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暗黒の勇者

 左腕を斬られ、意識を失いそうになる激痛に耐えながら銀髪蒼眼の青年はユグドラシルの城下町を歩いていた。外套で身を包んだ彼の衣服は赤く染まり、土だらけである。

 腰には銀色の剣が差してあり、ユグドラシルでは珍しい銀髪を隠すためにすっぽりと顔を覆うように隠している。

 空は薄っすらと暗くなり始め、外を歩いている人々はそれぞれの岐路につく。そんな彼らから姿を消すように青年は路地裏に足を踏み入れ、自分に言い聞かせるように呟いた。


「油断していた……わけではない」


 白狼の加護を授かれし者と出会い、<欠片>保持者としてふさわしいのか知るために戦った青年――ハーゼル。

 なのに、つい彼の実力を知るためにその場にいた無関係な黒髪の少女を巻き込んだ。

 そのせいで、白狼の加護を授かれし者の雰囲気が変化した。そう、それは自分が一番知っている存在――闇を。あの闇についてはハーゼルはなにも知らないが、考えられることが一つだけある。

 白狼の加護を授かれし者に<欠片>を与えた人物が闇を宿らせた、と。それは通常ではできないこと。だが、邪神の部下である存在であれば可能だ。邪神の部下、というのは<欠片>をその身に宿している。

 そして、その身に宿している<欠片>に闇を注ぎ、その属性にふさわしい人物に渡す。そうすれば、新たな保持者の負の感情が最高潮に達したときに――闇堕ちしてしまう。


「トローヴァめ、よくも勝手なことをしてくれたな……」


 勝手なことをしてくれたいまは亡き<雷のトローヴァ>を恨みたくなった。けれど、いずれはこのようなことが必要であったからよしとする。

 トローヴァに自分の計画を教えなかったが、彼はそのことについて気付いていただろう。

 彼はトローヴァが自分と同じ気持ちであったことをうれしく思い、邪神がいるあの地に帰るために懐から緋色に輝く小さな羽根――飛翔翼ひしょうよくを取り出そうとしたそのとき。


「あなたを逃がしませんよ」


 凛とした女性の声が路地裏に響くと同時にハーゼルは、腰に差している銀色の剣を鞘から抜き放ち、前から迫る鋭く空気を裂く何かを弾く。ギンッという金属音が響き、手が痺れそうになった。

 軽い音を立てて足元に転がってきたのは一本のナイフ。

 たった一本のナイフがこれほど重かったのか、と疑問を抱いていると前から雨のように飛来してくる。それらを片手で握る剣で打ち落としていくハーゼルは、襲撃者が路地裏の先――つまり、表から攻撃していることを知る。

 通行人がいるのにも関わらず、攻撃してくる襲撃者に舌打ちしたハーゼルは上に飛ぶ。余計な被害者だけは出したくない。


「あら。あなたから出てくれるとは好都合ですね」


 上にいたのは背中から純白の翼を生やしたメイド。

 彼女の切れ長い目はルビーのように赤く、白い髪を三つ編みにしてまとめている女性であった。彼女は宙に浮いており、ハーゼルが剣に魔力を流して一閃を放つ前に彼女は翼を力強く羽ばたかせる。

 それだけで突風が生じ、彼は地面に着地することができずに背中を強く打ち付けた。肺から空気が漏れ、剣を手放しそうになったハーゼル。

 宙に浮かぶメイドは彼が立ち上がることを許さないように複数のナイフを投擲し、銀色の雨が自分に降り注ぐとわかったハーゼルは石畳の上を転がり、回避する。

 メイドが次になにをしてくるのかわからない彼はすぐに立ち上がり、ふとおかしなことに気が付いた。

 彼女と戦闘していることによって、ここに住む住民たちがパニックを起こしてもいいはずなのに……何も起きない。周囲が静か過ぎる。いや、それどころか人気がない。ハーゼルが宙に浮かぶメイドを睨みつけると、彼女は懐からあるものを取り出した。

 それは透き通るようなベル。

 あれは、今日ヴィヴィアルトとアマリリスと接触するために使った人払い用の魔導具。特定の場所と人物さえ選べば、それ以外の存在はいなくなる。つまり、他人の見えないところで戦っていても誰にも気付かれないということ。


「なるほど、貴女も被害者を出したくないのか」

「ええ。周囲に人がいるとワタシの全力が出せませんので」

「是。これで私も全力で戦うことができるということだ!」


 腰に差している剣を鞘に収め、空間魔法から魔剣を取り出す。鈍色に輝く大剣。邪神によって創られた武器を握り締めたハーゼルは魔力を流し、メイド目掛けて一閃を放つ。

 宙に浮かぶメイドは一閃をかわし、連続でナイフを投擲するが自分には向かって来ない。水平に、地面へとまっすぐ投げられたナイフ。それを目で追っていると、前触れもなくナイフが自分に狙いを決めたように襲い掛かる。

 横に飛んだハーゼルは回避と同時に反撃として一閃を放つ。ナイフを消滅させるが、メイドは宙で軽々と一閃をかわし、懐からなにかを取り出してそれを振るう。

 目を細め、相手の攻撃を警戒していたハーゼルはそれが”糸”であると見抜き、魔剣で斬る。

 硬い、と魔剣に糸を触れさせたときにそう感じた。

 一本の糸のくせに鋼のように硬く、水のように柔軟に形を変化させるそれは魔剣では斬れない。せめて、もう一本の腕さえあれば糸を抑え、反撃ができたが……白狼を授かれし者によって切り落とされた。腕さえあれば、苦戦する必要はなかった。

 心の中で葛藤しながら、ハーゼルは大地を蹴ろうとしたときに身体を動かせないことに気付く。

 いや、動かせない。

 目を凝らさなければわからないが、彼から自由を奪うように幾重にも巻かれた糸のせいでなにもできない。魔剣と取り落としてしまい、ぐんと彼の視界が急上昇する。

 蜘蛛の巣にかかった獲物のように建物の間に浮かぶことになったハーゼル。そんな彼の目の前に降りてきたのは、背中から純白の翼を生やすメイド。彼女の真下には魔剣が転がっている。


「あなたが……邪神を復活させた方ですね?」

「是。この世界にはそうする必要があったからだ」

「では、なぜ邪神はアースを滅ぼさないのでしょうか?」

「<欠片>保持者が全員そろうまで、なにもしないという契約となっている」


 嘘をつくことなく、ハーゼルは正直に答えた。

 納得したようにメイドは頷き、なにかに気付いたように顔を挙げて、右手を前に出す。風が集まっていくのを肌で感じ、なにをするのか、と彼は彼女の行動を見つめていた。


「出てきてください。そこにいるのはわかっております。<風の息吹エアロ・ブレス>」


 横向きに放たれた荒れ狂う竜巻。鋭く空気を裂きながら、なにもない空間にぶつかるとそこだけぐにゃりと歪んだ。歪んだ空間に竜巻がそのままそこにいる相手を切り裂くかと思えば。


「危ねぇだろ。オレを殺すつもりか」


 男性の声と共に竜巻は消滅し、歪んだ空間から相手が現れる。右目は鮮血のように爛々と赤く光り、左目は深い紫色染まる瞳。少年のように短く髪を切りそろえ、やる気を感じさせない気だるい表情。

 黒い鎧を身に纏っているその人物は、ハーゼルも聞いたことがある。いや、ユグドラシルに住む住民であれば一度は聞いたことのある名前。

 ユグドラシルを二ヶ月前に攻め、最近勇者によって倒された黒騎士。

 しかしハーゼルは目の前に現れた黒騎士が、勇者に倒されていないことぐらいわかっていた。この国の国王であるギースが国民たちを安心させるために流した情報であることぐらい理解している。

 ただ、どうしてこの二人が気軽に話し合うのかわからない。


「あなたがこそこそしているのが悪いのです。ワタシは邪魔する人が大嫌いなので」

「邪魔するつもりはねぇよ。でもな、オレがやろうとしたことをこいつに先を越されたから、すげームカつくんだよ。そのことに関して感謝したくてな」

「まずはあなたを排除したほうがよろしいでしょうか?」

「オレはこいつを始末したくてしょうがないが……我慢してやる。けどな、元々はムタヨシオの大切な人を傷付ける予定だったが……まっ、いいか。先にこいつを片付けないか?」

「そうですね。このままでは世界に悪影響を及ぼしますからね」


 メイドと黒騎士のやり取りを聞いていたハーゼルは、ここで死ぬのかと悟る。邪神を復活させたその日から、いつかは誰かの手によって殺されることぐらいわかっていた。

 遠く離れた土地にいる親友に裏切った理由すら話しておらず、また暗黒の勇者として召喚された勇者と戦ってもいない。白狼の加護を授かれし者との決着すらついていない。

 そして……妹であるヴィヴィアルトともう二度と会えなくなる。

 死ぬ間際になると、まだやりたいことがたくさん残っていることに嫌でも気付かされた。

 自然と浮かび上がる生への渇望。


「……生きたい」


 ここでまだ命を失いたくないハーゼルは、漆黒の剣を構える黒騎士を睨みつけると彼と目が合う。


「どうした。命乞いか?」

「否! 私は生きるのだ。私にはまだやりたいことが残されている!」


 身体の自由を奪う糸を千切るために、ハーゼルは使わないと決めていた”闇”の名を口にする。その”闇”はこの状況を打破することができる、とハーゼルは確信していた。それは自らを闇に染める禁忌――闇堕ちである。


「我が身に宿る闇よ。いまこそ解き放たれろ!」

「させるか!」


 黒騎士が剣を振り下ろすよりも早く、ハーゼルの全身からあふれた闇が糸を千切る。自由の身となったハーゼルは腰に差している剣を抜き、振り下ろされる黒騎士の一撃を防ぐ。


「ちっ、重力グラビティ!」


 空いている手をこちらに向けた黒騎士。

 ハーゼルが着地したと同時に、立っていられなくなるほどの重みを感じた。重力で押し潰そうとする黒騎士に、ハーゼルは不敵に笑う。全身から闇があふれ、失った左腕に形作られていく。

 やがて、真っ黒な左腕が闇によって作られ、手の平を石畳の上にくっつける。


衝撃インパクト!」


 一瞬だけ大地が揺れ、重力グラビティをかけていた黒騎士は舌打ちして後退する。おかげで全身にかかっていた重みは消え、動けるようになったハーゼルは左腕を宙に浮かぶメイドに向ける。

 彼女もまた、右手を前に出して風を集めていく。


風の息吹エアロ・ブレス


 メイドは横向きに回転する鋭く切り裂く竜巻を。


「闇の微笑み」


 ハーゼルは自分自身に闇の補助魔法をかけ、握り締めている剣で自分を呑み込もうとした竜巻を裂く。魔剣が転がる場所まで行こうとすれば、上からさらに竜巻が降り注ぐ。それでもハーゼルは剣で次々と切り裂いていき、ついには魔剣を拾う。

 そこへ漆黒の牙が襲いかかる。黒騎士だ。

 ハーゼルは魔剣で黒騎士の漆黒の剣を防ぎ、もう一方の剣で斬りつける。が、黒騎士の鎧に当たるだけで彼自身を傷付けることができなかった。


「はっ、残念だな。おまえの剣はオレに届かねえよ」

「是。だが、私は貴公とこれ以上争うつもりはない」


 後退したハーゼルは魔剣と剣を交差するように構え、銀の交差を放つ。闇の補助魔法のおかげで銀の交差は白ではなく黒で、威力が上がったことを示すように大地をえぐっていく。それを前にしても黒騎士は動くことなく。


「<無効化>」


 彼を刻む直前に銀の交差は消滅したように消え、ハーゼルは驚きを隠せなかった。けれどすぐに逃げることが優先だ、と思ったハーゼルに上から銀色のナイフが雨のように降り注ぐ。それを一閃でまとめて落とし、冷静に考える。

 目の前には黒騎士。上にはメイド。

 逃げることが難しいとわかっているハーゼルは使い慣れた白銀の剣を鞘に収め、魔剣も空間魔法に戻す。名残り惜しいと思いながらも鞘に収めた剣を大地に突き刺し、その名を叫ぶ。


「守護結界」


 目には見えない自分を守る四角の箱が出現し、懐から魔導具の飛翔翼ひしょうよくを取り出す。これを目にしたメイドは横向きの竜巻を連続で発動させ、また黒騎士は自らの目をえぐった。

 信じられない、とハーゼルが見つめているとえぐられた右目は黒騎士の手の中で、透き通るような赤い両刃の剣と変わる。

 黒騎士を中心に広がる灼熱の炎。彼は鮮やかな炎を放出させる剣を手放すと、宙に浮かんでいた。まずい、とハーゼルが感じたときには剣の先がこちらに向けられ、即座に飛翔翼を発動させる。


「塵と化せ」


 ハーゼルがその場から姿を消すと、赤い流星と化した剣が目に見えない結界――守護結界を貫いた。破壊したと知らせるようにガラスが砕けるような音が人気のない街に響いた。

 残されたのは黒騎士と宙に浮かぶメイド。それと大地に突き刺してある白銀の剣。

 黒騎士はいつの間に回収した赤い剣を右目に戻し、空洞となっている場所にはめる。彼は大地に突き刺さっている剣を抜き、宙に浮かぶメイドに投げた。


「こいつをムタヨシオに渡せ。オレがせっかく変格式にした魔導具を壊したせいで、他の武器を無駄にしているだろう」

「わかりました。……あなたは、彼を魔王にするつもりでしょうか?」

「ああ。そのためにわざとあの座を空けて、他の奴が座るようにしている。目論見通り、うまくいっているからな」

「なるほど。では、”魔王様”。あの方に手を出すのであれば、容赦はしませんよ?」

「もうなにもしねぇよ。オレが本来やることをあの野郎に奪われちまったし、あいつらも自分の力に覚醒してくれた。まっ、ムタヨシオは無理矢理だけどな。あとは……ちょっかい程度か手助けぐらいしかしねえよ」

「過保護ですね」


 黒騎士はメイドの言葉に答えることなく、空間を歪ませて彼女に背を向けて去っていく。

 メイドもまた、銀色の輝く剣を抱えながら、懐から人払いの魔導具――ベルを取り出し、澄んだ音を人気のない街に響かせて姿を消した。

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