表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/68

黒き雷と紅蓮の炎

 黒剣と魔剣がぶつかり、甲高い衝突音が訓練場に響き渡る。一瞬だけ拮抗状態となるが、ぐっと相手の剣から力が込められるのを感じ、このままではまずいと判断した俺はいったん距離を取る。追いかけるようにハーゼルが接近していく。

 俺は奴を見据え、黒剣に黒い雷を流して勢いよくをなぎ払う。放たれた黒い一閃を前にしても、ハーゼルは後退することなく魔剣で切り裂いた。


「銀の交差!」


 いつの間に左手に白銀の剣が握られ、それと魔剣を交差するように振るうハーゼル。エックスを刻む白銀の刃は、さっきの槍で突破できたとわかっている俺は居合いの構えを取る。腰を低くして、右足を前に出す。義妹の巴から教えられた居合いだ。


「――裂け」


 ギリギリまで白銀の刃を引き寄せた俺は、黒剣を振り払う。視界一杯に広がるのは、銀の粒子と新たな銀の交差を放つために肉薄してきたハーゼル。

 ちっ、まずい。居合いを終えたばかりの俺は隙だらけだ。それでも、俺は奴に一矢を報いるために黒剣を握る手首をくるりと返し、黒い雷を流して一閃を放つ。魔剣と剣と構え、いつでも銀の交差を出せるように準備していたハーゼルがまさにそれを解き放つ。

 銀の交差と俺の一閃がぶつかり合い、一瞬にして白銀の刃が闇を打ち消す。そのまま銀の交差は俺の身体を刻み、後ろに突き飛ばされた。灼けるような痛みが全身を駆け巡り、四肢を切り裂かれた以上の激痛を味わう。

 苦痛の声を漏らしながらも、後ろに大きく飛ばされた俺は黒剣を大地に突き刺し、勢いを殺しながら右手で黒い雷を収束していく。勢いが止まり、倒れそうになる身体に鞭打ち、しっかりと両足で地面を踏みしめる。

 恵美はこれよりももっと痛い思いをしたから俺は倒れない。あいつとの約束を守れなかった償いとして、命をかけてハーゼルを殺す。たとえ、この身が滅びそうとしても。相打ちとなっても、だ。


「な、なぜ倒れない!?」


 顔を上げると、ハーゼルが動揺していた。


「俺は自分自身を許せねえし、おまえを殺さないと気が済まないんだよ」


 右手に収束した黒い雷を解き放つ。普段よりも大きく、一条の闇の光線がハーゼルに向かっていくのに奴は魔剣を大地に突き刺す。ちっ、守護結界か。

 空気を震わせる轟音は響き、すぐに守護結界の中にいるハーゼルに牽制を行うために次々と一閃を放つ。いつかは解かれるのを信じ、守護結界の中から出てきた瞬間に奴を切り裂く。


「くっ……仕方ない。ここから全力でやらせてもらう。――構え!」


 守護結界を解いたハーゼル。同時に数え切れないほどの剣が奴の周囲に現れ、俺が放っていた一閃を次々と打ち消していく。一瞬だけ無防備になるハーゼルを狙っていたのに、これはないだろう。


「ははっ。すげぇ」


 自然と笑みがこぼれてしまう。これは、ジュリアスの戦闘狂がうつってしまったようだ。


「――穿て」


 ハーゼルが命じると、俺を貫くように無数の剣が飛来してくる。俺は黒い雷で作り出した剣と黒剣を握り締め、自ら死を望むかのように剣の雨の中へ飛び込んだ。

 一歩間違えれば死ぬという状況の中、俺は舞うように踊る。両手に握る双剣を振るい、剣を打ち落とす。双剣でどうしても対処できないときは身をよじってかわし、軽快なステップで前に進んでいく。

 不思議だ。

 あれほどハーゼルのことを殺したかったのに、いまでは踊ることに夢中だ。どうやってかわそうか、どのように弾いて魅せるのか――そうやって俺は楽しんでいる。ずっとこうしていたい、という気持ちになるが俺はハーゼルを殺すことを優先させる。

 あいつに近付くために俺は荒れ狂う嵐の中を踊り、剣戟を奏でていく。


「なっ……ふざけるなっ」


 魔剣を大地から抜いたハーゼルのおかげで、俺に降り注ぐはずの剣は消えた。奴は踊り続ける俺に剣が当たらない、と判断した。おかげで俺の目指す先には邪魔するものなどない。このままハーゼルのもとに向かおうとした矢先、奴は魔剣と剣から一閃を繰り出す。

 襲いかかる二つの白銀の刃。さっきと比べてかわしやすく、軌道が読みやすい。これも踊っている影響のせいだろうか? 白銀の刃をかわすと、続けて数え切れないほどの刃が飛んでくる。まとめて飛んでくるそれらをかわすのが面倒となり、踊りながら打ち落とそうとしたときにに明の声が響く。


「吉夫! 風の刃(ウインド・カッター)で打ち落とすから、前に進めっ」


 頼もしい相棒の声と共に背後から鋭い風切り音が聞こえ、白銀の刃を次々と打ち落としていく。俺は振り返ることもなく、風の刃(ウインド・カッター)と白銀の刃が飛びかう中を踊りながら進む。


「な、なぜだっ。自分に当たることが怖くないのかっ」


 切羽詰まったハーゼル。後、六歩で詰められる。


「怖くねえよ。あいつのことを信頼しているからな」


 魔剣と剣を交えて、銀の交差をやろうとするハーゼルに雷で作り出した剣を投擲。ちょうど二つの剣を構えていたところに命中し、体勢を崩すハーゼル。投擲した剣は、ハーゼルの魔剣にぶつかった際に消滅した。


「だからな、ここで決めさせてもらう」


 ハーゼルの脳天目がけて黒剣を振り下ろす直前、あいつは横に飛んだ。黒剣はハーゼルではなく、あいつの左腕を切り落とした。おびただしい量の血がハーゼルの左腕からあふれ、奴は歯を食いしばりながら残っている腕で魔剣を振り下ろす。

 そのときに俺の横を勢いよく何かが走り抜け、金属音を響かせる。紅蓮の炎を剣に纏わせた明は燃えるように赤い髪をなびかせ、ハーゼルの魔剣を難なく防いだ。

 明はそのままハーゼルの持つ魔剣を弾き、奴に蹴りをくらわせた。地面に転がり、土と血まみれとなったハーゼルは右手で左肩を力強く握り締める。それだけであふれていた血は止まり、ハーゼルは俺と明を睨みつける。


「勇者と加護を授かれし者め……」


 なにかを呟くハーゼルに黒剣の先を向ける。殺意に駆られる衝動を抑え、明に告げておく。


「明、先に言っておくがこいつを殺す。だから、止めるなよ」

「……わかった。その前に一つだけ教えたいことがある」

「なんだ? さっさと言え」

「メグさんは生きているよ。あのとき、僕はメグさんを抱えてよけたからね」

「……そうか」


 疾風の二つ名を持つ明は本当にすごい。とっさに恵美を助け、俺をハーゼルから守った。本当に明は勇者にふさわしい奴だ。

 恵美が生きていることに安堵した俺は、苦痛で顔をしかめるハーゼルに終止符を打とうとする。そのときに、誰かが俺の耳元で囁く。


 ――嘘だ。勇者はおまえに嘘をついている。


 明は嘘をついていない、と俺はわかっている。それなのに、こいつの言葉に耳を傾けてしまう。


 ――彼女を救えなかったおまえを慰めようとしているだけだ。だから、嘘を平然とつくことができる。


「黙れ……」

「吉夫?」


 この声の主の言葉を聞くたびに、身体の内側が誰かに支配されるようにじわじわと何かに侵食されていく。


 ――真実を認めろ。これは現実だ。彼女を救えなかったおまえへの罰だ。


「黙れって言っているだろうが! 姿を現せ、卑怯者っ」


 全身から黒い雷が爆発してようにあふれ、隣にいた明は飛びのいた。


 ――俺はおまえで、おまえは俺だ。だから俺を信じろ。あの樹の下を見ろ。


 信じたくない。

 俺は嘘だと心の中で何度も否定しながら、訓練場の近くに生えている樹を見つめる。神様のように立派に構え、神聖な雰囲気をかもし出す樹の下に彼女はいた。”衣服を赤黒く染めた恵美”と彼女を心配するジュリアスとサティエリナ。

 サティエリナは緑色のドレスを着たまま恵美に呼びかけ、腰に剣を携えたジュリアス皮鎧を身に纏い、彼女たちを見守っていた。

 ……嘘だったのか。明が教えてくれたことは、嘘なのか。


 ――そうだ。俺を信じ、受け入れろ。


 ……ああ、受け入れてやろう。彼女との約束を守ることができなかった俺は、この世界で生きる意味をなくした。戦う意味も、生きることのうれしさ、もはやなにも考えることができない。笑顔を振りまいてくれた恵美は、もういない。


「俺を殺してくれ、明」


 内側からじわじわと侵食してくる黒い何か――闇を感じながら親友に頼む。泥沼に浸かっていくように俺の精神は闇へとどんどん引きづられていく。内側からあふれる破壊衝動を必死に抑えながら、俺は理性が残っている内にもう一度だけ殺してくれ、と頼む。


「な、なにを言っているんだよ!」

「俺さ、恵美が殺されたせいで目に映るすべてを破壊したくなる衝動に駆られている。みっともない姿をさらす前に、俺の意識がある間に殺してくれ」

「メグさんは生きているのに、どうしてそういうことを言う!」

「俺には死んでいるようにしか見えない。――悪い、時間切れだ明。俺をちゃんと斬ってくれよ?」


 明の悲痛な叫びを聞きながら俺の意識は闇に呑み込まれ、内側に閉じ込められていた獣は鎖から解き放たれた。外に出られたのを歓喜するように獣は、近くにいた獲物に牙を向けた。俺は闇に意識を呑み込まれながらその戦いを眺めることしかできなかった。




 ◇  ◇  ◇

 



 紅蓮の炎を剣に宿した明は、どうしてこうなったのか? と自分自身に問いかける。吉夫は自分には見えない相手になにかを言われたのか、急に叫びだした。感情が爆発したように、黒い雷を全身から放出させた吉夫から飛びのく。

 なにかがおかしい、と感じながら吉夫の様子をうかがっていると、縋るような目で恵美たちがいる場所を見つめていた。恵美たちは訓練場の近くに生えているユグドラシルの樹の下にいる。

 そこには気を失っている恵美と緑色のドレスを着て、彼女に語りかけるサティエリナ。腰に剣を携えたジュリアスは鎧ではなく、皮鎧を装備していた。ジュリアスは彼女たちの様子を見守っていたのに、はっとしたようにこちらに振り向いた。

 連られて明も彼女の視線の先をたどると、いまだに全身から黒い雷を放出させる吉夫だった。彼は、あきらめたようにこう告げる。


「俺を殺してくれ、明」

「な、なにを言っているんだよ!」


 吉夫の言ったことは信じられなかった。彼は明のことなど気にすることなく言葉を紡ぎ、さらに信じられないことを口にする。恵美が死んでいるようにしか見えない、と。吉夫の目にはそう映るかもしれない。

 あの銀髪の青年が放った一撃で恵美は命を落としそうになった。でも、明が彼女を助けることができなかったら……吉夫の口にしたことと同じ結果になっていたかもしれない。


「僕はおまえを斬ることなんて……できるわけないじゃないか。おまえは、僕の親友なんだよ……」


 前に吉夫が悩んでいる自分に戦うための理由を教え、勇者としての覚悟を決めさせてくれた。

 『立ちふさがる相手は誰であっても容赦せず、斬らないといけない』と。

 勇者となれることができた明であったが、さすがに生物の命まで奪うことまでできなかった。だが、彼の助言のおかげで剣を振るう理由を得たからこそ、明は魔物を斬ることができる。しかし、いまの明は親友を殺すことなどできない。

 どうすればいい、と葛藤していると怒りに染まった銀色の双眸が明に向けられる。なにかが様子がおかしい、と感じた明は紅蓮の炎を宿した剣をとっさに振るう。甲高い金属音が響き、飛ばされそうになるのをこらえて両脚にぐっと力を込めて耐える。

 眼前にいるのは明を斬ろうとする黒剣と銀髪をなびかせる吉夫。さっきまで離れていたのに、一瞬で距離を詰められた。


「なにをする、吉夫っ」

「言わなかったか? すべてを壊してやる、と」

「どうしてだよっ」

「約束を果たせなかった俺に生きる資格などない。だったら、全部無茶苦茶にしてやる」


 その言葉で確信した。

 ここにいるのは明たちが知っている吉夫ではない。本当の吉夫であれば、すべてを壊すなんて口にしない。誰かが吉夫という存在を乗っ取り、操っている可能性が高い。

 そう決まれば、吉夫と交わした約束を果たさなくてもいい。絶対に吉夫を取り戻す。そのために明は<風の衣>を使う。明を中心として、交差するように緑色の帯が現れ、目の前にいた吉夫を弾かせる。


「おいおい、なんだよそれは」

「これは自分に向かってくる攻撃をそらし、または近付いた者を吹き飛ばす」


 距離を取った明は風の刃ウインド・カッターをやるために風を剣に纏わせ、振るう。普段は目に見えない風の刃だが、今回は炎を宿らした剣のおかげではっきりとオレンジ色の刃が浮かび上がる。一回だけではなく、何度も剣を振るって風の刃ウインド・カッターの強化版炎の刃(フレイム・エッジを放つ。

 吉夫は身構えることなく、炎の刃フレイム・エッジに引き裂かれると思えば――難なくかわした。不敵な笑みを浮かべた吉夫は襲いかかる炎の刃をかわす。


「踊っている……」


 銀色の髪をなびかせ、軽快なステップを刻みながら前に進む吉夫。炎の刃フレイム・エッジなど気にすることなく、その場でくるっとターンし、さりげなく黒剣を振り上げた。彼の剣に一瞬だけ黒い雷が迸るのを目にしていた明は一閃が放たれる、と理解していた。

 予想通りに彼吉夫は一閃を放ち、明は炎の刃フレイム・エッジを打ち消す。防がれたのを吉夫は気にすることなく、彼は静かに剣を構えて旧友に語りかけるように親しげに誘う。けれども彼の目に宿る青い瞳は狂喜によって爛々と輝き、口元を愉しそうに歪ませる。


「さあ、一緒に踊ろうか?」


 明はちらっと樹の下にいる恵美たちを確認し、前に飛び出した。いま、明ができることは時間稼ぎにしか過ぎない。恵美が”彼女”の前世であると教えられている明は、紅蓮の炎を授けてくれた人物に語りかける。

 ガウス、僕に力を貸してくれ。僕が吉夫を抑えるための力を。メグさんが”彼女”と出会えるまで時間稼ぎをさせてくれ。


 ――ああ。アキラ、俺ができることはせめて力を与えることだけだ。だから、俺と同じ思いをしないでくれ。――”彼女”とあの少女が出会えるようにさっき魔法をかけたから、おまえはそれまで耐えろ。


 明しか聞こえない男性の声が頭の中に響き、剣に宿る紅蓮の炎が刀身と一体化。真っ赤な刀身を目にした吉夫は斬りかかろうとしたが、危険を察知したようにバックステップ。明が軽く剣をなぎ払っただけで生じた熱波が吉夫の肌をじりじりと焦がす。


「始めよう、吉夫」


 鮮やかな赤によって染まる剣を握り締めた明は、全身から黒い雷をあふれさせる吉夫とぶつかり合う。

 左腕を斬られた銀髪の青年が訓練場から消えたことなど、このとき明たちは見ていなかった。

 誰もが彼らの戦いで気を取られていたが、一人だけ、静かに彼の後は追いかけていた。残ったのは宙にひらひらと舞う一枚の白い羽と、この羽の持ち主が起こした突風のみ。

 『闇堕ち』

 <雷のトローヴァ>が<欠片>に闇を流し、それを吉夫に渡した。<欠片>の持ち主である吉夫の負の感情が最頂点に達したとき、彼はその身を闇に染める。一時的に闇魔法を使えてしまい、憎悪をひたすら周囲に撒き散らす。

 聖なる力によって<欠片>にある闇を浄化することができても、持ち主の身体に染み付いてしまうため意味はない。少なくても、憎悪を撒き散らすことがなくなる。


 トローヴァがあっさりと<欠片>を手放したのはこれの理由でもあるが〈雷の欠片〉の適性者として認めたのも理由の一つ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ