二人で
「どこまで我の加護を扱いこなすことができたのか、確かめさせてもらうぞ」
死神の如く振り下ろされる黒狼の大剣を槍では防げないと判断し、すぐさま剣になれと命じる。握り締めていた槍は一瞬にして剣に変化し、膨大な雷を流し込む。雷を帯びた剣の刀身は光り輝き、黒狼が振り下ろす大剣に向けて振り上げる。 けたましい金属音が聖地に響き、剣を握る手は痺れていた。くうっ、雷を込めていなかったら俺は奴に切り裂かれていたかもしれない。
「ああ、その身でしかと感じやがれよ」
飛び退き、剣にためている雷を解き放つようになぎ払う。黒狼はふんと鼻を鳴らし、百獣の王のように吼えた。耳を裂くような獅子の咆哮。それだけで俺が放った一閃は‘咆哮’のみで打ち消されていた。
もう一度だけ黒狼に同じことをしてみると、今度は大剣で‘切り裂く’。まるでバルベットの魔導具――魔法を打ち消す剣と似ている。
「だいたい扱うことができたようだな。だが、これだけであれば誰だってできる!」
ズラリと並んだ凶悪な牙を見せつけるように大きく口を開く黒狼。なにかが起きる、と本能がそのようなことを告げると奴の口に黒い光が集まりだす。俺は黒狼と向かい合わないように横に飛んだ。
同時に巨大な黒い光線が目の前を通り過ぎていき、大地はそれによってえぐれ、その先は樹々が倒れている。しかも、樹々は大砲が突貫したように大きな穴が開いていた。アレをまともにくらえば、一瞬で死ぬな。
「よそ見をするとは余裕ではないかっ」
黒狼の声で現実に引き戻された俺は、戦闘中なのに思考していたようだ。
どこに黒狼がいるのか、と奴の姿を探し求めていると横から衝撃が伝わる。骨がミシリと鳴り、俺はそのまま近くの樹まで飛ばされた。
「あの野郎……!」
大剣で斬るのではなく、精神と肉体に苦痛を与えるように黒狼は蹴りやがった。蹴りの動作で動きを止めている黒狼は勝ち誇ったように微笑む。
許せねぇ。足のみに雷を纏わせるとバチィと鳴り、眼前にいるトローヴァを倒すために大地を蹴る。
「ほう。少しはマシになったではないか」
感心した黒狼は大剣に‘黒い雷’を纏わせると、俺と同じようになぎ払う。放たれたのは黒い一閃。剣に雷を流し、それを切り裂いた。
黒狼は面白そうに目を細め、縦、横、斜めとさまざまな角度から大剣を振るい、その度に生じる黒い一閃を俺に向けて放っていく。
容赦なく襲いかかる漆黒の牙。それらをすべて剣で切り落とすことができないと理解していた俺は、ギリギリまで引き寄せ、身をよじってかわす。一歩間違えれば死ぬ状況の中、俺は軽快なステップを刻みながら進む。足は自然と動き、身体は次の攻撃がどこから来るのかわかっているようにかわす。
俺自身でさえ、どうしてこのようなことができるのか驚いていた。剣で切り落とす必要がない、と判断した俺は槍になれと命じる。
そのようなことを繰り返していると、ようやく黒狼の懐に潜り込めた。奴は大剣を振るうこともなく樹のように太い腕を振り下ろす。迫り来る鋭い爪。それが俺を引き裂こうとするが、足を一歩前に出してかわす。だが、奴の鋭い爪が俺の方に食い込み、そのまま肉をえぐる。
焼けるような痛みが全身を襲い、苦痛で叫びそうになるのを必死でこらえる。腕を振り下ろして無防備となった黒狼の心臓に槍の先を向ける。
「貫け!」
この一言を口にすると矛先が青く輝きだし、目を大きく見開かせる黒狼の肉体を貫く。ぶすりと抵抗もなく黒狼を貫いた槍を抜けば、奴の身体は後ろに倒れる。心臓があった場所には穴がぽっかりと開き、そこから流れる血は大地を赤黒く染めていく。
……これだけか?
やけにあっさりと倒してしまったが……本当にこれだけだろうか? 白狼で会ったこいつは俺たちを苦戦させ、衝撃波や尻尾を用いた攻めをしてきた。なのに、こいつはまったくしなかった。いや、‘できなかった’と言えば正しいかもしれない。獣から人型となったせいで本来の力を発揮できなかった……という可能性が高いな。
いまさらこのようなことを考えても仕方ない。俺は轟音を響かせるほうに明とギースがいると判断し、彼らのために参戦しようと聖地から去ろうとした。
「ふははっ。これだけで我を倒せたと思ったのか!」
「ぐうっ」
振り返ろうとしたときに大剣の腹で叩きつけられ、樹にぶつからないように槍を大地に刺す。ズザザッと一直線に大地を削った俺は、大剣の腹で叩きつけた人物を睨みつける。大剣を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべる黒狼はふんと鼻を鳴らす。
「これだけで我を殺せると思ったのか?」
心臓がある場所を自分の親指で示す黒狼。そこには……俺が開けた穴がない。まるで最初からなにもなかったかのように傷痕が消えている。
「どういうことだ?」
槍の先を奴に向け、全身に雷を纏わせていく。距離はザッと見積もって四メートル。これぐらいであれば、あっという間に距離を詰めることができる。チャンスをうかがいながら、相手を見据える。
「いまの我は不死だ。たとえ心臓を貫かれても、頭部を潰されても死なん。腕を切り落としてもすぐに再生する」
「はっ、ご丁寧に説明してくるなっ」
大地を蹴った俺は雷を全身に纏わせたおかげで一気に距離を詰めることができた。そのまま俺はもう一度だけ奴の心臓を貫く。
今度ばかりは抵抗もせずに槍を受け入れる黒狼。矛先は奴の心臓を貫き、すぐに槍を抜いて後退していく。黒狼は俺を追いかけることもなく、見せつけるように腕を大きく広げる。心臓に開いたばかりの穴は自然にふさがっていくのを目にした俺は、勝ち誇った顔をする黒狼を睨む。
「わかっただろう。おぬしには我を殺すことができぬと」
大剣を掲げる黒狼。奴から生じた黒い雷をそこに纏わせていくと、静かに告げた。
「大人しく死ぬがよい」
槍から剣へと変えた俺はぼそりとあることを呟く。
「なに?」
いぶかしげに聞き返す黒狼。
「俺はジュリアスに絶対に勝てと言われたんだよ。おまえが不死であったとしても俺には関係ねえ!」
剣に雷を流し、自ら距離を詰めていく。そんな俺に対して黒狼は無言で自分の間合いに入ってきたところで、大剣を振り下ろす。反撃するように俺は剣を振り上げる。白と黒が交差し、けたましい金属音が再び聖地に響く。
バチィとお互いの武器に纏わせた性質の異なる雷がぶつかり合い、このままではまずいと感じた俺はふっと力を抜く。押しかかる大剣の軌道を剣でそらしていくと、俺の横にそれが勢いよく食い込み、轟音を生み出す。
もしも、あの状態であればいまごろ真っ二つとされていただろう。加えて、剣に雷を纏わせた状態であれば何合かは黒狼と打ち合えるが……力押しされて負けることが目に見えている。せめて、俺ができることは黒狼の間合いに入らずに攻めること。
「はああっ!」
剣を横へ振るうと、纏わせていた雷が一閃となって黒狼に襲いかかる。これが打ち消されると予想している俺は、膨大な雷を剣に纏わせながら大地を力強く蹴る。
「つまらぬっ」
襲いかかる一閃を黒狼は大剣で切り裂き、俺の姿を探し求めるようにきょろきょろと首を動かす。けれど、俺の姿はどこにもない。なぜなら俺は‘上’にいたからだ。
「黒狼おおぉ!」
落下していく俺は奴の名を叫ぶとこっちを見上げた。同じタイミングで剣に纏わせている雷を解き放つために、勢いよく振り下ろした。高速で放たれた雷の刃はギロチンの如く襲いかかる。大剣を構えようとした黒狼であったが、雷の刃が奴を飲み込んだ。
暗闇を照らす光。雷の刃が地面にぶつかったことを示すように轟音が生み出される。そして、握っている剣からビキッという音がした。
「はあ……はあ……はあ……」
うまく着地した俺は膝をつき、乱れた呼吸を整えながら剣の様子をうかがう。青い刀身全体に広がる亀裂は、すでに使い物にならないと告げる。こうなったのは、俺がいま持っている魔力をすべてここに注いだせいだ。
「今度こそ……俺の勝ちだよな」
近くに転がるのは、二つに折れた大剣とざっくりと胸元を切り裂かれた黒狼の焼死体。奴の死を示すかのようにどくどくと血があふれている。いくら不死だとは言え、大量の血を失えば人と同じ用に死ぬ。頭部まで斬ることができなかったのは残念だが、心臓を焼かれたらさすがに再生できないだろう。
「はっ、俺サマは不死って言ったじゃねーか」
トローヴァの声と共に起き上がった黒狼の焼死体が殴りかかってきた。黒狼の大剣に叩かれた腹を殴られた俺は、痛みで顔をしかめながらソイツを睨みつける。焼死体であったはずの黒狼の肉体は既に黒い体毛に戻っていた。
「どうしておまえがそこにいる……!?」
「何度も同じことを言わせるなよ。俺サマは不死。で、本体はこいつの中にあるんだぜ」
つまり、バルベットが黒い霧が不死ではないと言っていたのは……こいつの分身か。
「なにを考えているか知らねーが、俺サマは何体でも分身を生み出せることができる。で、分身した奴を魔物に憑けば……俺サマの思考と並外れた回復力を得ることができるのさ」
これでバルベットが不死ではないと言っていたことが納得できる。だから、つい思いついた言葉を口にしてしまった。
「……不死じゃねえだろ、クソ野郎」
「あぁん?」
「本体にひっそりと隠れ、分身に仕事を与えておけば自分は危険な目に遭わない。分身がなくなれば、また新しく作ればいい。おまえは臆病者のチキンだ」
「俺サマはチキンじゃねえぇ」
挑発したせいか、トローヴァは全身から黒い雷を出しながら手を前に出す。黒い雷はそこに集まりだし、細長いなにかに変化していく。細長く、矛先に刃がついているのは――槍だ。トローヴァは槍を握り締め、俺目がけて投擲。力強く空気を裂きながら迫ってくる槍。
あれをかわしたいが……魔力を消費し過ぎたせいか、身体が言うことを聞いてくれない。
それでも俺は抗う。身体が言うことを聞かないのであれば、その一部である尻尾を使う。伸びろ――と命じる。白狼が尻尾を伸ばすことができたのであれば、俺もできるはずだ。俺の想いに応えてくれるように尻尾は伸び、迫り来る槍を弾く。そのときに尻尾に激痛が走り、槍を退けたと安堵した直後にトローヴァが新たな槍を投擲。
しかも二本。
これはキツイな。あの二本の槍を同時に尾で落とせそうにもない。さっきので尾は半分まで千切れ、全身は鉛のように重い。ジュリアスとの約束を破ることに俺は悔やみながら、死を受け入れるために目を閉じた。
「吉夫くんのバカっ」
耳朶に響いたのは恵美の声となにかが連続で斬られる音。彼女の声を聞きながら死ぬのも悪くはないと思っていると、トローヴァが鼻で笑う。
「はっ。たかが一人増えただけで俺サマを倒せると思っているのか?」
「もちろん。私と吉夫くんならあなたには負けないよ。だから――大人しくして。喰らえ、水蛇」
二人が会話していることに疑問を抱きながら、恐る恐る目を開けてみると絹の如く美しい黒髪をした少女がかばうように立っていた。彼女は満月の光によって輝く刀を振るうと、そこから現れた複数の水色の大蛇がトローヴァに牙を向く。大きく口を開けた大蛇たちはトローヴァの肉体に食いつき、または動かないように束縛する。
「遅れてごめんね、吉夫くん」
背を向けていた少女がこちらのほうを向くと、にっこりと微笑む恵美がいた。
「恵美……? どうしてここにいる?」
「吉夫くんがフィオナの森に向かっているってジュリアスさんから聞いて、彼女と一緒にここまで来たの」
「そうじゃなくて! どうしてこんな場所にいるんだよ!?」
「私は守られるだけなんて嫌。吉夫くんだけ傷付くのも嫌。
だからこれは私のわがまま。吉夫くんと一緒に戦って、お互いの弱点をカバーし合う。ね、いいでしょ?」
揺るがない意志を目にした恵美に俺は勝手にしろと返す。ふと、懐に女神の涙と呼ばれる液体のことを思い出し、それを
取り出そうとしたらトローヴァが叫ぶ。
「俺サマをなめんじゃねえぇ!」
トローヴァの全身から黒い雷が放出され、束縛していた大蛇たちは蒸発し、姿を消していく。自由となったトローヴァは俺と恵美を見据え、巨体とは思えない俊敏な動きで肉薄する。恵美はいったん刀を鞘に収めると、迎い撃つように走り出す。
あっという間に恵美へと接近したトローヴァが殴りかかる。彼女は刀の柄に手を添えながら身体をかがんでかわし、抜刀。銀の煌きがほとばしり、トローヴァの身体からぽたぽたと血が流れる。さらに恵美はトローヴァの背中に回って斬る。
が、トローヴァはなにもしない。いや、なにもする必要がない。恵美に斬られた傷跡はビデオの逆再生の如くふさがり、余裕のトローヴァは適当に豪腕を振るう。
斬りかかろうとした恵美はよけることもできず、受け身すらまともにとれないままごろごろと地面を転がる。彼女はすぐに握り締めている刀を支えに立ち上がろうとするが、トローヴァがそうさせなかった。トローヴァは支えとなっている刀を蹴飛ばし、倒れていく恵美の背中を踏みつけた。
苦痛の表情を浮かべる恵美に、俺はなにもできない。無力で、役立たずだ。
そう。夢でヘンリエッタがすぐ隣にいたのに、彼女をリーンから守ることができなかったヨシュアのように。
……ふざけるな。
こんなところで黙って引き下がれるかよ。恵美が目の前にいて、助けたい人がすぐ傍にいる。彼女を守ると約束したことを、俺は破りたくない。
<……力が欲しいかい?>
頭の中で優しい音色を奏でる男性の声が響き、俺はこっちに手を伸ばす恵美を見ながら即答する。
「ああ」
<なぜ、力を求めるのか教えてくれる?>
「そんなの決まっている。俺は恵美を守りたい、それだけの理由だ」
トローヴァが俺にとどめを差すように、ズラリと並んだ凶悪な牙を見せつけるように口を大きく開く。奴の口に黒い光が集まりだすのを目にしながら、俺は頭の中で響く声の主に求める。
「俺に力を貸してくれ」
<もちろん。僕は君に力を与えるよ>
放たれた黒い光線を見据え、俺は現れた黒剣を握り締めて前へ進む。俺を呑み込もうとした光線を黒剣で切り裂いていき、恵美の元に向かう。光線を切り裂いた先にいたのは、時が止まったように硬直しているトローヴァ。
このチャンスを逃したくない俺は恵美を踏みつけている足を斬りつける。ぐあっとうめいたトローヴァ。わずかに足が浮かび上がるのを見逃さず、恵美を抱えてトローヴァから離れた。
その間に握り締めている黒剣を見つめる。漆黒の刀身に両刃の剣。初めて握るくせに妙に手になじむ。
「雑魚は大人しくしていればいいんだよぉ!!」
全身から黒い雷を放出させたトローヴァは剣や槍に変換させ、投擲。飛来してくる武器をかわし、または剣で切り落としながら後退していくとトローヴァの動きがぴたりと止まった。
なにかに怯えるように身体を震わせ、しかし眼だけはキッと俺を睨みつけている。なんだ? なにが起きているのかわからないが、恵美を近くの樹に下ろすことができた。
「悪い。俺がもっとしっかりしていなかったら……こうならなかった」
「吉夫くんのせいじゃないよ。私はこうなることぐらい覚悟していたから、平気だよ」
力なく微笑みを浮かべる恵美。彼女が痛がっていることを見抜き、脳裏にあれのことを思い出す。
「先に謝っておく。すまない」
「えっ? なにが……んう」
懐にあった小瓶を取り出し、きゅぽんと気味のいい音を出す栓を捨てる。半分ほど残っている女神の涙をちょっとだけ飲み、残りを唇を奪うように恵美へと口移しさせた。口内にある女神の涙が恵美に注がれたことを確認した俺は唇を離す。
「ここから離れるなよ?」
ぼっーとする恵美ははっとしたようにうんと頷く。
「なにかあったら私の名前を呼んでね」
「……。いつでも魔法を使えるように準備してくれ」
くるりと背を向けた俺は女神の涙によってあふれる魔力を雷に変換し、そのまま全身に行き渡らせる。なにかに怯えていたトローヴァは解き放たれた野獣のように襲いかかってくる。
豪腕とも呼べる腕を振るい、鋭い爪で裂こうとするトローヴァ。目の前に迫ってくるそれはサティエリナの氷の棘と比べたらどうってことない。大きいぶんだけよけやすい。逆に小さければよけにくいだけの話。
上体を低くして、俺を裂こうとしたトローヴァの豪腕をよける。通り過ぎる直前にトローヴァの胴体を斬りつけることを忘れない。
「この野郎! 大人しく俺サマに殺されろぉ」
「嫌なこった」
トローヴァは半分に折れた大剣を拾い、黒い雷を流していく。半分に折れたはずの刀身は黒い雷によってぐぐっと伸びていく。修復されていく大剣。俺はいったん距離を取り、あれをすることにした。
ザックがトローヴァの分身を倒した技を思い出す。剣に魔力を流し、その状態で剣を振るうと三つの氷の刃が生まれ、相手に向かって飛ばしていたことを。
「……やるしかないよな」
剣に雷を流し、完全に大剣を修復させたトローヴァに向けてすばやく振るう。うまくいけ、そう願いながらさらに剣を振るい続けていると、バチバチと音を立てる雷の刃が現れた。数は十。
大剣を握り締めたトローヴァはこちらに向かってくる。俺は雷の刃たちに行け、と命じるといっせいにトローヴァへ襲いかかった。
「俺サマは雷のトローヴァだ! なめんじゃねえ」
降り注ぐ雷の刃を大剣で切り裂いていくトローヴァ。その度に減らされていく雷の刃だが、奴の肉体にもきっちりと届いている。並外れた回復力があるというトローヴァは肝心なことを忘れている。
俺は一人で戦っているわけではない。それと、いくら並外れた回復力があっても上回る攻撃さえすればいいのだ。
突撃してくるトローヴァは雷の刃の嵐を突破し、大剣で斬りかかろうとした。
「――恵美」
「任せて、吉夫くん! 大地の棘」
前へ一歩踏み出したトローヴァの足元の大地は太くて鋭い棘に変化し、奴の身体を貫いた。全身に鋭い棘を生やしたトローヴァは身動きができず、獰猛な獣の咆哮を上げる。それだけでトローヴァを貫く大地の棘に亀裂が生じ、やべぇと感じた俺は横に飛んだ。
「俺サマをなめるなあああぁ!!」
砕け散る棘。身体に数え切れないほどの穴を作ったのにも関わらず、トローヴァが振り下ろした一撃は大地を一瞬だけ揺らす。大剣を振り下ろした状態で俺を睨みつけるトローヴァにこれはいける、と確信した。奴のことを警戒しながら地面に転がっている刀を拾い、恵美の元に駆け寄る。
「一気に終わらせるぞ」
「うん」
女神の涙を飲んだせいか、いまの恵美から魔力があふれている。彼女に刀を渡すと、再び大地の棘を発動させる。今度はそうなるとわかっていたのか、トローヴァは後ろに飛びずさると、奴がいた場所から鋭い棘が生えた。
「二度も同じ手に――ぐぎゃあ」
「俺のことを忘れるな」
光の如くトローヴァに接近した俺は脚を斬りつけると、奴のうごきが一瞬だけ止まる。恵美は見逃すこともなく大地の棘を発動させ、トローヴァの脚に太い棘が突き刺さる。動けなくなるトローヴァを見据えながら右手に雷を収束させていく。
トローヴァが黒い雷で武器を生み出すことができるのであれば、俺も同じことができるはずだ。右手には漆黒の剣と同じ両刃剣を生み出す。白く輝く刀身を握り締め、恵美に呼びかける。
「フォローを任せたぞ、恵美」
「言われなくてもするつもりだよ」
俺の隣を並ぶように走る恵美は刀を鞘に収めたまま、トローヴァに向かっていく。その間にトローヴァは咆哮を上げると脚に刺さっている棘を砕き、ぼこぼこと泡立つ肉体で大剣をなぎ払う。
大剣から黒い一閃が放たれ、俺と恵美を切り裂こうとする。俺は彼女を守るように前へ立ち、双剣で打ち消す。トローヴァはくははっ! と高笑いを上げ、獰猛な笑みを浮かべる。
「俺サマを倒し、新たな<雷の欠片>保持者となってみやがれ!!」
「――吉夫くんは絶対にその保持者になるよ」
後ろにいたはずの恵美はいつの間にトローヴァの懐に飛び込み、鞘に収めていた刀を解き放った。ほとばしる銀のきらめきと舞い上がる鮮血。大剣を握る手首だけ斬られたトローヴァと奴を通り過ぎた恵美の後ろ姿。
大剣を失ってもあきらめようとしないトローヴァは、残っている腕で俺を裂こうとする。俺はそれが届くよりも速く前に踏み込み、双剣を交差させるように振るう。放たれた白と黒の一閃はトローヴァの胴体を刻み、衝撃によって奴は近くの樹まで飛んだ。
「はっ……おまえは<雷の欠片>保持者にふさわしいことを認めてやるよ」
俺が握り締めていた双剣は粒子となって消えてしまい、恵美は傍に近寄る。彼女は刀の柄に手を添えながら、トローヴァを睨みつける。トローヴァはふうとため息をつき、語りだした。
「どうせ俺サマは死ぬからいいことを教えてやるよ。
俺サマと同じ存在は他にも六体いる。どいつも邪神様から生み出された存在だが……あのようなことさえなければ、俺サマたちは普通に生きることができたなぁ」
独り言を呟くように、過去を俺たちに告げるトローヴァの苦笑はなにかを後悔しているようだ。
「俺サマたちがあのお方さえ止めることさえできれば……邪神とならずに済んだのに」
「何が言いたい」
「アースにいる俺サマと同じ<欠片>という存在は、邪神となったあのお方のせいで歪んでいる。俺サマも歪んでいたが……おまえと戦ったおかげで目が覚めたぜ。
これは感謝の印として受け取ってくれ」
自分の心臓をえぐるように鋭い爪を突き刺し、なにかを取り出したトローヴァは俺のほうに何かを投げる。投げられたそれを受け取ると、手の平に収まるひし形であった。手にしているそれから神聖な力と雷という属性が込められているのを感じる。
「邪神となったあのお方を倒せることができるのは、その<欠片>が必要だ。あと六つの<欠片>を信じられる仲間と共に手に入れろ」
「……魔王という存在はどうした? 俺たちはそいつを倒すために召喚されたはずだ」
「魔王は確かにいた。あのとき、俺サマの分身を倒したときに」
「なんだと?」
「おっと、しゃべり過ぎたようだな。じゃあな、死ぬなよ。新たな<雷の欠片>保持者よ」
俺はトローヴァが不意打ちしないのか、と警戒しながら大地に突き刺さる青い剣を回収。刀身に亀裂が走る剣へと槍になれ、と命じると言われたとおりの形となる。ただし、全体に亀裂が生じている。それを背負った俺は<欠片>をポケットに入れようとしたら、空を切る。おかしいな。しっかしと手に<欠片>の感触があったのに……まさか、俺に宿ったかもしれないな。
「恵美、刀を」
「はい」
「ありがと。じゃあ、行くぞ」
「え。ま、待って吉夫くん! これはさすがに恥ずかしいよっ」
渡された刀を腰に差し、恵美になにも告げることなくひょいと抱える。いわゆるお姫様だっこ。赤面する恵美に耳を傾けることなく、彼女の温もりを感じながらジュリアスたちがいる場所まで向かう。
樹の枝に次々と飛び移りながら獣人という種族は便利だよなとぼやき、背中に感じる突き刺すような視線から逃げるように速度を上げていく。
聖地にいるトローヴァではない、と俺は断言できる。