商人との出会い
地下都市スビソルを目指し、ユグドラシルを出てからすでに四日目の朝を迎える。
ひたすら歩き続ける俺たちは、森ばかりに囲まれた景色にうんざりとしてきた。それでも、何度か賊や魔物の襲撃があったが、返り討ちにすることもあったので旅というのは楽ではないと実感できる。それに食べ物は干し肉と果物、たまに簡素な料理を作って食べている。
地下都市スビソルという名前から、地下に都市があると言うのだか……どうなっているのか想像すらできない。わかっていることは、そこにドワーフがいて、人間が暮らしているということ。鉱物が盛んで、そこから出てくるものをドワーフが加工し、人間が売る。 ドワーフは細かい装飾品や武器、鎧などを人よりもうまく作れるので、地下都市スビソルはよい武器職人がいる国として有名。
「吉夫くん、疲れてない?」
俺の隣を歩くのは目元まで髪を切りそろえ、ぱっちりと開いた目に可愛らしい顔つきをした少女――恵美。花のかんざしを頭につけ、腰まで届くストレートヘア。
腰には彼女の愛用の刀が差してあり、これまで魔物に襲われることがあっても臆することなくそれを振るっている。
「平気だ。そういうおまえは疲れていないのか?」
「吉夫くんと明くんが夜をしっかりと見張ってくれるから、ぐっすりと眠れるよ」
「そうか」
俺たちの後ろを歩く明に目を向けてみると、あちこちが寝癖のように跳ね、燃えるような赤い髪をしている親友は周囲を警戒していた。もともと顔が整っているせいか、こうやってまじめな表情をしている明を見ているとイケメンだよなと再認識されてしまう。
紫色の瞳は常に周りを見渡しており、さらに百八十もある身長を利用して俺と恵美が見えない場所まで見てもらっている。腰には鮮やかな赤い色をした刀身をした剣が差してある。
「明。気を張りすぎると倒れるから、ほどほどに息抜きしろよ」
「息抜きって……吉夫。僕はこれでもちゃんと息抜きしているし、おまえだって警戒しているだろう?」
「まあな」
腰まで届く銀色の髪を紐でまとめ、青い目で周囲の様子をうかがっている俺のことを気が付いた明に相槌を打つ。明が後ろから警戒しているのであれば、俺は前から。こうやって常に目を光らせていれば、魔物の襲撃にあってもなんとかなる。
実際に、この四日間の間に何度も魔物を撃退したことがあるため、自然とそういう形となってしまった。夜などは、基本的に恵美が安心して眠れるように俺と明が三時間おきに交代しているため、彼女はぐっすりと夢の中。
あの日、ハーゼルの襲撃を受けて以来から恵美の悪夢はなくなったそうだが、たまに添い寝をねだってくる。この四日間、恵美には悪いかもしれないが添い寝してあげることができず、それでも彼女は不満を漏らすことなくぐっすりと寝ている。
地下都市スビソルに着いたら、彼女の添い寝をしてあげるか。……ったく、俺も甘くなったな。最初は悪夢で眠れない、という理由で彼女との添い寝を始めた。それからというもの恵美と仲良くなりだして、彼女を守るという約束を交わし、さらには女性化した俺がメイド服を着たときにセクハラなどされた。
恥ずかしかったことを思い出していると、後ろを歩く明が先に行くと告げた。なにが起きている? と問いかけようとしたら赤い髪をなびかせながら、明は走りだす。風の魔法を使っているのか、あいつの背中はどんどん小さくなっていく。さすがは「疾風」の二つ名を持つ勇者だ。
「吉夫くん。どうやって明くんを追いかけるの?」
首を傾げる恵美。かわいいな、と口にはしないで彼女を抱え、足に雷を流していく。俺に抱えられた恵美は頬をほんのりと赤く染め、彼女にしがめつけと命じる。恵美は俺の首にしがみついたので、大地を蹴る。
加速していく視界。足に雷を流したおかげで普段よりも速く走ることができる。
「あれか」
見覚えのある赤い髪を見つけ、さすがは明だと感心してしまう。彼は馬車の持ち主と思われる青みがかった黒髪、ぽっちゃりとした男性の手助けをしていた。その男性が鞭を巧みに操り、自分に体当たりしようとした狼に当てる。
狼と一言で説明したが、灰色の毛皮で頭の中心には一本の角が生えている。さらに、口から高熱の炎の球を吐き出していた。あれは……魔物だな。
明は炎の球を切り捨てるように鮮やかな赤い剣を振り下ろした。炎の球は目に見えない刃に斬られたように、宙で二つとなる。
勝てないと悟ったのか、狼が逃げるように背を向けて走り出そうとしたときに鞭が伸びていく。狼は鞭の存在に気が付き、反撃するように炎の球を吐くが鞭はまるで意志を持ったようにかわす。
狼のもとにたどりついた鞭はぐるぐると胴体に絡まり、男性が自分のほうに引いた。鞭に絡まれた狼は逃げる術もなく、最後まで抵抗するように彼を噛み付くために牙を向くが男性は空いている手を握り締め、その一撃を放つ。反撃しようとした狼はそれによってぴくりと動かなくなり、男性は鞭からそいつをほどく。
「もう、下ろしてもいいよ、吉夫くん」
ふと周りを見渡してみれば、地面に転がる狼が七、八匹ほど。その内二体は明に斬られたのか、赤い海の中に沈んでいる。明はあの男性ともう一人、ローブを着ている人物と話をしているのを見た俺は危険がないことを確認して、恵美を地面に下ろす。
「大丈夫か?」
「ちょっと気持ち悪いけど……平気だよ」
この四日間の間に魔物を何度か斬ったことがある彼女は平気、と口にしているが顔色が悪い。前までは普通の高校生だったから、こういうのは耐えられないはずだ。それでも気丈に振る舞おうとしている彼女は……強いな。
「吉夫くん、後ろ!」
恵美の切羽詰まった声を聞いた俺は、腰に差している剣を振り返りざまに抜いた。なにかを斬った手ごたえを感じ、睨みつける。
裂傷だらけの灰色の毛皮、頭の中心には一本の角が生えている狼。斬られた場所を赤く染める狼は、最後の悪あがきをするように飛び掛ってきた。
俺は槍を持つように剣を水平に構え、貫くように腕を前にだす。白銀の剣は狼の身体を貫き、あいつの牙は俺には届くことはなかった。剣を狼から抜き、鞘に収めた俺は恵美が怪我していないことに安心し、いつものように人助けをした明と助けられた男性、それからもう一人の人物がこっちに気付いてないことに呆れた。
……おまえら、会話に夢中になり過ぎだろ。
「助かったぁ。オラ、死ぬかと思った」
青みがかった黒髪、水色の瞳。ぽっちゃりとした体型で、垂れ目。彼の名前はダイナス。太っている、と思えるがその裏腹に彼が鞭を振るう姿は俊敏で、鋭い。
彼は軽装姿で、商人としてさまざまな場所を歩いたという。馬車に乗せているのは炎の国で買った魔鉱石を地下都市スビソルに売るという目的があった。
魔鉱石ってなんだ? と質問してみると、属性が付加された特別な鉱物。これによって魔導具を作り出していることを知った俺は、他の属性が付加された魔鉱石があるのかと訊いてみた。すると、彼はもちろんあると答えてくれたので、俺の空間魔法に入れている魔導具――壊れた青い槍を取り出す。
「これもその一つだよな?」
「もちろん。けど、どうしてこうなっているのか、オラにはわからない。普通の魔導具であれば、使用者の魔力を流しても壊れることなんてないのになぁ。あー……でも、たまにこうなるっていう話を聞いたことあるぞぉ」
「……」
「こうなったのはきっとヨーさんの魔力が強過ぎたせい。それでこうなった……でも、オラは魔導具が失敗作として売られるという話を聞いたことないなぁ。それ、きっと嘘だべ」
この青い槍の魔道具が失敗作である、とザックが言っていたことに俺は前から疑問を抱いていたので、それをダイナスに話した。すると彼はそれは嘘だ、と断言してしまったので、今度ザックに会ったときには一発ぐらいぶん殴らないと気が済まない。
これを作り変えることができる、とダイナスから聞いてほっと一安心した俺は地下都市スビソルで腕のいい職人に直してもらおう、と考えている。
「ありがと。ダイナス、いろいろと参考になった」
「気にすることはねぇ。オラ、あっきーさんに助けられたから感謝しているぞぉ」
ダイナスがヨーさん、あっきーさんと口にしているの人の名前は俺と明のことを差す。ダイナスに自己紹介をしたとき、ヨーさんとあっきーさんかぁと勝手に納得したので修正するのも面倒なのでそのままにしている。恵美はメグさんと呼んでね、と自己紹介をしたせいかダイナスはそう呼んでいる。
いまは昼過ぎ。
ダイナスが作ってくれた昼食は、最近干し肉と果実ばかり食べていた俺たちにとって最高の食事であった。助けてくれたお礼だと告げ、さらに俺たちを地下都市スビソルまで連れて行ってくれるのだ。断る理由もなく、彼の申し出を受け入れた。
馬車の中は広く、赤みがかった鉄の塊が詰まった袋が三つ転がっている。反対側に剣を抱えるように眠る明、隣には全身をすっぷりと包むようにローブを着た人物。さらにその隣に座るのは恵美。
明と恵美が一緒じゃなくてよかった、と安心していることに気付いた俺は過保護になってきたのかもしれない、と苦笑する。二週間も同じベットで過ごした仲のせいか、彼女が他の男性と一緒にいる姿だけはあまり見たくない。これって独占欲か?
俺は自分が考えたことを忘れるように、彼らの中心に座る人物に目を留める。明がダイナスを助ける前に、その人が狼を――魔物をなにかで切り裂いた。見たところ、武器を所有している様子はない。
ただ、わかるのはわずかな膨らみがローブの上から浮き出ていること。つまり、女性。ダイナスは魔物に襲われていたところを彼女に助けてもらったと教えてくれた。彼はスビソルまで行くという同じ目的を持った彼女をそこまで送る、とうっかり漏らしたのは命の恩人だからだろう。
「ヨーさん。オラは大丈夫だから寝てもいいぞ」
「……わかった」
周囲を警戒していた俺は恵美の隣に座り、目を閉じようとしたら彼女が膝枕してあげると言い出した。彼女に甘えるように俺は膝枕してもらい、上を向けば自然と恵美を見上げるような形となっていた。
「おやすみ、吉夫くん」
「寝ないのか、恵美?」
「吉夫くんたちよりぐっすり寝ているから、それほど疲れてないよ」
「そっか。じゃあ……膝枕、遠慮なく使わせてもらうよ」
恥ずかしそうに微笑みを浮かべる恵美に暖かな温もりを感じ、彼女に頭を撫でられながら俺は目を閉じた。