洞窟にて
昼食を食べ終えた俺たちはギルドに向かい、 人間やドワーフたちが珍しげに見る視線を感じながら二階建てのレンガで作られた建物の中に入る。 人間というのは、ドワーフたち以外の種族がそのように呼ぶので俺もそうしている。
ダイナスを先頭に、両開きのドアを開けて入っていく彼に続けて俺、恵美、明が続く。
中は木製のテーブルがたくさん並び、カウンターには壮年の男性がグラスでタオルを拭いていた。彼の背後にはワインが入っていると思われるボトルが並び、テーブルに座る大半は男ばかり。彼らの腰には剣、もしくは背に弓矢や槍、または斧を所持している。
華がない、と感想を抱いていると数十人ほどの女性たちもいたことに気付いた。冒険者にも女性がいたことに驚き、ちびっ子ことヴィヴィアルトも彼女たち同じ職業であったことを思い出す。
そう言えば、ちびっ子たちもここに来るって言っていたよな。このスビソルにいれば、また出会えるだろう。
「ここで待っていて欲しいな~」
歩きながらギルドの中を観察していると、ダイナスが空いているテーブルを指差した。俺たちがそこに座ると、ダイナスはカウンターの隣にある依頼掲示板という場所に行く。目をこらせば、壁にはさまざまな紙が張られている。
「吉夫。僕たちって注目されていないか?」
向かい側に座る明に、おまえが勇者だという噂がここまで流れているからな、と返す。これを聞いた明は納得したように頷き、だからあっさりとスビソルの貸し出し禁止の本を借りることができたのか、と呟いていた。
勇者の特徴として寝癖のようにあちこち跳ねている燃えるように赤い髪、紫色の瞳に、整えられた顔立ち。一度これを聞いて、実際に目にすれば誰だってこいつは勇者だ、と思うだろう。
それにしても貸し出し禁止の本を借りることができたのは……受け付けにいた人、きっと女性だな。明はモテるから、これが欲しいと言えば相手はそれを買ってきてくれるだろう。さすがフラグメーカー。モテモテのハーレム王め。さっさと本命を見つけろ、この野郎。
「……吉夫、いま失礼なことを考えなかったかい?」
「いいや。そうだ、恵美。せっかくギルドに登録するから説明するからな」
「うん。お願いね、吉夫くん」
勘が鋭い明の追及を逃れるため、恵美に問われたことについて話すことにした。
彼女にはギルドというのは一言で言えば”何でも屋”ということを教えているので、次はランク制について説明する。
ギルドに登録すれば、誰もが最初からFランクから始まり、そこから順に上がってE、D、C、B、Aとクラスアップしていき、もらえる金額がどんどん増えていく。しかし、同時に危険度も上がる。
そして、世界に三人しかいないSランクが存在する。このSランクはいまのところ三人しかいないが、それ相当の実力者が現れない限り、増えないという。
「じゃあ、私はFランクから始まるのね」
「そういうこと」
「ところで、吉夫くんたちのランクはどれくらい?」
「俺はD。フィオナの森に現れる魔物退治の依頼を何度も受けていたら、そうなっていた。それと明はCな。勇者として活躍したし。恵美、櫛を」
「あ、うん」
ギルドについて説明を終えたので、恵美は空間魔法から櫛を取り出してそれを俺に渡す。今日の帰りに買ってあげたのは彼女の髪は寝起きでぴょんと跳ねていることに気付いたので、手入れしてもらうため。たとえ彼女が持っていたとしても、俺は買って上げたかった。
櫛は全体が艶のある黒に染まっていて、花が咲き乱れている絵が描かれてある。恵美も気に入っているで、こうして彼女の髪を梳いてあげるのも悪くはない。こうやって誰かの髪を梳くのは、妹の巴以外で初めてだ。
「……イチャついているね、ダイナス」
「んだ。ヨーさんとメグさんは恋人にしか見えない」
いつの間に明の隣に青みがかった髪をかくダイナスがいた。水色の目で見つめる彼と明は仕方ない、という感じでため息をついていた。
手触りのよい恵美の髪から手を放し、櫛を彼女に返す。恵美は櫛を空間魔法に戻し、俺はダイナスが手にしている紙を見て、読んでもいいかと訊ねる。
彼は詳しいことが書かれているから、最後まで読んで欲しいと告げて紙をテーブルの上に置く。
依頼 洞窟に巣食う盗賊を追い払え
詳細 最近、スビソルと外を繋ぐ洞窟に盗賊が現れ、被害に合う人たちが増えてきている。
盗賊の数は五人。
手練ればかりそろっている、とこの前依頼を受理した冒険者が感じているため、
充分に注意して欲しい。
彼らの生死は問わない。追い放った報酬として一万ヘアルを贈呈。
ランクC以上の者のみ、この依頼を受理できる。
読み終えた俺は、これがいい依頼であるとわかったが確認のためダイナスに問う。
「ダイナス、明だけCランクだが……俺と恵美は大丈夫なのか?」
「ヨーさんの実力なら大丈夫。メグさんは参加しただけでワンランクアップするから、お得だとオラは思う」
もう一度だけ依頼書を読み直し、俺と明がこの五人の相手をすれば恵美はなにもしなくてもいい。彼女は戦闘に参加しなくても、依頼が達成したらFからEにランクアップし、報酬の何割かもらえる。一応、メリットはあるな。
「吉夫くん、 水の矢でひるませることぐらいさせてよね」
隣に座る恵美に俺は苦笑しながら、無理するなよと返す。
ダイナスは依頼を受理すると同時に恵美をギルドに登録させるために、カウンターにいる壮年の男性と話す。彼らのやり取りが終えると、俺たちは洞窟まで向かう。
……あれ? 盗賊って悪意ある者のはずなのに、どうして迷宮で生き残ることができるのだろうか?
疑問を抱きながらも俺たちは行動する。
洞窟の前に着いた俺たち。
ダイナスは馬車に乗り、中にいる俺と明は盗賊が現れたらすぐに飛び出す、とギルドで決めていた。恵美は精神を落ち着かせるためにか、そっと刀の柄に手を添えている状態。
彼女はもしもなにかあれば逃げろ、と伝えているので彼女だけは生き残れるだろう。最悪の事態にならなければ、の話だが。
御者をしているダイナスにはなにかあれば戦う、と教えてくれているので心強い本当なら、ダイナスを巻き込みたくなかったのに、「オラは有名だから狙われる。ちょうどいいエサになるんだぁ」といつもと同じのんびりとした口調で言った。けれどダイナスは目に強い意志を宿していた。
彼も戦う。俺と明、ダイナスの三人なら盗賊などあっという間に蹴散らすことだってできる。
「ヨーさん、あっきーさん。行くぞぉ」
洞窟の前に止まっていたため、ダイナスが声をかけると同時にゆっくりと動き出す馬車。
ひんやりとした冷たい空気を外から感じ、たまに揺れながら進む。腰に差している白銀の剣の柄に手を添え、目を閉じて獣人化し、意識を外に集中。
次に目を開けると、俺の頭の上から耳と尻からふさふさの尻尾が生えていた。山のように大きい胸を感じながら、白狼の加護を授かった状態――獣人化した俺は耳を澄ます。
獣人の耳は人よりも優れ、また鼻で遠くに隠れる生物の匂いをかぐことができる。
「……来た」
人の匂いを感じ、鞘走りする音を聞いた俺は右手に雷を収束させながら馬車から飛び出す。大地を蹴り、匂いと音のした方向に雷を放つ。
「分散」
一条の光線は俺が命じた通りに分散し、光の尾を引きながら闇に呑み込まれていく。広範囲の分散は威力に劣るが、こうやって闇に紛れている者には効果がある。
「くそっ。こいつは俺が引きつける! てめぇらはいつも通りに動け!」
闇から姿を現したのは五人の男たち。リーダーらしい男の髪はモヒカンで、ついニワトリじゃねえかと口にしてしまう。
そのことについて、モヒカンは気にすることなく俺に向かい、残りの四人は風の如く通り抜けていく。あいつらは明たちに任せよう。まずはこっちをどうにかしないとな。
上段から振り下ろされる剣。腰に差している剣に雷を流し、モヒカンの武器目掛けて振り上げた。紙を裂くようにモヒカンの剣は斬れ、なっと驚くこいつの懐に潜り込んで 麻痺を付加させた拳を打ち込む。がっくりと膝とつき、信じられないという顔をするモヒカンは俺を見上げる。
ダイナスと出会う前、賊に襲われたときはこうやって 麻痺で身体の自由を奪い、そのまま放置した。効果は半日なので、それまで魔物に食われなければきっと生きているだろう。
振り返り、残りの四人はどうなったのかと確認しておく。
ダイナスは馬車から降りることなく鞭を振るい、近付こうとした二人の内一人を叩き、気絶させる。残ったもう一人は前に進もうとするが、ダイナスが気絶した男を鞭でからめ、それをぶつける。飛んできた仲間とぶつかった男はよけることもできず、そのまま気を失う。
一方明は、剣と斧を手にした男たちが襲いかかるというのに動こうとしない。援護しようかと思ったが、明は鮮やかな赤い剣を鞘から抜き放ち、前に飛び出す。疾風の如く明が二人の間を通り抜けると、異なる音が二つ響く。
軽い音を立てたのは半分になった剣の刀身。大きな音を生み出したのは斧。
男たちが握っているのは半分となった刀身と斧の柄のみ。
「……手練れって嘘なのか?」
あっさりと盗賊を無力化させたことに、依頼書に書いてあったことが嘘にしか思えない。武器を失った男たちに間合いを詰め、 麻痺をかける。念のために、とダイナスがロープで麻痺状態の盗賊たちの手足を縛る。
「さて、どうやってうまく生き延びることができたのか教えてもらおうか」
モヒカンと残り四人の男たちを睨みつけると、一人が教えるか、アホと返答した。……それが答えか。
「わかった。じゃあ、死ね」
ためらいもなく白銀の剣をモヒカンに振り下ろし、それを見た男たちが悲鳴を漏らす。目の前にいるモヒカンは顔を青ざめ、口をぱくぱく動かしていた。剣はモヒカンの鼻の先をかすめ、わずかに血があふれる。
明とダイナスは俺のしていることに口を挟むことなく、どうなるか見守っていた。
「悪い、手がすべった」
悪そびれることもなく俺は剣の先をモヒカンに首元に突きつける。ひっ、と情けない声を漏らすモヒカンに答えろと命じた。俺の気分しだいでこいつの命をいつでも奪うことができる。命だけではなく、手足や臓器傷つける権利だってこちらにある。
「お、俺たちは” 隠蔽”の魔導具を使っているおかげで、誰にも気付かれないんだ! だから、魔物に襲われることなんてなかった! 商人を襲うことだって、不意打ちだってできた」
「ほう。この前、失敗した冒険者がいたのはそのせいか」
「あ、ああ」
「……五人だけか?」
「ほ、他にもいる。俺たちは囮で――」
囮という言葉を聞いた俺は焦り、後ろを振り向いた。俺たちがこいつらの前にいるっていうことは馬車は無防備。そこには恵美が隠れている。彼女が危ない、と危機を抱いたときに恵美の悲鳴が聞こえた。
「ぐへへ。いい女じゃねえかよ」
下品な笑みを浮かべるもう一人の黒髪モヒカンとそいつの後ろには二人の男が立っている。奴らは馬車から姿を現し、黒髪モヒカンの腕の中には恵美がいた。黒髪モヒカンは恵美の首元にナイフを突きつけ、彼女の胸をまさぐっている。
怯える恵美は大きな目に涙を浮かべ、助けを求めるように俺を見ている。
あの野郎……ぶっ殺す。
「睨むなよ。俺たちはそいつらを解放して欲しいだけさ。そうすれば、この娘も返す」
黒髪モヒカンの目を見ていれば、それは濁っている。嘘だ。
嫌らしい笑みを浮かべる黒髪モヒカンは、恵美の胸の感触を味わうようにいやらしい手つきで揉み、対照的に彼女はいまにも泣きそうな顔をしている。見ていることしかできない自分にいらいらし、腹の底から怒りがぐつぐつと沸いてくる。
「もしも、こいつらを返さなかったら?」
「この娘を飽きるまで遊んで――」
最後まで聞かなくても、こいつがなにをしたいのかわかった俺の我慢が限界を超え、あふれてきた”黒い雷”を足に流す。大地を蹴り、離れていた距離をあっという間に詰めた俺は握り締めた拳を黒髪モヒカンの顔面に叩きつけた。
あいつと一緒に飛ばされないように空いている手で恵美を引き寄せ、抱き締める。
飛ばされた黒髪モヒカンは地面から盛り上がった岩に叩きつけられ、俺は空間魔法から槍を抜く。黒髪モヒカンの後ろにいた男たちは、俺がいることにいま気付いたのか、獲物を手にしようとする。その前に槍でなぎ払い、男たちを吹き飛ばす。
「死ねよ、糞野郎」
岩に叩きつけたれた黒髪モヒカンに槍を投擲。まっすぐに放たれたそれは回避しようとする奴の身体に深く突き刺さり、そのまま動かなくなる。絶命した、とわかった俺は腕の中にいる恵美に謝る。
「すまない、恵美。怖い思いをさせてしまったな」
「わ、私のほうもごめん。吉夫くんたちが、がんばっているのに……」
嗚咽交じりに話そうとする恵美の頭を撫でてから、彼女は俺を強く抱き締める。怖い思いを彼女にさせてしまった俺は、今夜はずっと傍にいてあげようと決める。
「吉夫、先に止り樹に戻っていいよ」
気遣ってくれる親友に感謝し、俺と恵美は共に洞窟を出て行く。
後で明から聞いた話だが、前触れもなく現れたデブに盗賊たちは 喰われた。 麻痺によって身体が動けない奴らはデブの腹から大きく開かれた口に喰われ、噛み砕き、呑み込まれたという。
危機を感じた明とダイナスは転移石で逃げ、馬車は使い捨てだったのでその場に放置させたことを聞かされた。
あの洞窟で、一体なにが起きているんだ……?
三月二日まで怒涛の毎日更新させてもらいます。
これ以後、更新できるかどうかわからないため、あえてこの形にしました。
書き溜めた文章を一気に放出しますので、三月二日まで夜七時をお楽しみください。
では。