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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
地下都市スビソル
35/68

<土の欠片>

 地下都市スビソルにある古びた教会にたどり着いた俺と明、そして恵美。そこはこの前来た時と違う。

 地面には人が一人ギリギリ入れるほどの穴があって、周囲には穿たれた痕ばかり。教会の扉は蹴飛ばされている状態で、中から何かが激しくぶつかり合う音が響き渡る。

 俺と明は剣を構え、その後ろに恵美が刀の柄に手を添えながら着いてくる。俺たちはいつでも動けるように警戒をしていると、教会からなにかが勢いよく飛ばされてきた。それはごろごろと地面を転がり、俺たちの前で止まる。

 トナカイのように枝分かれした角が生え、全身が土色一色の虎――ノルーヴィ。ノルーヴィであるとわかった俺は警戒する明と恵美に大丈夫だ、と声をかけて傷付いている土の精霊王に触れる。


「ノルーヴィ、俺だ。なにがあった?」

「うっ……君か」


 傷付いているはずのノルーヴィはゆっくりと立ち上がり、目に闘志を宿して教会を、いや、その中にいる何かを睨みつける。この前の気弱な雰囲気をしていたはずのノルーヴィが必死になっているとは……やはり、親友であるダイナスのせいかもしれない。


「ダイナスはどうした?」

「彼は……突然現れた魔族と戦っているよ。でも、いまの彼に勝ち目はないよ。だって……」


 ノルーヴィの言葉を遮るように教会の壁が壊れ、そこから巨体が飛び出てきた。一つはダイナス。もう一つは……あれはルゴルなのか? 


「ボクが油断しているときに魔族は<土の欠片>を呑み込んだ。そして、あいつはダイナスを上回る力を得てしまったから……勝てないよ」


 ルゴルと思われるそれは岩の肌をしており、二メートルほどの人型。胴体には縦に閉じられた口。手足は前よりも長くなっている状態で、手の先は鋭い爪が並んでいる。あれが……<土の欠片>を取り込んだルゴル。

 ルゴルに飛ばされたダイナスは傷だらけの身体で起き上がり、槌を握り締めて横から払う。岩の肌をしているルゴルなど受け止められるはずがない、と思っていた俺はそれが間違いであったと知る。ルゴルの岩の肌に槌は食い込むことなどなく、まして吹き飛ぶことなどなかった。

 ただ、それを受け止めただけ。


「なっ……」

「るがあああっ!!」


 俺たちが驚いている間にダイナスはこうなるとわかっていたのか、咆哮を上げたルゴルから離れる。すると、さっきまでダイナスがいた場所に奴の腕が鞭のようにしなり、大地を叩きつけた。

 ダイナスは槌を握り締めると、巨体とも思えない俊敏な動きで接近し、獣のように吼える。今度は横に払うではなく、上から勢いよく振り下ろした槌がルゴルの頭部にぶつかる。金属音がぶつかり合ったときと同じ音が響き、誰もがダイナスの勝利を疑わなかった。

 なのに。


「<土の欠片>を取り込んだあの魔族は……並外れた防御力を持つ。だから、ダイナスの攻撃は通じないよ」


 ノルーヴィが冷静に真実を告げる。その証拠にルゴルの頭部に食い込んだはずの槌に亀裂が生じていた。対するルゴルは興味なさそうにダイナスを腕で払いのけ、俺たちのほうを見た。


「まずいっ。いまの魔族は<土の欠片>を取り込んだせいで暴走している状態なんだ。だから、目に映るすべてを壊そうとするよ」

「明っ! 飛べ!!」

「わかっているよ!」


 恵美の腕を引いて、彼女の身体を引き寄せて横に飛ぶ。同じように明も俺と反対の方向に飛び、ノルーヴィだけは突撃してくるルゴルを受け止めるようにその場に留まる。

 いまのルゴルが暴走状態であるとわかった以上、ノルーヴィは受け止める必要もないはずなのに、奴を真正面から枝分かれした角で食い止めた。四肢に力を込めてルゴルを押し返そうとするノルーヴィ。


「恵美、どこかに隠れていろ。あれだけは、おまえでもなんとかなる相手じゃない」

「……吉夫くんはどうするの?」

「ノルーヴィを助ける。それだけだ」


 白銀の剣で、ノルーヴィを潰そうとするルゴルの背を斬りつける。ただ、斬りつけるだけではなく剣に雷を纏わせた状態で振り下ろす。岩の肌をしているルゴルに弾かれると予想していると、まさにそうなった。

 ぎぃんと剣が弾かれ、俺の手が痺れる。痛みさえ与えることができないが、ルゴルは首をこちらに動かすとにやりと愉しそうに嗤う。面白い玩具を手に入れることができた子供のように浮かんだその笑みに、俺は後退する。

 一瞬だけ俺に気をとられたせいかなのか、ノルーヴィはルゴルに飛ばされる。宙に浮かぶ岩の巨体。すぐさま雷を放とうとして、右手に集めようとしたときに赤い風が吹き抜ける。

 明だ。

 燃えるように赤い髪をなびかせる明は紅蓮の剣を握り締め、ルゴルを貫くように前に出す。剣全体には紅蓮の炎によって包まれ、そのまま明がルゴルを貫く――瞬間に奴の胴体に閉じられた口が開かれる。

 宙に浮かんでいる明は迫る口から逃れるように横に飛ぶ。同時にさっきまで明がいた場所に、ルゴルの開かれた口が閉じる。


「これでもどうだっ!」


 宙に浮かぶことができる明は紅蓮の炎を纏う剣をルゴル目がけて振るう。飛ばされる赤い一閃。それに気付いているのか、ルゴルは両腕を鞭のようにしならせてかき消す。

 俺に背を向けているルゴル。すぐに両手に雷を集め、それを解き放つ。二条の光線がまっすぐにルゴルに飛んでいくが、奴の岩の肌によって弾かれてしまう。続けて、空間魔法に入れている槍を数本取り出し、雷を纏わせて地面に着地する寸前のルゴルに投擲。

 金属同士がぶつかり合う音が響き、顔をこちらに向けるルゴル。奴にぶつかった槍は全体に亀裂が生じて地面に転がっていき、俺は雷を纏わせた白銀の剣を振るう。白い一閃が放たれ、正面からルゴルは受けるが……奴の岩の肌によって通じない。


「硬過ぎるって最悪だ」


 悪態をつきながらも距離を取ろうとすると、ルゴルが前に出た。奴が数歩歩いただけであっという間に俺との間合いを詰め、近づいた巨体とぶつかる。


「――くっ!」


 よけることなどできない俺はルゴルの体当たりを食らってしまい、息が詰まる。宙に浮かんでしまったこちらを叩き落とすように奴は腕を伸ばそうとする。


「させるかぁ!」


 背後から迫ってきた明はルゴルを斬りつけるが、奴は痛みなど感じることなく腕を振るう。伸びていく腕はまるで大蛇の如く。しかも、それが爪ならまだよかったのに腕の先が口に変化した状態で襲いかかる。

 喰われる。


「舐めるなあああぁ!」


 右手にありったけの雷を流し、俺を喰おうとするルゴルの腕に放つ。通常よりも太い光線が放たれ、ルゴルの腕にある口は当然のように呑み込んでいく。それでも俺は雷を放ち続ける。膨れ上がるルゴルの腕。

 そのときを狙ったようにダイナスが傷付いた身体に鞭を打ち、亀裂が生じた槌で膨れ上がったルゴルの腕を叩く。今度は弾かれることなどなく、そのまま腕を潰す。俺は雷を放ち続けていた状態だったので、太い光線はそのままルゴル本体に直撃し、相手はのぞける。

 

「あっきーさん! いまの内にこの腕を切り落とせ!」


 膨れ上がった腕の上に槌を大地にのめり込ませるダイナス。ゴムのようにまっすぐ伸ばされたルゴルの腕。明は迷うことなく紅蓮の炎を纏わせた剣先を向け、風の如く走り抜ける。膨張した腕はあっさりと切り裂かれ、呑み込まれていた雷は明とダイナスが離れた直後にその場で爆発を起こす。

 宙に浮かんでいた俺は体勢を整えてなんとか地面に着地し、痛みで顔をしかめる。ルゴルの体当たりはまるで岩。それを正面から受けせいで、左腕に力が入らない。折れた、と直感でわかった。

 

「ぐるああああっ!!」


 苦痛の声を上げるのは、片腕を失ったルゴル。血走った目で俺たちを睨みつけ、大地を力強く踏み込んだルゴルは一気に間合いを詰めていく。

 ダイナスは正面から受け止めるように構え、明は自分を中心に展開していく緑色の帯を纏いながら剣を振るう。赤い一閃が何度も明から放たれ、それを正面から受けてもなお速度を落とすことなく接近していくルゴル。炎の刃(フレイムエッジ)と呼ばれるその技は、明が紅蓮の炎を剣に纏わせているときにしか使えない。

 炎の刃(フレイムエッジ)を受けているルゴルは残っている腕で、明を攻撃するために振り払う。明をかばうように正面に立っていたダイナスはその腕を掴み、ぶんと宙に投げた。

 浮かぶ岩の巨体。宙に飛ばされたルゴルは胴体に閉じられた口を開き、そこからなにかが集まっていく。集まっていく何かは渦巻き、風の塊であると理解した俺は動く右腕をルゴルのほうに向ける。

 明たちもルゴルが風の塊を放とうとしていることに気付き、炎の刃(フレイムエッジ)を飛ばす。赤い一閃はルゴルが集めている風によって弾かれるどころか、逆に吸収してしまい、俺は自分がしていることに意味がないと思い知る。

 だから、ルゴルの胴体の前に集まっている赤い風にぶつけるのではなく、奴本体に当てる。

 俺がまさにそうしようとしたときに、見覚えのある大きな水色の蛇がルゴルを大地に叩きつけた。

 まさか……恵美か? 隠れていろって言ったはずなのに……。あとで説教しないとな。


「ヨーさん! 逃げろ!!」

「吉夫、早くそこからどけ!!」


 明とダイナスの怒声が響き、恵美のl水蛇(おろち)に気を取られていた俺は気付いてなかった。地面に叩きつけられたルゴルがすばやく起き上がり、胴体の前で集めていた風の塊を俺にぶつけようとしていたことを。


「吉夫くん!」


 恵美の声が聞こえ、彼女の黒髪が視界に映ると同時にルゴルから風の塊が飛ばされた。恵美に突き飛ばされた俺は折れた左腕が地面とぶつかったせいで激痛を感じるが、彼女の姿を探し求める。恵美は、俺のすぐ傍にいた。


「吉夫くん、大丈夫?」

「ああ。助かったよ」


 起き上がろうとした俺たちに、大きな影が差す。見上げなくても、それがなにであるのかわかる。俺たちに接近したルゴルだ。すぐに恵美をこいつから遠ざけるために雷を集めようとするが、それよりも早くルゴルが腕を振り上げる。

 間に合わない。

 振り下ろされた腕は俺たちを切り裂くように襲いかかって――来なかった。俺たちを守るように水色の球体がルゴルの攻撃を防いでいた。これをやったのは、他でもない恵美。

 彼女は俺の前に立ち、水色の球体を展開していたのだ。珠のような汗を額に浮かべる恵美に助けられている俺は、右手に雷を集めて横に飛ぶ。太い光線が俺の手から生まれ、無防備であったルゴルに直撃して奴は飛んでいく。

 水の球を展開していた恵美はルゴルがいなくなると膝をつき、彼女に休んでいてくれと頼むと、彼女はうんと頷いた。


「おまえを守るって約束したんだ。だから、これ以上無理をしないでくれよ」

「左腕が折れている吉夫くんこそ、もう無理しないでね」

「善処する。……なあ、ヨシュア。俺に力を貸してくれるか?」


 応えるように右手に黒一色に染まる剣が現れる。漆黒の刀身に両刃の剣。それを握り締めた俺はこちらを睨むルゴルを見据え、前に飛び出す。

 迎え撃つようにルゴルが片腕を鞭のようにしならせるが、それを黒剣で受け流して胴体を斬る。紙を裂くようにあっさりと攻撃が通ったことに不思議に思いながら、俺はルゴルから離れる。

 さっきまでいた場所に奴の腕が振り下ろされ、後ろに下がった俺のところに明が風の衣を展開させたまま近付く。


「吉夫、一気に倒すよ」

「当たり前だ。いつものようにやるか」

「そうだね」


 俺と明は同時に大地を蹴り、ルゴルとすれ違う瞬間にお互いに奴の胴体を斬りつける。苦痛の声を上げるルゴルは片腕を振り回すが、俺と明はそれをかわして今度は脚を狙う。これもあっさりと通り、岩の巨体は膝をつくが俺たちを睨みつける。

 そのときにルゴルの身体に亀裂が生じていることに気が付き、疑問を抱いていると俺たちの戦いを見ているダイナスが叫んだ。


「よーさん、あっきーさん! <土の欠片>がルゴルを拒絶しているから、いまのうちに!!」


 疑問を氷解してくれたのはダイナスに感謝し、ルゴルに攻撃が通る理由が知った俺たちは剣に魔力を流す。俺の黒剣に雷が迸り、明の紅蓮の剣に風が渦巻く。

 弱っているルゴルに決着をつけよう、としたときに奴の失われた腕がぼこりと膨らむ。風船のように膨らんだそこは、だんだん伸びていき、ついにはある形となる。その形は竜の頭と化し、鋭い牙を見せつけるように開き、咆哮。空気をびりびりと震わせた竜の腕。

 さらにもう片方の腕は人を呑み込まんとするばかりに大きく縦に裂け、口となったそこは無数の牙を並べる。ルゴルの限界を示すように身体全体に亀裂が広がっている。


「明、左側は俺に任せろ。おまえは右側を頼む」

「……これ以上無理するなよ」

「ああ、勝つぞ」


 左側――竜の腕があう方向に俺が向かい、明は右側、つまり巨大な口と化した腕に飛び込んでいく。

 竜の腕は俺を敵であると認めると、息を大きく吸い、岩の飛礫(つぶて)を吐き出してきた。飛来してくる岩の飛礫。たんっと軽く前に踏み出して剣で俺に向かってくるのを斬り、踊るようにかわしてひたすら進む。

 軽快なステップを刻みながら岩の飛礫をかわしていき、どうしてもよけられないのを剣で切り落としていくとようやくルゴルとの間合いを詰めることができた。

 あと四歩で黒剣に纏わせている雷を放つことができる、としたときにルゴルの胴体にある口が開いていることに気がついた。胴体にある縦に裂けた大きな口が開き、そこで風の塊が集まっているとわかった俺は明のほうを向く。

 明もルゴルが風の塊を放とうとしていることに気がついたのか、俺のほうを見ていた。お互いに頷き、大地を蹴り、ルゴルの風の塊を俺たちは斬り、続けて奴の両腕を切り裂く。

 無防備となったルゴルにとどめを差すためにあいつの名前を叫んだ。


「ダイナス、おまえの一撃で終わらせろ!」

「オラに任せてくれ!」


 さっきまで亀裂が生じていた槌は新品のように輝いて褐色の色となり、一回り大きくなったそれを強く握り締めたダイナスは飛ぶ。その先にいるのは、両腕を失って無防備となったルゴル。ダイナスは躊躇いもなく槌を勢いよく振り下ろし、そして地下都市スビソル全体に響き渡るぐらいの轟音が生み出され、空気が震える。

 そのときに断末魔の声がルゴルから発せられていたが、轟音によってかき消されていた。

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