ハーゼル
訓練場で前触れもなく現れた青年――ハーゼル目がけて、俺は雷を込めた槍を投擲。光の矢となって飛来してくる槍を、ハーゼルは当たり前のように剣で打ち落とした。
「最初の威勢はどうした? 加護を授かれし者よ」
俺はハーゼルに答えることなく、空間魔法にある”四本目”の剣を抜く。さっきので槍は残り四本となってしまったせいで、俺は焦っていた。
邪気を纏うハーゼルと短期決戦で終わらせるために、雷を宿した槍で迎い撃つように接近した奴を貫く――はずだった。ハーゼルは”槍のみ”斬り、即座にすれ違う奴の無防備な背中を襲うために空間魔法から剣を抜いたのに――防がれた。それも後ろすら振り向くことなく、ハーゼルは腰に差していた鞘で受け止めていたのだ。
武器ではなく、魔法でなんとかしようとした俺は雷を放った。いつものように雷を集め、左手で右腕を固定するように掴み、放った一撃すらハーゼルは防いだ。それを剣を鞘に収めた状態で、大地に突き刺した状態で、だ。
守護結界と呼ばれる見えない魔法の盾によって、俺の雷は奴に届かなかった。
離れたら魔法を防がれる、近付けば武器を斬られる。
これがハーゼルの戦い方。おかげで三本の剣と六本の槍が犠牲となった。さらに運が悪いことに、俺が雷を武器に流すのはよいが――数分もすれば使い物にならなくなるのだ。
「魔導具さえあれば……くそっ」
壊れた魔導具――青い槍のことを思い出した俺は、もう一本の剣を抜いて雷を流す。たったそれだけで俺が握る二振りの剣に亀裂が生じる。ちっ、魔導具さえあればこのようなことならないのに。
「貴女は何度無駄なことを続けるのだ? 貴女の魔力に武器は耐え切れない、と承知しているはずだ」
「うるせえ。そんなことぐらいわかっているよ!」
大地を力強く踏み込み、剣を正眼に構えているハーゼルにエックスを描くように二振りの剣を振るう。雷を纏わせていたおかげでエックスを描く光の刃が生まれる。同時に、剣の刀身が限界を示すように砕けた。すぐさま空間魔法から新たな槍を手にした俺は、全身に雷を行き渡らせて光の刃の後に続く。
「なっ。それならば、銀の交差っ」
始めて動揺したハーゼルが剣と鞘を交えるように構え、勢いよく振り下ろす。放たれたのは銀色に輝くエックス。俺と奴の一撃がぶつかり合うと、銀色の刃がこちらの光の刃を打ち負かした。俺は眼前に迫る銀色の刃などかわすことなく、むしろそのまままっすぐ突き進む。
「吉夫くん!?」
「なにっ」
戦いを見守る恵美から悲鳴のような声が漏れる。逆にハーゼルは驚きを隠せないようであった。それもそのはずだ。俺は銀色の刃を槍と雷で突破し、ようやく目指していたハーゼルの懐に潜り込めた。使い物にならなくなった槍を捨て、拳を握り締める。
「ぶっ飛べ、このイケメンっ」
「ぐはっ」
剣と鞘を振り下ろした状態にいたハーゼルはかわすことができず、俺の渾身の一撃が奴の顔に届いた。ふースッキリした。俺を美しいなどと評価したあいつを殴ることができて、ストレス発散したぜ。代償として、四肢からきれいな切れ目ができてしまい、そこからどくどくと血があふれていく。あれは敵を切り裂く技を無理矢理槍で突き進んだ結果だ。痛みを感じながらも、ハーゼルから目を離さない。
「私の銀の交差を正面から突破したのは貴女が始めてだ」
砂まみれのハーゼルが立ち上がり、うっとうめいた奴は左肩をおさえる。へえ、怪我しているのか。
「そうか。ちなみに俺以外にもそういうことをした奴とかいるか?」
「是。銀の交差ではなく白銀の舞だ」
ハーゼルは地面に転がる鞘を目にして、それを拾いに行くとわかった俺はあいつとの距離を一気に詰める。六本目の剣を握り、ハーゼルに斬りかかる振りをして”投げる”。くるくると回転していく剣と間合いを詰めていく俺。
弧を描く剣を己の武器で打ち落とすハーゼル。苦痛で表情をくもらせる奴のことなど気にせず、右足で大地を踏みしめる。腰をひねり、走ってきた勢いを乗せてハーゼルの左肩を蹴った。
「ぐあああっ」
飛ばされたハーゼルは苦痛の声を上げる。
「貴女は、卑怯だっ」
「はっ、卑怯じゃねえよ。相手の弱点を見抜き、そこを攻めることは勝つために必要なことだ。俺は騎士のように正々堂々と戦うつもりはない」
「……力試しのつもりであったが、本気でやらせてもらおう」
立ち上がったハーゼルは右手を前に出し、俺を睨みつける。彼の仕草は空間魔法にある何かを抜くつもりだろう。その何かについては俺はわからないが、本能が抜かせるな、と告げている。残っているすべての剣と槍を取り出し、出し惜しみをすることなく雷を纏わせて投擲。雨のように鋭い光の矢が次々とハーゼルに降り注ぐのに、奴は慌てることもなく握り締めた何かを振るう。
たった一振り。
それだけでハーゼルに降り注ぐはずだった光の矢が消滅した。
ハーゼルが手にしているのは鈍色に輝く大剣。どこにでもありそうな剣なのに、そこに込められている邪気はハーゼル以上だと感じることができる。
「これは魔剣。邪神さまが創られた武器である」
右手で軽々と大剣を握るハーゼルは俺から目をそらし、恵美のほうを向く。嫌なことが起きると感じた俺は身体の痛みを無視し、一直線に恵美まで走り出す。
「私は貴女の本気を知りたい。貴女の友さえ傷付ければ、その気になってくれるだろう?」
大剣をなぎ払うハーゼル。たったそれだけで銀の一閃が生まれ、恵美を切り裂こうとする。恵美は走ってくる俺を見て、優しく微笑むと刀を構える。あれを打ち落とすつもりか? やめろ。ヘンリエッタと同じ出来き事をもう二度と繰り返させるつもりなどない。俺は彼女を守る、と約束したんだ。
だが、現実は無慈悲だ。銀の一閃が恵美に直撃すると同時に砂埃が舞う。走ることをあきらめた俺は、認めたくない現実と向き合うためにそこを見つめる。砂埃が晴れていくと、恵美が立っていた場所には彼女が愛用していた刀しか残っていなかった。
身を引き裂かれるように痛みが俺の全身を襲い、さっきまで身に纏っていた雷は”黒い雷”へと変化していく。
ハーゼルを殺したい、という憎悪という負の感情が心の奥底からあふれてくる。
恵美を、ヘンリエッタを守れなかった想いが俺の中で爆発した。
「おまえをぶっ殺す」
丸みを帯びていたはずの肉体はいつの間になくなり、そのかわりにいつもの俺――男性へと戻っていた。俺は来いと静かに命じると、トローヴァとの戦いで使った黒剣が眼前に現れる。
黒剣の柄を握り締め、ハーゼルを殺すために俺は大地を蹴った。