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竜の谷にて

 勇者である明と魔物を”竜の里”に呼び寄せた青年が来る少し前のこと。

 ”竜の谷”と呼ばれるこの谷は邪神が現れるまでは大きな川であった。しかし、ここで邪神の〈欠片〉と竜王が死闘を繰り広げたことによって川は枯れ果て、両側の壁にはそのときの傷跡が刻まれている。

 じめじめとした空気、谷の中央に眠る巨大な竜の骸。鎧を身に着けたまま、骸と化した者たちがあちこち転がり、彼らの手に握られている武器は土によって汚れているがまだ新しい。彼らはつい最近命を落としただろう。

 ”竜の谷”にいる銀色の髪、海のように蒼い瞳をしたきれいな顔立ちをした青年――ハーゼルは竜の骸の近くに立って動かないのか、警戒していた。

 彼がここにいるのは、勇者である明のためではなく、ましては竜王の頼みでもない。彼は自分が成すべきことをやるためにここにいる。

 ふと視線を感じ、誰かが姿を見られないように隠蔽の魔導具を使っていると察知したハーゼルは問いかける。


「何者だ?」

「すごいですね……私の存在に気付く人なんてあなたが始めてですよ」


 おっとりとした声が聞こえ、振り向いてみるとそこにいたのは太陽のように輝く金色の髪をした女性。同じ色の瞳は垂れ目、穏やかな雰囲気をかもし出すように微笑みを浮かべ、白の修道服を着て、首にぶら下がるのは十字架。

 ハーゼルはつい召喚の国ユグドラシルで前触れもなく現れたあのメイドのせいで、隠れている者の気配が読めるようになったが……赤い切れ目、白い髪を三つ編みにした彼女のことを思い出し、つい身震いしてしまう。


「どうしました?」

「なんでもない。それよりも……貴女は何者だ?」


 女性からあふれるのは、ハーゼルがかつて剣を交えた白狼の加護を授かれし者と同じぐらいの神聖な魔力。白狼の加護を授かれし者が〈欠片〉を持っていることで感じることのできる質であるが、眼前にいる女性はそうではない。

 〈欠片〉保持者でもないはずなのに、なぜこれほど質の高い魔力を持っているのかハーゼルにはわからない。


「ただの見習いシスターですよ。それよりも、あなたの左腕は身体が穢れるかもしれないのにそのまま放置しておくつもりですか?」

「……貴女には関係ない話だ」


 内心で驚きながらも、ハーゼルは黒い左腕を女性に見せつけるように前に出し、空間魔法から魔剣を取り出す。鈍色に輝く大剣。そこに込められているのは邪神の闇の力によって、この大剣は魔剣と化している。


「闇に穢されているのではなく、自らその道を選んだと、ということですか?」

「……」

「だんまりということは秘密なんですね。ええ、わかりました。それでは、私もあの人たちのためにあなたに協力させてもらいますね」


 勝手に話を進める女性に対し、ハーゼルはなにも言わないで竜の骸のほうに視線を戻す。


「あなたの魂はまだ闇に穢されていないのは、きっと闇と一つになろうという気持ちが原因かもしれませんね。あなたの魔力は質がよく、光のように透き通っているおかげで闇と同化しやすいかもしれません」


 ぶつぶつと呟く女性の声に耳を傾けることなく、彼女は空間魔法など開くことなく弓を生み出した。すっと洗練された動作で弓矢を引くと、一本の光の矢が生まれる。

 ハーゼルはこのことに気付かず、いつでも竜の骸が動いていいように剣を構えていると……女性は矢を解き放つ。 

 高速で放たれた光の矢はハーゼルの隣を通り抜け、まっすぐ竜の骸へと吸い込まれるように進む。さすがのハーゼルも、このことには驚きも隠せずに女性のほうを振り向く。


「貴女はなにをしているのだ!?」

「相手が動き出したので、牽制をしておいただけですよ?」

「なに?」


 訝しげにハーゼルが竜の骸のほうに振り向くと、さっきまで銅像のように動かなかった相手からどくんと脈打つのを感じた。どくん、どくんと大きく脈打つ度に竜の骸から邪気があふれていく。

 邪気によって、骸と化していた者たちは仮初めの命を得て再び起き上がり、武器を構えると風の如く接近してくる。骨の兵士たちをまとめて切り裂くために魔剣を横へとなぎ払おうとしたときに、ハーゼルの背後から複数の光の矢が放たれる。

 複数の光の矢は襲いかかろうとした骨の兵士たちを一瞬で浄化し、鎧と武器だけが空しく地面に転がる。

 骨の兵士たちのような闇によって与えられた仮初めの命は、穢れを祓う光が一番有効。そのため、ハーゼルが破壊したとしても相手は何度も再生し続けるからこそ、背後にいる女性に心の中で感謝した。


「あなたの援護をさせてもらいますから、ドラゴンゾンビの相手をお願いしますね」

「……是」


 ここに現れた女性の正体などハーゼルにはわからない。しかし、いまは自分の背中を守ってくれる彼女に信頼してもいいだろう。左腕の闇を解放し、魔剣に纏わせてながら大地を蹴り、自分を目で追いかけるドラゴンゾンビの頭部まで飛んで一気に振り下ろす。



 ◇   ◇   ◇



「これは……どういうことなんだ?」


 アイリスの転移によって”竜の谷”に来た明とフローラは、目の前で起きていることを信じることなどできなかった。自分の目を疑いたかったが、いま起きていることはすべて現実である。

 彼らの眼前には銀色の髪をなびかせ、黒い魔剣を操ってドラゴンゾンビと戦うハーゼル。そんな彼を支援するかのように、輝く金色の髪、修道服を着ている女性が弓矢を番えてドラゴンゾンビを遠距離から攻める。

 ハーゼルが”竜の里”を襲った青年の仲間ではないことはわかるが、明はなぜ、と疑問を抱きながらもドラゴンゾンビの全貌を目にする。

 あらかじめフローラからどのような存在なのか聞かされていて、また自分たちがいた世界でもドラゴンがどういう姿をしていたのか、知っていたはずだが……実際は異なる。強靭な鱗は輝きを失われ、所々ひび割れており、場所によっては筋肉がむき出しになっている。破れた両翼に、黒い瞳。

 

「――!」


 前触れなくドラゴンゾンビが咆哮し、それだけで近くにいたハーゼルは飛ばされてしまう。そこへ首を伸ばし、鋭い牙でハーゼルを噛み付こうとするドラゴンゾンビへと連続の光の矢が降り注ぐ。邪魔されたドラゴンゾンビはハーゼルを噛み砕くことはできず、着地した彼を睨みつける。それでも彼は臆することなく、ドラゴンゾンビへと立ち向かう。

 自分がここに来た意味はない、と他人事のように彼らの戦いを見ていることしかできない明へと頭上から炎の球が降り注ぐ。

 

「勇者よ。貴様はここで消えてもらう」

「アキラっ」


 焦るフローラと対照的に、明はすっと腕を上に伸ばして風の衣を展開。自分とフローラを守るように展開された二つの風の帯は、燃やし尽くさんとする炎の球を弾く。


「ほう……さすがは勇者だ」


 顔を上げれば、逆立った短い金髪に三白眼、煌びやかな服を着ながらもそれを着崩した青年が宙に佇んでいた。


「貴様、竜の里を見捨てるつもりか?」


 見下した態度をする青年の言葉に明は彼を睨みつけ、風の衣を上へと”飛ばす”。ばねのように跳ね上がった風の衣。驚く青年は慌てて後ろに下がって風の衣を回避するものの、彼の着ている服には獣に裂かれたような爪痕が刻まれていた。

 

「フローラさん。僕はあいつを殺す」


 怒りを帯びた声で告げる明にフローラはわかった、と下がるかと思えば自分の隣から離れることなく”竜化”。瞳孔が縦に割れ、薄っすらと全身に鱗を生やしたフローラに明は鞘に収めている剣の柄に手を添えて一言だけ紡ぐ。


「切り裂け、風の牙」

「ふん。なにを……くっ」


 青年がかわしたはずの風の衣が彼の真上から襲い掛かる。螺旋を描きながらやってきる風の衣に対して青い炎を生み出し、”相殺”。青年の注意がそれた瞬間に明は脚に風を纏わせ、上に跳ぶ。 

 一気に間合いを詰めた明はそのまま青年を切り裂くように居合いを繰り出す。一度見た技であれば、自分の物にしてしまえる明の天性。恵美や吉夫の居合いを見たことがある彼にとって、これくらい簡単にできる。

 

「我を殺せると思うな!」


 高速で放たれた居合いを青年は後退することによってかわす。そうなると見通していた明は手首を返し、なぎ払う。

 が、青年と明の間に目に見えない壁があるように剣は硬い何かに触れて刃が止まる。ちっと舌打ちし、目に見えない壁を”破壊の炎”で燃やし尽くそうと考えたとき、背筋がぞくりとした。


「横へ飛ぶのじゃ、アキラ!」


 フローラの指示を受け、横へ飛ぶとさっきまで自分がいた場所に鋭い氷の棘が上から降り注いだ。宙に浮かぶ両者は静かに口を開く。


「なかなかやるではないか、勇者よ」

「そっちもやるね」

「我の魔法を避けた暁として名前を教えてあげよう。我の名はインペラディス」

「僕は緋山明。〈疾風〉の二つ名を持つ勇者」


 お互いに名乗りを上げ、明はインペラディスへと切りかかるために距離を詰めようとする前に地面から太く、鋭い大地の棘が生えてきた。とっさによけようとする明であったが、自分よりも早く動く者がいた。

 

「はああっ!」


 竜化したフローラは地面を踏み込み、強く握り締めた拳で宙に浮かぶ明を狙おうとしていた大地の棘を破壊。ほう、と声を漏らしたインペラディスは明ではなく彼女に向けて炎の球を打ち込む。


「させない!」


 飛来する炎の球を風の刃で打ち落とし、宙で腕を組むインペラディスに明は睨みつける。睨みつけられたインペラディスは面白そうに鼻で嗤い、ぱちんと指を鳴らす。それだけで彼の周りに赤と青が混じった魔法陣が浮かび上がり、炎と水が螺旋を描くように自分に飛んでくる。

 受けてはいけない、と本能で察した明はよけると螺旋を描く炎と水はがくんと”曲がった”。その先にいるのは、守ると約束したフローラ。

 彼女は腕を交差し、衝撃に耐えようとしているがあれはまともに受けてはいけない。たとえ、竜化した彼女の身体で耐えられるわけがない。苦痛で顔を歪めるフローラなど見捨てることなどできない。


「フローラさん!」

「妾のことなどよい! いまはあやつを討つのじゃ」


 炎と水の螺旋の魔法を使った反動なのか、インペラディスはそれ以上追撃をかけない。もしくはあえてなにもしないのか。フローラの言うとおりにこれが彼を殺せる唯一の機会かもしれない。

 だが。


「僕は守るって約束したんだ!」


 脳裏に浮かぶのは、自分の前世であるガウスが最愛のリーンを殺してしまう場面。本当は彼女を殺したくなかった。でも、リーンは親友であるヨシュアからヘンリエッタを奪った。彼らの幸せを奪った彼女が許せなかったから、殺すしかなかったのに……どうしてあのときの彼女は哀しそうに微笑んでいたのだろうか。

 疑問を抱いている場合ではない。

 いまは、二度も同じことを繰り返さないために明はここにいる。守りたい人を目の前で奪われたくない明は全力で宙を駆け抜け、剣に紅蓮の炎を注ぐ。ガウスから教えてもらった”破壊の炎”は対象を燃やし尽くす。

 しかし、本当の炎は誰かを守るためにある。インペラディスを殺すために使おうとした自分に恥じ、明は二つ名の如く疾風と化してフローラの前に立つ。

 なっと驚くフローラを気配で察し、すべてを燃やし尽くし、呑み込もうとする炎と水の螺旋を前にした明は全身に風の衣を展開。”破壊の炎”を注いだ剣を自分とフローラを呑み込もうする魔法へ向ける。

 

「ぐううっ」


 肌を焦がすような熱さ。凍てつく水が体温を奪う。二つが組み合った一撃を正面から受け止めた明はじりじりと後ろへと下がってしまう。風の衣である程度の衝撃を緩和しているが、やはり辛い。

 このままでは後ろにいるフローラまで巻き込んでしまう。


「僕は、約束をした! フローラさんを、守るって!!」


 倒れたくない明はゆっくりと、確実に前へ一歩進んで押し返そうとする。それでも相手の魔法が上手のせいで、”破壊の炎”は通じない。


「だから、僕は君を守る!」


 展開している風の衣を剣に集中。剣を握っている腕を後ろに引き、後ろにいるフローラを守るために一気に前へと押し返す。普通ならば無理だが、風の衣によって剣全体に”破壊の炎”が行き届き、触れた剣先から炎と水の螺旋を打ち消していた。

 一気に押し返したことによってインペラディスの魔法はオレンジ色の炎によって消滅し、その代償として明が握っている剣は柄しか残らなかった。剣だけでは済まず、正面から受け止めていた明の肌は炎によってミミズ膨れを起こし、身体は氷のように冷たい。


「アキラ! おぬしは……なんということを……」

「フローラさんが無事でよかった……」


 崩れ落ちる明の身体を支えたフローラが無事であることに彼は微笑み、彼女は安堵の息をつく。


「我の魔法に耐えるとは……」


 明のしたことにインペラディスは尊敬するように彼を見つめる。フローラに支えられる明は痛む身体で立ち上がり、柄しか残らなかった剣を静かに構えた。


「アキラ! その身体で何ができるのじゃっ」

「君を守るためだよ。まったく……吉夫がメグさんを守るためにしていることってこんなにも命がけなんだね」

「笑っておる場合ではなかろう!」


 苦笑してしまう明に対して怒るフローラ。彼はそんな彼女をなだめ、これまでいっさい手を出さなかったインペラディスに問いかける。


「ねえ。どうして僕を殺さなかったの?」

「貴様は我の魔法を受け止めた。ならば、卑怯者の我と堂々と戦って欲しい」

「自覚しているんだね。じゃあ……」


 言葉を一度切った明はフローラさえ知らないことを口にすると、インペラディスは驚愕することとなった。


「竜王さんは君の村を襲った、ではなく村人たちを救おうとしたことって知っているかい?」


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