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密会

「ふむ……よい場所だ」


 夜が明ける頃合、うっすらと太陽が昇りだし、空がゆっくりと明るみを帯びていくときに彼は現れた。

 ”竜の都”を見守るように高い樹の枝に立つ銀髪蒼眼、貴公子然とした顔立ちの青年は外套を纏い、静かにそう呟いた。彼はスー山脈の頂上にある”竜の都”から近くにある”竜の谷”に目を向ける。

 ”竜の谷”から、遠くからでもわかるほど濃厚な邪気があふれ、怨嗟の声がいまにも聞こえそうなほど闇に満ちている。いまの彼はかつてそこまでわからなかったが、加護を授かれし者によって左腕を斬られ、さらに黒騎士とメイドから逃れるために自ら禁忌にしていた「闇」を使った。

 斬られてしまった左腕は闇によって元通りとなっているが、じわじわと彼の身体を蝕んでいる。

 時間がない。このままでは闇に呑み込まれてしまい、自我を失い、目的を達成できなくなってしまう。

 ふと勇者のことを思い出す。彼とは一度だけ、接触したことがあるがあれは戦いの場のみであって、会話などしたことがない。ただ剣を交え、お互いの意思をぶつけ合った。


「勇者と接触しなければ……」

「おや。それが私がさせると思うかな?」

「っ!?」


 気配を感じさせることもなく、青年の隣に立っているのは穏やかな顔立ちをした男性。緑色の髪、優しそうな金色の瞳。そこにいるだけのはずなのに、心臓を鷲づかみされるような感覚を味わってしまい、冷や汗が全身からあふれる。

 本能が彼のことを警戒し、青年はすぐに近くの樹の枝に飛び移って、腰に差している剣を抜こうとして……違和感に気付く。本来ならばそこにあるはずの剣はどこにもなく、まさか、と疑いながらも男性のほうに顔を向けると彼の手には自分の剣があった。

 

「探し物かな?」

「是。それを返してもらえないだろうか?」

「うん。いいよ」


 放物線を描きながらも青年のもとに帰ってきた剣。あっさりと返されたことに青年は驚き、男性はそんな自分のことを面白そうに微笑む。


「君は私の、いや私たちの故郷である”竜の里”に手を出すつもりはないみたいからね」

「……貴公はただの者ではないな」

「そうだね。そういう君もいつかはその身に宿る闇に喰われるかもしれないから、気をつけたほうがいいよ」


 闇のことなど一度も口にしていない青年はただ驚くことしかできず、しかし警戒を高めて男性を睨みつける。いつでも剣を抜けるように構えておく自分に対して、男性は無防備にも背を向けた。


「君は”竜の谷”にいる存在についてどう思うかな?」

「…………闇に囚われてしまった愚かな竜だ」

「これは驚いた。まさかそこまでわかるとは……」

「貴公はなにがしたい?」

「ただ、私は勇者であるアキラ君にとっては荷が重過ぎるから君に任せようと思う」


 剣を構えていた青年は鞘に収め、こちらに背中を向け続ける男性に対してどう答えればいいのかわからなかった。勇者である彼――明の様子を闇を通して見ているが、充分強いはずだ。地下都市スビソルでは彼は剣を巧みに操り、ルゴルという魔族を加護を授かれし者と一緒に倒した。

 彼には荷が重過ぎるではなく、適任ではないのか、と青年は思う。だから、青年は断ろうとするがそれよりも早く男性が口を開く。


「君ならば、簡単に倒せるはずだと私は思うのだが……間違っていないかい?」

「……是でもあり、否でもある」

「どうしてだい?」

「それを貴公に答えるつもりなどない」


 これ以上ここに居ても時間の無駄であると感じた青年は男性から離れるように、樹の枝から下りようとしたときに異変に気付いた。男性も異変に気付いたように地面を睨みつける。

 ぼこりっと地面が盛り上がり、そこからどろっとした赤黒い液体がたまっていく。鼻をつくような異臭に顔をしかめる二人は警戒しながらもそれの様子をうかがう。地面からあふれたどろっとした赤黒い液体はやがて人の形へと、いや人の形をしたなにかへと変化した。

 見た目は人。しかし背中からは破れた昆虫の羽、骨の形をした翼が二対。胴体からは腐りかけた人の腕、大猿のように太くたくましい腕。頭部には複数の目を持ち、獲物を求めるようにぎょろぎょろと動かし、足のないそれは赤黒い水たまりの上で移動していく。それが向かう先は――”竜の里”。

 

「大人しく死ぬがよい」


 青年は頭上から銀の煌きを放ち、ずるずると地面を這って移動する異形を両断した。周囲に赤黒い液体が飛び散り、腐臭が森に広がる。

 青年は剣を振り下ろしたまま、異形の残骸を睨みつけていると、周囲に飛び散った液体が集まりだす。ぼこぼこと身体を膨らませ、元通りの形に再生していく異形。

 ちっと舌打ちした青年は剣に魔力を纏わせ、目が合った異形へと再度振り下ろそうとしたときに耳障りな音がそれから発せられた。口を大きく開けた異形が響かせる耳障りな音はまるで断末魔の声であった。

 片手で耳を押さえ、青年は音を発し続ける異形の口を閉ざすために剣を振るい、銀の煌きを放つが途中で消滅してしまう。


「ちっ……ふざけるではない」


 異形が発する音は魔力、または魔法を打ち消す効果があると見抜いた青年は左腕に込められた闇を使おうか、と迷う。彼の身体を蝕んでいる闇はただの闇ではない。邪神の闇である。これならば、異形によって打ち消されることなく倒すことができるが、代償として闇が身体を蝕む速度を上げてしまう。

 異形がなぜ出現したのか知らないが、”竜の里”を目指しているのを阻止しなければならない、と決意した青年は左腕を解放することにした。

 外套によって隠されていた左腕が外部にさらされる。闇の侵食を拒むためにそこには幾重にも巻かれた鎖があり、右手で引き千切ろうと青年が手を伸ばそうとするが――横から伸びた男性の手によって邪魔されてしまう。


「き、貴公は邪魔するつもりか!?」


 穏やかな笑みを浮かべる男性に青年は怒りを隠せなかったが、相手はなにも言わずに異形のほうに『落ちていく』。自殺行為にも等しい男性が異形へと落ちていくのを呆然と見ていた青年は、彼を助けるために左腕の鎖を千切ろうとするが……相手は地面から伸びた泥の触手に呑み込まれた。

 異形に呑み込まれた男性を助けることができなかった青年は、なにもできなかった自分に怒り、闇を解放した。

 一瞬にして青年から闇があふれ、それを全身に纏わせた彼は剣をなぎ払う。闇を開放した彼の漆黒の一撃を目にした異形は泥の触手で防ごうとするが、そこに触れた直後に蒸発し、本体もあっという間に消え去る。

 地面に大きな傷跡を残し、蒸発した異形。これであの男性も異形によって苦しむことなく死ねただろう、と青年が剣を鞘に収めようとしてそのまま固まってしまう。

 

「困ったな。私は内側から焼き尽くす予定だったのに……君が余計なことをしたせいで台無しだよ」


 傷一つない男性が異形がいた場所に立っていたことに青年は驚きを隠せない。男性はそんな彼に対して、ゆっくりと語りかける。


「私は呪いを解くのが専門なのでね……。もっとも、解かなくても私の炎で焼き尽くしてしまえることだってできたよ」

「それならば、危険を冒すことなく焼き尽くしてしまえばよかったものの……」

「自分自身の力を調整したかったからね……おや」


 なにかに気付いたように男性はそちらの方向に目を向けた。青年は異形がまた地面から沸いてきたのか、と振り返ろうとしたときに疾風の如く近づいた影が鋭く振り下ろされる紅蓮の迸りに気付く。

 いきなりのことに面食らったが、彼は冷静に鞘を収めた剣のまま、ぐっと足に力を込めてその一撃を防ぐ。どんっと空気が震え、手が痺れるほどの一撃を受け止めた青年は襲撃者のことを知る。

 寝癖のように跳ねた赤い髪、紫色の瞳は怒りで染まり、紅蓮の剣を握っている少年はその状態からなぎ払う。

 後ろに飛ばされた青年は膝をついて地面に着地し、どうしてここに勇者がいる、と問いかけようする前に相手は剣先をこちらに向けた。槍のように構え、腰を低く落とした勇者は弓から放たれた矢の如く貫こうとする。

 迷っている暇はない。

 闇を解放している左腕を勇者のほうに向けて、放つ。衝撃波インパクトという初級魔法は文字通り衝撃波を生み出す。しかし、それは闇の衝撃波と化して勇者へと襲い掛かる。

 勇者は怯むことなくそのまま前に突き進み、紅蓮の剣で衝撃波を突破。こうなることを見通していた青年は後ろに下がり、追撃してくる勇者を迎い撃つように鞘から剣を抜く。

 魔力を流し、いざ放とうとしたそのときを狙っていたかのように二人の間に地面から泥の身体をした異形が現れる。異形はたくましい腕を青年に伸ばし、腐りかけている人の腕を勇者へとかざす。伸びてくる豪腕を切り捨てた青年は、懐にしまっている翼の形をした魔導具――飛翔翼を取り出し、魔力を流す。思い浮かべる場所はここではないどこか。

 飛翔翼は青年の行きたい場所を理解し、発動される。彼がここから脱出する直前に見たのは腐りかけた腕から魔法を生み出す異形を、紅蓮の剣で切り裂く勇者の姿であった。



  ◇   ◇   ◇



 森の奥。

 逆立った短い金髪に三白眼、煌びやかな服を着ながらもそれを着崩し、樹の枝に立つ青年がいた。彼はここからあの男性と銀髪の青年、寝癖のように跳ねた赤い髪の少年のことを見ていた。


「くだらん」


 手にしていた黒い球体を握り締め、砕く。

 彼がしていたのは邪念を形とする魔導具の実験であり、それが成功すると見届けた青年はこれ以上続けることなどしなかった。あれはただの試作品であり、頼まれていた人物に結果さえ報告すればいいだけ。すぐさまに連絡用の魔導具を使用して報告を終えた彼は頂上にある里を睨みつける。


「待っているがいい……」


 こみ上げて来る憎しみを押し殺し、ぐっと唇を噛み締めた青年はあの日のことを思い出す。

 彼がまだ幼かった頃、村の子供たちと楽しく遊び、たまに大人に叱られる毎日を過ごし、平和に暮らしていた。普通に平和な日々を送っていた彼であったが、それは前触れもなく消え失せる。

 静かな夜に目が覚めてしまい、眠れなかった彼はどこかで火が爆ぜる音を聞き、獣のようなうめき声まで耳にしてしまった。幼かった彼は怖く、恐怖に震えながらも自分の部屋から出て両親たちが寝ているところへ行こうとしたときにそれを目に映す。

 オレンジ色の炎に身を包まれ、もがき苦しむ二つの人が両親たちの部屋にいて、彼はそれを見つめることしかできなかった。やがて炎は消え、全身が黒く焼けた二つの死体が生まれ、部屋全体には肉の焦げる臭いが充満し、耐え切れなかった彼は何度も吐き続けた。

 親が死んだ、とあの時の彼はわかり、虚ろな瞳のまま家から出ると――地獄のような光景が広がる。

 まず視界に入ったのは両親と同じように全身を炎で燃やされる人々。肉が焦げる嫌な臭いが村全体に充満し、家々は炎によって崩壊し、崩れていく。痛みで悶え苦しむ人たちの声。

 自分とよく遊んでいた子供たちの苦しみの声も嫌でも耳にしてしまい、恐怖に怯え、身体は金縛りに合ったように動くことすらできなかった。

 ただ一つだけの影が幼かった頃の彼の視界に入り、その人物は躊躇いもなく生きている人へと手を向け、炎を放つ。オレンジ色の炎に包まれた者はもだえ苦しみ、火を消そうと地面に転がって必死に生きようと足掻くが……力尽きてしまう。

 痛みで悶え苦しむ人たちの声はやがて消え、ぱちぱちと火が爆ぜる音のみ響く。

 生きているのは自分だけ、と自覚したときに穏やかに微笑む男性が近づいてきた。彼の着ている服は返り血によって赤く、自分を見つけたときにオレンジ色の炎を放った。死ぬ、と幼い彼はそう自覚したが結果としてはそうならなかったのだ。

 さすがに相手もこれに驚き、何かに気付いたように自分たちの村から去っていた。数日後、白衣を着た壮年の男性に拾われ、彼は生き延びることができた。


「……我はあの男に復讐をする。村を焼かれた恨みを、殺された者たちの想いを晴らすためだ……!」


 青年は青い炎を撒き散らせ、復讐の準備を行うために命の恩人からもらった魔導具を空間魔法から取り出し、そこへ魔力を流し込む。ある程度それに魔力を流した彼は何度も行い、ばっと地面に投げた。地面へと落下していったのは手の平に収まる程度の球体。地面に吸い込まれるように球体は消えていき、どこからか魔物が現れていく。彼のことを襲うことなく、ただ佇んでいるだけ。


「我は、貴様を殺す」


 竜の里を睨みつけた青年は最後の準備が整うまでゆっくりと歩き出し、渦巻く負の感情を必死に押し殺し続ける。


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