交わす約束
ハーゼルが襲撃してから二日後。
俺と明、それと恵美は動きやすい服装を着て、腰にはそれぞれの武器が腰に差している。全員共通しているのは靴ではなく皮のブーツ。それと食料が入った袋を空間魔法に入れている。
俺のはノルトが二日前に逃げたハーゼルを追い、奴が仕方なく守護結界で逃げるために放置したという白銀の剣。明は、鮮やかな赤い刀身をしている剣。それは紅蓮の炎が宿ってしまったという証拠だ。
恵美はいつも通りに腰に刀を差してあり、あれが彼女なりの自然の構えであると俺と明はさっき知ったばかりだ。
俺たちが居るのはユグドラシルの外。
こうして、ユグドラシルという国を外から見てみると周囲が森に囲まれていることがわかる。自然に囲まれ、数時間前にいた城を見上げることができた。いまは昼どきであり、太陽が一番活躍している時間帯なので熱い。
いま俺たちがいる街道の先、つまりユグドラシルと向かい合うように在る国――炎の国フォガレイム。そこは火山が活動しており、ここからでも薄っすらと大きな山が見える。
次に視線を左に向ければ山々が並び、頂には竜人と呼ばれる種族が暮らす――竜の里がある。
その反対側に位置するのは地下都市スビソル。話によると大きな洞窟の中にある都市という。どんな都市なのか楽しみだ。
ユグドラシルを含め、四つの都市がこのスウェルダン大陸に存在する。海を越えた先にはラスチルト大陸、プレトレス大陸まであるというのだ。海に浮かぶ水の都や三つの大陸の中心に位置する聖都もあるため、いつかは行けることを密かに楽しみにしているのは俺だけかもしれない。
そんなことを考えながら、ここまで馬車で連れてきてくれた氷姫ことサティエリナ、彼女の専属騎士であるジュリアス。そして、メイドのノルトに目を向ける。
サティエリナは絹で作られたという質素ながら上品な服を着ており、いつものドレス姿と違って新鮮だ。ジュリアスは昨日の買い物で手に入れた剣を腰に差し、皮鎧を身にまとっている。ノルトと言えば、いつもと変わらないメイド服を着ている。
恵美は彼女たちと別れが名残り惜しいのか、サティエリナたちと会話していた。暇な俺は彼女たちの会話でも耳を傾けようとすると、明が小声で話しかけてきた。
「昨日はお楽しみだったかな、吉夫」
「お楽しみというイベントなど起きることなく、いつも以上に恵美に甘えられてしまっただけだ」
「それって……どういう意味なのかわかっているよな」
「……ああ。いつかは彼女の気持ちに応えないといけないことをわかっているさ」
俺が闇に意識を取り込まれたあの日の夜、サティエリナに傷を治してもらい、恵美は彼女からベロルの実をすり潰した液体を塗られた。その状態で恵美に甘えられたため、一度も明が考えるようなお楽しみイベントに突入していない。そのかわりに彼女から好意を寄せられていると気付いたのは昨日のこと。
加えて、一週間も気まずい雰囲気のせいだったのか、ぴったりと身体を寄せてきた恵美につい襲いそうになったのは秘密だ。いくら添い寝に慣れてきたと言っても、さすがに身体を押し当てられると理性が吹っ飛んでしまうからな。
「それは後で考えるとして……明。おまえはこの異世界アースでさっさと好きな人でも見つけろ。おまえの好みぐらい把握しているからな」
俺たちがいた世界で誰にも振り返ろうとしなかった明に、真剣に問い詰めると奴は困った表情を浮かべる。さらにこいつを困らせるために、俺はあの言葉を口にしてしまう。
「例えばな、ジュリアスのような爆乳やノルトのように着やせする人物。つまり、胸が大き――危ねぇ!」
どこからか飛んできたナイフが俺たちの足元に刺さり、恐る恐るやってきた方向に目を向けてみるとノルトがいた。彼女は恵美たちとの会話に参加せずに、切れ長い目を細め、ルビーのように赤い瞳を俺たちを睨みつけていた。
ナイフを投擲し終えたのか、一瞬だけ見えた白くしなやかな脚に目を奪われてしまう俺と明。その瞬間にノルトは完璧な”微笑み”を浮かべ、冷や汗をかいた俺は何かをされる前に明と一緒に背を向け、話を続ける。
「要するにおまえの嫁、または恋人となる女性を見つけろっていうわけだ。まあ、おまえの場合であれば巨乳好きだから……そういう女性ばかり好きになるかもしれないし」
「うぐ……否定ができないのが悔しい。でも、僕は外見よりも中身だよ」
「……信じられない。この巨乳好きの明が外見よりも中身だなんて」
「そ、それよりもっ! おまえは昨日ジュリアスさんとデートしただろう?」
話題をそらした明に俺は否定することなく、そうだと返答して昨日のことを回想する。
昨日はベロルの実を潰し、液状にしたものをサティエリナによって痛む部分に塗られた恵美。安静にしていれば一日で治るため、この日だけ恵美はサティエリナと部屋で過ごすこととなる。サティエリナの護衛する必要もない、と感じた俺はジュリアスを誘って城下町に出かけた。
彼女の剣を壊してしまったので、俺たちはさまざまな武器屋に行き、ジュリアスが納得するものを探し続けた。彼女いわく、支給された剣よりも自分で選んだほうがまだいい、ということで俺たちは日が暮れるまで歩き続けた。が、見つからない以上どれでもいい、とジュリアスがあきらめかけたときにボロい雑貨店を見つける。
最後だから、という理由で俺たちがそこに入ってみると、外見と異なって中はきれいで、広い。そこにはさまざまな種類の武器が壁にかけられ、色とりどりの装飾品、鎧、木の実、薬草に魔導具や魔導書まで扱っていた。まさに雑貨店と呼ぶにはふさわしい場所で、俺たちが並べられている物を眺めていると店の奥から店主と思われる人物が現れた。
白いローブを着た老人で、老いてもなお背筋をぴんと伸ばし、柔和な顔つきと立派な白ひげが特徴的な人物。彼はジュリアスに好きな物を一つだけ持っていきなさいと告げ、彼女は困惑しながらも受け入れた。ジュリアスは躊躇いもなく壁にかけてあった一本の剣を手にする。
鞘から抜いてみると刀身全体が白く、美しい装飾が施された両刃の剣であった。彼女はこれだ、と決めて老人に感謝し、雑貨店から出て行った俺たちはそれから訓練場で手合わせし合う。
「最後のはデートが台無しとなっているね」
「ジュリアスはそう思ってないからな。単純に剣を振るいたかっただけだろう」
「……おまえからそうかもしれないな」
昨日のことを説明し終えると、明は気付け鈍感、と呟いたのを聞いた。誰が鈍感だ。
などと明と会話していると、恵美がこちらに近づいてきたのでそろそろ行くことにした。何かを言いたげなジュリアスと目が合うものの、彼女は俺から目をそらす。彼女から何も言わない限り、俺は干渉しない。
「ヨシオ、アキラ。またどこかで会いましょう」
「ああ」
「またね、サティエリナさん。ノルトさん」
サティエリナの口ぶりからすると、まるでユグドラシルから出て行き、後で俺たちと合流するみたいと感じたのは俺だけだろう。深く追求することなくノルトのほうに目を向けてみれば、静かに気をつけてくださいませ、と別れの挨拶を簡単に済ます。
最後までジュリアスは何かを言いたげに口を開閉させ、結局はしゃべらかったので俺たちは行くことにした。
三人で肩を並べ、次の都市まで向かう街道を十歩ぐらい歩いたときに後ろからジュリアスの声が聞こえた。腹の底から出すような大きな声で、明と恵美は肩をびくりと震わせる。
「ヨシオ!」
振り返ってみると、ジュリアスが耳まで赤く染めながら言葉を紡ぐ。
「再び会おう! そして、もう一度私と剣を交え、成長した貴様を見せてみろ。これは約束だ!」
「ああ。約束しよう。おまえは俺の最高の好敵手だからな」
「友であることも忘れるなっ」
「わかっている。じゃあな、爆乳騎士」
最後に別れのあいさつを告げるジュリアスに、禁句を口にしてしまうと彼女の顔がさらに赤くなる。彼女は躊躇いもなく腰に差してある剣を鞘から抜き放ち、サティエリナとノルトが制止させる間もなく彼女はそれを振り下ろす。
光波斬と呼ばれる光の一閃が放たれ、俺たちは慌てて笑いながら走り出す。
次の都市である地下都市スビソルに向かって俺たちは街道を真っ直ぐ進む。