第4話:開店前の害虫駆除と、冒険者たちの驚愕
「ふん、悪くない味だ。人間風情にしてはやるな」
深紅の髪を揺らし、伝説の古竜イグニス――現在は人間の美女の姿――が、空になった皿をテーブルに置いた。
その表情は尊大だが、口元についたケチャップが威厳を台無しにしている。
「お粗末さまでした。代金代わりの用心棒契約、しっかり頼みますよ」
「うぐっ……わ、分かっている! 我はこの店の『究極ふわとろオムライス』を守るためだけに力を貸すのだ。勘違いするな!」
ツンデレなドラゴンの対応にルクスが苦笑していると、カウンターの隅で震えていたミナが、恐る恐る顔を上げた。
「あ、あの……本当にこの人が、さっき街を消し飛ばそうとしたドラゴンなんですか……?」
「ああ。今はただの食いしん坊なお客様だけどね」
「誰が食いしん坊だ!」
店内の空気が少し和らいだ、その時だった。
――ドオオオオンッ!!
店の外、通りから激しい衝撃音が響き渡った。
続いて聞こえてくるのは、複数の男たちの悲鳴と、何か硬質なものが建物を削る不快な音。
「なんだ!? また敵襲か!?」
イグニスが即座に立ち上がるが、ルクスは片手でそれを制し、優雅にエプロンの位置を直した。
「いえ、お客様は座っていてください。開店前のちょっとした『掃除』が必要なようですから」
ルクスが店の扉を開けると、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
数人の武装した冒険者たちが、必死の形相で逃げ惑っている。
彼らの背後には、馬車ほどの大きさがある巨大な甲虫が迫っていた。
鋼鉄のように輝く甲殻と、大木をも容易く切断しそうな鋭利な大顎。
「ひいいっ! こっちに来るなああ!」
「だ、駄目だ! 剣が通じねぇ! 『鋼鉄鋏虫』だ!」
店から出てきたミナが、その姿を見て悲鳴を上げた。
「て、店長! 逃げましょう! あれはBランクモンスターです! その硬さは鉄以上で、中級魔法すら弾くんですよ!?」
一般的に、Bランクモンスターは熟練の冒険者パーティが命懸けで挑む相手だ。
辺境の街中に出現すれば、大惨事は免れない。
逃げ込んできた冒険者のリーダーらしき男が、ルクスに向かって叫ぶ。
「おいあんた! 突っ立ってねぇで逃げろ! こいつは俺たちの手には負えねぇ!」
しかし、ルクスは逃げるどころか、眉間に皺を寄せてため息をついた。
「はぁ……。飲食店において、害虫の存在は万死に値しますね。不潔極まりない」
「は? 害虫……?」
ルクスにとって、それは凶悪なモンスターではなく、キッチンの床を這い回る黒い虫と同義だった。
巨大な甲虫が、邪魔な冒険者を無視し、新たな獲物――ルクスへと突進する。
ギチギチと顎を鳴らすその速度は、常人の動体視力を超えている。
「ああっ! 店長ーーッ!」
ミナが叫ぶ。
だが、ルクスは一歩も動かない。
ただ、静かに右手をかざした。
「食材の鮮度を保つために開発しましたが……こういう『生ゴミ』の処理にも便利なんですよね」
ルクスの手から、絶対零度すら超える魔力の波動が放たれた。
「『瞬間冷凍』」
カキンッ、という硬質な音が響く。
突進の勢いのまま、巨大な甲虫は空中で静止した。
いや、止まったのではない。
細胞の一つ一つ、時間の流れすら凍結させられ、一瞬にして巨大な氷の彫像へと変貌したのだ。
勢いを殺しきれず、氷像となった甲虫は地面を滑り、ルクスの足元でピタリと止まる。
「さて、あとはこれを粉砕して燃えるゴミに出せば完了ですね」
「「「ええええええええっ!?」」」
冒険者たちとミナの絶叫がシンクロする。
「お、おい……嘘だろ? Bランクの『鋼鉄鋏虫』が一撃で……?」
「魔法の詠唱もなしに……あんた、一体何者なんだ!?」
驚愕する冒険者たちをよそに、ルクスは「ふぅ」
と額の汗を拭う仕草を見せた。
「ただのメイド喫茶の店長ですよ。さあ、開店準備に戻りましょうか、ミナ」
「店長……もう私の知ってる常識が息をしてないです……」
ミナはがっくりと肩を落とすが、その瞳にはルクスへの絶対的な信頼と、少しばかりの諦めが宿り始めていた。
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【登場人物】
- 冒険者リーダー: 『鋼鉄鋏虫』に追われていた冒険者パーティのリーダー。ルクスの力に驚愕する。
【場所】
- サンクチュアリ前の通り: ルクスの店の前の通り。鋼鉄鋏虫が暴れ、ルクスによって氷漬けにされた場所。
【アイテム・用語】
- 鋼鉄鋏虫: Bランクの昆虫型モンスター。鋼鉄以上の硬度を持つ甲殻と鋭利な顎を持つが、ルクスにとってはただの害虫。
- 瞬間冷凍: ルクスの家事魔法。本来は食材の鮮度保持用だが、対象を瞬時に絶対零度以下で凍結させる即死級の攻撃魔法として機能する。




