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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
地下都市スビソル
39/68

それぞれの道へ

「うっ……」


 暖かな日の光を感じ、薄っすらと目を開けてみるとそこは地下都市スビソルに来てからずっと使用している見慣れた部屋であった。俺が寝ているベット、それにクローゼットといくつかの分厚い本が机の上に置いてある。おかしいな……。俺の部屋には本なんてなかったはずなのに。

 部屋の中を見渡していると、俺が寝ているはずのベットの隣が妙に温かい。シーツからのぞくのは銀色の髪で、めくってみると幸せそうに眠るヴィヴィアルトの姿があった。いつもツインテールにしている彼女が髪を下ろした状態に、つい見蕩れてしまった。

 小柄な体躯にツインテールもいいが、こうやって髪を下ろした状態も可愛い。気持ちよさそうに寝ているヴィヴィアルトを起こすために彼女の頬をつつく。おっ、弾力があって、ぷにぷにしている。いつまでも触っていたくなる頬であるが俺は堪能することなく、彼女の反対側の頬に手を伸ばす。

 その前に彼女はうーとうなり、閉ざされた目が開き、蒼い瞳と目が合う。


「おはよう、ヴィヴィアルト」

「おはようございます、よひぃおさん」


 途中で俺の名前を呼ぼうとしたヴィヴィアルトであったが、つい頬をつねてしまい、うまくいかなかった。唇を尖らせ、きっと睨みつけるヴィヴィアルトの頬を離すと、彼女は身を起こし、あろうことに俺を押し倒して馬乗りをしてしまう。

 自然とヴィヴィアルトを見上げてしまい、彼女はつねられていた頬をさすりながら怒りを押し殺した声で問いかけてきた。


「ヨシオさん、あなたはとんでもないおバカさんですね」

「はあ……それぐらい自覚しているよ」


 涙目で睨みつけてくるヴィヴィアルトの言いたいことぐらいわかっている。俺が魔力を作るために、自分の命で代用した。そのため、俺は魔力を生み出すために常に命を消費していたのだ。

 魔力とは人だけではなく、木や大地、石などの無機質な物体にまで宿る。それは微弱でありながらも、存在しているのは命の源でもあるから。そこから魔力を抜き取られれば、木は枯れ、大地は荒野と化し、石などは消滅する。魔力について一言で説明するのであれば、命の源である、と言える。

 ユグドラシルの氷姫ことサティエリナから魔力は命の源である、と教えられたおかげでなんとかあのカマキリ――ルニウスと戦うことができた。今度から魔力がない場合、こうやって戦おうかな……。


「ヨシオさん。わたしは許しませんよ」


 心を見透かしたように告げるヴィヴィアルトに、俺は苦笑するしかない。ヴィヴィアルトはやっぱりそうするつもりでしたか! と怒り出すが怖くはない。むしろ、可愛い。


「いいですか、ヨシオさん! 最低でも二日は身体を休めてくださいね。そうじゃないと魔力がいつまでも回復しませんので」

「もうじゅうぶん休んだじゃないか」

「ダメです。わたしが許しません。それにあなたはわたしの頭すれすれに……一閃を放ったせいで背が縮んだかもしれませんよ!?」

「あー……すまない」


 ヴィヴィアルトの頭上すれすれに漆黒の牙を放ったのは、彼女を恵美のもとに向かわせるため。それと彼女の邪魔をするカマキリの注意を引き寄せるためでもあった。幸い、あのカマキリが俺に恨みを抱いていたおかげでまっすぐこちらに向かってきたから……うまくいった。

 あれがうまくいかなかったら、恵美はこの世にいなかっただろう。もしも、あのときに彼女が死んでいたら俺は再び闇堕ちしていただろう。……闇堕ちか。あれは俺の負の感情が高まったときにしか発動しない。だが、使えば使うほど俺は……闇に堕ちていくはずだ。

 などと考えていると不意に視界に蒼い瞳が俺をのぞくように見つめていた。


「よーしーおーさん。わたしの話を聞いているのですか」

「いいや。聞いてない」


 息のかかる距離まで詰めたヴィヴィアルトに俺は驚き、もう一度と頼む。顔を近づけたせいか、ヴィヴィアルトは頬を赤く染めながら馬乗りの状態に戻る。……ヴィヴィアルト、恥ずかしいから馬乗りはやめてくれ。


「リンネさんからの伝言も聞いてないのですね。じゃあ、言いません」

「そういえば……鈴音たちはどうしたんだ?」

「あの後どこかに行きましたよ。ヨシオさんに”もっと強くなってな、ヨッシー”という伝言を残しましたよ」

「そっか。ありがとな、ヴィヴィアルト」

「ひ、ひどいです! 誘導尋問するヨシオさんなんて嫌いですっ」


 つんとそっぽを向くヴィヴィアルト。いや……誘導尋問なんてしてないのに。彼女が勝手に口をすべらせただけであって、俺はなにもしていないが……。

 彼女に添い寝をしていた理由を問うと、恵美と一日交代しているという。一日交代ってことは……恵美はここにはいない。恐らく、彼女だけじゃなくて明たちもここにはいないはずだ。

 試しに聞いてみると恵美たちは地下都市スビソルの洞窟に潜り、魔物たちを相手に修行しているという。ヴィヴィアルトは昨日は修行していて、恵美が昨日俺の傍にいたと聞かされた。 

 ヴィヴィアルトやアマリリスはじゅうぶん強いのに、どうして修行する必要があるだろうか。あの二人はルゴルが召喚した魔物をあっという間に倒したのにな。フローラも拳だけであったのに骨の兵士を粉砕してしまった威力だし。

 彼女の話を聞く限り、あの銀の騎士に負けたことが悔しいから修行することだとわかる。俺も悔しい思いをしたから、ヴィヴィアルトに修行をしたいと言いたかったのに、ダメですと先に言われた。


「まだ何も言ってないのに……」

「ダメなものはダメです。アマちゃんたちはそろそろこの時間帯に戻ってくるので下に行きましょう、ヨシオさん」

「わかったよ。でもな、その前に上からどいてくれないか、ヴィヴィアルト」

「……ひゃあ。ご、ごめんなさいヨシオさん!」

 

 彼女自身気付いてなかったのか、恥ずかしそうに俺の上から降りたヴィヴィアルトをなだめるように頭をなでておく。彼女は機嫌がよさそうに目を細め、それからヨシオさんのすけべっと罵倒された。

 俺、悪いことしたか……?






 止まり樹の一階に下りると、そこには朝だと言うのに人とドワーフたちばかりあふれていて、賑やかに会話をしていた。店の中はどこも彼らでいっぱいで、しかも楽しそうに肩を組んで話し合っている。……酔ってないだろうか、と疑ってしまうぐらい顔が赤いのは俺の気のせいだろうか。

 明たちが来ていいように六人が座れるテーブルを確保し、女将さんが持ってきてくれた朝食を食べた俺とヴィヴィアルト。ヴィヴィアルトはこれだけ盛り上がっている理由を教えてくれた。

 二日前。

 つまり、俺が寝ている間に起きたのはあの三つ首の岩の竜をダイナスとノルーヴィが鋼に変化させたという。傷だらけの岩の竜であったが、ノルーヴィが鋼にした際にある程度修復したので出来はいいという。

 古びた教会があった場所にその岩の竜の銅像が立っており、それは洞窟からでも見れるという。……あれだけでかいとさすがに地下都市スビソルから入る洞窟でも見れるよな。

 勇者たちが倒した、ということで有名になってしまい、この二日間で岩の竜はすっかり名物と化した。

 おかげで他の場所から、つまりこのスウェルダン大陸に住む住民たちが集まっているというのだ。どの世界でも面白いことがあれば、さすがに興味あるよな。勇者という存在もこれを機にどんどん広まっていく……と俺は思うな。

 

「吉夫くんっ」


 花のような香りとともに後ろから抱きつかれ、柔らかい双丘が背中に当たる。久々に感じる彼女の体温と安心感。首に回された手に触れながら、怪我していないかと返す。正面に座るヴィヴィアルトはむぅと不機嫌となる。


「大丈夫だよ。私はそう簡単に怪我しないからね」


 空いている俺の右側の席に座る恵美。

 彼女がここにいるってことは……明たちも来ているってことだよな。そう考えていると正面にいたヴィヴィアルトは恵美と向かい合うように座り、空いたスペースに明とフローラが腰を下ろす。ヴィヴィアルトがあの二人に気を使ったということは、けっこういい線まで行っているということかもな。


「フローラさん。さっきのは僕が悪かったから……許して欲しいよ」

「知らぬ。無茶をするアキラなどゴーレムに潰されてばよかったのだ」

「そういうフローラさんだって、僕がいなければ危なかったくせに」

「だ、黙れっ」


 軽口を叩き合う明とフローラ。いつの間にこの二人は親しく話し合えるようになったのか、俺は知らない。きっと、俺が寝ている間に仲良くなったかもな。

 あの明が。誰かを本気で好きになったことがない奴が気軽に女性と話しているってことは、少なくても彼女の存在を受け入れたってこと。まあ、明は始めて会った人に対してはあっという間に打ち解けてしまえるが……今回は、別かもしれないな。

 

「あんた、寝過ぎよ」


 空いている俺の左の席に座るアマリリスは緩やかに波立つ赤い髪をかき上げ、同じ色の瞳で睨みつける。否定することもなく、俺は悪いとすなおに謝っておく。驚いたのか、しばらく俺のほうを見つめるアマリリスだがふんと鼻を鳴らす。


「もう二度とヴィヴィを悲しませることをしないでくれるかしら?」

「善処する」

「約束しなさい。ヴィヴィとメグミ、あんたが――」

「アマちゃんのバカっ。それを言っちゃだめだってっ。ヨシオさん、アマちゃんの尻尾を掴んでください!」


 ヴィヴィアルトのすごい剣幕に驚いてしまったが、逆らうことが怖いので言われるままにアマリリスの尻尾に手を伸ばす。ひゃぁ、と艶かしいアマリリスの声を耳にするがどころではない。

 手触りがいい尻尾、ずっと触っていたくなるふさふさ感。優しく彼女赤い尻尾を触っていると、隣から荒い息遣いが聞こえる。熱い吐息を漏らすのは、アマリリスであった。

 彼女は潤んだ赤い瞳で俺を睨みつけ、遠慮なく肘鉄砲を腹にぶちこまれた。さっき食べたばかりの朝食が逆流しそうになるのを感じてしまい、俺は背中を木の床にぶつける。ヴィヴィアルトめ……覚えていろよ。

 天井を見上げる形となってしまった俺は起き上がろうとしたときに、そこに見覚えのある黒いツンツン髪が視界に入る。逆さのまま、そいつを観察する。黒いツンツン髪、鷹のように鋭い目、ヴィヴィアルトと同じほどの背丈をした少年。黒を強調した服を着ているそいつは、胸当てまでその色一色に染まり、腰には一振りの剣が差してある。

 こいつ、俺を”姉ちゃん”呼ばわりしたあの少年だ。厳つい顔をした奴にぶつかって、一歩も下がろうとしないで明に助けられた少年じゃないか……!


「えー。えーと。お姉ちゃん、大丈夫か?」


 もう一度あの日と同じように”お姉ちゃん”と呼ばれてしまった俺はどうすればいいのかわからない。こんなガキに怒るのも馬鹿らしい。ただ腹が立つのは事実だ。

 

「俺は男だ。もう二度とそう呼ぶな」

「えっ……。ごめん、兄ちゃん」

「わかればいい」


 上体を起こして、言い直した少年の頭を撫でるが……髪がツンツンしているせいで手がちくちくする。素直に言い直してくれた少年にはもう一度だけ”姉ちゃん”と呼ばれないようにこっそりと警告しておく。もう一度言ったらヴィヴィアルトにしかってもらう、と。

 それを聞いた少年――レオナルドことレオは首を縦に振って肯定する。俺とヴィヴィアルトは明たちが戻ってくる前にレオナルドのことについて話し合っていたので、誰なのか俺はわかっている。この特徴的な髪さえ見れば誰だってこいつがレオだとわかるだろう。


「ヴィヴィちゃん……心配していたことぐらい言っても恥ずかしがることはないと思うよ?」

「ううっ。メグミさんは平気でも、わたしは恥ずかしいですよぉ」


 ああ、ヴィヴィアルトはそう言われたくなかったのから、アマリリスの声を遮るために、彼女の尻尾を掴め、と命令したのか。

 納得し、空いているアマリリスの隣に座ろうとしたら、彼女がキッと俺を睨みつけてきたのでレオを生け贄に捧げる。すると、どうだろう。あれだけ俺を睨みつけていたはずのアマリリスが急にしおらしくなってしまうではないか。なるほど、もしかしてアマリリスは年下好みなのか。


「ちょっと! なににやにやしているのよ!」

「おまえってレオのことが好――」


 好きなんだな、と言いかけたときにアマリリスが立ち上がって俺に殴りかかるが片手で払いのける。えっと大きく目を見開かせるアマリリスにほどほどにしておけよ、と告げて彼女の額にでこぴんを当てる。きょとんとしている彼女に当てるのも容易く、我に返ったようにアマリリスはふうとため息をつく。


「今度からあたしの手合わせをしてちょうだい」

「ヴィヴィアルトがしばらくなにもするなってさ」

「じゃあ……ヨシオ。あたしとヴィヴィ、それからレオの三人で一緒にあんたたちに着いていくわ。ヴィヴィ、いいでしょ?」

「いいもなにも……もともとそうする予定だよ。アマちゃん」


 これには驚きの声を上げるのは俺とヴィヴィアルト以外。明たちが戻ってくる前にヴィヴィアルトが同行したいと頼んできた。彼女は、俺と一緒にいれば兄のハーゼルと出会えるかもしれない、と主張していたし、なにより魔法や剣術について学ぶことだってできるから得だ。

 とくに断る理由もなかったので承諾したが……他の二人の意見だけは聞いてない。ヴィヴィアルトは明と恵美にどうです? と問いかけていると恵美は迷うことなく肯定し、明はごめんと頭を下げた。


「珍しいな……理由でもあるのか、明」

「僕はフローラさんを助けようと思う。困っている人がいるのに放っておけないよ」

「アキラ……」


 感謝するように明を熱い視線で見つめるフローラ。……もしや、フラグでも立ったのか? いや。フローラの場合は……故郷を助けてくれる頼もしい人物だから……かもしれないな。


「そっか。……じゃあ、ヴィヴィアルト。これから俺たちが行くのは……どこだ?」

「えーとですね……炎の国フォガへイムです。ちょうどユグドラシルの反対側にある国ですよ」

「もしかしたらそこに<火の欠片>とかがあったりしてな」


 と思ったことを口にしてみるとヴィヴィアルトとアマリリスは首を縦に振って、そこに<欠片>があることを肯定した。さすがにこれほどあっさりと次の<欠片>が見つかることに俺は驚きを隠せない。

 まさか、と思いながらもフローラが住む場所に<欠片>があるのか、と訊いてみるが彼女は知らないと答えた。さすがに都合もよく四つの<欠片>がこのスウェルダン大陸にあるわけないよな。

 

「それで……いつ出発するつもりなんだ、明」

「できれば……今日中かな。吉夫が起きるのを待っていたからさ」

「おまえなぁ……。俺のことなんて気にしなくてもいいだろ。ほら、さっさと行け。勇者なら困っている人優先だろ?」

「そうだね。でもさ、吉夫に一言だけ言いたかっただけだから」

「べったりするな。俺はそういう趣味はないからな……って、待てよ。おまえはフローラと一緒に行くから……途中で襲うなよ?」


 かああっと頬を赤く染める明と俺たちの会話を聞いていたフローラはふんっと鼻を鳴らす。


「そのときはわらわが奴の……を潰すから安心するのじゃ」


 誇るように胸を張るフローラ。そのときにぶるんっと大きく揺れたのを俺と明、それからアマリリスの隣に座っていたレオの視線がそこに集まってしまうのは……男の性だろうな。

 それから俺とヴィヴィアルト以外は朝食を食べ、明とフローラは荷物を整理してからレオを伴って地下都市スビソルから出発した。アマリリスいわく彼への修行のためだと言う。

 これを機に俺たちも炎の国フォガレイムに行くために食料を買い、出る前にダイナスとノルーヴィに声をかける。

 彼らは楽しそうに語り合い、ダイナスはノルーヴィを守るために槌の素振りをしていた。久々に戦いをしたせいで身体が鈍っていると自覚したダイナスは、これからは商人として、そして元〈欠片〉としてこの地下都市スビソルを守るために戦うという。

 ダイナスの決意を聞き、ノルーヴィに別れの挨拶をしようとしたときに驚きの事実を口にしたのだ。 

 なんと、ノルーヴィは男性ではなく”女性”であった。そのことを知ってしまった俺たちは、お幸せにと祝福の言葉をかける……が。ダイナスはなんのことだぁ? と首を傾げていた。

 そして、俺たちは炎の国フォガレイムへと、明たちはフローラの故郷”竜の里”へと向かって動き出す。

 ここからが俺たちのそれぞれの道を歩むこととなるきっかけとなった。

 

 


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