強さを求めて
フローラからある程度”竜の里”について教えられていた明とレオ。けれど、彼らは驚くことしかできなかった。
スー山脈の頂上にあるこの”竜の里”はスウェルダン大陸を見渡すことができてしまう。
左には火山からもくもくと煙があふれる炎の国フォガレイム、正面には地下都市スビソルがある場所に大きな洞窟、右には森に囲まれた豊かな国ユグドラシル。海の中央には遠くからでもわかる教会が天を突くように建ち、ここから反対側にあるラスチルト大陸まで見えてしまう。
空を翔るのは大きな船”箱舟”。それは商人たちが海ではなく、空でも使えるようにした巨大な魔導具の一つとして知られている。
いくらフローラからスウェルダン大陸を見渡すことができると知らされていても、実際に目にすると驚くことしかできない明とレオ。
「いつまで呆けているつもりじゃ。妾は先に行くぞ」
彼女に声をかけられた二人は我に返り、”竜の里”へと足を踏み入れるフローラのあとに続く。
「本当に街なんだね……」
石造りの家々が並び、ここに住む竜人たちは人と同じように生活していた。市場ではにぎやかに盛り上がり、子供たちは楽しそうに遊び、大人たちはそんな彼らは温かく見守る。
「そうじゃ。ここは自分たちの居場所にふさわしい、と探し求めた竜人たちが決め、森を開拓し、家を建て、やがては街を作り出したからの。こうして我らが住むこの地は”竜の里”と呼ばれるようになったのじゃ」
「なるほど……。もしかして、途中で魔物を見かけなかったのは定期的に駆除しているから?」
朝目覚めてから一度も魔物に遭遇してない明に、レオは同意するようにうんうんと頷く。
「しておらんぞ」
「えっ」
「ここに住む竜王のおかげで魔物は里へと近寄らん。奴らは本能でここを攻めてはいけない、と感じているせいじゃろう。アキラ、レオ。竜王に出会えばわかることから、楽しみにしておれ」
「いや……遠慮しておくよ」
「オレも」
明とレオが出会いたくないのは、自分たちが想像している人物がきっと恐ろしいはずだ、という思考のせい。
たった一人だけ、竜王が存在するだけでこの”竜の里”が平穏であると肌で感じる明は見た目が恐ろしくても、中身はきっといい人だろう、と勝手に決めつける。
歩き続けていると”竜の里”の奥には荘厳な屋敷があり、迷うこそなくそこへ向かうフローラにさすがに明とレオは心配してしまう。いくら彼女が竜王に会わせるとしても、そう簡単にうまくいくのか、と二人は同じことを考え、顔を見合わせた明とレオはとりあえずついて行く。
屋敷の周囲には野菜、色とりどりの花が咲き乱れ、農作物を自分でしている人か、それともここに住む人がちゃんと育てているだろう。畑を眺めていると、そこにフローラと同じ緑色の髪、優しそうな瞳は金色で穏やかな顔つきをした男性がやあ、と声をかけた。
「ただいま戻りました、父上」
「おかえりフローラ。長旅で疲れていないかい?」
「疲れておらぬ。アキラ、レオ。こちらが父上、いや、竜王だ」
自分たちと想像していた人物とはまったく違い、明とレオは竜王が畑仕事していることに驚きながらも挨拶を交わす。
「私のことをもっと怖い人と思っていたようだね」
からかうような響きを含ませた竜王に、つい明は素直にはい、と肯定してしまう。すぐに明は恥ずかしくて顔が赤くなってしまうが、竜王から始めて出会う人はみんなそうやって驚いたりするから気にしないでいいよ、と自分の心を見透かしたように答えた。
「さて……」
畑から出てきた竜王の着ている服は土によって汚れているが、こうして彼と向かい合うことでただの竜人ではないと肌で感じられる。王としての雰囲気を纏い、不思議と人を引き付けるような人物であると明が理解したときに前触れもなく空気が変わった。
目の前に立つ人物からは殺気があふれ、気を失いそうになるのを堪える明。こうして向かい合っているだけでどっと全身から冷や汗があふれていく。一瞬にして雰囲気を変化させた竜王に、なぜ魔物が”竜の里”に攻めないか嫌でも理解した。魔物は本能で彼の存在を感知しているからこそ、なにもしない。
勝てない。彼を前にしたら、誰だって逃げ出したくなる。膝が震え、恐怖で押しつぶれそうになっても明は目の前に立つ竜王から視線をそらさない。
「なにを戯けておる、父上」
「おっと。危ないな……フローラ」
竜王の殺気を感じないのか、フローラは彼に殴りかかるもののあっさりとかわされる。彼が動いたことによって明を縛り付けていた殺気が消え、何度も深呼吸を繰り返して呼吸を整える。
隣にいるレオの様子をうかがうと彼は平然とした顔で、そこに立っていた。あの殺気を受けたはずなのに、彼がこうしていられるのは……きっと経験の差だろう。もしくは覚悟か。
「すまないね。君を試すようなことをしてしまって」
「アキラよ。父上を殴ってもよいからの」
「いやいやいや。さすがにそれはできないよっ」
自分の父親に対して殴ってもいいと断言してしまうフローラに明は即座に否定し、竜王はふむ……と唸る。彼の視線は自分ではなく、レオに向けられる。
「そこの君……レオだったかな?」
「ああ。そうだよ」
「……」
じっとレオの黒い瞳を見つめる竜王。さすがにこうなるとは予想していなかったのか、レオは彼から視線を逸らそうとするが、竜王は肩に手を置いて凝視する。明とフローラは彼がなにをしたいのかさっぱりわからず、納得したように竜王はふむと頷いた。
「なるほど……君の呪いはすごいね。これをかけた人物は相当腕が立つようだ。それとも魔物のくせに呪術を使えるリッチぐらいかな」
「呪い? オレにそう言われても困るな……」
「どうやらかけられたことさえ覚えてないのか。これは手伝うしかないな」
レオに呪いがかかっている、と竜王の口から聞かされた明とフローラは疑問を浮かべるしかない。彼はこれまで普通に戦い、呪いにかけられるような魔物とで遭遇していない。わかるのは明たちと出会う前に呪いにかけられた、だけどレオ自身は覚えていないこと。
「さて。アキラ君。君は”疾風”の二つ名を持つ勇者で間違いないね?」
レオの肩から手を離した竜王は金色の瞳を明に向け、確認するように問われたことを彼は肯定する。
「そうです」
「酷いことを言うかもしれないが……いまの君では”竜の谷”にいる者には勝てないよ」
「……っ」
「討伐隊は精鋭ばかりであったが、たとえ彼らでも勝てない相手を君はどうやって倒すつもりなんだい? 」
「父上!」
叱咤するように鋭い声がフローラから上がる。実の娘から怒られるようなことを言われても、竜王はただ明の答えを待ち続ける。
「僕は……」
自分でも弱いとわかっている。竜人の一人であるフローラの強さを地下都市で、山脈を上る間に何度も見てきた。
彼女よりも弱い自分が、精鋭隊が負けた相手に勝てなるわけがない。なにも言えない自分が悔しくてぐっと拳を握り締め、身体を震わせてしまう。これまで、明は自分より格上の相手と戦ってきたがそれは頼れる仲間がいたから。
ユグドラシルでは、ケルベロスと化したバルベットをギースとともに倒し。スビソルでは、〈土の欠片〉によって暴走したルゴルを吉夫とダイナスとともに倒した。
結局は、自分は誰かがいないとなにもできない臆病者である。
「僕は……弱いです」
「そうだ。だから……もっと強くなりなさい」
自分の弱さを認めると、竜王は励ますように彼の頭を撫で、屋敷へと去っていく。
「アキラ……」
「兄ちゃん……」
レオとフローラに心配される明は一人になりたい、と告げてから”竜の里”から出て行く。
”竜の里”からだいぶ離れたところまで来た明は生い茂る樹々の上にいる魔物を見上げ、腰に差している剣を抜き放つ。
鞘走りする音に反応した魔物――体格がよく、たくましい腕、猿の顔をしたそいつは明を敵として認め、樹から飛び降りた。
「僕は……強くなるんだ」
紅蓮の剣に風を渦巻かせ、彼は魔物と交差し、左足を軸にして身体を回転。勢いを殺すことなく、背を向ける相手に飛び掛る。さきほどは相手の身体に傷つけることなどできなかったが、今度は背中に深い傷跡を残す。
痛みによって叫ぶ魔物は力任せに両腕を大きく広げて明を殴ろうとするが、彼はこれをしゃがんでかわし、股下から剣を振り上げる。両断された魔物は臓器をこぼし、地面を血によって赤く染めていく。
「はぁ……はぁ……」
荒く息をつきながら、明はその場を去ろうとしたときに別の魔物が現れて彼に体当たりを食らわせる。
「ぐっ。でも……負けない」
飛ばされた明は宙で体勢を整え、風の衣を発動して身体を浮かせる。体当たりしてきた相手は――さっきと同じ魔物は明が剣を構えるのを許さないように腕を振り下ろす。
彼はそれをかわし、ひたすら剣を、身体を動かし続ける。
”竜の里”から出て行った明のことを放っておけないフローラは、遠くから彼の様子を見守ることしかできなかった。