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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
地下都市スビソル
37/68

漆黒の槍と黒き刃

 俺を助けてくれたのは、あの鈴音であったことに驚きを隠せなかった。彼女は俺の反応が面白いのか、人懐っこい笑みを浮かべ、身体を寄せてくる。突然の出来事でなにもできず、吐息が触れ合うところまで顔を近づけていく鈴音は、急にちっと舌打ちをした。


「うちとよっしーの再会を邪魔するんやない」


 怒気を帯びた声で鈴音が後ろに手を向け、いままさに俺たちをかみ殺そうとした一頭の岩の竜に闇の波動がぶつかる。闇の波動を受けた岩の竜は大きくのぞけり、怒りに燃える瞳を俺たちに向けた。一頭だけならまだしも、それがあと二頭もこちらに狙いを定めるように睨みつけてきた。


「お、おい、鈴音。どうするんだよ!?」

「もちろん、よけるに決まっているやないか。ほら、よっしー。うちの手を握ってな」

「手を握って解決するわけないだろう! ああ、ちくしょう!」


 迫ってくる三頭の岩の竜に余裕の表情を浮かべる鈴音の手を握ると、彼女は俺を立たせる。お互いの手を握った状態で俺と鈴音は同時に前に進み、噛み付こうとする一頭の岩の竜をかわす。すぐ隣で豪風が生み出されるが、俺たちにはかすりもしない。そのまま俺たちは踊るように大地を駆け抜け、二頭の岩の竜の攻撃もあっさりとよけてしまう。

 懐かしい、と思えてしまうのはどうしてだろうか。俺の前世であるヨシュアが常に踊りながら攻撃をかわしていた……ってことじゃない。”鈴音と一緒”だからこそ、懐かしいかもしれない。だが、俺はこれまで彼女と踊ったことなどないのに……。

 鈴音、おまえは何者なんだ? さっきの闇の波動といい、岩の竜からかわすことができる踊り。おまえは異世界アースに来てからこのようなことを学んだのか?


「よっしー。うちがこうして踊っていられるのは、全部よっしーのおかげなんやで」


 心を見透かしたような鈴音の言葉に動揺を隠せず、俺の表情を見た彼女はくすりと微笑む。


「どうしてって顔をしているよっしーに特別に教えたる。うちとよっしーは切っても切れない関係で繋がっているからな」

「答えになってない」

「せや。いまはこれが精一杯の答えや。いまはうちらがこれをなんとかするから、よっしーはゆっくり休んで」


 鈴音と一緒に岩の竜をかわし続けていたせいか、いつの間に俺は恵美の近くにいた。彼女は額に珠のような汗を浮かばせ、荒く息をつきながら膝を地面につけていて、俺を見ると立ち上がろうとする。 

 が、彼女はうまく立ち上がることができずに転びそうとなり、そんな恵美を支え、自分の身を守るためにさっきの水球を展開した、と察した。あの状況でとっさに水球を展開した恵美は必死にやっただろう。彼女の身体は汗でぐっしょりと濡れており、腕の中にいる彼女の温もりを感じていると恵美が鈴音を見て、どうして……と呟いた。

俺だって彼女がここにいることを疑問に抱いていると、逃げるように鈴音は背を向ける。


「よっしーのことを大切にしてな、メグみん」


 どこからか漆黒の槍を取り出し、三頭の岩の竜を見据える鈴音。あれを一人で倒せるわけがない。なのに、彼女は”うちら”と言っていたから……もう一人いるのか?

 わからない。いまは、明たちのことが心配だ。

 どこかに明がいるのか、と探してみるとあいつはフローラとダイナス、ノルーヴィの近くにいた。ヴィヴィアルトとアマリリスも岩の竜に目を付けられないように隠れていた。

 

「ほな、行くで」


 走り出す鈴音。

 彼女のことを敵として認めたのか、岩の竜は大きく息を吸い、岩の飛礫を出すとわかっている俺が注意しようとするその前に。鈴音は大地を蹴って、宙に舞う。

 自ら攻撃の的になる行動をしている鈴音に俺は右手に雷を集めようとしたが、恵美がだめと制止させた。


「鈴音は私たちを守るためにわざと注意を引いているの」

「……っ」


 なにも言い返せない。いまの俺は、いや俺たちは洞窟からずっと戦闘をしているおかげでだいぶ魔力を消費させている。加えて疲労している俺がたとえ鈴音を助けようとしても、足手まといとなるだけ。

 俺は黙って鈴音の戦いを見守ることしか出来ず、歯軋りしてしまう。


 「当たらんへんよ」

 

 宙を見上げると、漆黒の槍を手にした鈴音が飛来してくる岩の飛礫を弾いている。だが、数が多過ぎる。三つの岩の竜から放たれる岩の飛礫を一人でさばき続けることが難しいはずなのに、鈴音は余裕の表情で槍を動かす。

 さばかれた岩の飛礫は周囲に落ち、鈴音が着地すると一頭の岩の竜が彼女を呑み込もうと首を伸ばす。危ない、と声を出そうとしたときにその岩の竜が横に飛ばされた。宙に浮いていた鈴音は着地し、槍を構える。


「遅いやないか」

「……」


 岩の竜を横に飛ばしたのは、黒いローブをかぶり、顔を隠した人物。ローブの上からでもわかる膨らみが見え、相手が女性であるとわかる。しかも、背が高い。あれが鈴音が言っていたもう一人の人物なのか?

 彼女は鈴音に声をかけられたのに、無言を貫く。鈴音はそんな女性の態度など気にすることなく、前に進む。女性も同じように前に進み、降り注ぐ岩の雨を次々とかわしていく。


「一気に決めたいなぁ。そう思わん?」

「……」

「ふーん。”いま”は声を出したくないみたいやな。よっしーの前では、な」

「……」


 意味ありげなセリフを隣の女性にしゃべる鈴音。それでも、女性は無言を貫きながらひたすら前に進んで、岩の雨を二人は突破した。

 懐に入り込んだ彼女たちを迎い撃つように、一頭の岩の竜が吼えると、地面から太い鋭い棘が生える。大地の棘アーススパイク。恵美がトローヴァとの戦いで使った土の魔法。

 彼女たちは地面から生えてくる大地の棘アーススパイクをかわし、鈴音よりも速く前に出た女性はを何かを振るう。それによって苦しむように岩の竜が吼え、女性を睨みつける。岩の竜をよく見てみると、あの硬い岩の肌……鱗は鋭い何かによって切り裂かれていた。

 

「うちのことを忘れるな」


 獰猛な笑みを浮かべた鈴音が漆黒の槍を振るうと、それは”伸びた”。伸びただけではなく、”曲がっていく槍”は一頭の岩の竜の首に巻きついた。


「ほな、ちょいと大人しくしてもらうからな」


 その状態で鈴音がぐいっと”伸びた槍”を引っ張ると、巻きつかれている岩の竜の頭が地に沈む。地響きを起こし、首に槍を巻きつかれいる岩の竜は逃れるために動こうとするが鈴音が手を前に出す。


「大人しくしろ、ちゅーたやろ? 重力グラビティ


 目に見えない何かに押さえつけられているように、一頭の岩の竜は首を上げることができずに地面に伏せている。……強い。あの岩の竜を倒すではなく、重力で動きを制限するなんて……俺にはできない。重力グラビティってことは……ユグドラシルの王であるギースと同じ闇魔法の使い手。


「鈴音、強いね」

「ああ……」


 岩の竜の首を縛り付けていた漆黒の槍が鈴音の手に戻る。彼女の槍が連結した槍で、その間に鎖が繋がっているのを目にした俺はあれが岩の竜を縛った正体と知った。

 漆黒の槍を手にした鈴音はたんっと軽く大地を蹴ると、さっきまで彼女がいた場所にもう一頭の岩の竜が突撃してきた。難なくかわした彼女は獰猛な笑みを浮かべ、槍を振るう。伸びていく槍は再び岩の竜の首に巻きつき、また重力グラビティで動きを制限させる――と俺が思ったとき、鈴音が”振り回された”。

 岩の竜は彼女がしていることを理解しているのか、首に巻かれた連結の槍を逆に利用してその長い首を動かす。隣にいる恵美は息を呑み、鈴音の危機を感じた俺は右手に雷を収束しようとしたときに闇が迸る。

 鈴音が闇の波動を当てた、とわかった。一瞬だけ動きが止まった岩の竜を鈴音が見逃すことがなく、彼女は手を前に出す。重力グラビティをやるのか、と考えていたが彼女の手に集まっていくのは闇。

 彼女の手に集まっていく闇は槍の形となり、迷いもなく鈴音はそれを投擲。矢のようにまっすぐ放たれた槍は岩の竜ではなく、奴らの首元に当たった。


「――裂けよ」


 ”聞き覚えのある声”が聞こえ、黒いローブを着た女性はもう一頭の岩の竜の首全体に裂傷を生み出す。

 あの頑丈な肌をどうやって切り裂いたのか俺はわからなかった。ただ、聞き覚えのある声を発した女性は鈴音が闇で作り出した槍が命中した場所でなにかを振るう。

 黒い煌きが一度だけではなく、何度も生じる。女性がそこを刻み続けると、首全体に裂傷がある岩の竜が息を吸うのを目にした。苦痛の表情で息を吸う岩の竜。


「こっちを見やがれ!」


 右手に収束していた雷を裂傷がある岩の竜に向け、一気に解き放つ。残っていた魔力を乗せた最後の一撃。放たれた雷は一条の閃光と化し、いまにも岩の飛礫を吐き出そうとした岩の竜にぶつかった。岩の飛礫を吐き出そうとした岩の竜は低く唸り、俺のほうを睨みつける。

 失敗した。

 ただ岩の飛礫を吐かせようとしなかったのに、逆にこちらに注意を向けることになってしまうとは。岩の竜が俺たちを見据え、再び息を吸う動作に入ったところで急に奴の動きが止まる。

 なんだ? と疑問を抱いていると目から光が失われ、力を失ったように首が落ちていく。一体だけではなく、鈴音が相手をしていた方も地面に伏せている。岩の竜の首もとに目を向ければ、硬いはずの肌がばっさりと斬られた痕が見える。赤黒い鮮血を浴びたはずの黒いローブを着た女性がなにかを振るう。一瞬だけ見えたのは細長く、黒い刀身。

 あれも”見覚えがある”。女性の声も”聞き覚え”があり、まさか彼女は……と予想していると黒いローブを着ている女性がこちらのほうを向いた。

 交わる視線。黒いローブに隠されているはずの眼が不安げに揺れ、彼女の名前を口にしようとしたときに鈴音が遮る。


「よっしー。これ、どないすればええの?」


 俺と女性の間に立った鈴音が手に持った何かを顔の前に出す。って……岩の竜の死体から俺たちがいる場所まで軽く十メートルは離れているはずなのに、どうやってここまで早く近付くことができるのだろうか。


「おーい。よっしー、どこ見ているんや?」

「すまない。考えごとをしてい……」

「よっしー?」


 鈴音が俺の顔の前に出したのは褐色のひし形。ちょうど鈴音の手の平に収まるそれは神聖な力が込められていると一目でわかり、言葉を失ってしまう。これは……<欠片>。ルゴルが取り込んだ<土の欠片>。


「それ、どうした?」

「んー。あの娘が首もとを切り裂いていたら出て来たっていうや。これ、欲しいんか?」

「……」


 恵美にどうすればいい? と目で語りかけると彼女は首を横に振る。彼女もどうすればいいのかわからない。<欠片>にも適性というものがあり、ルゴルのように取り込んだら暴走する恐れがある。ダイナスとノルーヴィからは、適性者でなければ意味がないと言われているから……。


「俺は受け取れない」

「そっか。じゃあ、あの娘に上げても問題ないはずや。あれを倒したのは彼女やし、受け取るのもふさわしい人物からな」

「そう……かもな」


 トローヴァを倒したとき、あいつから<雷の欠片>を譲ってくれたのは自分の負けを認めたということ。今回<欠片>であるはずのダイナスは味方であり、<土の欠片>を取り込んだルゴルを最後に倒したのはあの女性。彼女が<土の欠片>にふさわしい、と俺は思う。


「なあ、よっしー。がんばったうちにご褒美くれんの?」


 夜のように暗い瞳を期待で輝かせる鈴音に、俺は何が欲しい? と逆に聞き返す。隣の恵美は不満そうに鈴音を睨むが、彼女は自身満々に胸を張る。……おっ、鈴音の胸もなかなかいいな。


「せやな……」

「あまり無茶な注文をしないでくれよ」

「……やっぱり、これしないないな」


 期待に輝かせていた瞳を不安げに俺に向けた鈴音は、決意したように口を開いた。


「うちと一緒にもとの世界に戻らん?」

「……悪い、それはできない。俺は恵美との約束を破りたくない。それとあの明を放っておいたら、どんどん厄介ごとに首を突っ込みそうだからな」

「……そっか。よっしーは一度交わした約束だけは破らないもんな。でもな、それが自分自身の首を絞めていることぐらいわかっておるやろ?」

「まあな。………なあ、鈴音。俺たちと一緒に来ないか? おまえが一緒だったら、なんでもできそうなんだ」


 手を伸ばすと、鈴音は困ったように俺を見つめる。ただ、提案しているだけ。もしも、彼女が拒絶するのであれば、俺はそれを認めるだけ。俺に彼女の自由を縛る権利なんてない。

 鈴音は後ろを振り返り、岩の竜の死体の近くにいる女性の様子をうかがおうとしてときにそいつが現れた。身体全体が細く、濃い緑色をした人型のカマキリ。両腕には死神の鎌の如く不気味に輝く赤黒い刃。 

 彼女の命を奪うように振り下ろされる赤黒い鎌。金縛りのように身体が動かない鈴音を引き寄せ、横に飛ぶとさっきまで俺たちがいた場所に鎌が空振りされる。

 なんとかかわせた、と地面に転がっている俺が安心しているともう片方の鎌が振り上げられ、鈴音を突き放そうとしたとき。俺たちとカマキリの間に恵美が割り込み、彼女が全員を守るために水色の球を展開しようとした。

 だが、水色の球が完全に展開される前に鎌が振り下ろされる。

 舞い上がる鮮血、倒れていく恵美。彼女は安心したように俺のほうを見て、そっと口を動かす。

 私が守るって言ったでしょう?

 脳裏に浮かぶのは、前世でヨシュアがなにもできないままヘンリエッタをリーンに殺された場面。俺は、またハーゼルのときと同じように彼女を守れなかった! 彼女を守るって約束したのに、なにもできなかった!


「キシシ、いい女を斬ったぜぇ。ルゴルの仇にはほど遠いがなぁ」


 ルゴルという言葉を耳にした俺は、こいつがあいつの仲間であることを知る。

 だが、いまの俺はそんなことなどどうでもいい。

 ぐつぐつと煮えくりかえる怒り。腹の底からあふれ出るそれは一気に頭の中を駆け巡り、抱えていた鈴音から離れる。カマキリは恵美の息の根を止めるように血が滴る鎌を振り上げようとしたときに新たな影が魔族の邪魔をした。

 銀色の双剣を握ったヴィヴィアルトだ。

 

「邪魔するなあああぁ、クソガキ!」 

「……うるさいです。あなたをぶった切らせてもらいます」


 静かに怒りを押し殺した声でヴィヴィアルトは宣言し、カマキリと交差。ヴィヴィアルトがあのカマキリの気を引いている間に俺は恵美に近寄る。


「恵美っ。なあ、しっかりしろよ恵美」


 切り裂かれた場所からとめどなくあふれ出る血。彼女はうっすらと目を開け、俺が無事であることを安心したように優しく微笑む。


「吉夫くんが生きていてよかった……」

「なにをやっているんだよ!」

「だって……吉夫くんと約束したでしょう? お互いに守るって……」

「……っ。いまから、おまえを助けるからな。待っていてくれよ」


 ヴィヴィアルトが治癒の魔導具を持っているのを知っている俺は、あふれ出る怒りを”黒い雷”へと変換していく。魔力がないのであれば、命で代用してやる。恵美を助けるためであれば、この命を使ってもいい。俺が”黒い雷”を纏わせていくのを見た鈴音は息を呑むが、なにも言わない。彼女は、恵美の意識を保つために声をかけていく。

 俺は、恵美をこのような目に合わせたカマキリが許せない。

 いまの俺はぶち切れている。

 衣服を赤く染めていくヴィヴィアルト。愉しそうに鎌を振るうカマキリ。両者を見据えながら静かにあの剣を呼ぶ。


「――来い」


 呼び声に応えるように黒剣が現れ、柄を握り締めた俺は黒い雷を武器に流しながらカマキリとヴィヴィアルトがいる場所に向かっていく。

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