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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
地下都市スビソル
29/68

ちびっ子

 夜が明け、”止まり樹”で借りている部屋にいる俺と隣に寝ている恵美。窓から入ってきた光が当たり、うん……という声を漏らした恵美は寝返って俺と向き合うような形となる。彼女の顔にかかる髪を払い、そっと額にキスをしてあげる。

 こうやって彼女の額にキスすることが当たり前のようになってきているじゃないか……。これも、すべて俺の前世であるヨシュアが寝る前にいつもヘンリエッタにおやすみのキスをするからいけないんだ。こうやって、いつも添い寝している恵美が傍にいること安心しながらそっと頬に手を添える。

 昨日、盗賊を殺した俺はそのまま恵美を”止まり樹”まで連れて行き、彼女は子供のように泣いた。あれは俺たちのいた世界では絶対に起きないことだから、余程ショックな出来事だろう。そんな彼女の隣にずっと俺は傍にいて、寝る前には真っ赤に腫れた目で恵美はとあることを決意した。

 それは、もっと強くなるということ。

 恵美には悪いかもしれないが、俺は彼女を守ると約束した以上強くならなくてもいい、と思っている。

 しかし、彼女はトローヴァとの戦いで共に守られるだけは嫌だ、と告げた。俺ばっかり傷付いて、自分はなにもしないといいうことはもう耐えられないということ。

 スビソルに着くまで彼女が魔法の練習をしなかったのは、どのようにすればいいのかわからなかっただけで、決してサボったわけではない。と泣いているときに教えてくれた。そのときに、彼女は魔法でなく刀を素振りしていたことをいまさらながら思い出す。

 

「……吉夫くん、おはよう。また私にキスしたね?」


 大きな目をぱっちりと開かせた恵美は、うれしそうに微笑む。


「バカ。これは癖だ」

「癖って意識すれば治るよ? でもさ、吉夫くんの場合は私のことが大切だからそうしているだけだよね?」

「大切じゃねぇよ」

「ふふっ、照れている吉夫くんもかわいい。……好きだよ、吉夫くん」


 面と向かって告白してくる恵美に俺はそっぽを向く。昨日の夜、困ったことに彼女は俺のことを好きであると自分の気持ちを告げた。恵美の気持ちは薄々気付いていたが、こうやって面と向かって言われると死ぬほど恥ずかしい。

 確かに彼女のことは大切だけど、まだ「好き」という感情ではない。友達として好きであるが、それ以上の関係を俺は望みたくない。いつかは彼女の気持ちと向き合わないといけないけれど、いまはこうやって一緒にいたほうが楽しい。


「……俺なんか好きになるおまえはよほど変人だ」

「いいでしょ? 元々は鈴音りんねが彼氏彼女として私たちを紹介してくれたから、こういう関係になってもおかしくないよ。それにね、私はもっと吉夫くんのことを知りたいからあなたの傍にいたい」

「ストレート過ぎるな」

「これくらいじゃないと、吉夫くんは私に振り返ってくれないでしょ?」

「……はあ。さっさと顔を洗ってこい。すぐに魔法の練習は始めるからな」

「うん。……ありがとう、吉夫くん」


 昨日のことを忘れたかのように花が咲くように微笑んだ恵美。彼女の意思は強く、それでいて本当は誰かが傍にいないと無理としてしまう、と昨日の練習をしていることに気づいた。

 彼女は俺のことを守らないといけない、と感じているのはきっとお互いを守ると約束したせい。だから、俺は彼女よりも力をつけないといけない。一度交わした約束だけは絶対に破りたくはない。

 新たに決意した俺は女将さんから聞いたあの場所で、練習するために動き出した。






 ”止まり樹”の裏庭は広く、朝から心地よい風が流れてくる。地下都市のくせにまぶしい。この地下都市には太陽という概念が存在しない。なので賢者が天井、つまり俺たちの真上に巨大な魔法陣を描いたおかげで朝と夜の二つにわけているのだ。

 朝はまぶしくない程度に輝き、夜になれば薄暗くなると変化するのだ。昼になれば地下都市全体が明るくなり、これを行った賢者は地下都市のためにいろいろと協力したことがうかがえる。

 裏庭は広く、これから魔法の練習をするのに最適な場所。

 顔を洗い、服を着替えた恵美と魔法の練習をしていく。彼女は水の矢アクア・アローを使い、動き回る俺に向けて次々と放っていく。まっすぐに放たれる水色の矢をかわし、また白銀の剣で打ち落とす俺は彼女がうまくなっていることに驚いていた。

 昨日、水の矢アクア・アローを覚えたばかりなのに彼女はそれをまっすぐではなく、軌道を変えたりして俺を射抜こうとする。さすがにひやっとしたが、なんとか剣と打ち落とすことができた。

これだけではなく、対人戦もやった。俺と恵美は木刀で打ち合うことをしたが、彼女は剣道をやっていたせいでまったく勝てなかった。


「う~ん。いい汗かいたぁ」


 練習を終えると、恵美はう~んと腕を上に向かって伸ばし、背を反らす。その際に彼女の胸がくっきりと浮かび上がってしまい、それを見てしまった俺は慌てて目をそらす。


「どうしたの、吉夫くん? 私から目をそらすなんてダメだよ」

 

 背を向けた俺に恵美は問いかけ、それから目をそらすな、ということまで言われた。無理だ。あれを見ていたら、俺は吉夫くんのえっちなんて言われそうで嫌なんだ。


「……おまえな、わざとそうやっているだろう」

「え? なにが」

「なんでもない」


 振り返ってみると、恵美は腰に刀を差した状態で俺のすぐ傍にいた。彼女はためらいもなく俺の腕を組み、柔らかな身体を押し付けてくる。


「く、くっつくな」

「ダメかな? 昨日は私と手を繋いだくせに。それに、私は吉夫くんのことが好きだからこうやってアピールしているだけだよ?」

「そ、それははぐれないためだっ」

「知っているよ。でも、昨日は嬉しかったよ。積極的な吉夫くんも悪くないから……今度からこうやって腕を組もうね?」

「……嫌だ」

「ひっどーい」


 楽しそうにくすくす笑う彼女を拒む気になれない俺はそのままにしておき、相部屋にいるあの女性はどうなっているのか気になった。そのことを訊いてみると、恵美はさっき部屋に戻ったときに彼女と話をしたという。それだけ知りたかった俺は恵美と他愛いもない会話をしながら、止まり樹の中に入る。

 宿屋兼食堂としてい機能しているここは朝からたくさんのテーブルが埋まり、おいしそうなにおいが漂う。

 隣できゅうとかわいらしい音を聞いた俺は彼女が顔を真っ赤にしていることに苦笑し、先に食べるかと言いかけたときに、鈴のように転がる声を聞いた。


「ヨシオさん」

「おっ、ちびっ子じゃないか」

「ちびっ子じゃありません! わたしの名前はヴィヴィアルトって何回言えばわかるのですか!?」


 銀色の髪をツインテールに結び、くりくりとした目は海のように青い。子供のように幼い顔つきをして、桜色の唇を尖らせる小柄な少女――ヴィヴィアルトは怒っていた。


「悪い。名前よりも先にあだ名が浮かんだ」


 なだめるように彼女の頭を撫でてあげると、うれしそうに目を細め、怒りを消沈させていく。彼女の気が済むまで頭を撫でていると、恵美は不満そうに頬を膨らませていた。

 ヴィヴィアルトの怒りが消沈し、ある程度落ち着いた彼女はふうとため息をついてから恵美のほうを向く。


「ヨシオさんは人嫌いですから仕方ありませんね。他人には興味ありませんし……ところで隣の人は誰ですか?」

「こっちは恵美。で、恵美。こいつが例のちびっ子ことヴィヴィアルトだ」

「だからちびっ子じゃありません! それよりも“例の”ってどういう意味ですか?」

「それはヴィヴィちゃんが吉夫くんの命の恩人で、たった一人でバーサーゴブリンの群れに突撃した女の子っていうことだよ」


 疑問を浮かべるヴィヴィアルトに恵美が答える。俺はその間にカウンターで空いている三つの席のはじに座ると、彼女たちは口をそろえて真ん中にして、と命じた。な、なんだよ。俺は女の子同士、楽しいおしゃべりができるようにはじに座ったのに……。

 真ん中に座りなおすと恵美とヴィヴィアルトが隣に座り、彼女たちは今日始めて会ったのか、と疑うほど打ち解けていた。近付いてきた店員にマンジョルカのスープを頼み、ついでに彼女たちのぶんも注文しておく。


「……ん?」


 朝食が来るまでやることがない俺は、とあるテーブルから聞こえてきた会話に耳を傾ける。


「勇者のおかげで洞窟にいた盗賊たちがいなくなったぜ」

「これで安心して外に出ることができるな」

「ああ。でも、油断するなよ。最近は物騒になってきているからな。ユグドラシルに現れた黒騎士のせいで魔物は前よりも強くなった。中でもすべての種族の共存していた魔の国はすごいことになっている」

「魔の国? あっ、種族を関係なく受け入れるあの国か。でもよ、すごいことってなんだ?」

「知らねぇ。俺も最近そういう噂を聞いたからこれ以上なにも言えねえよ。けどな、これだけは言える。魔族たちが動き出しているのは、このことが原因だ」


 この会話が終わると、こんどは次の話題で語る男たち。他の会話に興味を惹かれなかった俺は恵美とヴィヴィアルトがじっーとこちらを見ていることに気付く。


「どうした?」

「あの……ヨシオさん、どうやってその剣を手に入れたのですか?」


 ヴィヴィアルトが俺の腰に差している白銀の剣について控えめに問いかける。彼女に嘘をついても仕方ないので銀髪の青年と戦い、ノルトが逃げたそいつを追いかけ、彼女がそれを手に入れたことを簡単に説明した。

 語り終えると、ヴィヴィアルトは謝罪してきた。


「ごめんなさい」

「どうしておまえが謝る?」

「だって……その人は、ハーゼルはわたしの兄なんです。兄様はヨシオさんが<欠片>保持者だと知っていた上で、戦いを挑んできましたね?」

「……ああ」


 目を閉じればあのときのことを鮮明に思い出すことができる。

 闇に堕ちた俺は明と喧嘩して、さらにジュリアスと本気でぶつかりあった。サティエリナはなにも言わず俺を止めようとして、恵美は命をかけて助けようとした。

俺は一人じゃないって、あのときに思い知らされた。その点ではハーゼルに感謝しないといけないが、俺はヴィヴィアルトに宣言しておく。

 だが。


「俺はおまえの兄を、ハーゼルを殺す。邪魔するならおまえでも容赦はしない」

「……っ。兄様はわたしが止めます。手を出さないでください」


 意思の強い青色の瞳を見た俺は、おまえだけで止められるのか? と問いかけると決意した表情で彼女は告げる。


「わたしにはアマちゃんと兄様の親友がいます。だから、絶対に止めます」

「……止められなかったら俺が殺す。いいな?」

「は、はい! ありがとうございます!」


 こちらができる最大の譲渡をした俺は感謝してきたヴィヴィアルトの頭をなでる。

 ふと恵美のことを思い出すと、彼女は俺が頼んだポークサンドを黙々と食べていた。俺とヴィヴィアルトの前には黄色いスープに浮かぶイモとミニポークサンドがあることにいまさら気付く。

 食べようか、と思ったときに誰かが切羽詰まった声でこう叫んだ。


「ゴーレムが現れた!」


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