死者の歓迎会
”止まり樹”の中に入ると、中はがやがやと騒がしく、活気に満ちている。二階にある部屋に行こうとしたときに、恵美がテーブルに座って、燃えるように赤い髪をした女性と話をしているのを見かけた。
彼女と話をしている女性の姿をよく見てみると、髪は緩やかなに波打ち、頭の上から三角巾の耳が楽しそうにぴくぴくと動いている。獣人か、と彼女の種族を予想していると、尻尾が生えていた。赤を強調とした服で獅子の形をした刺繍があり、ホットパンツからのぞくのは小鹿を思わせるような白くしなやかな脚。
あの二人をそのままにしようとしたのに、ヴィヴィアルトに手を引かれたので仕方なく彼女たちのほうに行くこととなった。俺たちのことに気づいた恵美と彼女と話していた女性はこちらに視線を向ける。俺とヴィヴィアルトはそれぞれ空いている席に腰をかける。
「あっ、吉夫くんお帰り。ゴーレムのことについてアマリリスさんから聞いたよ。明くんと一緒に戦って、直すはずだった槍を犠牲にしたこともね」
「ヴィヴィアルトを助けるためだったからな」
「そっか」
「代わりにダイナスが新しい魔導具を用意してくれるってさ」
「吉夫くんって運がいいね」
恵美と会話していると、彼女の反対側の席に座る少女がこっちを見ていることに気付く。強気な瞳は髪と同じように赤一色に染まり、彼女と目が合うと、楽しそうに微笑んで爆弾発言をしてくれた。
「アンタ、ヴィヴィのにおいがするけれど……どこかでお楽しみでもしたの?」
「あ、アマちゃん! いきなりなにを言っているのですか!? わたしは、ヨシオさんに血を無理矢理……むぐっ」
「黙れ、ヴィヴィアルト」
余計なことを言わせたくない俺はすばやくヴィヴィアルトの背後に回り、口を手で押さえていると、彼女は抵抗するようにじたばたと動く。恵美の様子をうかがってみると、彼女は冷たい目で俺を見上げていた。
「……吉夫くんってロリコンだったんだ。だから、私には一度も手を出さないのね」
「ロリコンってひどくないか? 俺はいまのおまえとの関係が好きなだけで……痛っ」
ヴィヴィアルトは口を押さえていた俺の手を噛み、緩んだときにアマちゃんの耳元で何かを呟く。それを聞いたアマちゃんは面白そうに口元に笑みを浮かばせ、そのまま俺のほうに向く。
「まったく、どうして教会でヴィヴィを襲わなかったのかしらね」
「あ、アマちゃん!? なにを考えているんですかっ」
「ほら、教会って愛する二人が誓い合う場所でしょ」
顔を真っ赤にしていくヴィヴィアルトに、いつもアマちゃんによってからかわれることを察知し、このまま彼女たちの談笑を放置しようとしたとき。
急に態度を豹変させたアマちゃんが強気な瞳に宿る赤い目で、睨みつけてくる。
「<欠片>を手に入れるのはあたしたちだから、邪魔しないでよね」
「それは無理な相談だな」
「どうしてよ?」
「明は最初から世界を救うつもりでいるから、<欠片>はどうしても俺たちに必要なんだよ。だから、邪魔するのであれば……おまえを倒す」
敵意を示すとアマちゃんは面白そうに微笑み、俺の目をしっかりと見つめて自分の想いを口にし、意思を告げる。
「ふふっ、面白いじゃない。でもね、あたしたちだってどうしてもやりたいことがあるから、譲れないわ。もしも、邪魔するならあたしの拳であんたを叩きつぶしてあげる」
「上等だ。いつでもかかって来い」
「あんたこそ覚悟しておきなさい」
お互いに宣戦布告をすると、なぜかアマちゃんは急に俺から目をそらして……こいつ、男なの? と呟いている。心なしか、ほんのりと頬が赤くなっているのは……俺の気のせいだろう。
ヴィヴィアルトがアマちゃんに小さな声で話しかけている姿、恵美が頬杖をついて彼女を温かく見守っている。このまま彼女たち、同性同士で楽しく会話させるために離れようとしたときに明と美女が”止まり樹”に入る。
明は隣にいる美女と仲良く会話し、俺たちがテーブルにいることに気付くとこちらに向かってきた。近づいた二人は適当に空いているイスに腰を下ろした。
明の隣にいる美女は黒い民族衣装を着ており、肌の露出が少なくてよく彼女に似合っている。彼女の髪は深い緑色で、透き通るような白い肌。威厳のある目は吊り上がり、金色の瞳。服の内側から大きく膨らんだ胸はジュリアス以上か、それとも同じか。
巨乳好きの明にはぴったりの好みだな。
ふと明からツンとしたにおいを感じ、ベロルの実を塗ったことに気付く。ベロルの実は打撲やねんざに使えることができる実だから、一般人でも買える値段。
そういえば、明はゴーレムに弾き飛ばれたからその際に”打撲程度”で済んだよな。一瞬で相手の攻撃をそらせる〈風の衣〉をとっさに発動したからこそ、明は生きている。発動していなかったら……明はここにはいなかった。
店員が持ってきた水を飲む明と美女に、俺は親友をからかってみることにした。
「デートは楽しかったか、明?」
「ご、ごほっ、いきなりなにを言い出すのさ、吉夫!?」
「ほら。男女一緒に出かけることはデートだと言ったのは、おまえじゃないか」
「そうだけど……僕たちはただ散歩しただけだよ?」
水を飲んでいたときにむせてしまうとは……明、やっぱりおまえの好みなんだな。ただ、自分では気付いてないかもしれないが。
俺と明がくだらないことを話しているうちに、女性陣は楽しそうに会話に花を咲かしている。あの美女の名前はフローラで、彼女はダイナスの馬車にいた人物であったと俺は始めて知った。黒いローブで姿を隠していたのは……おそらく、信用できなかったかもしれないな。
女性陣が盛り上がっているところで、明が俺にフローラが頼んでくれたことを教えてくれた。
彼女、フローラは”竜の里”に現れたドラゴンゾンビを倒して欲しいということ。”竜の谷”はここから西にある”竜の里”という竜人という種族が住む場所にあるところ。いままで討伐隊を出してきたが、ことごとく返り討ちされたことまで聞き、明にどうする、と尋ねる。
基本、明は誰かに頼まれたことを断れない。お人よしだし、勇者でもあるこいつは誰かのためではなく自分のために戦う。困っている人がいるのであれば、相手が誰であろうが手を差し伸べる。
「……僕は、フローラさんを助けたい」
「わかった。でも、俺はおまえと一緒にそこまで行かないからな」
「そう言いながら僕を助けるくせに」
「知るか。おまえは自分で解決して、俺は他のことをやるからな」
「そうだね……僕もそろそろ自分で解決しないと」
いつも明のすることに巻き込まれている俺。ユグドラシルの召喚も、明が一人だったらきっと頑張っていたかもしれないが……疲れ果てていたかもしれないな。一人でできることにも限度がある。俺のような他人のことに興味がない人には、すでに朽ち果てていた可能性が高い。
「それで明。ダイナスとここの精霊王のノルーヴィいわく今日の夜になにかが起きるという」
「精霊王まで会えるなんて……運がいいじゃないか」
「そういうおまえはゴーレムを倒した後にフローラとデートしたくせに」
「もうそのことを忘れてくれっ」
動揺する明に苦笑し、俺は夜に備えて身体を休めようと思ってこの場から離れようとしたとき。どこからかぶわっとあふれる黒い闇を感知した。なぜ感知できたのかわからないが、そちらに顔を向けてみると明も同じ方向を見ていた。
さすがは勇者。
俺たちは顔を見合わせ、”止まり樹”の外に出ると今朝ゴーレムが現れた場所からどす黒い闇があふれている。黒い闇からは怨嗟の声が聞こえそうな邪気が放出されている。
「おいおい……夜じゃなかったのかよ、ノルーヴィ」
「文句を言っている場合じゃないよ、吉夫」
「わかっている。俺たちだけでもなんとか……ん?」
誰かに裾を引かれていることに気付く、振り返ってみると大きな目に強い意志を宿した恵美が立っていた。彼女は落ち着くように深呼吸し、口を開いた。
「私も一緒に戦わせてくれる?」
「わざわざ危ないところに行かなくてもいいじゃないか。ここで待っていて――」
「嫌だよ。吉夫くんばっかり傷つくなんて私には耐えられない。それに、私は一緒に戦うって約束したでしょう?」
俺の言葉を遮った恵美は、一歩も引かないと察した。トローヴァと戦っているときに彼女は乱入し、俺の命を救い、一緒に倒したいと告げた。そのときに彼女は一緒に戦うと宣言したから……これは説得しても無駄かもな。
どういっても恵美はついてきそうだから、ため息をついて彼女の目と合わせる。見つめ合うことになっても、恵美は目をそらすことなくじっと俺から視線をそらさない。
「……気をつけてくれよ、恵美」
「ありがとう、吉夫くん」
一応恵美に忠告だけしておき、俺たちは先に向かった明たちに続けるために彼女を抱える。膝の裏に手を回し、背中を支えるようにしてから足に雷を流す。流れるような動作で抱えられた恵美は頬を赤く染め、落ちないように俺の首に腕を回す。
「な、なにをしているんですか、ヨシオさん!?」
動揺したように声を荒げるヴィヴィアルト。彼女の隣には手足を守るように銀色に輝く手甲と脚甲を装備したアマちゃんが、俺たちを見てにやにやしている。つい、脚甲に覆われている脚が白くしなやかであることに気付いて、心の中できれいだなと思うと、恵美がぷくっと頬を膨らませた。
「明に追いつくためなんだが……」
ヴィヴィアルトの相手をしていたら、あの勇者は一人で闇から出現する魔物と戦うから、俺は早く行動したい。いらいらしていることせいか、ばちぃと雷が漏れてしまう。
「また屋根の上を飛ぶつもりですか?」
「悪いか。恵美と一緒ならこっちのほうが早い。……ヴィヴィアルト、俺は先に行くぞ」
「ま、待ってくださいよ! わたしも一緒に行きますからっ」
恵美を抱えたまま、俺はレンガでできた家の屋根の上を次々と飛び移り、洞窟のほうへ進む。風を切る感覚と腕に伝わる体温。恵美は飛ぶときに身体を縮ませたが、落ちないと安心したのかいまではリラックスして前を見つめている。
落ち着いている恵美にほっと一安心した俺は、ふとヴィヴィアルトたちの様子をうかがうと彼女とアマちゃんはちゃんとついて来ている。なんだよあの二人……雷を纏った俺は速いと自負しているが……追いつくことができるなんて……。
「あの二人、速いな」
ヴィヴィアルトとアマちゃんことではなく、先に洞窟に着いた人物たちに向けて呟いた俺は地面に着地する。ひゃあっと可愛らしい悲鳴を上げた恵美を下ろし、見慣れた寝癖のように跳ね、燃えるように赤い髪をした明の隣に立つ。明の隣にいたフローラは恵美を気遣うように声をかけていた。
「まだなにも起きていないか?」
「ああ」
明はいつでも剣を抜けるように鞘に手を添えており、黒い闇が出現しているそこから目をそらすことなく答えた。警戒する明と共にじっと闇を見つめていると、どこからか耳障りな音が響き、耳を澄ます。がちゃがちゃと金属音が闇から聞こえ、腰に差している銀色の剣を抜いて構える。
周囲を一度だけ見渡してみると、ここは人気のない場所であった。同時にヴィヴィアルトとアマちゃんが到着し、ちょうどいいタイミングで彼女たちは来てくれた。彼女たちは音が響く方向に顔を向けると、すぐにヴィヴィアルトは双剣を、アマちゃんは拳を構える。
フローラもアマちゃんと同じように拳を構え、足を半歩開き、恵美も刀をいつでも抜けるように鞘に手を添えている。いつでも戦闘できるな。
「き、来たぞ、吉夫」
闇を警戒し続けた明の声は緊張のせいか、震えている。いや、驚いているだろう。闇の向こうから姿を現したのは、骨の兵士と見た目で表現できる集団であった。骨の兵士たちの手には剣と盾、もしくは槍や斧を持っている。落ち窪んだ眼窩で俺たちのほうを見据える骨の兵士たちはいまにも動き出そう。
最後に一番後ろに現れた相手によって、闇は消え、錆びれた鎧を纏った騎士が剣を掲げると骨の兵士たちは同じタイミングで動き出す。あれがここを統一している頭か……。
「明、騎士を頼む」
「わかった」
動き出した骨の兵士たちに俺は左手に雷を収束し、明が骨の騎士までの道を作るために放つ。一条の閃光が迸り、次々と骨の兵士たちを破壊していくが、奴らは狙いが骨の騎士であるのかわかっているのか、自ら壁となって防ぐ。砕けていく骨の兵士たちであったが、骨は人の形となるように一つの場所に集う。
やがてもとの形へと戻ったそれは再び兵士と化し、ちっと舌打ちしたくなるのを堪えて左手に雷を収束していく。その間に明とフローラは勇敢にも自ら相手がいる場所へと飛び込み、砕けた骨が舞い散り、武器が吹き飛ぶ。
風の刃で敵をなぎ払う明に、拳と脚を使って破壊していくフローラ。知り合って間もないくせに、意外と動きが合っている。
「恵美、こいつらは俺たちを歓迎しているようだ」
「気持ち悪いこと言わないでよ。……私が吉夫くんを守るからね」
「守らなくてもいい。まずは自分のことを優先にしてくれ」
俺は雷を集めたまま、襲い掛かってくる骨の兵士たちの波に飛び込んだ。