紅蓮の勇者
ゴーレムが現れた、という情報を得た俺とヴィヴィアルトはそこに向かっていた。ここの住民たちには悪いが家の屋根を足場にして、ゴーレムがいる場所までひたすら足を動かし続ける。
恵美は“止まり樹”に置いてきているので、ここにはいない。
いまの俺は獣人化しているため、頭の上から耳と尻からふさふさの尻尾を生やしている状態。この状態だと身体能力は向上しているはずなのに、ヴィヴィアルトが俺に着いてきていることに驚きを隠せない。彼女は腰に二振りの白銀の剣を差し、息を乱すことなく次の屋根の上に跳ぶ。
「明……無事でいろよ」
朝から“止まり樹”で姿を現さない明のことが心配だ。あいつは人々を助けるために自ら囮となってゴーレムの相手をしている、と想像しなくてもわかる。困っている人を助ける明の性格だからこそ、俺がそういう結論に至ることは間違いではない。
あの勇者は……バカは危険を省みないから、一人でなんとかしようとするだろう。たとえ、複数のゴーレムが相手であったとしても。
「見えましたよ、ヨシオさん!」
スビソルと外を繋ぐ洞窟の前にいるのは五メートルを超える石の巨人。それは洞窟で倒した通常のゴーレムより大きく、両手には岩で作られた剣と盾を握っている。胸の中心には黒い結晶が不気味に輝き、ゴーレムは手にした石剣を赤い髪をなびかせる人物に向けて振るう。
明だ、とわかった俺は腰に差している白銀の剣を抜き、雷を流す。その状態で連続で振るうと、俺の周りにバチバチと音を立てる雷の刃が幾つか現れる。
行け、と命じると石剣を振り下ろそうとしたゴーレムに当たり、動きがわずかに止まる。その一瞬を見逃さなかった明は後ろに下がった。同時にさっきまで明がいた場所に石剣が勢いよく振り下ろされ、砂煙を起こし、大地を揺らす。
屋根から地面に着地した俺とヴィヴィアルトはそれによって倒れそうになった。下手すれば、あれの一撃でスビソルの家なんか簡単に砕きそうだ。
「吉夫、ありがとう」
宙に浮かんだ状態で俺の隣に現れた明は、ふうと息をついて鮮やかな刀身をした剣を構えなおす。
「礼はいい。それよりもあれはなんだ?」
「わからない。前触れもなくあれは現れたから、僕は逃げ遅れた人たちを助けるためにここに来たよ」
「本当に勇者思考だな、おまえは。まあ、いい。さっさと片付けるか」
「そうだね」
俺と明は剣に雷と風を流し、迫り来る石の巨人に向けて同時に振るう。放たれたのは白と緑の一閃。雷と風がエックスを描くようにそれは交わり、そのままゴーレムに直撃した。正面からこの技をくらえば、たとえ石でできたゴーレムでも耐えることはできないだろう、と思っていると傷一つない石の身体がそこに立っていた。
おいおい……あれを正面から受けて無傷ってどれだけ頑丈なんだよ。洞窟にいたゴーレムはこれだけに終わる……なのに、どうして倒れない。
「わたしが行きますね! 銀の交差!」
いつの間にゴーレムの足元に接近したヴィヴィアルトは双剣を交差するように構え、銀色に輝くそれを振るう。ハーゼルが使ったようにエックスを描いた銀の交差はゴーレムの足を切り落とす、かと思えば……これすら奴に傷つけることができなかった。
「でしたら、閃光っ」
剣に光が集まり、それを振るうヴィヴィアルト。目にも留まらない速度で振るわれる双剣は光の軌道しか見えず、彼女はゴーレムの膝の裏を破壊しようとしている。
俺は彼女のフォローをするために右手に雷を収束し、明は剣に風を纏わせていく。俺たちが近づこうとしたら、ゴーレムは石剣をなぎ払い、切り裂こうとするがそれをかわす。
かわされたとわかったゴーレムは盾を目の前に構え、ヴィヴィアルトが攻めていない足を出す。腰だめするような動きをして、突撃していくる俺たちを迎え撃とうとする。
やばい、と感じた俺は収束した雷を放ち、明は剣に纏わせた風を解き放つために縦に振るう。
轟! と空気が唸り、ゴーレムが前に突き出した盾が突風を生み出した。生み出された突風によって俺と明は飛ばされ、それぞれ放った魔法は盾によって防がれている。ゴーレムの近くにいたヴィヴィアルトは風圧によって遠く飛ばされていた。
「近づきにくいな」
「そうだね。僕が風の刃で支援するから、吉夫はゴーレムの胸の結晶を切ってくれるか?」
「いや、俺が囮となる。おまえならあいつの懐に潜り込んで、あの黒い結晶を切れるはずだ」
「……わかった」
明がゴーレムの胸元にある黒い結晶が核であると気付いているせいか、スムーズに作戦は決まる。
俺たちはゴーレムに向かって走り出す。宙に浮かんでいる明はまっすぐゴーレムのほうに飛んでいき、俺は雷を剣に流してそれを連続で振るう。周りに雷を帯びた刃が幾つも並び、行けと命じた俺は明目がけて石剣を振り下ろすゴーレムにぶつける。
わずかに動きが止まるゴーレム。この一瞬だけで、明には十分な手助けができた。
明はゴーレムの懐に潜り、胸の中心にある黒い結晶を切り裂くために紅蓮の剣を振り下ろす。これで終わる、と楽観していた俺がバカだった。
明の剣が黒い結晶に弾かれ、あいつの顔が驚愕に染まる。
ゴーレムは懐に入り込んだ明を飛ばすようにその場に剣と盾を捨て、両手を大きく広げて回転。まるで竜巻の如く。ゴーレムが回転したことによって明は飛ばされ、しかし剣を手放すことなく宙で体勢を整える相棒。
「このデカブツがっ」
大地を蹴り、一気にゴーレムとの間合いを詰める。剣に雷を流したまま、回転を終えたゴーレムの腕を斬りつける。石はバターのようにあっさりと切れ、いけると思った俺は剣を突き刺してそのまま腕の上を駆け抜けていく。
「白銀の舞!」
白い光を放つ双剣を握っているヴィヴィアルトが舞うように動くのを見た。彼女は双剣を振るい、そこから次々と白い一閃が放たれていきゴーレムに直撃していく。胴体、足、腕とさまざまな場所を刻む一閃。彼女の攻撃が俺に当たる前にゴーレムから離れ、雷を手に集めてある形を生み出す。
細長く、馴染みのある武器である槍を雷で作り出した俺はそれを投擲。まっすぐに放たれた槍は俺が剣で切り裂いた場所に当たり、内側から爆発が生じる。投擲した槍によってゴーレムの腕に亀裂が生まれ、硬いと感じた。
さすがにさっきの攻撃をやれば腕一本を落とせると考えていたが、予想以上に相手の耐久が強い。
亀裂が生じた腕のことなど気にすることなくゴーレムは、さっきよりも俊敏な動きで構え、拳を俺に放とうとする。
「これならどうだ!」
明の声とともにオレンジ色の刃――風の刃の強化版である炎の刃が連続でゴーレムに襲い掛かる。ヴィヴィアルトの白銀の舞、明の炎の刃によってゴーレムの身体に傷が刻まれていく。
なのに、ゴーレムは倒れない。俺に拳を放とうとしていたゴーレムはまずいと感じたのか、怒涛の嵐を浴びながらも足元に転がっている石剣を握り、横へとなぎ払う。
突風が起こり、ヴィヴィアルトは飛ばされないように双剣を大地に突き刺して耐える。
宙に浮かんでいた明も彼女と同じことをして、俺も突風が収まるのを待っていた。
その間にゴーレムは俺たちが動けないことを利用するように、奴は大地を揺らしながらとある人物に接近していく。石剣を振り上げ、ようやく収まった突風で顔を上げたヴィヴィアルトに振り下ろされる。
「よけろ、ヴィヴィアルト!」
とっさに空間魔法から青一色に染まった槍を取り出す。全体に亀裂が生じ、振るえばいまにでも壊れそうな状態。これはユグドラシルで出会い、しばらくの間ともに戦った相棒――魔導具である槍。これを直すためにスビソルに来たが……彼女の命を救うのであれば、仕方ない。
槍に雷を流し、刃の先をゴーレムの黒い結晶に向ける。雷を流したせいで亀裂がさらに全体に広がっていき、パキンという嫌な音を奏でた。これを見た明はなにも言わず、むしろやってくれという顔をしていた。あいつは結晶を破壊しようとしたけれど、弾かれたからやりたくてもできない。
だから、俺は剣で斬るではなく槍で貫く。
ヴィヴィアルトは大地に突き刺していた双剣を抜き、振り下ろされた石剣をぎりぎりの所でかわし、戦う。あきらめようとしない気持ちは俺と明と同じ気持ちだ。
「炎よ、僕の想いに答えろ! はああぁ!」
紅蓮の剣に炎が集い、それを上に掲げる。集まった炎は、明の意思に答えるようにある形へと変わっていく。オレンジ色の鳥――巨大な炎の鳥を生み出した明は剣を振り下ろすと、ゴーレム目掛けて飛んでいく。
ヴィヴィアルトを空いている手で押しつぶそうとするゴーレムに炎の鳥がぶつかり、体勢を崩す。ヴィヴィアルトは白銀の剣を交差し、銀の交差を放った。それはいままで見た中で一番大きな白い二閃で、ゴーレムの黒い結晶に当たる。
亀裂が入り、ゴーレムは自分を傷つけたヴィヴィアルトに一矢報いるように石剣を振るう。
俺はゴーレムが彼女を傷付けるよりも早く、手にしている槍を投擲。青い流星と化した槍はそのままゴーレムの黒い結晶にぶつかり、亀裂をさらに広げ、ガリガリという不快な音を奏でる。
それを受けたゴーレムは痛みに苦しむかのように結晶を貫こうとしている槍を抜こうとするが、距離を取ったヴィヴィアルトが再び白い二閃を放つ。さっきよりも威力は落ちているが、ゴーレムの妨害するには適している。
一瞬だけ動きが止まり、そこへ明が紅蓮の炎を宿した剣を握り、ゴーレムごと切り裂くようにそいつの上まで飛んだ。
「はああぁ。炎の刃!!」
オレンジ色の一閃を放った明の一撃によって、胸の中心にある結晶が裂けた。ガラスが割れるような音が響き渡り、二つに裂かれたゴーレムは大きな音を立てて地面に倒れる。
「うわわっ」
ヴィヴィアルトが巻き込まれそうになっているのに気付いた俺は、足に雷を流した。雷をかけたことによって速度が上がり、彼女がゴーレムの残骸に押し潰されなる前に抱えてそこから脱出する。
「よ、ヨシオさんっ。助かりましたよぉ」
涙目のヴィヴィアルトを地面に下ろすと、彼女のお腹から可愛らしい音が響く。顔を真っ赤にしながら、彼女はお腹空きましたね、と告げた。
そういえば、彼女と話をしていたせいで朝食を食べ損ねたな。それとゴーレムが現れたせいでもある。
「俺たちは朝食を食べ損ねたから先に帰るからな」
「わかったよ。ヴィヴィアルトさんのお腹が鳴ったから、早く食べたほうがいいよ」
苦笑する俺と明。明にも彼女の腹の音が聞こえてしまったことで、ヴィヴィアルトの顔はさらに真っ赤になっていく。
獣人化を解くと、いつもの男性姿となった俺はヴィヴィアルトにお勧めの食べ物はないか? と訊いてみる。彼女はう~ん、と悩むとあっ! と何かを思いついたように声を出す。
「とりあえず、あの教会がある場所まで行きましょう」
「そっか。じゃあ、行くか」
「はい。アキラさん、また会いましょうね」
「うん。じゃあね、ヴィヴィアルトさん」
俺たちは明を残し、朝食を求めてスビソルの奥に建っている古びた教会まで歩き出す。奥に建っている古びた教会に近づくにつれて、ぴりっと静電気に触れたような感覚がどんどん強くなっていく。
俺はそれがどういうことなのか知らず、ヴィヴィアルトに買った同じ種類のパンを食べながら教会に向かう。
そして、彼と出会った。




