第3話:『紅蓮の古竜』、来店。そして陥落。
「て、店長! 何を言ってるんですか!? あれは『紅蓮の古竜』イグニスですよ!? 国が一つ滅ぶレベルの災害ですよ!?」
ミナが震える手で私のエプロンの裾を掴み、悲鳴を上げる。
窓の外では、空を覆い尽くすほどの巨体を持つ真紅のドラゴンが、シルヴァの街を見下ろしていた。
その口元からは灼熱の火の粉が漏れ、周囲の気温が急激に上昇していく。
「災害? いえ、ただの騒音と排熱公害ですね。開店初日からこれでは、客足に響きます」
私は調理台に置いてあった『ミスリル製のフライパン』を手に取り、勝手口へと向かった。
「ちょっ、武器がフライパン!? 本気ですか!?」
ミナの制止を背中で受け流し、私は店の外へ出る。
灼熱の風が頬を撫でるが、私の『空調管理』結界の前ではそよ風同然だ。
私は空を見上げ、丁重に、しかし断固として告げた。
「お客様、困ります。当店はまだ準備中でして。それに、そんな大声を出されては近所迷惑です」
私の言葉が聞こえたのか、あるいは単に目障りな羽虫だと思ったのか。
ドラゴンは金色の瞳をギロリと私に向け、大きく息を吸い込んだ。
『矮小な人間風情が……塵に還るがいい!』
轟音と共に、全てを灰燼に帰す伝説のブレス『紅蓮の吐息』が放たれる。
街を飲み込むほどの火流が、真っ直ぐに私へと迫った。
「まったく……煙たいですね。換気が必要だ」
私はフライパンを掲げ、静かにつぶやく。
「家事魔法『超強力換気』」
刹那、私の頭上に巨大な魔法陣――というよりは、巨大な換気扇の幻影が出現した。
伝説のドラゴンブレスは、物理法則を無視した吸引力によって渦を巻き、瞬く間に換気扇の中へと吸い込まれ、亜空間へと排気されていく。
『な、何!? 我のブレスが……消えた!?』
「さて、火の始末は終わりました。次はお肉の下処理ですね」
呆然と空中で静止するドラゴンに向け、私はフライパンを振り下ろす動作をした。
「筋が硬そうなお肉にはこれです。家事魔法『肉叩き(グラビティ・プレス)』」
『ぐ、がぁぁぁぁッ!?』
見えない巨槌に打たれたかのように、ドラゴンの巨体が地面へと叩きつけられる。
ドォォォン! という地響きと共に土煙が舞った。
私はあくまで「調理しやすいように柔らかくした」
だけなのだが、少々力が入りすぎたかもしれない。
煙が晴れると、そこには巨大なドラゴンの姿はなく、クレーターの中心でへたり込む一人の女性の姿があった。
燃えるような赤髪に、不遜だが整った顔立ち。
豪奢なドレスのような鱗の鎧を纏っている。
「……くっ、殺せ! 敗者には死あるのみ……!」
女性――人間形態をとったイグニスが、悔しげに唇を噛んで私を睨みつける。
私は彼女の前に歩み寄ると、スッと手を差し伸べた。
「おや、お客様でしたか。乱暴な呼び込みをして申し訳ありません」
「……は?」
「ちょうど試作品が出来上がっているんです。お詫びにいかがですか? 当店自慢のオムライスです」
数分後。
メイド喫茶『サンクチュアリ』の店内。
「な、なんだこれは……!」
カウンター席に座らされたイグニスは、目の前に置かれた『究極ふわとろオムライス』を凝視していた。
黄金色に輝く卵、漂う芳醇なバターの香り。
彼女は恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
その瞬間、彼女の瞳がカッ! と見開かれた。
「んんッ!? う、美味いッ! なんだこのふわふわは! 口の中で卵が溶けたぞ!?」
「ドラゴンの卵を使用していますからね。火力調整も完璧です」
「トマトソースの酸味とライスの甘みが絶妙に絡み合って……ぬあぁぁ! 止まらん! 貴様、これに何の魔法をかけた!?」
「美味しくな~れ、という魔法(物理的な調味料配合)ですね」
ガツガツと猛烈な勢いで皿を空にする元・災害級モンスター。
その横で、ミナが魂の抜けた顔でつぶやいた。
「……店長。伝説のドラゴンを手懐けるって、家事魔法の範疇超えてますよね?」
「いいえミナさん。これもまた『接客』という家事の一環ですよ」
こうして、我が店に最強の常連客(兼トラブルバスター)が誕生したのだった。
-------------------------------------------------------------------------------------
【アイテム・用語】
- 超強力換気: ルクスの家事魔法。あらゆる気体やエネルギー波を強制的に吸引し、亜空間へ排気して無効化する。
- 肉叩き(グラビティ・プレス): ルクスの家事魔法。対象に局所的な超重力をかけ、物理的に叩き潰す(本来は肉の筋切り用)。




