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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
14/68

闇に紛れし者

 フィオナの森に夜が訪れ、魔物によって殺された仲間たちに騎士たちは静かに黙祷を捧げていた。彼らの屍はバーサーゴブリンと分け、炎で燃やし尽くしている。土葬などして彼らの肉体を土に埋めたかったが、それでは時間がかかるということで火葬にしていた。騎士たちは歯を食いしばりながらまた一人、炎の中に送る。

 辺りには肉を焦げたにおいが充満し、それに混じってツンとした錆びた鉄のにおいもする。バーサーゴブリンによって壊されたテントはすでに撤去され、かわりに動きやすい服装をしている連中がそこら辺で過ごしていた。

 彼らは冒険者と呼ばれる職業をしており、自分のレベルに合った仕事をして生きているという。そんな彼らがここにいるのは、ギースが冒険者ギルドに依頼(クエスト)をした結果。冒険者の実力など知らないが剣を振るい、集団で動く騎士たちよりも己の好む武器を扱い、自由気ままに戦う冒険者のほうがマシだ。

 本当のことを言えば、失った戦力――騎士たちの分を補うためにギースが彼らに依頼(クエスト)したのだ。

 そんなことを考えながら、俺は駐屯場を歩いて適当に時間を潰しているが……あちこちから視線が突き刺さる。俺はいつもと変わらないメイド服を身にまとい、青い槍を背負っている。おまけに銀髪、頭の上から生える三角巾――つまり耳、それとスカートから伸びるようにある尻尾が目立つせいだ。とどめに山のように膨らむ胸のせいで野郎どもの視線が集まる。


「吉夫」


 振り返ってみると、あちこちが寝癖のように跳ねている赤みがかった髪、紫色の瞳をした少年――明がいた。彼は腰に剣を差しており、魔物に出会った場合に対処できるように周囲を警戒していたが俺の前に来るとあっさりと解いた。


「どうした?」

「早く寝ようと思ったんだけど……なかなか寝つけなくて」


 苦笑する明。


「仕方ないだろう。明日は今日よりも激しい戦闘が待っているし、ギースの親友であるバル……なんだっけ?」

「ギース国王の親友バルベットさん。まったく、相変わらず他人には興味ないな」

「それは認める。

 で、そのバルベットを倒すのはおまえとギースの役目。俺は白狼を倒す。んで、魔物の相手はサティエリナたちに任せればいいな」

「そうだな。……ところでバルベットさんが律儀にギース国王に決着をつける時間を決めるって……相当自信があるみたいだな」


 明の言葉に俺は無言で頷く。

 ギースが聖地でバルベットと呼べれる獣人に裏切られ、そこでいつ決着をつけるのかと二人は決めたという。俺はなぜあの場でバルベットを倒さなかったのか不思議だ。それともアレか? ギースだけではバルベットを倒せないほど強い、ということか?

 まあいい。俺にとってギースとバルベットが明を巻き込んで決着をつけることはどうでもいい。俺にとって一番重要なのは白狼を倒すことのみ。ギースから聞いた話によると、白狼は俺との戦いを望んでいる。俺もいつかはあいつを倒さないといけないとわかっていたので、ちょうどいいと思っている。


「サティエリナさんで思い出したけれど……」


 控えめに明はぼそりと彼女のことを口にする。


「あの人って本当にお姫様なのか……?」

「おい、サティエリナは正真正銘ユグドラシルの姫だぞ? まあ、疑うのも無理はないよな。あいつ、剣術と魔法を扱うことができる人だから……そうなるよな」

「でも……おまえも見ただろう? ジュリアスさんと共に戦うサティエリナさんの姿を」


 目を閉じて彼女たちの戦っている姿を思い出す。

 青い鎧を身にまとったサティエリナは剣を振るい、得意の氷の(アイスニードル)で次々と敵を貫く。彼女の専属騎士であるジュリアスは剣を振るう度に光の刃が放たれ、多くの敵を屠った。

 彼女たちが背中合わせでバーサーゴブリンを次々と倒す姿は……まるで俺と明のようだった。あの二人が強い絆で結ばれていることをあの戦いで見せつけられた瞬間であった。


「ああ、あの二人はすげー強いよな」

「へえ、おまえが誰かを認めるなんて滅多にないな」


 人嫌いである俺が他人を認めることに感心する明。


「しょうがないだろう。サティエリナは魔法を教えてくれる人物として尊敬し、ジュリアスはお互いを高め合うことができる最高のライバルだからな」

「おまえの口からそんなことが聞けるなんて……明日は槍でも降りそうだ」


 苦笑する明に俺はバーカと返す。

 他愛もない会話をしていく内に明はおまえと話ができてよかった、と告げると去っていく。あいつ、明日が戦いだから緊張していたんだろう。今日は俺と共に数え切れないほどのバーサーゴブリンの命を奪い、騎士たちから「疾風」という二つ名までもらうぐらい活躍した。

 あいつには戦うために理由が重荷になっているかもしれないが、弱音を上げていられる場合じゃない。勇者として生きるのであれば、それ相当の覚悟が必要。いまのあいつを見ていると、覚悟を決めた目であるとわかる。


「んー……。俺もそろそろ寝るとするか」


 ギースのテントには空いている部屋がいくつもあったので、俺たちはそこを使うことになっている。用意されている部屋で恵美が頬を膨らませていなければいい、と思いながら歩みだす。

 その間に俺はヨシュアとヘンリエッタ、リーンと呼ばれる人物たちについて考えをまとめる。

 ヨシュアと呼ばれる男性は恐らく俺の前世である可能性が高い。同時に恵美の前世はヘンリエッタという可能性もある。彼女は異世界アースに召喚されるまで‘鈴音に似た女性に殺される夢’を見たことがない。恐怖に怯える恵美が今日になって打ち明けてくれた。

 添い寝をしている理由がこのような夢――親友に殺されることはたしかに怖い。これからはずっと彼女の傍にいないといけないな、と苦笑してしまう。

 ‘鈴音に似た女性’というのは……リーンと呼ばれる人物。彼女はなにかしらの理由でヘンリエッタを殺してしまった。俺はそのワンシーンを隣で目撃している。

 つまり俺はヨシュア、恵美はヘンリエッタ、鈴音はリーンとなる。

 では、ガウスと呼ばれる男性はどうなる? ……まさか、明か? 明とガウスの共通点と言えば燃えるような赤い髪、紫色の瞳。加えて、髪があちこち跳ねていることもまったく同じだし……。


「考え過ぎだよな……ん?」


 あともう少しで恵美たちがいるテントに着きそうになったが、遠くで金属がこすれ合う音を耳にした。自慢ではないが、獣人になってから耳と鼻は人間よりも優れている。


「気のせい……じゃないよな」


 目を閉じて、耳を澄ませる。神経を集中させていると火が爆ぜ、風が枝を揺らし、人々の話し声が聞こえてくる。さらにもっと奥へのほうに意識を集中させると森がざわついていることがわかる。

 嫌な予感がする、と感じた俺はすぐに足に雷をまとわせ、金属がこすれ合う場所に向かって走り出す。獣人になったおかげで耳と鼻だけではなく、身体能力も向上している。さらに速度を上げるために足に雷をかけたことによって、いまの俺は通常よりも速く走れるのだ。

 驚いてこちらを見る騎士や冒険者のことを無視し、ひたすら走り続けていると途中でジュリアスと目が合った……はず。彼女の性格からにして、単独で行動する俺に後で説教が待っているかもしれない。けれど、そんなものは後回しだ。いまはこっちのほうが優先だ。

 フィオナの森に着くと不気味なほど静寂に満ち、奈落のように真っ暗であるとわかる。俺は暗闇に目立つ雷を消しておく。それでも走る速度だけは落としたくなかったので、たんっと軽く大地を蹴って近くの樹の枝まで飛ぶ。それから猿のように次々と移動していく。

 目的地は金属がこすれ会う場所。

 ひたすら樹の枝を飛び移り、ようやく音のする場所にたどり着いた俺はそこから見下ろす。

 静寂な森を騒音に満たしているのは暗闇とうまく一体化させた黒い肌をした生物。血液を凝固させたように赤い目を爛々と輝かせ、剣や斧を腰に差し、また肩に担いだりしながら集団で歩くバーサーゴブリンたちであった。

 彼らが歩くたびにザッザッザッと大地を踏みしめ、軍人のように足並みをそろえている。金属がこすれ合う音はバーサーゴブリンの武器がぶつかっていることなのか、と知った俺は舌打ちをする。

 バーサーゴブリン。

 あれはただのゴブリンではない、と明と共に戦ったときに実感している。ギースが言うには聖地に封印されていた<欠片>の邪気がフィオナの森全体に広がった。そのせいで最弱のゴブリンはバーサーゴブリンに進化してしまった。普通のゴブリンとはどこが違うのか、と問われたらギースはこう答えた。

 命の危機になると敵味方関係なく攻撃し、その一撃は鋼鉄の盾すら裂くという。つまり、凶暴化(バーサー)状態になってしまう。こうなる前にさっさと頭部を潰すか、心臓を貫くか。そうしないと死ぬ。おまけにゴブリンよりも集団攻撃がうまくなっているので、あんなのに一人で立ち向かうのは無謀だ。

もし、明がいなかったら……俺はここにはいなかった。


「さて……と」


 ざっと見積もっても百体以上のバーサーゴブリンが眼下にいる。ここは……ギースたちに報告し、こいつらが夜襲してくるのを伝えていつでも戦えるように準備させたほうがいいな。たとえ、俺がこいつらと立ち向かったとしても二匹か三匹しか倒せそうにない。

 あきらめて、すなおに来た道を引き返そうとした、バーサーゴブリンたちがざわめく。なんだ? 気になった俺は静かに成り行きを見守っていると――


「はああっ!」


 気合いの入ったかわいらしい声と共に、上から一直線の光がバーサーゴブリンのたちの中心に落下する。

 断末魔の悲鳴、肉が潰れ、骨が砕かれる。同時に三つの音を耳にしてしまった俺は目を凝らし、光が落下した場所を見つめる。

 後ろ姿でしかわからないがそれでもある程度の情報を得ることができた。銀細工のように輝く髪をツインテールに結び、小柄な体躯で二振りの剣を構えている。

見間違いでなければ、あれはちびっ子だ。俺たちと共に白狼を倒そうとしたあの娘しかいない。


「ていやぁ!」


 突然の攻撃に戸惑いを隠せないバーサーゴブリンに近づき、握り締めている双剣を振るうちびっ子。武器すら構えていなかった二匹のバーサーゴブリンは受け止める間もなく胴体を切り裂かれる。断末魔の悲鳴が上がり、それを目にした残りのバーサーゴブリンたちは武器を握ってちびっ子に群がっていく。

 それに対し、ちびっ子は勇敢に立ち向かう。――って、なにを冷静に状況を把握しているんだよ! 俺は彼女に傷を治してもらった恩がある。だから、このまま彼女を見捨てることはできない。

「人助けなんて、俺らしくねぇ」

 ぼそりと呟き、右手に雷を集めながらバーサーゴブリンの群れに手の平を向ける。左手で右腕を固定するように掴み、集まった雷はバチバチと音を立てている。ちびっ子に当てないように気をつけながら収束した雷を解き放つと、一条の光線がバーサーゴブリンに襲いかかる。

 さらにもう一度だけ雷を右手に集め、今度は駐屯場でやったように分散させる。威力は多少落ちるかわりに広範囲の攻撃ができるので、

バーサーゴブリンたちの注意をこちらに引くことができる。


「予想通りだな」


 さっきの攻撃で俺が樹の枝にいることだと気付いたバーサーゴブリンたちは、こちらにほうに走り出す。うまくいってよかった。そう思いながら樹の枝から飛び下りた。そのときに足の骨を折るかもしれない、と一瞬だけ脳裏をよぎったがいまの俺はなんでもできるような気がした。着地する前に足に雷をまとわせ、背負っている槍の柄を握る。

 着地した俺は筋肉のバネを利用するかのように前へ飛び出し、槍の先を迫り来るバーサーゴブリンに向ける。槍は見事に前にいたバーサーゴブリンの頭部を貫き、脳髄と血液が宙に舞うい、白いメイド服を汚す。仲間が殺されるのを目にした他のバーサーゴブリンたちはおたけびを上げ、手にした武器で襲いかかる。だが、いまはこいつらの相手をしている時間さえもったいない。


「<剣となれ>」


 槍に命じるとそのとおりの形へと変化し、俺はそれで襲いかかってきたバーサーゴブリンの頭部を切り裂く。青く輝く刀身、片手で握るそれはずっしりと重いが常に槍を扱ってきた俺にとってちょうどいい重さ。それが――剣。

 このように槍から剣、剣から槍へと変化できるようにしてくれた黒騎士に感謝しながら、また一匹の頭部を切り捨てる。けれど、いちいち一匹の頭部を狙っていくことに時間がかかることに腹を立てた俺は雷を剣にまとわせる。そのまま迫り来る黒い集団に向けてなぎ払うと一閃が放たれ、連慮なく切り裂いていく

 。一閃を放ったおかげで一気にたくさんのバーサーゴブリンを切り裂くことが可能となり、俺は開かれた道を進みながら剣も悪くはないと感想を抱く。

 ちびっ子がいる方向に向かって走り出すと、そんな俺を邪魔するようにバーサーゴブリンが立ちふさがる。どけよ、と呟いた俺は襲いかかる連中をすべて一閃にて返り討ちにしていく。

 ひたすら剣にまとわせた雷を放ち、武器を弾き、敵をなぎ払う。

 このようなことを繰り返していくと、ようやく彼女の背中が見えた。二振りの剣を振るい続けるちびっ子の周りには、血の海に沈む死体と傷つきながらもあきらめることを知らないバーサーゴブリンがいる。


「ちびっ子! さっさとそこから離れろ!」


 はっとしたように俺を見たちびっ子は言葉で返すことなく、行動で示した。ちびっ子はバーサーゴブリンを斬りつけると、ぐっと膝を曲げて誰もいない上へとジャンプ。

 握り締めている剣にたっぷりと雷を注ぎ、右足を軸にしてコマのように回転。全範囲へと薙ぎ払われた一閃は近付こうとしたバーサーゴブリンを切り裂き、一気に数を減らすことができた。

 ちびっ子のことを確認してみると、彼女は一閃に巻き込まれない場所に立ち、近寄るバーサーゴブリンを二振りの剣で倒していく。

 俺も彼女の加勢でもしようか、と思ったその直後に背中が熱を帯びたように熱くなる。痛みに顔をしかめながらも振り返ってみると、目に復讐の炎を宿し、片腕を失ったバーサーゴブリンが立っていた。


「仲間の仇だぁ!!」


 片手に握り締めている剣を振り下ろすバーサーゴブリン。すぐに剣に雷をまとわせ、そいつに一閃を放つ。これは防ぐことなどできないだろう、などとこれまでの結果から出たことを想像しながら後退する。

 けれど、バーサーゴブリンは放たれた一閃を振り下ろした状態の剣を振り上げ、それを防いだ。一閃を防いだバーサーゴブリンは後ろに飛ばされるが、奴は体勢を整えると叫んだ。


「まだだぁ、加護を授かれし者ぉ!!」


 明たちと白狼、それと黒騎士しか知らない加護を口にしたバーサーゴブリンは握り締めている剣を振るう。遠距離からやっても意味はないだろう、と楽観視していたら肩に痛みは走る。まるでかまいたちがあったように肩はぱっくりと開いていた。


「ちょこまか逃げるなぁ!」


 バーサーゴブリンが剣を振るう度に不可視の刃が生まれ、次々と仲間たちと樹々を切り刻む。俺は耳で不可視の刃が来る方向を予測し、一歩、また一歩前へ進む。どこから来るのかわかっていても、さすがに避けきることはできない。不可視の刃は頬をかすめ、服を刻み、純白から白へと染めていく。

 近付けば近付くほど、死神の鎌の如く俺の首を狩ろうとする風が吹き荒れる。剣に雷をまとわせながら一閃をやろうと考えるが、不可視の刃によって打ち消されるかもしれない。雷を放つことも同じ。ならば――


「最大の一撃を喰らわせてやるよ」


 いったん距離を取った俺は腰ためするように剣を構え、雷を注いでいく。不可視の刃に防がれないほど、俺は自分が持てるすべての魔力を流していくと青い刀身は光り輝く。

 こちらが離れたことによって、不可視の刃が届かなくなったことに腹を立てたバーサーゴブリンはしびれを切らしたように前へ出る。かえって好都合だ。


「じゃあな」


 剣を掲げた俺は勢いよく振り下ろすと、高速で放たれた雷の刃がバーサーゴブリンを切り裂いた。これだけではとどまらず、雷の刃はそのまま一直線に進み、樹々を刻み、大地に裂け目を生み出した。


「もう二度と同じことをしたくねぇ……」


 どっと全身に疲労が襲いかかり、方膝をついた俺はちびっ子の姿を探し求める。彼女がこれに巻き込まれていたら、助けた意味がない。

 きょろきょろとしていれば、まっすぐこちらに向かってくるちびっ子を発見し、大丈夫か? と訊こうとした。が、その前にちびっ子が力強く抱きついてきたせいでなにも言えなくなる。頭一つ分違うせいか、俺はちびっ子の胸に顔をうずめるような形となってしまう。


「お、おいっ。なにをしているんだ!」

「だって……わたしのせいで二度もあなたを危険な目に合わせてしまったんですよ!? それなのに、わたしはまったくあなたの力になれませんでしたから……」


 ちびっ子の言葉が気になった俺は立ち上がり、彼女の頭を優しくなでる。


「どうして俺が二度もおまえを助けたことになっている? 今日、初めて会ったばかりだろう」

「嘘です。目と髪の色は違いますが、あなたが振るう剣と槍はあの人とまったく同じです。あなたが女性になった理由は知りませんが、纏う雰囲気が同じなのですぐにわかりました」


 一回出会っただけでここまで人の特徴を覚えるとは……すごいな、ちびっ子。

 ふと思ったんだが、俺たちは無防備とも言える状態なのにどうして他のバーサーゴブリンが襲い掛かってこないだろうか? 周囲の様子をうかがってみると、奴らの死体があちこちに転がっている。中には俺たちに背を向けて逃げていくバーサーゴブリンたちも視界に入った。

 まさか……ちびっ子が全部やったわけではないよな……?


「なあ、ちびっ子」

「だから、ちびっ子ではありませんってば!」

「残りは……どうした?」


 するとちびっ子は恥ずかしそうに頬を赤く染め、俯きながら答えてくれた。


「その……恥ずかしい話ですが、わたしがあなたの邪魔をする相手を倒しておきました」


 一人でこいつらを倒したのかよ……。そうなると、俺がこいつを助けに来なくてもよかったじゃないか。まあ、おかげで俺があの隻腕のバーサーゴブリンと一対一で戦うことができたから、結果はよしとするか。


「これで二回も助けられたな」

「えへへ、お互い様ですよ」


 白狼のときに傷を治してもらい、今回はバーサーゴブリンの注意を引いてくれたちびっ子。本当にお互い様だよな。

 彼女の頭を撫でながら、この血塗れになったメイド服をサティエリナにどのように言い訳をしようか、と悩んでいるとゾワリと肌が栗立つ。魔力をほぼ使い切っている状態なので魔法は使えない。

 その代わりに剣を振るうことぐらいであれば俺に残されている。頭をなでられていたちびっ子は俺から離れ、腰に差している双剣を抜き、眼前に立つソレを見据えている。

 身体を二つに裂かれ、雷によって全身を焼き尽くされたはずの隻腕のバーサーゴブリンがそこに立っていた。けれど奴の目は虚ろで、口はだらしなく開き、残っている腕で剣を握っている。


「ぎゃは」


 楽しそうにソイツは笑い出し、赤い目に理性の光が宿る。


「ぎゃはははっ。あ~楽しい。ちょー楽しかったぜぇ、白狼の加護を授かれし者ぉ。

おっと、俺サマだけがおまえらのことを知っているのは不平等だから名乗っておくぜ。俺サマはトローヴァだ。よろしくぅ」


 俺たちを見た隻腕のバーサーゴブリン――いや、トローヴァと名乗るソイツは勝手にしゃべりだす。俺たちとの戦いが楽しかったと言い出したトローヴァは、聞いてもいないことを教えてくれた。


「俺サマさぁ、長い間ずっ~と聖地に閉じ込められていたけれどよぉ、いまじゃあ自由の身なんだぁ」


 聖地に閉じ込められていた、ということで俺はトローヴァが白狼に封じられていた存在を知る。


「おまえは、ザックによって殺されたはずだ」


 聖地で黒騎士ザックが全身に目を生やした人型を黒い炎で焼き尽くしたのを目撃している。隣にいるちびっ子もそのことについて知っているからこそ、嘘は通じない。


「あれは俺サマの分身さ。白狼がおまえらと戦っているせいか知らねーけどよ、封印が弱まったんだよ。でな、様子見しようとしたらあのお方の存在を感知し、これこそ封印が解けた理由かと納得したのさ。 

まっ、おかげで調子に乗った俺サマの分身はあっさりと殺されちまった」


 分身という言葉を聞き、まさかバーサーゴブリンの肉体を乗っ取ったのもこいつの仕業であると考える。そうすれば、あのバーサーゴブリンが以上に強かったこというのも納得できる。

 だが、どうやって生き返ることができるのか俺にはわからない。


「消えてください」


 光の尾を引きながらちびっ子はトローヴァに攻め込む。トローヴァも彼女を迎え撃とうとして剣を構えようとした直前、奴の腕が高らかに宙を舞う。


「おおっ、やるじゃ~ん」


 痛みを感じないのか、トローヴァはちびっ子のことを評価する。ちびっ子は与えられた評価のことなど気にすることもなく、両腕を失ったトローヴァに斬りかかる。彼女がトローヴァを通り過ぎる度に両足が落とされ、次に胴体と首が別れる。

 息を荒げながらちびっ子は俺のところまで戻り、首だけとなったトローヴァを睨みつける。


「おいおい、俺サマは邪神様から生み出された存在だから、こんなことぐらいで死ねないぜっ」


 首だけとなったトローヴァがまだ生きていることに俺は驚きを隠せない。

 ちびっ子は驚くこともなく、双剣に光を集めていく。なにをするのか知らないが、俺は彼女を制止させる。


「やめておけ。これ以上こいつのあいてをしていたら時間の無駄だ」

「ですが、ここで倒しておかないと後悔します!」

「首だけで生きている奴をどうやって倒すつもりなんだ? やるだけ疲れるぞ。それに、あれだけバーサーゴブリンを倒したからいいじゃないか」

「あなたはなにも知らないから、そんなことが言えるのです! あれは――」


 ちびっ子がトローヴァについて教えようとしたときに、ゆらりと幽鬼のように一体のバーサーゴブリンの死体が立ち上がる。説明をあきらめたちびっ子は双剣に光を集めると、地面に転がる首だけのトローヴァに斬りかかる。


「ぎゃはは。ざんね~ん」


 バーサーゴブリンの死体が彼女の前に立ちふさがり、トローヴァの進路妨害を行う。ちびっ子は死体ごと巻き込むように双剣を振るうと光の刃が生まれ、紙の如く切り裂いた。

 光の刃はそのままトローヴァの首を斬る、かと思えば死体の先にはなにもなかった。


「俺サマの真の実力を出してやるよぉ。あっさり死ぬなよ?」


 ‘上’から声がしたと同時に俺たちへと黒い雷が降り注ぐ。

 けれど、それは俺たちに届くことはなかった。

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