再び洞窟へと
「ふあ……」
あくびをしながら身体を起こすと、窓から木漏れ日があふれて部屋の中を明るく照らしていた。止まり樹の部屋に泊まっている俺は隣に恵美がいないことに残念な気持ちとなり、彼女の寝顔を見れないだけか、と自身を納得させる。
本当ならいつも通りに恵美が添い寝をしていてもいいのだが、今日だけは別の部屋に寝ている。
昨日のことをふと思い出す。
昨日の午後、恵美とヴィヴィアルトに心配されながら止まり樹に戻ると、食堂でダイナスが呑気にジュースを飲んでいる姿を見つけた。彼は自分が行けなくて悪かったと謝罪し、かわりに緊急クエストを出して冒険者たちを向かわせた、と告げて包帯を渡してくれた。
彼自信が行ってくれたらよかったが……こいつは〈欠片〉の一人。どのような力を秘めているのか俺は知らないが、彼が自分の力を理解しているからこそ、冒険者たちにクエストを頼んでスビソルを守ろうとした。
と、俺は思う。ダイナスの気持ちに感謝しながら、食堂から去ろうとしたときに彼が包帯を自分で巻くのは大変だぞぉと誰にも聞かせることなく呟いた。
どうしてだろうか、と思いながらも自分の部屋で包帯を巻こうとしたら恵美とヴィヴィアルトが入ってきて、私がやりますと、俺の手から包帯を奪い取り、二人できゃんきゃん言い争う。この光景を一緒に見ていたアマリリスはあんたってモテモテね、と楽しそうに微笑みながらコメントしてくれた。
恵美とヴィヴィアルトがあまりにもきゃんきゃんうるさく言い争うので、自分の部屋に戻るとすぐに服を脱いだ。おかげで彼女たちの言い争いはぴたりと止まり、ヴィヴィアルトの手にあった包帯を取り返して自分で巻くことに。
一人で巻くのが大変であったが、アマリリスは頬を赤く染めながらも手伝ってくれた。あの二人はさすがに目の前で脱ぐことなど想定していなかったように、時が止まったように俺の身体をじろじろと眺めていたことをいまさら思い出す。
彼女にお礼を言い、俺はそのまま寝ようとしたが恵美が添い寝をしだすと言い出すとヴィヴィアルトもそうします! と参加してきたので追い払う。
彼女たちは骨の兵士と戦ったせいで魔力を相当消費しているはずなので、添い寝させるよりも自分の部屋でゆっくりと寝させることにした。
「おっ、もう治っている」
ぺらっと包帯をずらして傷口を確認してみると、すっかりそこはふさがっている。しばらくはこのままにしようと決め、部屋のドアを開けると目をこすりながらノックしようとした恵美の姿がそこにあった。
「おはよう恵美」
「おはよ……」
目をこすっていた恵美は俺の姿を見ると、なぜか頬を赤く染めていく。彼女は消え入りそうな声でなにかを呟いた。もう一度、と頼むと彼女は服を着てよ! と大きな声で返してきた。
あっ、昨日は包帯を巻いた状態のまま寝たからいまの俺は上半身裸だ。
「気にするな。こっちに来る前におまえは俺の制服を脱がして、いろんな服を着させただろう。俺を無理矢理女装させたおまえはこれぐらい慣れているだろう」
「慣れてないよ!」
「その割には鮮やかな脱ぎ方だよな。いや、この場合は剥ぎ取りか」
「いい加減にしないと……私、怒るよ」
「悪い悪い。それじゃあ、昨日と同じように庭で魔法の練習に付き合うから下に行くか」
「大丈夫なの?」
「魔法を放つぐらい問題ないさ。俺も試したい魔法の練習をしたいからな」
頷いた恵美は先に行くからね、と告げ、俺にちゃんと服を着ないと私は吉夫くんのことを嫌いになるからね、と楽しそうに言い残してから去っていく。俺は苦笑しながら部屋に戻り、シャツを着てから止まり樹の庭に向かう。
止まり樹の庭で魔法の練習を終え、恵美と一緒に食堂でマンジョルカのスープと豚肉と野菜が詰まったサンドイッチを食べていると明とフローラを見かけた。あの二人は仲良く話をしながら朝食を食べ、ときおり楽しそうに微笑む。……明、おまえって手が早いな。サティエリナのときもそうだったが、あいつは相手が誰であってもすぐに打ち解けてしまう。
手が早い、というのはさすがに恋愛をしたことがない明に言えないな。
あの二人を放置しておいて、俺は恵美の口元についたパンくずを指で取る。彼女は恥ずかしそうに目をそらし、バカと呟いた。
「おっ、ヨーさん早起きだなぁ」
声をかけてきたのは、朝からのんびりとした声を出すダイナス。
「そうか?」
「そうさぁ。オラは商人だから早起きするけれど、本当ならあと一時間ぐらい寝てもいいぐらいなんだなぁ。そうだ、ヨーさん。昨日あげた包帯のおかげで傷の治りが良くなっているはずさぁ」
「ああ。すっかり傷はふさがっているから心配しなくてもいいぞ」
「それを聞いて安心したぞぉ。それは試作品で、まだ販売されいない段階なんだぁ。もしかしたら、膿になっていないか心配していたぞ」
「……次からちゃんとした包帯をよこせ」
睨み付けるとダイナスは魔術都市マギウスの試作品を預かっているから、それを実験しているだけさぁと聞いてもいないことを教える。魔術都市マギウスの試作品って……。もしも、膿になっていたらこれを作った奴に殴りこみをしよう、と俺は密かに決めた。
「ヨーさんにプレゼントさ」
なにもない空間に手を入れるダイナスが”そこ”から取り出したのは赤一色に染まった斧槍。商人としてダイナスも空間魔法にいろいろと隠している一面を知り、俺はどうしてこれを? と疑問を浮かべる。
「ヨーさんは変格式の槍を直すためにスビソルに来たはずなのに、ゴーレムを倒すせいで壊してしまったからなぁ。だから、オラはそのかわりとしてこれをプレゼントするのさぁ」
「あのなあダイナス……気持ちは嬉しいが……これは馬車に積んでいた赤い魔鉱石だろう?」
「そうさぁ。でも、ヨーさんとあっきーさんが昨日からスビソルを守っているから、これぐらいの出費痛くないぞぉ」
「じゃあ、遠慮なくもらう。ありがと、ダイナス」
「お礼を言いたいのはこっちさ。オラはスビソルに干渉しない、と決めいているけれど親友の手助けぐらいしたいのさぁ。……オラは邪神の<欠片>。誰かを守ることなんてできない」
最後は自嘲するように誰にも聞かせることなく呟いたダイナスに、俺はなにも言わずに受け取ったハルバートを自分の空間魔法に入れる。いくら<欠片>であるダイナスでも、親友である精霊のノルーヴィを助けたいだよな。
自分が<欠片>という存在だから、ダイナスはノルーヴィを助けないというのだろうか? そう考えてもおかしくないな。
「ヨシオさ~ん」
「朝から元気そうだな、ちびっ子」
「だから、ちびっ子って言わないでくださいよ! それを何回言えばわかるのですか!?」
近付いてきたヴィヴィアルトにちびっ子と呼ぶと、彼女はいつもと同じように反論してきた。彼女の後ろを着いてきたアマリリスは呆れたように肩をすくめる。
「しょうがないだろう。たまにこう呼ばないと俺としては面白くないからな」
「わたしとしてはいい迷惑です! それとですね、わたしはこれでも十七歳なんですよ?」
「……俺と同い年のくせに小さい」
「うっ」
言葉に詰まるヴィヴィアルトをこれ以上からかう気になれない俺は、朝食を食べたのかと訊いてみる。彼女は首を振ってまだですと返したので、とあることを提案してみる。このことを聞いたヴィヴィアルトは同意し、アマリリスにも意見を求めると彼女も肯定するように首を縦に振る。
恵美に確認として訊いてみると、彼女はもちろん着いて行くと即答してきた。
とりあえず、俺はヴィヴィアルトとアマリリスが朝食を食べ終えるまで待つことにした。
俺たちがヴィヴィアルトたちと会話している間にダイナスは剣呑な雰囲気を纏いながら、止まり樹から出て行った姿を見かけたが……あいつらしくないな。
ヴィヴィアルトたちが朝食を食べ終えてから、俺たちは完全武装してから地下都市スビソルと外を繋ぐ洞窟に向かって歩いていた。どうして洞窟に向かうかと言えば、昨日のゴーレムと大量の骨の兵士が発生した場所が気になるからだ。ヴィヴィアルトとアマリリスも俺と同じように、どうしてこうなったのか調べるために洞窟に向かう予定であったという。
なので、こうして一緒に同行してもらっている。
洞窟に向かう途中で冒険者たちに絡まれることとなったが、俺とアマリリスが息の合った動きで退治しておいた。恵美とヴィヴィアルトはなぜか不満そうであったが。
「あれ、吉夫じゃないか」
洞窟の中に入ろうとしたら、明がフローラと一緒にやって来た。明に洞窟に入ろうとした理由を話すと、彼は僕も同じことを考えていたから、ここを調べようと思っていたよ、と答えてくれた。明の腰には剣が差してあることを確認した俺は、彼らと一緒に洞窟の中に足を踏み入れる。
中はひんやりとした空気で、ごつごつとした岩肌、薄暗い洞窟であるがなにがあるのかはっきりとわかるので問題はない。ヴィヴィアルトが俺たちの頭上に光の球――ライトヴェールを作ったおかげで周りの様子がさらに見やすくなった。
俺たちは会話をすることなく、ただひたすら洞窟の中を歩いているとどこからか鋭く空気を裂く音を聞いた。魔物か、と思いながらも腰に差してある剣の柄に手を添える。
警戒しながらも俺たちは鋭く空気と裂く場所まで駆け足で向かうと、そこには鞭を振るうダイナスとでっぷりと太ったデブが戦っていた。デブは手足が短く、腹から縦に開かれた口があった。縦に開かれた口には鋭い牙が並び、ダイナスに噛み付こうとするがあっさりとかわされてしまう。
反撃するようにダイナスが鞭を振るうものの、デブは俊敏な動きでかわす。近くの岩に着地したデブは腹にある縦に開かれた口を閉じ、ダイナスを睨みつける。
「邪魔すんなよ」
「オラの友人が困っているのは、全部おまえのせいだ」
のんびりとした声ではなく、怒気を帯びた声でデブを威嚇するダイナス。
「俺のせいじゃないなぁ」
「とぼけるな」
「証拠がないのに、よく人を疑えるな」
「証拠? それはおまえからあふれ出る邪気だけで十分じゃないか」
邪気……? 俺の目から見てもそれを感じることができない。思考している間にダイナスが鞭を再び振るい、デブに当てようとするが奴はかわしてしまう。足場にしていた岩を力強く蹴ったデブはダイナスに急接近していく。まずい、鞭を振るったダイナスは無防備だ。
俺が出ようとしたときに、明が紅蓮の剣を鞘から抜いて二人の間に乱入し、そのままデブに向けて刃を向ける。デブは乱入してきた明を食べるように腹にある口を大きく開くが、その前にあいつが剣に風を纏わせて横になぎ払う。
目に見えない不可視の刃――風の刃が放たれる。宙に浮かんでいたデブはかわすことができず、そのまま明の風の刃によって身体を引き裂かれるかと思えば。
「甘いな。硬質化っ」
デブの身体は一瞬にして岩の肌へと変化し、明の風の刃が弾かれる。岩の肌をしたままデブがダイナスに食らいつこうとする前に、俺は足に雷を流して大地を蹴る。空間魔法に入れているハルバードを取り出し、斬りつける。くっ、硬い。
岩の肌をしているデブに弾かれしまいが、奴を別の方向に飛ばすことができた。着地したデブに紅蓮の剣を手にした明が斬りかかるが、奴は俊敏な動きでかわす。そこへダイナスの鞭が蛇のように襲いかかるがデブはこれもかわしてしまう。
「デブのくせによく動くな」
俺の言葉に反応したデブが反論する。
「俺はデブじゃねえ! 俺はルゴルだ。おっ、おまえはこの間の赤髪のガキかっ。よくもこの前は俺を蹴ってくれたな!」
「……あっ。子供を蹴ろうとしたあの横太りだ」
「うるせえっ。最初におまえから潰してやるよっ」
デブことルゴルは大地を蹴り、手足を大きく広げて明目がけて落ちていく。明はそこから離れて風の刃を使うが、岩の肌をしているルゴルに弾かれてしまう。
ずどん、とルゴルが落下した場所に重い音が響く。さっきまで明がいた場所に人が大の字の形で埋まり、周囲に亀裂が生じている。あれをよけることなど楽だな、と思っているとルゴルが立ち上がって明と俺、それからダイナスに目を向けると気味の悪い笑みを浮かべた。
「魔物召喚」
ルゴルがそのことを口にすると、奴の周りから大地がぼこっと膨らむ。それだけではなく宙に魔法陣が浮かび上がり、ゴーレムたちが次々と現れていく。ぼこっと膨らんだ大地から人の形をした人形――土人形が生まれる。
「おまえら、俺から逃げられると思うなよ」
「それはこっちのセリフなんだなぁ!」
鞭ではなく、巨大な槌を手にしたダイナスは自ら魔物の群れに突撃していき、ルゴルに目がけて振り下ろす。ルゴルは振り下ろされた槌を”片手”で受け止め、腹にある口を開いてダイナスに食らいつこうとする。
すぐさまダイナスは後ろに下がり、槌をどこかにしまうと濃厚な魔力をあふれさせてルゴルに突撃していく。ルゴルも同じように密度の高い邪気をあふれさせ、ダイナスと真正面から激突。
彼らの間に生じた衝撃波で近くにいた魔物は飛ばれる。すげぇと思いながらも、俺はハルバードを構え、魔力を流していく。
魔力を受け入れるのを示すようにじんわりと熱を帯びていくハルバート。俺は明と目を合わせると、奴は自分を中心に緑色の帯――風の衣を展開させていた。
「ヴィヴィアルト、恵美を任せた」
「私は誰かに守られてばかりは嫌なのって、何回言えば吉夫くんはわかるの?」
ヴィヴィアルトからの返事かと思えば、恵美からであった。恵美のことをヴィヴィアルトに守ってもらおうとしたが、どうやら彼女は気に入らないようだ。俺は迫り来る魔物たちを見据えながら恵美に頼む。
「無茶するなよ」
「吉夫くんこそ、あの人に食べられないように気を付けてね」
「ああ。――行くぞ、明」
「わかったよ。はああっ!」
俺たちは同時に大地を蹴り、壁とした立ちふさがるゴーレムをハルバードと剣で切り裂く。胴体に交差された痕が残るゴーレムの肩に乗り、俺たちは飛ぶと彼女たちの会話が聞こえてきた。
「ヴィヴィ、久々に暴れるわよ!」
「アマちゃん! 昨日も暴れたくせになにを言っているの!?」
「暴れ足りないのよっ。メグミ、あたしがゴーレムを中心に潰すからあなたはザコをお願い」
「うん。私のことはいいから、たっぷりと暴れてきてねアマリリスさん」
背後で少女たちが軽口を叩きながら戦闘に突入していくのを感じ、いまだに宙を飛んでいる俺はつい苦笑してしまい、けれど眼下に群がる土人形を前に顔を引き締める。
地面に着地する前に土の腕を伸ばしてくる土人形をハルバードで切り裂く。斬られた腕は宙に舞い、泥となって霧散する。明は着地してからすぐに周囲に群がる土人形がさっきと同じ攻撃をしてくることを予想しているのか、次々と風の刃を放ち、奴らを泥と化していく。
俺も魔力を込めた状態のハルバードを振るうと轟と炎が生み出され、波となって土人形を呑み込んでいく。なっ、これほどの威力なんて聞いてないぞダイナスっ。
生み出された炎の波によって土人形の大半は消え失せ、明は驚いた顔で俺を見ていた。が、目で行こうと語ると明は頷いてダイナスとルゴルがいる場所に向かう。
「ぐうっ……」
「どうしたっ! まさかこれだけで終わりと言わないよな!?」
組み合っているダイナスとルゴル。どちらが有利かと言えばルゴル。奴は身体が小さいくせにダイナスを押している。けれど、身長が足りないせいかダイナスを潰すことなどできない状態であった。
明は風の刃が弾かれるのを知っているのか、今度はルゴルに斬りかかる。岩の肌をしているルゴルに明の剣が弾かれるかと思えば、しっかりと斬られた痕が残る。なんでだ?
「ぐあっ、お、俺の身体がっ」
「オラのことを忘れるなぁ!」
潰されそうになったダイナスは痛みで顔をしかめるルゴルをぶんと投げた。洞窟の壁に叩きつけられたルゴルは、すぐに立ち上がろうとするが俺は間合いを詰めていく。驚いて目を見開く奴の胴体をハルバードで裂こう――と考えたところで気味の悪い意味を浮かべるルゴル。
岩の肌をしている奴に弾かれるかもしれない。が、それでも俺は前に進む。
「ははっ、俺に食われろぉ!!」
腹にある縦に開かれた大きな口が俺を呑み込もうとする。そうなるとなんとなくわかっていた俺は大地を蹴り、宙に浮かんだ状態でハルバードを振るう。轟と炎の刃が放たれ、ルゴルの腹にある大きく開かれた口に”呑み込まれた”。
「なっ……」
「てめぇの攻撃をそっくりそのまま返すぜ!」
口に呑み込まれたはずの炎の刃が俺に返ってきた。当然、宙に浮いている状態の俺にかわす手段もなく、そのまま炎の刃を受けてしまう。身体を焼かれる痛みを感じながら俺は地面を転がる。
「吉夫! 大丈夫か!?」
「これぐらい平気だ」
ハーゼルの銀の交差と比べたらあっちのほうが痛い。着ている服は斜めに裂かれ、身体にうっすらと血が滲んでいる。炎の刃の威力を高いはずなのにどうして傷が”浅い”? これだけですまないはずなのに……。
「はああっ! 疾風!!」
風の如く動き、岩の肌をしているルゴルに傷をどんどん付けていく明。ルゴルはかわそうとするが、それ以上の速さで明が動いているせいで間に合わない。ダイナスはどこからか取り出した槌をしっかりと両手で握ると跳躍し、ルゴル目がけて勢いよく振るわれる。
ルゴルを斬りつけていた明はダイナスがそうするとわかっていたように離れ、続けて洞窟全体に響く轟音が生み出された。ルゴルがいたと思われる場所には槌がのめり込み、奴の岩の肌と思われるものが散らばっている。
これで終わりか……? 呆気ない戦いだったよな。明が岩の肌をしているルゴルを切り裂いて、ダイナスの必殺とも呼べる槌をまともに受ければ誰だって死ぬ。
後はルゴルが召喚した魔物たちを倒せば、洞窟から去ればいい。
「……なんだ?」
恵美たちが魔物たちを蹴散らしている姿を見ながら、なにかがおかしいと感じた。さっきまでルゴルがいた場所に目を向けてみると、そこから邪気があふれている。ダイナスも訝しげに槌を上げてみると、なにかによって喰われた痕が残る穴があった。
……穴? 喰われた痕?
「ダイナス、もしかすると……」
「ヨーさんも同じことを考えたみたいだなぁ。……あいつ、オラの攻撃をよけるために足元の地面を喰った」
「どうやってだ? あの瞬間、どうやってもよけきれるはずがない」
「オラもわからない。けれど、あいつがここにいるから……まだ警戒してほうがいいな」
それを聞いた俺はルゴルが開けた穴に向けて、右手に集めた雷を放つ。一条の光線がまっすぐ穴に呑み込まれるように消え、なにかにぶつかったことを示すように大地が小刻みに揺れる。届いたのか?
「ヨーさん」
「どうしたダイナス」
「あいつの纏っていた邪気にオラは見覚えがある。あれは、オラたち<欠片>を生み出した主である邪神さ」
「どうしてそのことを早く言わなかった!? 明、さっさとここから出て行くぞ!」
ルゴルを倒し終えたから明は恵美たちの手助けをするように風の如く動き回っていたが、俺の声を聞くとあいつは宙でぴたりと静止する。これを機会と見たのか、土人形は腕を伸ばして明を巻きつこうとするが明は振り返ることもなく剣で切り落とす。
「どこに行くのか、吉夫はわかっているのか?」
「教会。地下都市スビソルに唯一あるそこしかない。そして、<欠片>がある場所だ」
「……ノルーヴィ」
心配そうに親友の名を呟くダイナス。俺は彼に先に言っていいと告げ、残っている魔物に目を向ける。
ルゴルが召喚した魔物はヴィヴィアルトとアマリリスの活躍によって半分以上も数が減っており、俺は彼女たちに声をかける。が、その前にヴィヴィアルトとアマリリスが先に行って、と告げた。俺たちに背を向けて、その手で魔物を倒していくフローラも無言で行けと語っていた。
彼女たちに感謝しながら俺と明は恵美が倒そうとしていた二体の土人形を切り倒し、手を差し伸べる。
「どうせ、着いて行くつもりだろう?」
「もちろんだよ、吉夫くん」
「怪我しても知らないからな」
俺と恵美の会話を聞いていた明は仕方ないねと呟き、肩をすくめていると急に剣をある方向に構えた。明が向けた剣先のほうを見れば、俺たちを邪魔するように立ちふさがる魔物たちがいた。俺と明がいつものように蹴散らそう、としたときに恵美が刀から水蛇を放たれる。
巨大な水色の蛇は顎を開いて魔物を喰らい、蹂躙し、あっという間に蹴散らしてしまう。俺と明は彼女の実力に驚き、恵美が刀を鞘に収める音で我に返る。
「じゃあ、行こう吉夫くん」
伸ばされた手を握った恵美。
俺はああと短く返し、彼女を抱えて走り出す。明も一緒に走り出し、洞窟の外に出るまで魔物に出会うことなく着いた。そして、俺たちはまっすぐに地下都市スビソルにある教会に向けて全力で走り出す。
家の屋根から屋根へと飛び、迷うことなく足を動かし続けていると――ついに着いた。
そこで俺たちが目にしたのは――。