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白銀の魔王は黒き剣と踊る  作者: Victor
召喚の国ユグドラシル
12/68

王と従者

 

 ユグドラシルの王であるギースの一日は太陽が昇る前に始まる。二ヶ月前からフィオナの森のテントで寝起きをしている彼は、城にいた頃と変わらないように目覚める。大きくあくびをしてから、ギースは部屋を見渡す。キングサイズのベット、暇つぶし用の本と筋肉を鍛えるためのバーベル、テーブルの上には色とりどりの果実。これらを除けば殺風景であるが、ギースにとってこれぐらいがちょうどいい。

 彼は赤く熟れた果実を口にし、これからのことについて考える。

 まずはいつものようにフィオナの森でトレーニングを行い、同時に変化が起きていないのかチェックする。たいていはトレーニングする間にゴブリンやキラービーにという魔物に襲われるが、あっという間に返り討ちにしてしまう。王という立場にいるだけではなく、彼は一人の人間としてユグドラシルを守りたいのでそれぐらい朝飯前である。

 朝のトレーニングを終える頃には、騎士たちが駐屯場で訓練をしているだろう。もしくはギースが戻ったのを見計らい、騎士たちがいくつかのグループに別れてフィオナの森を巡回する。


「ふむっ。今日も肉体を鍛えるとするか」


 果実を食べ終えたギースは鏡の前に立ち、たくましい肉体を見せつけるようにポーズを取る。白い歯をきらんと輝かせた彼はエム字型のひげをさすりながら外へ出る。


「むっ。暑苦しいな」


 外に出ればむっとするような空気が全身を蛇のようにからみつき、じめじめとした感触を味わう。テントの中が常に一定の温度に保たれていることで快適な睡眠を得ることができる、と実感しながら見かけた人物に声をかける。


「バルベット、今日も貴公が一番か!」


 バルベットと呼ばれた男性騎士は腰に差してある剣の柄から手を離し、ギースに呆れた視線を送る。


「王よ、驚かせないでください。危うくあなたを斬ってしまいました。で……またフィオナの森に行くつもりですか?」


 頬のある傷、猫のように細い目は水色の双眸。髪は茶色く、その上でぴくぴくと動く小さな三角巾――獣人であるバルベットはギースを睨む。一般人であれば怖気づくが、長い付き合いをしているギースは彼が心配していることぐらいわかる。


「もちろんだ。勇者アキラが見たことと我が娘が調べたことを照らし合わせると……」

「邪悪な存在がなにかの拍子で目覚めた……ですね」


 彼の言葉にギースは無言で頷く。バルベットは心許せる人物なので、彼には国家機密レベル内容を教えている。もちろん、誰かにそのことが漏れてしまった場合、秘密を守るためにその人物の一族を殲滅させる。やり過ぎかもしれないが、こうでもしないとなにも守れない。


「王よ、誰かが聞いているかもしれません」

「うむ。それでは、私はいつものようにジョギングしてくるぞ」

「お気をつけください」


 バルベットといつもと同じやりとりをしたギースは、今日もフィオナの森に変化はないだろう、と思った。

 だが、今日だけは異なる。

 残されたバルベットは腰に差してある剣を滑らかな動作で抜き、去っていくギースの背中を見ながら呟いた。


「……さようなら、我が王よ」







「ぬっ。しつこいぞ」


 フィオナの森に足を踏み入れば、そこは自然が作り出した迷宮が広がる。たくましい木々があちこち並び、色とりどりの美しい花が咲き、木の葉が風によって揺れる。

 ギースは騎士を一人も同行させることなく、フィオナの森を走りながらワンツーを繰り返していると――魔物が現れた。彼の眼前に現れたのは一メルトぐらいの身長、緑色の肌、醜い顔つきをした集団――ゴブリンであった。

 彼らは手に持った剣や棍棒でギースに襲いかかる。が、今日で何度目かわからない集団攻撃を受けているギースはいらいらしながら叫ぶ。


「いい加減にしろっ」


 ギースの怒声で一瞬だけ動きを止めてしまう数匹のゴブリン。ギースはそのようなことなど気にすることなく、拳に黒い光を宿していく。これを目にした一匹のゴブリンはおたけびを上げながら上段で剣を振り下ろすものの、ギースはその拳で殴る。

 たったそれだけでギースを斬ろうとしたゴブリンは飛ばされてしまい、後ろに控える仲間たちとぶつかる。彼は自分に軽量化<ウエイト>をかけると、全身が羽のように軽くなり、たんと軽く地面を蹴る。それだけでギースの肉体は重さを感じさせないほど、ふわりと宙に浮かぶ。


「潰れろ、グラビティインパクト」


 拳に宿している黒い光を自分を見上げるゴブリンたちに向けて‘振り下ろす’。黒い尾を引きながら放たれた一撃がゴブリンたちに当たると、地面がべこんとへこませる。同時にいくつもの赤い花を咲かせる。


「ふう……。さすがに疲れるな」


 地面に着地したギースは全身にかかっている軽量化(ウエイト)を解除し、いつもの重みが戻っていることを確かめるように拳を振るう。先ほど全身にかけたのは軽量化(ウエイト)と呼ばれる闇の魔法の一つ。読んで字の如く自分の肉体を一時的に軽くすることができるのだ。それだけではなく、相手を重くさせたり重力で動きを制限させることすらできる。闇の魔法は扱いが難しいが、慣れると自由自在に操ることができる。

 ワンツーを何度か繰り返したギースはふうと安堵の息をつく。フィオナの森でいつものようにトレーニングしているギースは連続で魔物に襲われることがなかった。せいぜい二~三回程度だけで、あまり戦闘を行うことはない。

 なのに今日だけ魔物たちが活発に活動し、ギースを見かけしだい牙を向けてる。すでに両手で数え切れないほど魔物たちと戦闘したギースはフィオナの森の奥――聖地になにかが起きたと彼は肌で感じていた。

 確証はない。けれど、魔物がこれほど活発に動いていることはこれまでになかったことだ。


「……行くとするか」


 ユグドラシルの王となる前から代々受け継がれてきた義務を果たすために、ギースは全身に軽量化(ウエイト)をかける。幼い頃からここで訓練をしてきた彼にとって、ここは庭のようなもの。獣人であるバルベットと出会ったのも、このフィオナの森であったことを思い出しながら彼は森を駆け抜けていく。

 前回、吉夫たちが導かれるように聖地に向かっているのを見たギースは、彼らがどこに行くのかわかっていたのであえて同行しなかった。そのため、聖地で戦いが終わるのを見計らったギースは恵美たちをそこまで導いた。

 ギースが吉夫たちと共に行かなかったのは、あの二人の内一人が加護を授かるかもしれない、とわかっていたからだ。もしも、彼があそこにいればどちらにも加護を授からなかっただろう。


「な、なんだこれは……」


 聖地に足を踏み入れ、その惨状を目にしたギースは呆然をしてしまう。聖地には色とりどりの美しい花が咲いているはずなのに、いまでは紫色の毒々しい花が咲き乱れている。堂々とそびえたつ樹々はしぼんだように細くなり、一枚の葉っぱすら枝についていない。

 地面に生える緑色のカーペットには、二メルトほどのクレーターができている。それだけで済むならよかったものの、枝のように細い樹々がかまいたちにあったかのようにきれいに側面から斬られていた。

 そして、聖地に漂うのは禍々しい雰囲気と中央に鎮座する黒い繭は、どくんどくんと脈打つ。


「やはり、というべきか……」


 恐れていたことがいままさに起きようとしていることに、ギースは右手に黒い光を宿す。それ以外には軽量化(ウエイト)をかけると、力強く大地を蹴る。土ほこりが舞い、黒い尾を引きながら流星の如く繭まで距離を詰めていく。

 羽のように軽い肉体で一気に繭との距離を詰めた。接近したギースは繭へと勢いよく殴る。空気が爆ぜる音が響き渡り、彼はバックステップで後退。


「硬い! あれでもびくともしないとは、よほど頑丈だな」


 ゼロ距離で放ったグラビティインパクト、軽量化(ウエイト)によって加速した肉体と勢いを乗せた一撃。普通であれば、死に至る。過去に一度だけ城壁に同じことをしたことのある彼は、それをいとも簡単ぶち抜いてしまったことがある。故にあれ以上に硬いものはないと思っていた彼は、この繭がかなりの硬度であることにため息をつく。

 ここまで拳一つで突き進んできたギースは、この繭を破壊するためにアレを振るうことにした。なにもない空間に手を前に出し、なにかを掴むように力強く握る。そのなにもない空間というのは、空間魔法と呼ばれる魔法。

 それは別次元にある自分だけの倉庫と言っても過言ではない。なぜなら、空間魔法は使用者の魔力によって入れられる容量が異なる。しかも、そこにしまえば自分以外は手に触れることができない。

 また、この空間魔法は戦闘にも用いられる。あらかじめ剣をこの中に入れておき、自分が使いたいという瞬間に呼び出し、相手に意表をつくことだってできる。

 ギースがいままさにしていることはこれである。‘アレ’を常に空間魔法の中に入れているのは、己の拳では倒すことができない相手のみ。

 ‘アレ’を掴んだ状態のまま、そこから抜けば振るうことができる――という場面でピキリ、という音を聞いた。

 遅かった――


「いや、まだ間に合うっ!」


 繭は蝶が孵化するように内側から不気味な音を連続で響かせ、中から姿を現そうとしている。このことを認めたくないギースは掴んでいる物を思い出し、降り注ぐ絶望を裂くために空間の裂け目から‘アレ’を引き抜いた。

 両側ある巨大な刃は広い幅で、肉厚な刀身が輝いている。それを振るうための太い柄を握り、重さを感じさせないよう動作でギースは軽々と構える。共に死線をくぐり抜けてきた相棒――トマホークに語りかける。


「いくぞ、我が相棒よ。すべてを切り裂くぞ」


 全身に軽量化(ウエイト)をかけたギースは音を立てて崩れていく繭の上まで飛ぶ。羽のように軽い全身を感じながら、ギースは斧だけに重量化(ヘビー)をかける。ぐっと重くなる斧。そのまま重力に逆らうこともなく、逆に利用することで斧の威力を最大限まで上げていく。


「はああっ」


 勢いを乗せ、重量化(ヘビー)によって重くなった斧で繭を切り裂いた――はずだった。彼の目の前には砕けた繭と、自分の最高の一撃を‘たった一振りの剣’で受け止める人物がいた。

 その人物はギースの一撃を受け止めたせいで苦しそうな表情をしており、彼の足首は地面に埋まっている。けれど、常に細い目をしていた彼の双眸は大きく開かれ、水色の眼差しがギースを射抜く。その瞳はひどく冷たく、ギースを見上げていた。

 ギースの一撃を受け止めた人物は彼を剣でなぎ払う。羽のように軽いギースはそれによって後ろに飛び、地面に着地すると斧を構えて正面の人物に叫ぶ。


「なぜ貴公がここにいる、バルベット!?」


 心許せる相手が繭を守るために立ちふさがることに、ギースは混乱していた。が、バルベットの言葉で我に返る。


「これは我が一族の務め。王がユグドラシルを守ると同じように、私にもやらないといけないことがあります」

「……そうか。ならば私がこの斧で貴公を切り裂き、繭にいた者を殺してみせる」

「できるのであれば、やってみてください。……黒狼様、すぐに終わらせます」


 ギースとバルベットは己の義務を果たすために、相手を倒すために斧と剣を交える。

 

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