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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
15/68

黒狼

「黒狼様に加護を授かれし者が危機であると聞き、急いで来れば……あなたが原因でしたか」


 俺たちに降り注ぐはずの黒い雷を‘切り裂いた’のは、眼前にいる人物である。声からして男性であるとわかるが……この人はどうして俺たちを助けたのだろうか? この際だから気にしないでおくが、とりあえず彼は味方であるとわかる。

 俺たちに背を向ける人物は髪が茶色く、三角巾の耳が頭にあって、細い尻尾生えている。この人が獣人であるとわかった。

 どこからか羽ばたく音を聞いた俺は上を見上げてみると、満月を背にして浮かぶトローヴァがいた。どこにでもいそうな中背中肉。けれど、その目には狂気が爛々と輝き、ニッと不敵な笑みを浮かべるトローヴァは俺たちを見下ろしている。背中から生えているのはコウモリのような翼。バサッと翼を動かす度に風がこちらまで届き、木の葉を揺らしてザワザワという音を奏でる。


「いいじゃねぇかよ。どうせ、こいつらはあいつによって殺される運命じゃないか」


 トローヴァが手を前に出すと、魔法陣がすばやく展開される。それを目にした獣人は剣を構えて問いかけた。


「なにをするつもりだ?」

「おまえも一緒にこいつらと同じ道をたどってもらうつもりだ。つーことで、死ね」


 魔法陣から黒い雷が現れ、雨の如く俺たちに降り注ぐ。魔力がほとんどない俺にとって、これに対抗できる雷を放つことができない。ちびっ子の腕を掴んでかわそうとした瞬間、目の前にいる獣人が剣を振るう。斬れるわけがない、と思っていたときに黒い雷が消えてしまった。いや、消滅したと言ったほうが正しいかもしれない。

 宙に浮かぶトローヴァはふざけるんじゃねぇ! と叫び、複数の魔法陣を生み出す。そこから黒い雷が現れ、先ほどの倍の量で降り注ぐ。今度こそ俺たちを焼き尽くすかもしれない、と思ったが眼前にいる獣人を信じ、あえて逃げないでその場にとどまる。


「こりないな」


 獣人が呟き、剣を一振りする。視界を埋め尽くすだけあった迸る黒い雷があっという間に消えた。やはり……消滅している。獣人が剣を振るうだけで黒い雷は、まるで存在しなかったようになくなっている。あれは……ただの剣ではなく、魔導具か。


「クソったれ! どうして俺サマの魔法が通じないっ」


 悪態をついたトローヴァは両腕を交差させるように構えると、黒い雷が迸る。


「私の剣はすべての魔法を打ち消すことができるからだ」


 律儀に答える獣人に、トローヴァはニタァと口元を歪み、交差させていた両腕を振るう。トローヴァが放ったのは、エックスを刻む黒い刃。俺はこれも獣人の剣によって打ち消されるだろう、と予想していた。


「なにぃ!?」


 案の定、獣人はエックスを刻む黒い刃を剣で打ち消した。正確には、切り裂いたと表現したほうが正しい。

 黒い刃を切り裂いた獣人は、トローヴァを悟すように語りかける。


「……無駄であると理解してくれないか」

「はっ。俺サマは邪神様の脅威となるそいつを潰そうとしているだけだ! だから、さっさとそこを退きやがれ」


 いつの間に剣を手にしたトローヴァは獣人に接近していく。困ったように獣人は仕方ないと呟き、俺が瞬きした直後にトローヴァの向こう側に立っていた。

 チンッと剣が鞘に収まる音が聞こえると同時に、トローヴァの身体が二つに裂けた。頭から股まで切り裂かれたトローヴァは断末魔を上げることもなく、黒い霧となって姿を消した。それなのに、黒い霧だけは残った。ふわふわと浮かぶソレから目をそらすことなく、警戒し続ける獣人。彼はいつでも剣を抜けるように手を鞘に添えている。

 俺のすぐ隣でちびっ子が痛いです、と呟いていたので彼女の腕を放した。黒い雷が降り注ぐ前からずっと彼女の腕を掴んでいたので、すまんと謝っておき、獣人と同じようにふわふわと浮かぶ霧を睨む。


「ぎゃははっ。俺サマの本体を倒さない限り、何度でも復活できるぜぇ。だって、俺サマは不死なんだよぉ」


 不愉快な笑い声とこちらを馬鹿にするトローヴァの言葉が黒い霧から聞こえた。不死……だと? けっして死ぬことがない存在って意味だが……こいつの本体さえ倒してしまえば、二度と復活できないはずだ。それに、いくら不死でも痛みを感じる。


「不死ではありません。あの霧にあなたの雷と彼女の光を放てば、倒すことができます」


 トローヴァの言葉を否定するかのように、獣人が倒せるということを教えてくれた。どのように倒すのかわかった俺とちびっ子は顔を見合わせ、前に手を出す。全身に残っているすべての魔力を雷に変換し、トローヴァに向ける。ちびっ子も両手を前に出して光を収束させている。


「なんだとっ。まだ魔力が残っていたのか!? チッ、これは逃げるしか――」

「させません」


 俺たちがまだ戦えると判断したトローヴァは上に飛んで逃げ出そうとするが、獣人が剣の腹で‘叩いた’。

 ほんのわずかだけ動きが止まる黒い霧。俺とちびっ子は打ち合わせすらしていないのに、同時に雷を光を解き放つ。まっすぐ放たれた二条の閃光は引かれ合うように一つとなり、硬直しているトローヴァに直撃。


「ぐぎゃあああっ。な、なぜ俺サマに当たるのだ!?」


 ゆっくりと黒い霧を消滅させていく光線は、たしかにトローヴァに苦痛を与えている。だが、まだ決定的に一撃が足りないのか、トローヴァは理解できないという風に問いかける。


「古来から光は闇を浄化し、雷は邪を焼き尽くす。

 そして、闇でもあり邪でもあるあなたにはどのような形であっても通じる」


 冷静に答えたのは獣人。


「ふざけるなあああっ。俺サマは不死だぁ! こんなところで死ぬ――」

「さっさと消えてくれ。目障りなんだよ」


 不死であることを強調するトローヴァに腹が立ち、よりいっそう雷を全身から放出させた。おかげで黒い霧をジリジリと削っていた光線は倍の大きさとなり、俺の想いに答えるようにトローヴァを包み込んだ。断末魔の悲鳴が上がり、トローヴァを消し去った光線は天を射抜かんばかりと上へと伸びていく。

 トローヴァを倒した、と実感した直後に全身が鉛のように重くなり、膝をついてしまう。隣にいるちびっ子は大丈夫なのか、と様子をうかがってみると彼女は獣人に向けて双剣を構えていた。額から珠のように汗が浮かんでいるのに、彼女はまだ立ち上がる。膝は限界を示すようにぷるぷると震えているのに、なぜ彼女は膝をつかない?


「なにをしている?」

「この人はギース国王の親友であり、ユグドラシルの最強剣士とも謳われる獣人のバルベットです。彼を倒すなら、いましかありません」


 バルベットと呼ばれた獣人がこちらに振り向いた。頬のある傷、猫のように細い目は水色の双眸。髪は茶色く染まっている。彼は戦う意思を示すちびっ子を見つめ、腰に差している剣を放り投げた。つまり、戦う意思はないと。


「……え?」

「私は戦うつもりなどない。あなたたちを助けに来ただけです」

「……わかりました」


 しばしバルベットを睨みつけていたちびっ子だが、彼の目に敵意がないとわかると双剣を鞘に収めた。俺も彼から敵意は感じないので、さっさとこの場から去ってくれないかと心の中で毒つく。ちびっ子がたった一人でバーサーゴブリンの群れに突撃したことについて説教したい。


「あなたがさっきの人……いえ、トローヴァに夜襲しろと命じたのですか? ギース国王との約束を破ってまで、あなたは決着をつけたかったのですか?」


 ちびっ子は剣の柄に手を添えながら問いかけた。


「いや、あれは奴の独断である。それと私は王との決着を果たすためにわざと時間を与え、準備を整えさせたではないか」

「……わかりました。では、さっきの黒い霧は?」


 嘘をついてないと見抜いたのか、ちびっ子はさらに質問を重ねる。


「あれは元<欠片>である。あれは黒狼様が目覚めたと同時に復活し、さらなる力を得るために奇襲をかけようとしたでしょう」


 黒狼……? さっきから同じような言葉を聞いているが……白狼の間違いではないのか?


「そこのあなたが疑問に思っていることについて答えましょう。


 私は元々黒狼様に仕える一族であり、彼がユグドラシルにいる人間を殺せと命じたらその通りにやります。我が王を裏切ったのは、一族のためであります。

 ああ、白狼様は新たな<欠片>となったので黒狼様と呼んでおります」

 俺の心を見抜いたようにバルベットはすらすらと説明し、なにかを思い出したように小さな瓶を取り出す。


「黒狼様と決着をつけるために、この女神の涙を飲んでください。魔力を回復させ、傷を癒す効果があります」


 弓なりに俺のほうに投げられた小瓶を受け取り、口で栓を開ける。きゅぽんと気味のいい音を出した栓をポケットに突っ込み、女神の涙と呼ばれる液体を口に含む。少し飲んだだけでそれがあっという間に全身に広がる。トローヴァとの戦いで負った痛みは引き、魔力は身体の奥から湧き上がっていく。

 これはすごい。ちびっ子も相当魔力を消費していると思うので、彼女に飲ませることにした。


「飲めよ」

「いえ、いいです。わたしはまだ魔力に余裕がありますので、ぐぐっと飲んだください」

「足がぷるぷると震えているくせに、よくそんなことが言えるよな。はあ……口移しさせるぞ?」


 逃がさないようにちびっ子の腕を掴み、本当にやるぞと意思を示しておく。仕方ありませんね、とぼやいた彼女は飲みますと宣言したので小瓶を渡す。ちびっ子は小瓶を少しだけ傾け、ある程度飲むと俺のほうに返した。小瓶には半分まで残った女神の涙があり、残りを何かに使えると思った俺は栓をしてポケットにしまう。


「助かった。これでまだ戦うことができる」

「それはよかった」


 放り投げた剣を拾ったバルベットにちびっ子は警戒するが、彼はある方向に指を差した。目でその先を追ってみると、ある場所のみ邪気があるれていることを肌で感じた。邪気……? どうして、俺にそんなことがわかるのだろうか?


「あそこに黒狼様がいる。<欠片>となってしまったあのお方を倒せるのは、あなたしかいない」

「親切過ぎるな。罠だと考えてもいいか?」

「あなたもわかっているでしょう。あそこに邪気があふれている、と」

「……ああ」


 否定しようかと思ったがバルベットが親切に教えてくれているので、俺は肯定しておいた。


「ならば、行ってください。

 さて……元<欠片>のせいで王との約束が破られたため、私は決着をつけるとするか」


 バルベットは腰に差している剣を抜き放ち、ちびっ子に斬りかかる。とっさに身体が動き、彼らの間を割るように入り込んだ俺は剣で受け止めた。オレンジ色の火花が舞い、一瞬だけ暗闇を照らす。バルベットは俺のことなど気にすることもなく、そのまま剣をなぎ払う。弾かれた俺は剣を正眼に構え、バルベットを睨みつける。


「なにをしやがる?」

「そこの少女とあなたが組めば、あっという間に黒狼様を倒してしまう」

「おまえは<欠片>となった白狼を倒して欲しいはずだろ!」


 剣から槍へと変化させ、バルベットを貫こうとするがあっさりとかわされた。ちびっ子も双剣でバルベットに斬りかかるが、彼は踊るようにかわす。余裕という表情をしている彼は口を動かしながら、俺たちの猛攻を次々とよけていく。


「あなたには黒狼様の試練を突破しなければならない」

「こんな状況でやってられるかよっ」

「仕方ない。……麻痺(パラライズ)


 斬りかかってきたちびっ子の背後を取ったバルベットは、彼女の首に手刀を落とす。普通ならば気を失うはずなのに、ちびっ子は双剣を地面に落として膝をついてしまう。彼女が急に動けなくなり、背後に立つバルベットは殺すつもりなどないようになにもしない。


「……なにをした?」

「しばらく肉体を動かせないようにしただけで、しばらくすれば元通りとなります。私は彼女を殺すつもりはありませんので……どうか、黒狼様を」


 ぐつぐつと腹の底から怒りが煮えたぎり、全身からあふれ出る雷を槍に流していく。この馬鹿野郎は、そんなに黒狼との試練――いや、<欠片>となったあいつを俺が倒すことが重要なのか? ちびっ子と一緒なら、黒狼をすぐに倒せるということがわかっているのに、どうして彼女を同行させない?

 雷を注いだせいで全体が白く輝きだす槍を構え、矛先をバルベットに向ける。バルベットは俺の一撃を受けるつもりなのか、剣を構えていつでも動けるようにしている。一触即発の雰囲気の中、聞き慣れた彼女の声が俺たちに響き渡る。


「光波斬!」


 どこからか口を大きく開けた水色の大蛇たちと勢いよく放たれた光の刃がバルベットに襲いかかる。バルベットは慌てることもなく剣で光の刃を打ち消し、かみつく大蛇たちを切り裂く。彼はいったん距離を取り、目を細めて攻撃が来た方向に走り出す。


「バルベット! 貴公を倒すのはこの私だあああっ」


 上からトマホークを振り下ろすギースが現れた。そんな彼を迎え撃つようにバルベットは剣を振り上げる。けたましい金属音が響き、彼らの間に生じた衝撃波が木の葉を揺らす。目を開けられないほどの突風が収まると、バルベットの足元に小さなクレーターができていることに驚く。ギースの一撃は重いと知っているが……あれを受け流したってことは、さすがユグドラシルの最強剣士とも歌われている人物だ。そうやって考えると、バルベットは技術的に優れた剣士であると嫌でもわかる。


「はああっ!」


 一陣の風が吹き、拮抗状態にいるバルベットになにかが向かっていく。赤い髪をたなびかせながら、剣で斬りかかるのは明だ。

 拮抗状態にいるギースとバルベット。しかも、ギースはその状態で彼を押し切ろうとするがバルベットはふっと力を抜き、明のほうを向く。前のめりに倒れていくギースに背を向けるバルベット。ギースはぬん! と気合いを入れると足を前に出して倒れることを阻止し、手首を返してトマホークを薙ぐ。


「やれやれ……せっかちですな」


 腰に差している鞘を手にしたバルベットは振り返ることもなく、背を向けたままソレでギースの一撃を受け止めた。同じように明の剣も防いでいるバルベット。身動きできないバルベット。このチャンスを逃したくない俺は肉薄していく。そんな俺に続くように、再び複数の水色の大蛇と縦に放たれた光の刃がバルベットの反対側から迫る。


「ふっ」


 それなのに、バルベットはこまのように回転した。ギースは弾かれ、明は足に風を纏わせているのか宙で体勢を立て直す。進路をずらされた俺は横に飛ばされ、水色の大蛇と光の刃は奴の剣によって打ち消される。


「王よ、よくここがわかりましたね」


 張り詰めた空気の中、バルベットは散歩している友人に偶然出会ったという感じでギースに話しかける。


「大規模な戦闘が行われている、とジュリアスが報告したのだ。そして、暗闇でもわかるほどヨシオ殿の雷が目立ち、目印となったのだっ」


 バルベットに接近していくギースはトマホークを振り下ろすではなく、なぎ払う。


「なるほど。では、ここであの約束を果たすとしましょうか」


 なぎ払われたトマホークを上体を低くかわしたバルベットは、そのまま攻め込むかと思いきや後ろに下がる。彼は樹の枝に飛び、剣を鞘に収めると腰に差した。剣士であるバルベットが剣を収めることに、誰もが疑問を抱いていると奴は懐からなにかを取り出す。目を細めて、バルベットの手を凝視すると……あれは瓶か?


「さあ、始めましょう。ユグドラシルを賭けた戦いを」


 バルベットは取り出した瓶を空け、それを一気に飲み干すと――彼の身体に変化が起きた。バルベットの肉体が内側から風船のように膨らみだし、バキバキという音を奏でる。身にまとっていた鎧は弾き飛ばされ、彼が使用していた剣が明の足元に落ちる。

 やがて、樹の枝に四つ足の獣が現れた。三つ首を生やした獣の目は縦に割れ、大きく開かれている。水色に染まる双眸が俺たちを映し、三つの首は同時に吼える。口元にはズラリと並んだ凶悪な牙。全身は茶色く、人を容易に切り裂くことができる鋭い爪が足からのぞかしている。地獄の番犬……ケルベロスとも呼べる外見。


「ヨシオ殿。ここは私とアキラ殿に任せるがいい」

「……わかった。ただし、絶対に明と共に生き残ることを約束しろ」

「承知した」


 ケルベロスとなったバルベットを倒すことに加勢したかったが、俺にはやることがある。黒狼を倒すこと。

 約束を交わすとギースはトマホークを樹の枝に立つケルベロスに振るう。なにかに察したようにケルベロスがその場から飛びのくと、すっぱと枝が切れた。あれはトローヴァが俺に放った不可視の刃と同じ原理だ。


「あれは風の刃ウインド・カッターと呼ばれる風の魔法だ、吉夫」


 バルベットの剣を腰に差した明は足に風を纏わせたまま教えてくれた。


「なるほど……。死ぬなよ、明」

「大丈夫。僕は勇者だから簡単にくたばらないよ」


 短いやり取りを終えると、明はケルベロスとギースが去った方向を見つめる。あの二人が……一人と一匹が戦っていると思われる場所から轟音と震音を響かせている。明はそれ以上なにも言わず、音がする方向に向かって走り出す。

 さて……俺も白狼もとい黒狼との決着をつけないといけないが……その前にやるべきことがある。バルベットによって麻痺(パラライズ)されたちびっ子を樹の根元まで運び、暗闇に潜む人物に声をかける。


「そこにいるのはわかっているぞ、ジュリアス。光波斬と叫んだ時点でばれているぞ」

「……ヨシオには敵わないな」


 バツが悪そうな顔をしたジュリアスが暗闇から姿を現した。白銀の鎧にを身にまとい、金細工のように輝くポニーテールを揺らしながら近寄る。


「おまえ、まさか追いかけて来たのか?」

「当然だ。き、貴様のことが心配になって国王に告げ、ここまで来たのだ」

「そっか。心配してくれてありがとな」


アースに来てから他人に心配ばかりさせる俺は、そのような気持ちを抱かせないようにジュリアスを見つめる。憂いを帯びた緑色の瞳と表情をしているジュリアス。そんな顔を見たくない俺は彼女の額にデコピンをくらわせる。


「な、なにをする!?」

「いつもの自信はどうした、ジュリアス? 俺のことばっかり心配していると魔物にやられるぞ」

「し、しかし……」

「その調子では誰も守れない。それが、おまえが騎士として学んだことか?」


 誰も守りきれないという言葉を耳にしたジュリアスは、樹によりかかるちびっ子を見る。彼女は麻痺パラライズのせいで動けない。彼女を守ることができるのは、騎士であるジュリアスしかいない。


「……私は彼女を守る。私は騎士だ。騎士は守るべき者のために剣を振るう!」

「ははっ、おまえらしい言葉だなジュリアス。これならおまえのことを心配せずに戦いに集中できそうだ」

「貴様が私を心配するのか?」

「当たり前だ。俺にとっておまえは大切な友人で、最高のライバル。それに騎士である以前に女性だからな」


 暗闇でもわかるほどほんのりと頬を赤く染めるジュリアス。ちびっ子は聞いているこっちが恥ずかしくなりますよぉと呟く。ちびっ子は誰も聞いていないと思っているはずだが、俺の耳にはしっかりと届いていた。どこかでむうっとうなる少女の声も耳に届き、人の気配を探ってみるがどこにも感じない。気のせいだったのか?


「じゃ、行ってくるぞ」

「ああ、絶対に勝て」


 ジュリアスとちびっ子に見送られる形となった俺は全身に雷を纏わせ、聖地まで走り出す。

 森の中をひたすら走り、本能が告げる場所まで足を動かし続けると――急に視界が開く。さっきまで鬱陶しい樹々に囲まれていたのに、いまではすっぽりと森がくり抜かれた場所に出た。ここが……聖地、いやそうであった場所。ここに生えていたたくましい樹々は細くしぼみ、色とりどりの花を咲かせていたはずなのに毒々しい紫色が咲き乱れていた。

 この場の主である黒狼の姿を探し求めると――そいつは中央で腕を組んでいた。目は血液を凝固させたように赤く、狂気を宿している。銀色に輝いてい他はずの体毛はすでに黒で覆われ、二メートル以上もある身長をピンと伸ばしていた。木のように太くたくましい腕を組んでいたそいつは俺を目にすると、大地に突き刺していた大剣を握り締める。


「貴様の全力を我にぶつけるがいい!」


 巨体とは思わせないほど俊敏な動きで接近してくる黒狼。

 こいつが狼の白狼ではなく、獣人の黒狼とわかった俺は奴を迎い撃つ。

 その時、どうしてあの水色の蛇についてジュリアスに問わなかったのか、後悔することとなった。

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