっ」

「訊かなかった貴公が悪い。それ以前に私たちは敵同士ではないか」

「そうだったね!」


 ドラゴンゾンビが生み出した大地の棘をかわした二人は、ふと女性たちのことを思い出す。彼女たちがどこにいるのかわからないが、ドラゴンゾンビの魔法に巻き込まれていないことを祈る。


「勇者よ、このまま戦いを続けていれば私たちが不利だ。加えて、私たちは貴公たちが来るまであいつの相手をしていたから……一気に倒したい」

「……じゃあ、そうしようか。アイリス、いいかな?」

『うん。アキラのあの炎とわたしの風でなんかできるよ』


 破壊の炎とアイリスの風を組み合わせた魔法陣が頭の中に自然と浮かび、明は咆哮を上げるドラゴンゾンビが新たな魔法を放つのを見据えながら紡ぐ。

 炎の嵐フレイムストーム

 ドラゴンゾンビを包み込む炎の渦が生み出され、高速で回転していく。苦しむかのように吼えるドラゴンゾンビ。相手は明が炎の嵐を発動させる前に、自分の足元に魔法陣を作っていたが何も起きていない。

そのことを警戒しながら、やがてドラゴンゾンビを包んでいた炎の嵐が消える。


『さすがは〈風の欠片〉だね……。アキラとわたしの魔法を察知して防御を高めるなんて』


 焦りを感じるアイリスの声。眼下には弱点であるはずの炎を身体全体を包むように炎の嵐を使ったはずなのに、相手はいまだに倒れない。アイリスが指摘したとおり、ドラゴンゾンビが足元に生み出した魔法陣は魔法に対する耐性を上げるためと障壁を作り出すため。

 明はアイリスと自分の力では到底ドラゴンゾンビを倒せないと自覚していたため、それほど焦っていない。まだ倒せる手は゛三つ゛残っている。


「これで時間は稼いだかな」


 明の頭上に大きな影が差す。うえっ!?  と驚くアイリスに明はドラゴンゾンビと戦闘している最中なのについ苦笑をこぼす。

 ドラゴンゾンビも頭上を見上げ、威嚇するように咆哮を上げる。彼らの頭上にいるのは、身体全体が緑色一色の美しい竜。翼をはためかせる度に風が強く吹き荒れ、金色の瞳がドラゴンゾンビを捉える。


『アキラよ、後は妾たちに任せよ!』

「私も最上級の魔法を使わせもらいますっ!」


 その緑色の竜はフローラで、彼女の背中には修道服を風になびかせ、弓矢を限界まで引き絞ってる女性の姿。竜人ドラゴノイドは大半の力を封じており、゛竜化゛と呼ばれるものは人の身でありながらも竜の力を振るうことができる。

 しかし、本来の彼らの姿は竜。自ら枷を外した彼らの力は凄まじく、強力である。フローラが本来の姿に戻る、と明しか聞こえない風の囁きで時間稼ぎして欲しいと頼まれていた。


『アキラ、いますぐそこから離れよ。最高の一撃を放たせもらうぞ』

『あ、アキラ! いますぐドラゴンゾンビから離れてっ』

「よくわからないけれど、言うとおりに動くよ」


 後ろに下がりながらもドラゴンゾンビの追撃が来ないか警戒していたが、相手はなにもして来ない。すでに命を落としたはずのドラゴンゾンビは、懐かしそうに大空に浮かぶフローラをじっと見ていた。

 様子がおかしいドラゴンゾンビに対し、フローラは構うことなく大きく息を吸い、彼女の口元に緑色の魔法陣が浮かび上がった。


『あれは竜たちの最高の一撃の技。それがドラゴンブレスって呼ばれていて、すべてを破壊し尽くすとも言われているんだよ』

「どうして最高の一撃なの?」

『魔力が込められたブレスだからだよ! アキラが近くにいたら死んでいたかもしれないからね!』

 

 まったく緊張感を感じさせない明の態度に怒るアイリス。ただ、いまは頼りになる仲間たちがいるからこうして緊張をほぐしている。

 フローラが放った最高の一撃であるドラゴンブレスは、無防備なドラゴンゾンビを呑み込んだ。ある程度距離を取ったにも関わらず、熱風が明のいる場所まで届く。

 悶え苦しむようにドラゴンゾンビは悲鳴を上げ、破れた一対の翼を力強く羽ばたかせる。同時に緑色の魔法陣が宙に生まれ、明の十八番と同じ風の刃が竜の谷を切り刻む。無茶苦茶に風の刃が放たれと思いきや、宙に浮かぶフローラと彼女の背中に乗る女性をしっかりと狙っていた。


「フローラさんっ!」

『フローラのことよりも自分のことを心配してっ!』


 警告するアイリスおかげで地面から生えてくる大地の棘が打ち出され、次に切断するように迫る風の刃をしゃがんで避ける。まさか、ドラゴンゾンビはフローラたちだけではなく、明とハーゼルまで狙っているなど直前まで気付かなかった。

 もしも、アイリスが警告しなければいまごろ身体を二つに裂かれていただろう。どこかに隠れているハーゼルにも、きっと風の刃が迫っているとわかっていたが彼の心配をしている暇はない。


「ちっ。しつこいな!」


 思わず悪態をついてしまうのは、明を切り刻もうとする風の刃のせい。目には見えないはずの風の刃であるが、風の魔法を使う明には視認できる。風の魔法を使う人であればそれぐあいできて当然のこと。

 ひたすら回避し続けていると、フローラの背中の上から目が眩むほど強い光があふれた。そこにいるのは修道服を着た女性。ようやく、彼女の魔法が完成したとあれだけで明は理解した。


「降り注ぎなさい。虹の雨(レインボーアロー)


 光り輝く魔法陣がドラゴンゾンビの上に出現し、そこから無数の光の矢が生まれ、次々と不死の身体を射抜いていく。一方的に女性の魔法を受け続けているドラゴンゾンビは、苦痛の声を漏らしながらもすうっと大きく息を吸う。

 ドラゴンゾンビの口元に漆黒の魔法陣が浮かび、フローラと同じドラゴンブレスを放つ予備動作であると嫌でもわかった。


「そうはさせませんっ。――穿て、聖なる矢」


 それはずっと引き絞っていた矢を解き放つ言葉。女性が放った光の矢は巨大な剣へと姿を変え、ドラゴンゾンビを串刺しにする。これによって魔法陣は打ち消され、身体を巨大な剣に串刺しされたドラゴンゾンビにどこからか現れた大量の鎖に拘束される。

 自由を求めるように尾を振るい、鋭い爪で裂こうとするが虚しくも鎖はじゃらじゃらと鳴るだけ。その間にフローラは炎弾を連続で放つ続けてドラゴンゾンビを怯ませる。

 咆哮を上げたドラゴンゾンビは宙を翔ぶフローラに反撃するかのように、太く、先が鋭い大地の槍を魔法陣から作り出して上に撃ち出す。


『アキラ、相手は不死って言われているドラゴンゾンビだけど、身体のどこかに核が隠れているよ。それを破壊しない限り絶対に勝てないから……見つけてね』

「わかった」


 不死のドラゴンゾンビを倒せる手段をアイリスに教えられた明は、いまだに姿を現さないハーゼルにまだなのか、と焦れる。そんなときに白銀に輝く大剣を手にしたハーゼルがひょっこりと姿を見せた。


「すまない。魔剣に光魔法を付加するだけで時間がかかってしまった」


 彼の持つ魔剣は闇属性のため、たとえ斬りかかってもドラゴンゾンビには効かない。だから、彼は光を付加した。元が闇である魔剣に光を付加するのは難しいがなんとかなったみたいだ。


「じゃあ、終わらせよう」

「是。全力を尽くせ、勇者よ!」

「そのつもりだよ!」


 本来ならば肩を並ぶことのない二人の勇者たちは同時にドラゴンゾンビへと斬りかかる。紅蓮の剣を握る明はアイリスがかけた風の補助魔法で速度が上がり、高速で斬りつけた後にすぐに違う場所を狙う。一度だけではなく、何度も繰り返し続ける。

 一方ハーゼルは高く跳躍し、大剣を上段に構えた状態から一気に振り下ろす。放たれた巨大な白銀の刃はドラゴンゾンビを真っ二つにせんと迫っていくが、漆黒の魔法陣を足元に作り出されたせいでその威力は半分となってしまう。

 しかし、それでも放たれた白銀の刃はドラゴンゾンビの肉体を切り裂き、明はその奥で闇に紛れて輝く球体を目にした。あれがドラゴンゾンビの弱点。地下都市スビソルで戦ったゴーレムの核が硬かったことを思い出し、剣に風の刃を纏わせる。

 いままさに明がドラゴンゾンビとの決着を終えようとしたときに、相手は骨を撃ち出してきた。


「アイリス、これで終わらせるよ!」

『もちろんっ。これでも喰らえ! 』


 一本だけではなく、連続で骨を撃ち出すドラゴンゾンビの猛攻を必死に回避しながら、高速で斬りつけていた時に宙に設置した風の刃に命じる。

 アイリスの命令により宙に設置されていた風の刃は一斉にドラゴンゾンビを襲いかかり、撃ち出された骨の弾丸を落とし、本体を傷つけていく。その間に明は急接近していき、展開した風の衣で骨の弾丸を受け流し続ける。頬をかすめ、鎧の一部が吹き飛ぶ。

 アイリスが痛みを我慢する感情が伝わって来た明はさらに速度を高め、剣全体に破壊の炎を纏わせる。吐かれた灼熱の炎を抜け、連続で放たれる骨の弾丸と大地の槍をくぐり抜けた。後は――隠された核を裂くだけ。


「これで終わりだっ!」


 核が隠されている場所を裂いた明は、確かな手応えを感じた。握っている剣はドラゴンゾンビを斬ったときに消えてしまい、明の手元に残っていない。

 振り返ると、断末魔の悲鳴を上げるドラゴンゾンビはオレンジ色の炎に包まれ、その身を『ゆっくり』と燃やされていた。


――どうし……て……僕を……受け……入れてくれないの……?


 悲しむ思念はその場にいた全員に聞こえ、唯一理解できたのはアイリスだけだった。明の鎧は緑色の光を放出させ、やがてアイリスの姿に戻る。

 彼女は痛そうに脇腹をさすりながら、悲しみの咆哮を上げるドラゴンゾンビについて説明する。宙に浮かぶフローラと彼女の背中に乗る女性にも聞かせるために風の囁を使うアイリス。


『彼は邪神が生み出した〈欠片〉の一人。彼はいつも自分を受け入れてくれる存在を探していたんだ』

「まさかと思うけれど……竜王さんが」


 予想しながら彼の名前を口にする明に、アイリスは肯定した。


『その通りだよ。二人は出会ってすぐに打ち解けて、楽しい日々を過ごしたけれど……邪神が世界を滅ぼせと命じたせいで彼らは戦うことになったの。<欠片>は邪神の命令には逆らえないから……』


 親しい友と戦うことは辛い。闇堕ちした吉夫と剣を交えたことのある明は彼らの気持ちがよくわかる。だから、余計に彼らを戦わせた邪神が憎い。オレンジ色の炎に包まれ、ゆっくりとその身を燃やし尽くされるドラゴンゾンビが生きているのは過去の悲しみのせい。


「……我が貴様の悲しみを受け入れてやる」


 ドラゴンゾンビをどうすればいいのかわからなかった時に、インペラディスが近寄っていく。遠ざかっていく彼の背中に明は止めることが出来ず、問いかけた。


「どうするつもりなんだ?」

「決まっているだろう。我の命を代償として、あの者の悲しみを受け入れる」


 歩みを止めないインペラディスに対して、明は彼がここで生きることをやめてしまうことに腹が立つ。インペラディスは復讐のためだけに生き続けてきたからこそ、今度は普通に生きて欲しい。

 最初は戸惑うかもしれないが、慣れてしまえば平穏な日々を送ることができる。なのに、どうしてあっさりと自分の命を捨てることが出来るのだろうか。


「勇者アキラよ。我の村に呪いをかけた人物は魔術都市にいる……だから、殺せ」

「どうして君がそういうことを知っているの?」

「我は見ていることしかできない弱者だ。……二ヶ月前、ドラゴンゾンビが目覚めたと同時に邪神が復活した。さらに魔の国も暴君によって秩序が失われている」


 すらすらと重要なことを口にしながらも、インペラディスは悲しみの咆哮を上げるドラゴンゾンビとの距離を詰めていく。全身に青い炎を放出させた彼は一度立ち止まり、振り返ることなく謝罪した。


「すまなかった。我はもっと前からあの者に操られていたことに気付いていれば、きっと争いは起きなかった」

「……」

「竜王のことを忘れられなかった我は、それを利用されてしまった。情けないな。多くの者に迷惑をかけたから……」

「償いとして、自分の命を犠牲にして彼を助けるってことなんだね」

「ああ。我の青い炎は敵であればの燃やし尽くし、味方であれば傷を癒す。この炎のおかげで我は呪いにかからなかった……この者の悲しみは深いな。安心するがいい。貴様と我はずっと一緒だ。もう、悲しむな」


 それがインペラディスの最後の言葉となった。彼は抱き締めるようにドラゴンゾンビへと大きく腕を広げ、触れられると青い炎は一瞬にして悲しむ竜を包み込む。


――ああ……。僕は……もう、一人じゃない……。あり……が……とう……。

 

 翼を折りたたみ、青い炎を逃さないように抱き締めるドラゴンゾンビ。彼はその身を青い炎によって悲しみから解放され、それだけではなく、ここで命を落とした者たちの魂も浄化していく。

 淡い光が竜の谷全体からあふれ、フローラの背中に乗る女性は宙に十字架を描き、救われた死者たちの冥福を祈る。ハーゼルも右手を心臓に当てて、目を閉じ、彼らを見送った。

 明とフローラ、アイリスたちは淡い光が宙に消えていくのを眺め続けた。

 この光は竜の里にいる全員も目撃し、竜王はあの頃楽しく語り合った友に別れを告げ、静かに涙を流す。


 インペラディス

 四大元素をすべて扱うことができる天才。その技術はとある人物によって教わり、才能があった彼は四大元素(火.風.水.土)を自由自在に操る。

 また彼が魔族であることなど明は気付いてなかった。彼の固定能力は癒しの炎。青い炎は自分の傷を癒し、また仲間の治療にも応用できる。敵と認めた相手には傷を負わせることができる能力。


 ドラゴンゾンビ

 〈風の欠片〉サウダージが竜王との戦いで命を落とし、亡き骸が竜の谷に残ったままであった。竜王が亡き骸を燃やそうとしても、弾かれてしまったためにこれまでなにもできなかったため、今回の出来事が起きた。

 彼は竜王と友人関係であったが、邪神のせいで戦うことになってしまった。

 〈風の欠片〉である彼は竜であるが誰にも受け入れてくれなかったため、ひっそりと竜の谷で過ごしていたときに竜王と出会い、友人関係となった。

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