彼女は努力家
冒険者ギルドでフィオナの森にうろつく魔物を倒して欲しい、という依頼を受けた俺。フィオナの森に行く途中、ちびっ子ことヴィヴィアルトと俺から逃げた明と合流。それから三人でフィオナの森にうろつく魔物を見かけしだい倒していくと、ほんのりと赤く染まる夕暮れとなった。
俺と明はそれまで魔法をつかった戦闘を行い、何度も動きを合わせた。そのせいか、ヴィヴィアルトは二人だけずるいです、と不満を漏らしていたので彼女と一緒に明としたことをやった。
夕暮れとなったところで、どうやって片道二時間もかかるユグドラシルまで戻るのか? と俺と明が疑問を抱いているとヴィヴィアルトはあるものを取り出した。緋色に輝く羽の形をしたもの――飛翔翼と呼ばれる魔導具を。
それは自分の行ったところであればどこにでも行ける、という利点があったので俺たちは飛翔翼でユグドラシルに戻った。そのことを知った俺はついヴィヴィアルトの頬をつねてしまった。これさえあれば、行きは馬車で二時間もかかる必要はなかったのに……。
「ヨシオさん、アキラさん」
ギルドで報告を終えてから、三人で城下町を歩いていると隣を歩くヴィヴィアルトが頬をさすりながら声をかけてきた。
「明日、わたしはユグドラシルを出て行きます」
「偶然だな。俺たちも次の場所に行くためにユグドラシルを出る予定だ」
「ちなみにどこですか?」
「教えたら着いて行きそうさから言わない。な、明」
話題を明に振ると、あいつは苦笑しながらそうだねと肯定する。ヴィヴィアルトはぷくっと頬を膨らませていたので、人差し指でつっつく。ヴィヴィアルトは文句を言わず、俺にされるがまま。明は温かく見守りながら他の話題を口にする。
「それにしても<欠片>の影響って恐ろしいね」
「まったくだ。あの魔物たちが現れたもの、トローヴァがフィオナの森全体に<欠片>の邪気を広めたせいだ」
<欠片>によって凶暴化した大半の魔物たちは一週間前に運よく生き残り、フィオナの森や近くの街道で暴れていた。それをなんとかして欲しい、というギルドからの依頼されたいたので俺と明は積極的に参加。
一度だけ、明ではなくヴィヴィアルトと一緒に依頼を受けたりした。おかげで一日中ずっと彼女の傍にいて、ジュリアスでは学ばない剣術や魔法について学んだ。
「おかげで僕たちのコンビネーションに磨きがかかったね」
「そうだな」
「わたしとヨシオさんの動きも良くなりましたよ!」
仲間外れが嫌なのか、会話に加わって来たヴィヴィアルトにそうだな、と肯定して彼女の頭をなでる。機嫌がよさそうに目を細めるヴィヴィアルト、俺と明の三人で他愛もない会話をしながら夕暮れの城下町を歩いていく。
途中でヴィヴィアルトと別れ、また会うことを約束した俺と明はちょっぴり後悔していた。他愛いもない会話をしていたせいで、彼女が次にどこに行くのか聞いてしまった。いや、聞かされたと言ったほうが正しい。彼女はユグドラシルから近い場所にある都市――地下都市スビソルに行くという。
なんの因果か、俺たちもそこに行くことになっている。つい口をすべらせた明のせいで、ヴィヴィアルトは先に行ってますね! と告げ、また会う約束をしてしまったからだ。
「吉夫」
この一週間で見慣れてきた城の城門が見えてきたところで明が声をかける。
「どうした?」
「訓練場に行ってくれないか?」
「なんだよ。まだ物足りないのか、明」
フィオナの森で何度も動きを合わせたのに、ここでやろうとする明に呆れてしまう。そうなると予想していたのに、あいつは否定した。じゃあなんだ? と問いかけると、明は行ってからのお楽しみさ、と苦笑しながら強引におすすめする。俺は仕方なく訓練場に行き、明はそのまま城のほうに向かっていく。
「ん?」
グラウンドのように広い訓練場には誰もいないと思っていたが、どうやら違うようだ。そこから鋭く空気を裂く音と乱れた息遣いが聞こえる。まさか、ジュリアスか? 明の言っていたお楽しみはジュリアスと手合わせなのか? こっちは疲れているのに……勘弁してくれよ。音がする方向に目を向けてみると、そこにいたのは金細工のように輝くポニーテールではなく、絹のように美しい黒髪をなびかせる恵美であった。
彼女は刀をひたすら振るい続け、俺のほうに気が付かないほど集中しているようだ。恵美の剣技は舞うように鋭く、流れるような足捌き。こうして彼女の動きを観察していると、毎日努力していることがよくわかる。毎日努力しなければ、彼女のような動きとあの剣技はできない。
なるほど、これが明の言っていたお楽しみか。俺たちがフィオナの森で魔物の討伐をしている間に、いつも一人でこんなことをしていたのか。いや、一人は間違いかもしれない。きっとジュリアスと手合わせをしたり、サティエリナから魔法を教わっているはずだ。
「ふう……」
刀を鞘に収めた恵美は目の前の空間に”手を入れる”。手首がないというシュールな光景だが、これは空間魔法と呼ばれている。空間魔法は自分の魔力のぶんだけ好きな物を入れることができてしまう。俺の場合、槍十本と剣十本。それと壊れた魔導具――青い槍。こうして身軽にしていられるのは空間魔法のおかげ。
自分の空間からタオルを取り出した恵美は顔を拭く。汗をぬぐった彼女はタオルを首にかけ、両腕を頭の上に組んで背をそらす。自然と胸が強調されてしまい、俺の目はつい釘付けとなる。しかも、汗のせいでシャツが透けていたのではっきりとした輪郭まで浮かび上がってしまう。……これぞ、眼福。
「よ、吉夫くん!?」
俺の視線に気付いたのか、恵美は胸を隠すように背を向ける。そのままだと逃げ出そうとする雰囲気を察知した俺は、後ろから優しく抱き締める。この手に感じる温もりは、彼女の傍にいるときにしか味わえない。
俺が抱き締めたせいか、彼女の首筋が赤く染まっていくのを楽しみながら会話していく。
「わ、私汗くさいよ? だから、お風呂に行かせてよ」
「それなら一緒に行こうか。俺もけっこう汗かいたから、ちょうどいいな」
「吉夫くんは男の子だよね!?」
「前までは普通にサティエリナと一緒に入浴していたぞ。あとな、俺は入浴しているときはいつもそっち側を使っていることを忘れるな」
そっち側とは女性専用の風呂。入るとすればサティエリナの命令か、人気のない時間帯。なので、けっしていやらしい目的で女性側の風呂を使用しているわけではない。明が俺を見て、鼻血を出さないようにしているだけだ。
「……変態」
恵美から一番聞きたくない言葉を聞かされた。
「うぐ……。反論できないが、男は全員が変態なんだよ! だから、俺もそうなんだっ」
「開き直らないでよ!」
「そういうおまえだって変態じゃないか。俺とジュリアスの胸を揉みに来るくせにっ」
「あ、あれわね、私なりのスキンシップなんだよっ」
スキンシップって……いやらしい手つきで揉まれたことのある俺には通用しないが……まあいいか。こいつのスキンシップで被害にあったのは俺とジュリアス、それとここにはいない妹の巴。共通するのは全員胸が大きいこと。最近は彼女のスキンシップの被害に遭っていない。俺が男に戻ってから彼女は一度もそのようなことをしていないし、珍しいことにジュリアスにも手を出していないのだ。
さっきの会話をしたおかげで俺たちの間にあった気まずい雰囲気は払拭され、自然とあのことについてしゃべることができた。
「なあ、俺はおまえのファーストキスを奪ったよな?」
トローヴァに背中を踏まれた恵美の痛みをなくすために、女神の涙を口移しで飲ませたことを思い出しながら口にする。
「……うん。でも、女の子同士だったからノーカウントだよ」
耳まで真っ赤にした恵美が口移しのことをなかったことにするとは……やはり、同性でやったせいか。あの頃は白狼の加護で女性化してしまい、男性に戻る手段が思いつかなかった。そのせいで女性化、もとい獣人化した状態で戦っていたからな。
「吉夫くん。今度は女の子同士じゃなくて、ちゃんと私とキスしようよ。いまなら、私のファーストキスを吉夫くんにあげることができるよ」
「どうしてそこまで積極的なんだよ……。それよりもさ、女の子にとってファーストキスは好きな人とするはずだろ?」
女の子にとってキスは大切な思い出や! と鈴音から耳にたこができるまで言われたことのある俺は正論で返す。
呆れたように恵美はため息をつき、器用に俺の腕の中で回転して向き合う形となる。彼女は両手で俺の頬を押さえて逃がさないようにする。
「だからこそ、私はあなたにキスをしたいの」
「……なあ、恵美」
「うん」
「もしも、俺じゃなくて他の奴と一緒に召喚されていたら、おまえは同じことを――」
「絶対にしないよ。私は自分の意思で吉夫くんを選んだからね。あなたと一緒に戦いたいのは、ずっと守られるだけの役立たずになりたくなかったから」
同じことを口にするだろう、と言いかけた俺の言葉を遮った恵美は自分の気持ちを教えてくれた。真剣な眼差しで俺を見つめる恵美。俺と彼女は釣り合わないかもしれない。それでも、彼女自身が俺の隣に居たいと願っている。
まいったな。アースに召喚されて、不安で押し潰されないように恵美を守ると約束したのに……な。
俺自身、恵美の隣に居たいと願っている。トローヴァとの戦いを通して、彼女がかけがいのない存在になってきていることを自覚している。
ただ、これが恋愛感情なのかよくわからない。でも、こうして見つめ合っているだけで心臓が爆発しそうなぐらい脈打っている。まるで笑顔が似合うあの少女と一緒にいたときと同じ感覚で、とても懐かしい。
「なあ、恵美。おまえは俺のことをどう思っているんだ?」
「え? え、えーとね……」
予想されていなかった解答のせいか、恵美は言葉を探そうとしている。そんな姿が可愛らしくて、ついいつものように彼女の額にキスをしてしまう。彼女の寝顔を見ながら額におやすみのキスをするのは、もう癖になっているかもしれない。
「よ、吉夫くんっ。なにするのっ」
「ほら、いつもおまえが寝てから額にキスしているだろう? だから、なんだかそうしたくなっただけ」
「そっか。じゃあ、私も吉夫くんにキスしたく――」
不意にぞくりと背筋を突き刺す視線を感じ、俺は首に腕を回そうとした恵美から離れる。彼女をかばうように立ち、空間魔法から一本の槍を取り出して構え、刃を十メートル離れた位置にいる人物に向ける。
「ふむ。貴公が新たな<欠片>保持者か。その実力、試させてもらうぞ」
その先にいるのは目元まで伸びた銀色の髪、蒼い瞳、美男子とも呼べるきれいな顔つき。動きやすそうな服装と腰に差した銀色の剣。青年――イケメンから放たれる雰囲気はトローヴァと同じ邪気。いや、それ以上だ。このイケメンがやばい、と俺の本能が告げている。
男性化を解除し、白狼の加護を授かった状態――つまり、女性に戻る。同時に頭の上から耳、尻からふさふさの尻尾が生え、獣人となった俺はイケメンを見据える。こいつは、本気で戦わないとこっちが死ぬ。
「ほう……貴女はまるで女神だ。美しい。男性とは思えない」
褒め言葉を聞いた俺の全身は鳥肌が立ち、そいつを睨みつける。
「私の名前は――」
足に雷を流し、たんっと軽く大地を蹴る。加速していく視界の中、目指すのは腰に差している剣を抜き放ったイケメン。
「ハーゼル。邪神を復活させた者だ」
『獣人化』
女性化もとい獣人化。獣人となれば身体能力や聴力が向上する。男性の姿でも戦ってもよかったが、ハーゼルの放つ邪気を感じて獣人化。
獣人化すれば、身体能力だけではなく尻尾も使うことができるがいまの段階ではまだ自由に操ることができない。
それでも、槍術と雷の精霊王である白狼から授かった加護でハーゼルと戦う。
『ハーゼル』
プロローグの『神殿にて』に出てきた人物。
彼が『終焉の神殿』に描かれている本当の真実を知ったとき、物語が動き出す。彼の働きによって邪神が復活し、吉夫と明、恵美の三人が異世界に召喚されるきっかけとなる。
黒騎士ザックと老人も影で動くこととなる。