奪われた日常 Ⅱ
「なあ、メグみん。彼氏とか欲しいならうちがええ人を紹介してはるよ?」
「い、いらない! 私は剣道で精一杯だからそんなのに時間がないよ」
「嘘つきぃ。ほんまは誰かと付き合いたいやろ?」
「り、鈴音には関係ないよ!」
田倉高校までうちと一緒に歩く少女は、顔を赤くしながら否定するのは親友――二階堂恵美。通称メグみんはうちを睨みつけてくるけれど、メグみんのかわいい顔ではまったく効果があらへん。
前髪を目元まで短く切りそろえ、大きな瞳にかわいらしい顔立ち。まっすぐに伸ばされているストレートな髪はしっかりと手入れが行き届いて、髪には花のかんざしをつけている。
うちはメグみんが誰かと付き合いたいとずっと前から気付いていたから、彼氏作れば? と気軽に問いかけるの拒絶してしまう。ま、うちとしてはメグみんが彼氏さえ作れば、からかえる要素とかたっぷり増えるから……ほんま、いらんのか?
「鈴音、私には部活があるからね」
「知っているよ、だからこそメグみんを支える人が必要なんや」
「私にはいらない!」
メグみんが背負う袋には竹刀が入っているので、それを見せ付けるようにうちの前に差し出した。メグみんは田倉高校の剣道部の部長で、個人で全国大会まで進出した実力者。彼女の強さの秘密は毎日努力を積み重ねて、必死に続けた結果がいつの間に誰よりも強い。
「でもなぁ」
「いい加減にしないと私、怒るよ?」
「よっしーは他の男子よりも女装が一番似合う人やで?」
するとメグみんが女装が似合う男子……いいかもしれないと呟いたのは聞かなかったことにしよう。
うち、九条鈴音は漆黒に染まる髪を面倒という理由で後ろに束ねている。メグみんからは、もっと髪を大事にしないといけないよと説教されてしまい、手入れされることもしばし。目も髪と同じように黒く、人懐っこい笑みが特徴。けれど、うちはたまに獰猛な笑みをしてしまうこともあるので、それを見た人は怖がってしまうこともある。
「どうや、よっしーとデートしないか?」
せっかくかわいいメグみんの彼氏をよっしーにするために、うちは提案してみることにした。
「で、でもよっしー……じゃなくて、吉夫くんって人嫌いなんだよね? 初対面で出会った私と話ができるのか心配だよ」
おっ、乗ってきたやないか。前からよっしーのことについて教えていたから、さすがに気になるやろう。女装が似合う男子はメグみんにとって最高の餌であるからなぁ。
でも、メグみんが考慮するのはわかる。よっしーは人嫌いだから、初対面の人に対しては冷たい態度を取るけれどもうちの親友だったら……きっとうまくいくはず。だって、よっしーはうちを信頼している。うちもよっしーを信頼している。だから、うちの紹介するメグみんが親友という立場にいれば、きっと受け入れてくれる。
「大丈夫や。よっしーにはちゃんと伝えておくし、うちの親友であればきっと話をしてくれるからな」
「そっか。じゃあ、お願いね鈴音」
「任せておき。というか、メグみんは彼氏はいらないくせに、よっしーとデートするのが楽しみってどんな神経しているんや?」
「デートじゃなくて女装だからね!」
あかん。よっしーの貞操の危機……やなくて童貞やった。
けれど、もしもよっしーが女子であった場合は本当の意味で貞操の危機であったとうちは思う。うん、メグみんは剣道部でしか知られていないことだけど、れっきとしたレズなんや。まあ、レズと呼んでしまうのはメグみんの過激なスキンシップのせいやけどな。
「……いま、失礼なこと考えなかった?」
ジト目でこちらを見てくるメグみんになんでもないと返す。
こんな感じで、うちはよっしーとメグみんを付き合わせよう作戦を開始した。
◇ ◇ ◇
放課後、うちはよっしーとあっきーにある教室に待機するよう指示しておいて、メグみんがそこに入るのを見届けた。
すると、すぐにあの三人が仲良く談笑しながら教室から出てくる。
よっしーとメグみんが普通に会話をしている光景なんて、予想すらしていなかった。
「……嘘やろ?」
よっしーがあっさりと打ち解けるなんて、夢でも視ているような気分や。うちでも打ち解けるまで二週間もかかったよっしーがメグみんと楽しそうに話をしているのは……信じられんな。嫉妬してしまうなぁ。……嫉妬? うちがメグみんに嫉妬しておる? それとも、人嫌いのよっしーが出会ったばかりのメグみんと仲良く一緒にいることが?
わからん。わかりたくない。
うちはあっきーによっしーとメグみんのサポートを任せたのに、あっきーがいなくても会話が成立しているから、これでは意味がないやないか!! でも、二人っきりにするよりもマシやから……あっきー、そこら辺はよろしくな。そんなことを思いながら彼らのあとについて行く。
うちは心の中でもやもやする気持ちを振り払うために、よっしーと始めて出会った五年前のことでも思い出す。五年前ということは、うちとあっきーが南丘中学に入学した頃やな。あっきーとはほんま、腐れ縁という言葉が似合うぐらいずっと同じ教室だから、まだカップル扱いされていたなぁ。
おっと、話がずれるところやった。
よっしーが南丘中学に転校してきたのは、一ヶ月を過ぎた辺りぐらいやったな。うん、あの頃は美男子が来る! とか、ハンサムだってよ! とか、よっしーが来る前までそんな感じの噂が流れておったな。で、実際にこちらに来た少年――牟田吉夫はほんまに、美男子やった。漆黒に染まる髪と目、女性と見間違うほどの線の細い顔立ちをしていた彼に、うちはついつい見惚れてしまった。
彼はうちの心境など知ることなく、うちの隣に空いている席に座ることになったせいで、女子から睨まれるはめに。それでも、うちは気にすることなく、彼に話かけたけど無視された。一度だけやない。何度も何度も、よっしーに話しかけても無視されたことは今でも思い出せる。
休み時間にはよっしーの周りに人だかりができてしまい、うちも彼のことについて興味あったからそこに参加した。すると、よっしーは周りに群がるクラスメイトたちに来るなと拒絶してしまう。呆然とする人たちのことなど気にすることなく、彼は教室から出て行った。
それからというもの、クラスメイトたちが彼に話しかけても無視されるか、睨まれるかの行動をいていた。おかげで、よっしーはうちらとの間に見えない壁を築き上げていた。
でも、うちだけはお構いなしに、よっしーに話しかけたり、質問したり、からかったりしていた。理由なんてない。ただ、うちは彼と一緒に居たいという気持ちがあったからそうしただけの話。もちろん、最初のうちは無視されることもあったけれど、時間が経つにつれてうちに話しかけてきた。
以来、よっしーはうちのことを馬鹿鈴音と呼ぶようになり、かわりにこっちは彼にニックネームをつけた。それまで吉夫と呼んでいたから……クラスメイトから友達にクラスアップした瞬間であったなぁ。
せっかく、友達になれたからうちはすぐに幼なじみのあっきーこと緋山明を紹介すると、よっしーが開口にこう言った。
鈴音はバカだ、と。
あっきーは苦笑し、よっしーはやっぱりなと納得した表情をしていた。それから二人はうちのことについて議論しだすことになった時は彼らにアホ! とつい叫んでもうた。でも、あれだけ他人を受け入れるのに時間がかかるはずのよっしーがあっきーとあっさりと打ち解けたのは……うちのせいかもな。
「え、あ? メグみん? どうして二人をそんなところに連れていくの!?」
メグみんが連れて行ったのは田倉高校で有名なある一室。それがコスプレルームと呼ばれるような教室であった。まさか、本当にメグみんは出会ったばかりのよっしーに女装させるなんて……度胸あるなぁ。
しかも、このコスプレルームは生徒と教師が合意に上で設立し、学校側も認めざるおえない熱意に負けたという伝説もある。
ここに入ったら尾行していることがバレてしまうから、どこかで時間を潰そうとしていると。
「鈴音さん、どうしましたか?」
振り向いてみるとそこには大人びた少女が立っていた。スタイル抜群という言葉が似合うほど容姿がよく、黒髪をポニーテールに纏めているのは、よっしーの義理の妹である牟田巴。
背中には木刀か竹刀が入っていると思われる袋を背負っている。あれ? どうして巴ちゃんがここにいるの? 放課後は、いつも熱心に部活に取り込んでいる巴ちゃんがここにいるなんておかしい。
「よっしーとメグみんの尾行をしているだけやで」
沈黙を貫くのも悪いので正直に答えることにした。
「ああ、だからメグさんは今日は部活なしって宣言したんですね」
納得したように巴ちゃんは呟いた。
「って、あの部活に熱心なメグみんがそんなことを言ったの!?」
「はい。今日は吉夫くんをコスプレできる、と喜んでおりましたし、兄さんについていろいろ質問していましたよ?」
……メグみん、よっしーに興味津々やないか。
まあ、ええな。これでもしもメグみんとよっしーが付き合うことになったら、うちが彼女をからかえるからねぁ。よっしーも……同じはず、や。
「鈴音さんは兄さんのことをどのように思っておりますか?」
「別に。よっしーは親友や。うちと気が合う人やし、一緒にあっきーをからかえるし、同じ時間を過ごすことが好き」
「……だったら、兄さんと付き合えばいいじゃないですか」
怒りを帯びた声でうちに告げる巴ちゃん。
「だめや。うちはよっしーとメグみんに幸せになってほしいんや」
「……そうですか。ですが、兄さんを裏切るようなマネだけはしないでください」
巴ちゃんは言いたいことを言い切ったかのようにうちの視界からいなくなる。彼女の後ろ姿を見送っていると、巴ちゃんは迷うことなくコスプレルームに入っていく。
ふうとため息をついたうちはタイミングを見計ったように、ポケットに入れてある携帯がブルルと震える。気になったうちは携帯を開き、あっきーからのメールかと思いながら内容を確認する。
ぷっ。赤いチャイナ服を着たよっしーと思われる人物が腰まで届くカツラをかぶり、こちらに向かって笑顔でウインクしていた。次の画像は、羞恥に顔を染めるよっしーがあっきーのほうに向かおうとしていた。けれども、後ろからメグみんが羽交い絞めしているからできないけれど……どうして、手を胸に当てているの? よっしーは男だから胸なんかないのに。
まあええか。
「忘れよう」
過去を顧みることにしたうちは、よっしーと始めてデートした思い出に浸ることに。
よっしーがうちらの学校に転校してから三ヶ月が経ち、あっきーとうちの三人で過ごすことが当たり前となっていた。あの頃から三人で出かけることがいつの間に日常となっていたんやなぁ。ほんま、気が付いたら三人とも同じ学校に入学しているってなっておるし。
けれども、ある日によっしーからデートに誘われた。もちろん断る理由なんてなかったから二つ返事で承諾した。うう、よく考えればデートなんかあっきー以外とはしたことなんてなかったなあと思い、顔が熱くなっていく。なんであっきーと普通にデートなんてしたんや、うちは!? 冷静に考えれば、うちとあっきーはいつも一緒に出かけていたから……うん、そんなんじゃない……はず。
でも、あっきーとデートしたときよりもよっしーと一緒にしたほうが……めっちゃ恥ずい。なんで、よっしーと一緒に出かけたときが恥ずかしいんや?
ええい、考えても仕方がない。もう過ぎたことをうじうじ悩んでも意味がない!!
「……あの時、よっしーの本当の素顔を見ただけやったなぁ。うちに過去を暴露するなんて」
あの頃を思い出す。
休日によっしーと一緒に出かけた場所は、何度も行ったことのある遊園地であった。そこはあっきーとよっしーの三人で時間が空いている日に出かけ、日が暮れるまで遊んだことのある思い出の地。
どうしてここなんだろう?
ってあのときは疑問を抱いていたけれど、よっしーと一緒に回る遊園地は格別でだった。体験したことのあるアトラクションでも彼と一緒であれば、違った感覚であったといまでも思い出せることができる。
日が暮れるまでたっぷりと遊んで、よっしーが最後に観覧車に行こうと誘った。
夕日が沈む街を見ながら、うちは無言でよっしーと観覧車で過ごした。そこで、彼はうちにこんなことを告げた。
――俺はおまえを拒絶するのに、どうして近づいた?
それは、始めて彼と出会ったことであるとわかったうちは答えた。
――そんなこと決まっておる。よっしーが気になっていたからな。
迷うことなくすなおに思ったことを口にすると、よっしーはそっぽを向いてバカ鈴音と呟いた。
そして、うちはそんな彼に愛おしくなってしまい、よっしーの隣に座って――頬にキスした。
「――って、なにうちは恥ずかしいことを思い出しておるんや!?」
顔がかああと熱くなっていくのを感じていくうちは、あの日に彼にキスした唇に触れる。もしも、彼の唇を奪っていれば今頃どのような関係になっていたんやろう?
メグみんによっしーを紹介することなんてなかったし、あっきーに二人の仲介役を頼まなくてもよかった。そして、ずっとうちの隣に彼がいたかもしれない。
「ダメや。うちは決めたことを曲げたくない」
湧き上がってくる感情の波を押し殺すために、うちはコスプレルームから出て行くよっしーたちを追いかける。
幼なじみのあっきーがいて、人嫌いのよっしーがいて、親友のメグみんがいる。うちと一緒に笑いあえる人たちが近くにいるだけで、最高の幸せと日常を手に入れている。
だから、これ以上望むことは必要ない。
よっしーの傍に居たいという想いを心の奥底に封じ込めて、いまはメグみんの幸せを願うだけや。
コスプレルームから出て来たよっしーたちを尾行するように、うちは気が付かれないように一定の距離を保っている。けれども、どうしてよっしーはセーラー服で、メグみんが学ランを着ているやろうか? しかも、彼はカツラを装備している状態である。あっ、メグみんはきっと最後まで彼に女装させるつもりなんや。そして、彼を自分の家まで連れていき――
「うちはなにを考えているんや!?」
ぶんぶんと首を横に振って頭の中で展開しようとした妄想を打ち消す。
いまは、よっしーたちの尾行をするのが最優先であってそんなことは考える必要はない。……でも、もしもメグみんがよっしーとあんなことをするなら……うちも参加しようかな?
って、うちはなにをいやらしいことを想像しているんや!? これじゃあ……よっしーとメグみんを会わせたことに未練タラタラやないか。
「……どうしたんやろ?」
ふと、よっしーが立ち止まって目の前の空間を穴が開くほどじっと見つめていた。彼の視線の先が気になったうちもそこを見つめる。すると、ぐにゃと空間が歪んだ。
目が疲れているかもしれん、と思いながらももう一度そこを確認してみる。反応するように、またぐにゃと歪む空間。
これはどういうことや?
よっしーだけそのことに気付いている様子で、あっきーとメグみんは楽しく会話している。このままなにも起こらなければいい、と不安を抱きながら彼らを見守っていると――突然、魔法陣が浮かび上がった。彼らの周囲に浮かび上がった魔法陣は、逃げださないようにぐるりと円を描く。
呆然と目の前で起きている現実離れした出来き事に、うちはなにもすることができなかった。 けれども、ここでなにかをしないと一生彼らに会うことができなくる。
会えなくなるのであれば、うちはよっしーたちと一緒に行けばいい。彼らのいる毎日こそうちにとって大切な日常だから、ここから居なくなってしまう恐怖に怯えながらも腹の底から声を出す。
「よっしー、あっきー、メグみん!!」
涙があふれるのを感じながらうちは彼らの名前を呼び、よっしーに手を差し出す。
彼もうちの意図に気が付いたのか、こっちに手を伸ばして魔法陣のなかに引きずり込もうとする。いや、巻き込もうとしている。でも、それもいいかもなぁ。
一緒によっしーたちといれば、どのような困難でも打ち砕くことだってできるかもしれない。実際になにが起きるのかうちは知らんけれど、彼らとならばなんでもできる、と自信があった。
「よっしー!」
「鈴音!」
うちらはお互いの名前を呼びながら、手と手を掴むひたすら前に差し伸べていく。
それなのに、運命というのは残酷なものや。
あともうちょっとでよっしーの手に届きそうだったのに、彼の姿が視界から消えてしまった。よっしーには届かなかったうちは悔しかった。
歯をぎりっと食いしばり、手をきつく握り締める。
悔しい。
どうしてよっしーたちがうちの目の前でいなくなってしまうの?
どうしてうちじゃなくてメグみんなの?
どうして今日に限ってこんなことが起きるの?
絶望することしかできないうちは、彼らを奪った連中が憎い。心のなかで怒りの炎があふれていき、身を焦がすような熱さを抱きながら静かによっしーの名前を口にする。
彼がいない毎日なんてうちには想像なんてできないから、これまで一緒に過ごした日々を思い返していく。そうすることで、うちは湧き上がってくる感情をうまく制御することができる。
そんなときに思考にノイズが走る。
――私は、あなたと結ばれなくてもいい。けれども、私の魂だけはずっとあなたと共にいるからね、ヨシュア。たとえ、邪に穢れていてもこの想いだけは、魂だけはあなたのものよ。
聞いたことのない女性の声が頭の中に響いたけれど、不思議と懐かしい感じがした。どうしてだろう? うちにとってこの声は聞き覚えがないはずなのに、安心感を抱くことができることなんて……おかしい。でも、おかげで湧き上がってきた感情を自制することに成功したうちはふうとため息をつく。
そんなときを見計らったかのように、何の前触れもなく男性の声がうちの頭の中に響いた。
『あの三人がどこに召喚されたのか知りたくないか?』
すぐさまに周囲を警戒し、いつでも動けるように構える。
『おいおい、俺はおまえに危害を加えるつもりなんてないから安心しろよ』
構えだけを解いたうちは頭の中で響く男性の声を聞きながら、彼がなにをしたいのか思考してみる。
『考えても無駄だぜ。おまえのことは手に取るようにわかる。
あの三人が急に目の前からいなくなり、どうしたらいいのかわからないだろう?』
彼の言葉を聞く限り、うちに危害を加えるつもりはないとうかがえる。この人物のことを信用することはできないけれど、一応問いかけてみる。
「よっしーたちはどこに行ったの?」
『異世界アースと呼ばれる世界だ。そこであいつらは重要な役目を背負い、旅に出ることとなる。もしも、おまえが異世界アースに来たいのであれば俺はおまえを連れて行ってやるぞ、リーン』
異世界……。よっしーたちがその世界に召喚されたとなれば、おそらくそこにいる魔王とかを倒す旅となるはず。勇者はあっきーになることは間違いなしやな。あの正義感にあふれる人が勇者にならないなんて、絶対にないはずや。だって、これであっきーの正義の味方から勇者へ一気にランクアップするし。
『どうする?』
静かに男性はうちの気持ちを確かめるように問う。
……うちは、異世界に召喚されたよっしーたちのことが心配。もしも、あっきーが勇者となるのであればよっしーは必ず彼について行く。よっしーだけじゃなくて、きっとメグみんもついて行くはずや。
「なあ、よっしーたちをこっちの世界に連れ戻すことができるんか?」
『可能だ。だが、まずはそいつらを見つけない限りできないぞ』
決まりや。
「だったら、うちを異世界アースに連れて行ってくれる?」
『……いいのか? こっちは危険な魔物や命を落としかねない世界だぞ』
うちのことを心配するように男性は確認してくる。
「もちろんや。だってな、うちがそこに行くのはよっしーたちを連れ戻すことだからな。そして、うちの大切な日常をもう一度手に入れるためにそっちに行く。
だから、奪われた日常を取り戻すためだったらうちはなんだってする」
『……これも運命か。リーンとヨシュアがこうして再び出会えることができるのは、きっとそういうことかもしれないな』
男性がなにかを呟いたけれど、うちには関係なかった。聞くつもりもなかったからだ。だって、うちの目の前には巴ちゃんが立っていたからや。
「……鈴音さん、さっき兄さんたちが目の前で消えてしまったよね?」
「まあな。一瞬で消えてしまったなぁ」
否定することなく事実を述べると巴ちゃんは目元に涙を浮かべる。肩を小さく震わせ、静かに嗚咽を漏らす巴ちゃん。そうやな。この子にとってよっしーは義理の兄という関係だけど、彼女にとって彼は大切な人。
だから、目の前で大切な人が急にいなくなると不安になってしまう。巴ちゃんをなぐさめるように、うちは彼女を優しく抱きしめて改めて決意する。
うちだけがこの日常を奪われたわけじゃない。巴ちゃんの日常もなくなってしまったから、うちはよっしーたちを連れてこないといけない。うちと巴ちゃんの想いをよっしーに届けよう。
「巴ちゃん」
「なんですか、鈴音さん」
泣いている彼女はうちと目を合わせる。
「うちはよっしーたちを連れてくるから、それまで我慢できる?」
「……はい」
彼女を安心させるためにうちはある約束をしてあげることにした。
「ええ子や。巴ちゃんみたいな美少女に一度も手を出していないよっしーには、あとでちゃんとこう言っておくからな。うちと巴ちゃんの処女を奪って、たっぷり楽しんでいい、と」
「ダ、ダメです! 兄さんには私の処女を最初に奪ってもらわないといけません! 鈴音さんは私の次にしてもらいますから」
「ふふっ、元気があるならもう泣かなくてもいいやろ?」
「……はい。ですが、兄さんをこちらに連れてくる前に、彼の童貞を奪わないでくださいよ?」
小さなことを気にする巴ちゃんがかわいくて、うちは彼女の頬にちゅーしておく。俗にいうキスや。
「りりり、鈴音さん!?」
「うちたちが帰ってくる間、メグみんよりも強くなってね?」
お別れのキスを巴ちゃんに施したうちは、彼女がうなずくのを確認してから声の主を呼ぶ。すると、今度は頭の中で男性の声が響くことなく、ぐにゃと眼前の空間が歪んだ。
これは、よっしーたちを異世界アースに召喚させる直前に起きた現象。ぐにゃと歪んだ空間からは、幾重にも重なった魔法陣が浮かび上がり、うちは迷うことなく歩き出す。
「鈴音さん、いってらっしゃい」
見送る巴ちゃんに振り返ることなく、うちは答える。
「行ってきます、巴ちゃん。次に出会うときはよっしーたちとだからな」
魔法陣に向かっていくうちは、よっしーたちを連れ戻すために異世界アースに行く。
それは、うちと巴ちゃんの奪われた日常を再び手に入れるためだから。