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訓練と日常

 ユグドラシルの訓練場で、朝早く起きた俺とジュリアスはいつものように手合わせをしていた。動きやすい黒いシャツと同じ色のズボンを着ている俺は、振り下ろされる一撃を”木刀”で受け止める。カンッという乾いた音が俺たちしかいない訓練場によく響く。


「防御だけでは誰にも勝てないぞ、ヨシオ!」

 

 金細工のように輝く髪をポニーテールにまとめ、凛々しい顔立ちをして、エメラルドグリーンの瞳をしたジュリアス。彼女は俺と同じように動きやすさを重視したように白いシャツと同じ色のズボンを着ている。

 本当だったら鎧か胸当てでも付けている彼女だが、俺が槍ではなく木刀を使用していることで身に纏っていない。彼女いわく俺の剣術はまだ甘いから、それぐらいどうってことないらしい。

 俺に叱咤したジュリアスはいったん間合いを取り、木刀を正眼に構えた。彼女は俺にいつでもかかってこい、と目で語りかけているので遠慮なく前に踏み込む。同じタイミングでジュリアスが大地を蹴り、迫り来る俺に木刀を上段から振るう。

 振り下ろされる一撃に対し、俺は木刀を振り上げる。ぶつかり合う木刀によって生じる小気味のよい音。ジュリアスの一撃を受け止めたせいで両手が痺れる。

 一瞬だけ手の感覚がなくなってしまい、彼女から離れようとと考えて後退しようとしたら――首筋に木刀を添えられる。どうやら、俺がしようとしたことをジュリアスに見抜かれたようだ。


「俺の負けだな」

「うむ」


 敗北をあっさりと認めるとジュリアスは突きつけていた木刀を首筋から離し、あることに気付いた俺は太陽が昇る方向に向く。くそっ、どうしていつもこうなるんだよ……!


「ヨシオ? なぜ、いつも手合わせを終えると私から目をそらすのだ」


 回りこむように正面に立つジュリアス。


「お、おまえなっ。俺にとって、それは目の毒なんだよ!」

「目の毒とはどういうことなのか、はっきりと教えてくれないか?」

「自分のシャツを確認しろ!」

「シャツ……? へ、変態っ」


 それの意味に気付き、ジュリアスは俺に背を向けた。俺は破壊力ありすぎだろ、とつい呟いてしまうとこちらを振り向いたジュリアスは、脳天目がけて勢いよく木刀を振り下ろした。意識を失う寸前に目にしたのは、肌にシャツを張り付かせたジュリアスは羞恥に頬を染め、強調するように浮き出ていたたたわに実った胸であった。







「信じられん! いつも私にいやらしい目を向けていたヨシオなど信用できない!」

「まあまあ、落ち着いてジュリアス。ヨシオ様はいつも目をそらしていたから、許してもいいでしょう?」


 食堂で朝食をいつものメンバーで食べ終えると、ジュリアスは朝のことを根に持っているようにしゃべりだした。そんな彼女をなだめるように白い髪を三つ髪にまとめ、切れ長い目はルビーのように赤い女性――メイド服を着たノルトは言葉を巧みに操りながら説得させる。

 目の前の席で食後の紅茶を飲むサティエリナはノルトとジュリアスを温かく見守っていた。ロングヘアまで伸ばした栗色の髪、同じ色の瞳は氷のように冷たいはずなのに今日だけは温かい。おそらく、彼女たちのやり取りのせいだろう。人形と見間違うほどきれいな顔つきをしている彼女が、口元に笑みを浮かべている姿は珍しい。

 ふとサティエリナの隣に座る恵美の様子をうかがってみると、ばっちりと目が合う。大きな目を何度か瞬きした恵美はなぜか頬をほんのりと赤く染め、ぷいっとそっぽを向く。

 やっぱり、あのときに唇を奪ったことがいけなかったよなぁ。トローヴァのせいで負傷した恵美に女神の涙を飲ませたのが一番の原因だな。けれど会話はたまにするし、添い寝はいつものようにしてくるから嫌われているようではない。ただ、気まずいのだ。

 それといまの俺は”男性”である。サティエリナから男性に戻れるように意識したら? というアドバイスを元にやってみると、本当にそうなった。頭の上に耳はないし、山のように大きい胸もない。ふさふさの尻尾もない。

 それでも残ったのは腰に届くくらい伸びている銀髪。海のように青い瞳。加えて、男性と女性を自分の好きなタイミングで変えることができる。


「なあ、明。ジュリアスの胸はけしからんな」


 隣の席に座る明は退屈そうに寝癖のように跳ねた赤い髪をかいていた。なので、話題でも提供してみるとあいつは紫色の瞳を輝かせてあっさりと食いついてきた。


「そうだね。あの大きさは最高の破壊力を持っているよ」


 それだけで予想通りにジュリアスがギロッと睨む。彼女だけではなく、恵美とノルトも彼を睨む。サティエリナは冷たい視線を送るものの、明は気にすることなく言葉を紡ぐ。


「知っているか、吉夫。ノルトさんは着やせ――」


 なにかを言いかけた明が慌てて口を閉ざす。なんだ? と疑問を抱いているとノルトが目にも止まらない速度でナイフを投擲し、俺と明の間を通過した。


「ワタシが……どうしましたか?」

「明、出かけるぞ」

「そうだね!」


 切れ長い目を細め、ルビーのように輝く瞳に敵意を宿すノルトから逃げるように席を立ち、そのまま城下町に向かう。

 これは後で知ったことだが……ノルトは着やせするという。明……おまえ、どこでそういうことを知った?








「怖かったな、明」

「本当だよ。今度からノルトさんの前であんなことを言わないようにしないとな」


 ノルトから逃げるように俺と明は石畳の地面を歩き、城下町に来ていた。そこからにぎやかな雰囲気をかもしだすのはこうばしい香りをさせる串し肉、さわやかな匂いを漂わせる屋台、色とりどりのアクセサリーを物欲しげに見つめる人々。老若男女とばらつきのある年層であるが、彼らは楽しそうに過ごしている。

 やはり、二ヶ月前に攻めてきた黒騎士を明が倒した、ということを公表したギースの影響が大きい。ユグドラシルを脅えさせていた存在がいなくなると、人々は安堵の表情で今日も一日を過ごしている。

 本当はギースに仕えていたバルベットが裏切り、さらに<欠片>の影響で強くなった魔物のことを隠すための口実。


「僕たちがユグドラシルに召喚されてからもう二週間か」

「その内の一週間は濃い日々を送ったけどな」

「ここに来たばかりは何度も危ない目にあったけれど……過ぎればいい思い出だよね」

「俺にはよくないことばかりだ。女性化した上にメイド服……」


 嫌なことを思い出そうとした俺は頭を横に振って忘れる。サティエリナのメイドとして、彼女からあれやれとかこれやれと命令ばかりされた。それだけならまだしも、ノルトがメイドとはこういうことですよ、と身体で教えそうになったときは逃げ出したこともあった。だって、身体を密着させて……ううっ、あれは毒だ。

 俺は明にギルドに行くか? と提案すると、あいつはあっさりと承諾してくれた。

 ギルドというのは同業者組合。

 このギルドには冒険者と商業の二つがある。

 冒険者というのは一言でまとめれば‘なんでも屋’。魔物の駆除と植物採集、護衛……ほかにもいろいろあるが代表的なのはこの三つ。フィオナの森にいたあの冒険者たちとかがいい例。

 商業はアース各地にある物資を運搬、または輸送。服や装飾品、食料に家具という日常に用いるものから武器や鉱石、魔導具まで扱っているという。彼らは今日も空を飛ぶ‘箱舟’で物資を運び、アースを支えている。


「ん?」


 紙袋を両手で抱えたツンツン髪の少年が俺たちの前を通り過ぎ、そのまま進もうとしたところで誰かとぶつかる。その拍子に紙袋から果実や食べ物、そして尻もちをつく少年。


「痛ぇ……前を見て歩けよ、おっさん」


 鷹のように鋭い目で相手を睨みつける少年。俺はぶつかった相手のほうに目を向けると、つい度胸があるなぁと呟いてしまう。相手はがたいのよい男性で鏡のように磨かれたスキンヘッド。厳つい顔つきで、腰には使い慣れたと思われる剣がぶら下がっている。雰囲気からして、相手は熟練の戦士であるとうかがえる。


「あっ? うるせぇ、ガキだな」


 おっさん呼ばわりされたことがイラつくのか、そいつは足元に転がる果実を潰した。ああ! と声を上げる少年。


「……許せない」

「落ち着け、明」


 いまにも飛び出そうとする明をなだめていると、おっさんの仲間らしい男たちがひょっこりと現れる。一人は横にでっぷりと太ったデブと、もう一人はひょろとしたのっぽ。デブはおっさんに声をかける。


「兄貴、さっさと行きましょうぜぇ」

「ああ、そうだな」


 背を向けた歩きだそうとするおっさんに少年は果実を潰した代金を求める。少年の声を聞いている周りに人々は、巻き込まれないように見ない振り。冷たいな。対象的に隣にいる明は熱いが。


「おっさん」

「うるせえガキだ。おい、黙らせろ」


 おっさんの後ろにいたデブが少年に近付いて、蹴ろうとするモーションで――明が動いた。少年とデブの間に風の如く割り込み、蹴りを片手で受け止める明。どちらも驚いた表情を浮かべる少年とデブ。


「子供に手を出すなんて大人気ないね」


 仕返しとばかりに明はデブのあごを狙う。かわす素振りすらしなかったデブのあごに明のアッパーが決まり、大の字で地面に転がる。明は倒れたデブのことを忘れ、地面にこぼれた物を集めていく明。少年はに、兄ちゃん後ろ! と叫ぶ。明の無防備な姿を狙うようにのっぽが迫っていく。

 仕方ないな。足に雷を流し、大地を軽く蹴る。のっぽの拳が明に届く前に横から乱入した俺が奴を蹴り飛ばす。ぐぇとカエルが潰れた声を出したのっぽは、デブの近くに転がってそのまま動かなくなる。

 あー……蹴る瞬間だけ雷を消せばよかったな。雷をまとわせていれば身体能力は嫌でも上がるから……ただの蹴りでもけっこう痛い。余談だがトローヴァの大剣と打ち合えたのは、雷をまとっていたおかげ。


「まだやるかい?」


 あんぐりと口を開けるおっさんに、明は静かに問いかける。すると、おっさんは俺が悪かった。イライラしていたんだ、とすなおに謝り、少年に金貨二枚を渡す。


「こいつらが迷惑をかけたな」


 のっぽとデブを両脇に抱えたおっさんは、重みを感じない足取りで去っていく。……もしも、あのおっさんがその気であれば、俺たちなんてすぐにでも倒せたはずだ。けれど、あえてそうしなかった。のっぽとデブが終わらせるはずだったのに、逆に返り討ちに合うことなど予想すらしなかっただろう。

 その間に周りにいた人から紙袋をもらい、地面に転がっていた物をさっさと詰める少年と手伝う明。紙袋を抱えた少年は俺たちを見ると、感謝してきた。おかげでついキレそうになった。


「ありがとうっ。兄ちゃん、”姉ちゃん”!」


 誰が姉ちゃんだ! とツッコミたかったが、俺の雰囲気を察知した明は少年に別れを告げると、彼は人ごみに紛れて姿を消した。俺は明を睨みつける。


「誰が姉ちゃんだって? 明」

「ぼ、僕、急に用事を思い出したからこれから帰らないといけない!」

「待ちやがれ! 用事なんてないだろうがっ」


 俺に背を向けた明は風の如く逃げていく。くそっ、さすがは「疾風」の二つ名を持つ勇者だ。ぐつぐつと煮えたぎる怒りを我慢し、目的であるギルドに向かう。今日受ける依頼(クエスト)は――フィオナの森にうろつく魔物の討伐だ。

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