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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
13/68

フィオナの森へ

「……ふう」


 すっかり着慣れてしまったメイド服を身にまとう俺は、サティエリナからもらった休憩時間を使って自分の部屋でくつろいでいた。俺が過ごしているここはベットとメイド服が仕舞われているクローゼット、それといくつかの本が机の上ある。これらを除けば殺風景であるが、ここで過ごす俺と恵美にとっては落ち着きを与えてくれる。

 白狼の加護を授かってからすでに四日が経ち、今日の個別指導はいつもよりキツかったと思い返す。

 毎朝ジュリアスの手合わせを行い、それから休憩もとい朝食を済ませるとサティエリナの個別指導となる。これは俺だけではなく、恵美や明も同じこと。

 サティエリナはいままで氷の(アイスニードル)を用いて俺に攻撃していたのに、今日はまるっきり逆。つまり、攻めが俺で守りがサティエリナ。魔法しか扱えない彼女のことを心配していたが、実際に手合わせしてみると遠慮する必要すらなかった。フィオナの森で、彼女が剣術を使えることをすっかり忘れていた。おかげで、白熱した‘接近戦’をジュリアス以外とできてうれしかった。サティエリナもうれしそうに氷の微笑みを浮かべていたな、といまさらながら思い出す。


「よし、風呂でも入るとするか」


 明と恵美の個別指導をしていたノルトとジュリアスが風呂から出ていることを祈る。女性たちの風呂は長い、と承知していたがさすがに一時間もすれば、彼女たちも上がっている頃だろう。今日はサティエリナから一緒に入浴しない? と誘われなくてよかったと思う。というか、誘われるじゃなくて命令で入らされるよな……。

 でも、もしもあの場に俺がいたとしたら――ジュリアスが羞恥で頬を染めながら剣で斬りかかり、恵美はスキンシップしようかとか言いながら近寄る。ノルトは上品に微笑みながら事態を見守り、サティエリナは静観でもしているだろう。逆に明であれば、彼女たちからリンチされていることは間違いなし。

 恵美がたっぷりと彼女たち(特にジュリアス)をいじった頃合を見計らい、部屋から出ようとしたときに――声をかけられた。


「ヨシオ様」

「うおっ……驚かすなよ、ノルト」


 切れ長い目はルビーのように赤く、白い髪を三つ編みにまとめるメイド――ノルトはいつの間に俺の部屋に侵入していた。彼女のせいで驚き、わずかに飛び上がった俺を目にしたノルトは口元に手を当て、ふふと上品に笑う。

 どうやって部屋に侵入したのだろうか? 俺は獣人となったせいで人よりも鼻と耳は優れているから、ドアが開く音さえ気がつくはずなのに……。

 疑問を抱きながら部屋の入り口と出口になりそうな場所を見てみる。俺がいま開けようとしたドアは閉ざされているので、出口となりそうな窓を確認してみると……風によって白いカーテンがなびいていた。……おい、ノルト。窓から登場か? ここ、三階だぞ。


「風の(ウイングロード)で来ました」


 俺の心を見透かしたように、どのように来たのか彼女の口から教えられた。たしか、風の道(ウイング.ロード)って彼女しか見えない風の道を作り出し、その上を走り抜けることができる……だったはず。普通にドアから入ればいいのに、わざわざ窓から侵入したのは……


「なにかサティエリナの身に起きたのか?」

「ふふ、ヨシオ様はすっかりサティエリナ様の下僕になっておりますね」

「うるさい。こき使われたら嫌でも心配するだろうが」

「そうしておきますね」


 すっと切れ長い目をさらに細めるノルト。


「……ヨシオ様、フィオナの森で国王が獣人によって負傷し、魔物たちが活発に活動しております」

「あのギースが負傷するって……相手は相当強いな。このことを俺以外に伝えたのか?」

「いいえ。サティエリナ様にこのようなことを知らせるのは酷です。あのお方は感情を表に出しませんが、内側はしっかりと感じております。なので、あなたから知らせてください。では」


 伝えたいことを俺に告げたノルトは入ってきたときと同じように、部屋の窓から出ていく。制止させる間もなく、慌てて窓から顔をのぞかせる。


「……すごいな、ノルト。本当に空中を駆け抜けているじゃないか」


 なにもない空中でただ一人だけ駆け抜けていく白い三つ編みを見送った俺は、サティエリナに報告することにした。

 それからすぐにサティエリナはフィオナの森に行きましょう、と宣言する。

 あの時、彼女はギースのことで一瞬だけ泣きそうな表情をしたのに、すぐにいつもの無表情に戻っていた。

 王族であるサティエリナの意思は強い、と思い知らされた瞬間であった。






 俺たちはすぐにでもフィオナの森に行かなければならなかった。が、馬車で最低でも二時間もかかる距離をどのようにして埋めるのか疑問であった。そして、肝心なサティエリナと彼女の従者であるノルト以外は全員そろっている。

 勇者である明は質素な皮鎧を身にまとっていつも以上に落ち着き、そわそわしている恵美は不安を募らせている。ジュリアスは白銀の鎧に身を包み、主であるサティエリナを待つように静かに目を閉じている。

 彼らの様子をうかがいながら、俺はこの場所について確かめる。

 周囲には支柱が規則正しく並び、床には複雑に描かれた魔法陣。中はうっすらと暗く、一定の感覚で配置されているロウソクが照らしている。

 見間違いでなければ、ここは俺たちが召喚された場所だよな。いまさら、ここでなにをするのどうか?


「全員そろいましたか?」

「……っ」


 サティエリナの声が響き、明が息を呑むのを感じた。ああ、俺もおまえの気持ちがよくわかるぞ。

 サティエリナは腰に剣を差し、青銅の輝きを放つ鎧を身にまとっている。一瞬だけ重くないのか? と疑問を抱いたものの、軽やかに歩む姿を見れば氷解してしまう。

 彼女の隣に控えるノルトはいつもと変わらないメイド服。それは俺も変わらないが……彼女の場合、服の下になにかを隠していると雰囲気で感じ、ただのメイドではないと改めた。


「サティエリナさん、どうやってフィオナの森に行くつもり?」


 全員がそろったことで明が俺たちが思っていることを口にした。


「転移を使うため、この魔法陣を利用します」

「それはどんな魔法?」

「頭の中で行きたい場所を思い浮かべ、描いた魔法陣を使って移動します」


 明に説明を終えたサティエリナは中に入ってくださいと指示し、全員は疑うことなく魔法陣の上に立つ。そんな中、恵美がくいくいと俺の服を引っ張る。


「どうした?」

「……怖いよ」


 たった一言だけ伝えてくれた彼女の瞳には、不安と恐怖の色が浮かんでいる。俺はよく巴にしたように、恵美を安心させるように頭をなでる。


「大丈夫。俺はおまえを守るって約束しただろう?」

「……うん」

「だから心配するな」

「ありがとう、吉夫くん」


 天使のように微笑む恵美からは不安を感じられない。安心した俺は彼女の頭をなでるのをやめ、こちらをうらやましそうに見ているサティエリナに無言で頷く。


「フィオナの森へ」


 サティエリナは静かに言葉を紡ぐ。







 目の前にはバスケットコートのように細長く、縦に短い空間があった。上にはここを照らす電球らしきものが並び、客をもてなすようにソファーとテーブルがある。足元にはうっすらと刻まれた複雑な魔法陣が描かれている。

 ここは……ギースのテントだよな。しかも、これだけ広かったのは……なにかあったときに城から増援を一瞬で呼ぶことができるよな。ソファーとテーブルさえあれば、無駄に大きなスペースを取る必要はなかったが……このような意味があるとわかったときにはスッキリする。……ん? ノルトはどうやってギースが負傷したことを知ったのだろうか? 転移さえあれば一瞬で移動できるのに関わらず、あのように慌てる必要はなかったのに……まあ、いいか。あとで考えよう。


「うるさいな」


 剣戟と怒号。この二つの音が俺の耳に届き、明と無言で目を合わせて外へ出ようとする。あいつは、ここからでも外でなにが起きているのか肌で敏感に感じたようだ。そう、戦闘だ。


「よ、吉夫くんっ」


 テントの外に出て行こうとしたときに恵美が制止させる。


「私も一緒に戦うから――」

「ヨシオ様、アキラ様。メグミ様はワタシが守りますので、ここは任せてください」


 なにかを言いかけた恵美の言葉を遮るように、ノルトが音もなく二振りのダガーを構える。彼女は目で早く行ってくださいと訴えているので、俺と明はテントの外に出ると――そこは別世界であった。

 黒い肌をしたゴブリンたちと騎士たちが剣を交え、相手の命を奪うために必死で戦っている。

 フィオナの森の駐屯場まで魔物が攻め込んでいるせいか、テントは刃物によって刻まれ、騎士の死体が転がっている。鼻をツンと刺激する錆びた鉄のにおい、草は緑であったはずなのにいまでは赤黒く染まっていた。


「あの人を助けてくる」

「俺に報告しなくてもいいぞ、明」


 全身に風を纏わせた明は騎士と交戦中のゴブリンまで一直線で向かい、迷うことなく腰に差している剣を抜き放つ。まさか、別方向から来ると予測していなかったゴブリンはそのまま明に斬られる。

 四日前までは命を奪うためらいがあるヘタレ野郎だったのに、あのように説明するだけでこうも簡単に変わるとはな。

 俺が明に告げたことはこんなこと。

 牙を持たない人々のために明が人類の剣となればいい。立ちふさがる相手は誰であっても容赦せず、斬らないといけない。

 戦うための理由。命を奪うためらいをなくすための言い訳。勇者として生きる動機。


「俺も動くとするか」


 こちらに気がついた黒い肌をしたゴブリンは、数匹でこちらに向かってくる。あいつらの動きを見据えながら、なにが変わったのかと観察する。武器となる剣や斧、または棍棒を握り、血液を凝固させた赤い双眸、黒い肌のゴブリン。

 唯一変わったのは緑色の肌から黒くなっただけか、と呟いた俺は右手に雷を集めていく。ゴブリンたちは動こうとしない俺が怖気づいていると勘違いしたのか、おたけびを上げながら迫ってくる。

 ゴブリンたちのことなど気にすることもなく、俺は左手で右腕を固定するように掴み、集まった雷を解き放つ。一条の閃光が迸り、接近してきたゴブリンたちは目を大きく開かせながら飲み込まれる――いや、飲み込ませる。


「分散」


 一条の光は俺の言葉に反応するように分裂し、当たらなかったゴブリンに命中。肉が焦げるにおいが鼻に届き、黒く焦げたゴブリンは地面に転がる。俺は背負っている槍を抜き、周囲を見渡してみる。

 黒い集団がうじゃうじゃと群がるゴブリンたちに勇敢に立ち向かうのは明、サティエリナとジュリアス、それと騎士たち。負傷したはずのギースはトマホークを振るい、自ら群れるゴブリンに突撃し、次々と切り裂いていく。


「……狩りの時間だ」


 不敵に笑った俺は明と合流し、襲いかかる奴らを蹴散らしていく。







「わははっ。二人であれだけのバーサーゴブリンを倒すことができるとは、さすがは異世界から召喚された勇者だっ」


 豪快に笑うのは、たくましい肉体に袈裟斬りされた痕があるギース。バッサリと斬られているくせにピンピンとしている彼が負傷したというのは、ノルトの聞き間違いではないのか? と疑いたくなるくらいだ。さらにゴブリンの群れに単独で突撃したくせに、その肉体には袈裟斬りされた傷跡しか見当たらない。傷跡がないって……人間じゃないよな。

 ため息をついた俺は上半身裸のギースが明の肩をバンバンと叩き、ほめている姿から視線をそらす。ここはギースのテント。サティエリナと恵美は彼らの向かい側のソファーに座り、雑談をしている。普段から無表情を貫いているサティエリナの顔には疲労の色がうかがえる。恵美はそんな彼女を気遣いながら、俺たちがいた世界についていろいろ語っている最中であった。

 彼女たちの邪魔をしたくない俺はジュリアスも休めばいいのに、と愚痴る。ジュリアスはいまここにいない。彼女は他の魔物が侵入してこないのか、と駐屯場の外で生き残った騎士たちと警戒中。ローテーションしているから大丈夫だ、と出て行くときに伝えてくれだが、彼女も疲れているはずなのに……よく頑張るよな。

 ノルトだけは俺と同じように彼女たちの背後に控え、いつでも動けるように目を光らせている。


「ねえ、吉夫くん」

「ん? 紅茶のおかわりか、恵美。それとも、果物を食べたいのか?」


 サティエリナの従者としてあれこれ求められたせいか、とっさに思いついた言葉を口にしてしまう。


「ううん。明くんと一緒にバーサーゴブリンの群れに突撃したくせに、かすり傷すら負っていないことが不思議なの」


 いや、ちゃんとかすり傷ぐらいは負ったから心配するな、と口には出さずに違うことをしゃべる。


「俺がそんなヘマをするなんて――痛ぇ!」

 ソファーに座っていたサティエリナは俺のわき腹をつねていた。


「なにをする、サティエリナ!」

「あなたが嘘ついていることぐらいお見通しよ。それに、返り血を浴びたあなたは着ていた服を捨てたでしょう?」


 息がかかる距離まで近づいたサティエリナはくんくんと鼻を動かし、わき腹をギュとねじる。


「……血のにおいがするわ」

「痛いからやめてくれ! 俺が嘘ついたから許してくれよ!」

「すなおでいいわ」


 わき腹から手を離しサティエリナは安堵の息をつき、凍てつく視線を明とギースに向ける。


「父上、ヨシオにいやらしい目を向けないでください」

「いやらしくない! あまりにも美しくなったヨシオ殿に見惚れてしまったのだっ。そうだろう、アキラ殿?」


 そこで明に話を振るギース。


「あっ、はい。……吉夫はますます美人になったよなぁ。いっそのこと、そのまま女性として生きればいいじゃないか?」


 女性扱いされるのが一番嫌だと知っているはずの明と、ギースの言葉に俺の身体から雷があふれてしまう。俺は怒りを抑えながら、サティエリナに許可を求める。


「サティエリナ、ってもいいか?」

「ええ、やりなさい。それとわたしを心配させた父上は負傷どころか、ピンピンしているので……おしおきが必要よ」


 主であるサティエリナから許可が下りたので、怒りによってあふれてくる雷を右手に集めていく。


「待ってくれ、ヨシオ殿! 私が悪かったから許してくれ」

「僕もおまえのことを美人と呼んですまない!」


 相手がユグドラシルの王であろうが、異世界の勇者だろうが関係ない。俺のことを美人だの、見惚れるだのという野郎は嫌いだ。まあ、女性から褒められることがあれば……それは引きつった笑みで許そう。

 手の平に集まった雷を放てるように左手で右腕を固定しようとしたとき、ふううと耳に暖かい息が吹き抜ける。おかげで身体から力が抜いてしまい、ふああと艶かしい声を出してしまう。収束していた雷は霧散し、誰がやったのか? と隣にいる人物に目を向けてみるとぶうっと頬を膨らませる恵美であった。


「サティエリナさんと仲良くなり過ぎ」

「えーと……嫉妬か?」

「うん。だって、最近吉夫くんと話せないから……寂しいの」


 サティエリナの従者として過ごしているせいで、恵美と接する時間は添い寝以外しかない。すなおに認め、謝罪することにした。


「そうか、すまなかっ――痛え! 恵美、おまえもサティエリナがつねた場所をいじるな!」

「ノルトさん、吉夫くんを脱がすの手伝ってくれる? あと、傷薬とかお願いしますね」


 ふわっと身体が浮かび、スカートがめくれそうになってので慌てて押さえる。ノルトが風の魔法で俺を浮かばせたようだ……じゃなくて。


「ノルト! どうして恵美に手を貸す!?」

「ヨシオ様に女性の喜びを教えてあげます。手当てはついでにさせていただきますよ」

「さあさあ、吉夫くん。私たちがじっくりたっぷりとあなたをかわいがってあげるよ」

「ふざけるなっ。って、おい。どうしてサティエリナまで来る!?」


 ふわふわと浮かぶ俺の背中を押すノルト、うきうきして右側を歩く恵美、さらに氷の微笑みを浮かべるサティエリナが左側となっている。


「わたしとあなたの仲を見せつけましょう、ヨシオ」


 俺はギースと明に助けを求めるように見つめる。彼らは温かい目で見守るように俺らのことに関してなにも言わなかったので、ギブアップさせてもらった。

 余談だが、俺の手当てをしてくれた恵美とサティエリナはこれを機にお互いの仲を深めたという。


 


 



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