第8話「最終決戦・後編」
扉の向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。
巨大な円形の儀式場。
天井は遥か高く、まるで夜空のように星が瞬いている——いや、それは星ではない。世界中から集められたマナの光だ。
そして、儀式場の中央には——
巨大な魔法陣が刻まれ、その上に漆黒の柱が天を貫くように伸びている。
「これが……世界崩壊の儀式……!」
ヒナタが息を呑む。
柱からは、禍々しい波動が放たれている。それは、世界のマナそのものを侵食し始めていた。
「まずい……もう儀式は最終段階に入っている!」
エルフェリアが警告する。
「このままでは、あと一時間で世界が崩壊する!」
「阻止する方法は!?」
アレンが叫ぶ。
「柱を破壊するしかないわ。でも……」
グラシアが分析する。
「あの柱は、深淵の核の力で守られている。並大抵の攻撃では傷一つつかない」
「じゃあ、どうすれば……」
その時、倒れていたヴォイドの声が響いた。
「無駄だ……もう、誰にも止められない……」
ヴォイドが苦しそうに笑う。
「深淵の核の力で創られた柱は……同じ深淵の核でしか破壊できない……」
「深淵の核……お前が持っているのか?」
アレンが尋ねる。
「ああ……だが、もう私には使えない……」
ヴォイドが自分の胸を見る。
そこには、深淵の核が黒く輝いている——だが、ひびが入っている。
「先ほどの戦いで……核が損傷した……もう、力を引き出せない……」
ヴォイドの言葉に、全員が絶望の色を浮かべる。
「じゃあ、もう方法は……」
リサが震える声で言う。
「いや、ある」
アレンが前に出る。
「創世の核だ」
「アレン、まさか……」
エルフェリアが不安そうに言う。
「創世の核と深淵の核は、対となる力。ならば、創世の核でも破壊できるはずだ」
「でも、あなたはもう限界……」
「大丈夫だ」
アレンが微笑む。
「みんながいるから」
アレンが八体の化身を見渡す。
「もう一度、力を貸してくれ」
「アレン……」
エルフェリアが涙を浮かべる。
「でも、創世の核の力を全力で使えば……あなたの命が……」
「構わない」
アレンが真っ直ぐに言う。
「この世界を救えるなら、俺の命など安いものだ」
「そんな……!」
ヒナタが叫ぶ。
「あなたが死んだら、意味がないじゃない!」
「ヒナタ……」
「私たちは、あなたと一緒に生きたいの! あなたが死ぬなんて、絶対に認めない!」
ヒナタの涙が、床に落ちる。
「そうだぜ、アレン」
レンも前に出る。
「お前が死んだら、俺たちは一体どうすればいいんだ」
「お前は、俺たちのリーダーなんだぞ」
トムも涙声で言う。
「一緒に帰ろうって、約束したじゃないか」
マルクも続ける。
「俺たちは、家族なんだ」
カイルが拳を握る。
「だから、一人で死のうとするな」
リサが涙を流す。
「みんなで、生きて帰るのよ」
エマも静かに言う。
仲間たちの言葉に、アレンの目から涙が溢れる。
「みんな……」
「アレン」
イグニスが豪快に笑う。
「俺たちがいるのを忘れるな」
「そうよ」
シルフが明るく言う。
「私たちは、永遠にあなたと一緒」
「我らは常に汝と共にある」
ノクスが静かに誓う。
「どんな困難も、一緒に乗り越えるわ」
グラシアが微笑む。
「力を合わせれば、何でもできる」
テラが力強く言う。
「水のように、いつでも側にいる」
アクアが優しく言う。
「最強のチームだからな!」
ヴォルトが雷を纏いながら叫ぶ。
「そして」
エルフェリアがアレンの手を取る。
「私たちは、あなたを死なせない。絶対に」
エルフェリアの目に、強い決意が宿る。
「創世の核の力を使うなら、私たちが全ての負担を引き受ける」
「エルフェリア……それは……」
「いいのよ」
エルフェリアが優しく微笑む。
「私たちは化身。あなたの一部。あなたが生きるためなら、私たちは何でもする」
「そういうことだ」
イグニスが頷く。
「俺たちの命を使って、お前を守る」
「みんな……」
アレンの涙が止まらない。
「でも、そんなことしたら、お前たちが……」
「大丈夫よ」
エルフェリアが優しく言う。
「私たちは、世界マナから生まれた存在。消えても、いつかまた戻ってこられる」
「でも……」
「信じて、アレン」
エルフェリアがアレンを抱きしめる。
「私たちの絆は、永遠。たとえ離れても、必ずまた会える」
「約束するわ」
シルフが明るく言う。
「必ず、また会いましょう」
「我らの絆は、時空を超える」
ノクスが静かに言う。
「だから……」
グラシアが涙を浮かべる。
「今は、世界を救いましょう」
「そして」
テラが力強く言う。
「お前は生きろ。俺たちの分まで」
「生きて、この世界を守り続けるのよ」
アクアが優しく言う。
「それが、俺たちの願いだ」
ヴォルトが雷を纏いながら言う。
八体の化身が、アレンを囲む。
「さあ、行きましょう」
エルフェリアが手を差し出す。
「最後の戦いを」
アレンは、震える手でエルフェリアの手を取った。
「……ありがとう、みんな」
アレンが涙を拭う。
「必ず、また会おう」
「ええ、約束よ」
八体が微笑む。
そして——
「《創世の極限覚醒》!」
アレンが創世の核の力を、限界を超えて解放する。
八体の化身が、その力の全てをアレンに注ぎ込む。
金色の光が、儀式場全体を包む。
「これは……!」
ヴォイドが驚愕する。
「なんて……力……!」
アレンの体が、純粋な光となっていく。
八体の化身も、光の粒子となってアレンと完全に一体化する。
「みんな……!」
アレンが叫ぶ。
化身たちが、一人ずつ消えていく。
「さようなら、アレン」
エルフェリアが最後に微笑む。
「また、会いましょう」
そして、彼女も光となって消えた。
「エルフェリア……みんな……!」
アレンの心に、悲しみと同時に、温かなものが込み上げる。
八体の想い。
八体の愛。
八体の絆。
それが、アレンの中で一つになる。
「わかった……」
アレンが涙を拭う。
「お前たちの想いを、無駄にはしない」
アレンが柱を見つめる。
「《創世の審判》!」
アレンの全身から、八色の光が放たれる。
それは、もはや攻撃ではない。
純粋なる創造の力。
世界を創る力。
そして——世界を救う力。
光が柱に触れると、柱が音を立てて崩れ始めた。
「これは……まさか……」
ヴォイドが信じられないという表情を浮かべる。
「創世の力で……深淵を浄化している……!?」
その通りだった。
アレンは、柱を破壊しているのではなく、浄化していたのだ。
闇を光に変え、憎しみを愛に変え、絶望を希望に変える。
それが、創世の核の真の力。
「すごい……」
ヒナタが感動する。
「これが、アレンの力……」
レンも呆然と見つめる。
やがて、柱は完全に浄化され、消えていった。
同時に、儀式場の魔法陣も輝きを失う。
「終わった……」
アレンが膝をつく。
「儀式は、阻止できた……」
その瞬間、アレンの体から光が消えていく。
創世の核の力が、完全に使い果たされたのだ。
「アレン!」
ヒナタが駆け寄る。
「大丈夫……ただ、疲れただけ……」
アレンが微笑む。
「世界は……救えたのか?」
「ええ」
エリナの声が響く。
振り返ると、エリナ学園長とディルク教官が入ってきた。
「世界中のマナが、正常に戻り始めています」
エリナが優しく微笑む。
「あなたが、世界を救ったのよ」
「俺じゃない……みんなだ……」
アレンが空を見上げる。
そこには、八つの光の粒子が漂っていた。
エルフェリア、イグニス、シルフ、ノクス、グラシア、テラ、アクア、ヴォルト。
八体の化身の残滓。
「また……会えるよな……」
アレンが呟く。
光の粒子が、まるで頷くように揺れた。
そして、ゆっくりと上へ昇っていく。
「待って……!」
アレンが手を伸ばす。
だが、光は消えていく。
「行かないで……」
アレンの涙が、床に落ちる。
「また会いましょう」
遠くから、エルフェリアの声が聞こえた気がした。
「必ず」
そして、光は完全に消えた。
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「アレン……」
ヒナタがアレンを抱きしめる。
「泣いてもいいのよ」
「ヒナタ……」
アレンは、ヒナタの肩に顔を埋めて泣いた。
声を上げて、子供のように。
仲間たちも、静かに見守る。
レンも、トムも、マルクも、カイルも、リサも、エマも——みんな涙を流していた。
八体の化身たち。
彼らと共に戦い、共に笑い、共に成長してきた。
その絆は、決して忘れない。
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しばらくして、アレンは涙を拭いた。
「ごめん……みっともないところを見せた」
「いいのよ」
ヒナタが優しく言う。
「あなたは、よく頑張った」
「そうだ」
レンも肩を叩く。
「お前は、世界を救った英雄だ」
「英雄か……」
アレンが苦笑する。
「そんな大層なものじゃない。ただ、やるべきことをやっただけだ」
その時、ヴォイドが苦しそうに声を上げた。
「アレン……」
「ヴォイド……」
アレンがヴォイドの元へ駆け寄る。
「お前は……勝った……」
ヴォイドが認める。
「お前の絆の力が……私の力を上回った……」
「ヴォイド……」
「私は……間違っていた……」
ヴォイドの目から、涙が流れる。
「力だけを信じて……大切なものを全て失った……」
「まだ遅くない」
アレンが手を差し出す。
「今から、やり直せばいい」
「やり直す……?」
「ああ。お前も、セレスと同じだ。間違った道を選んだだけ」
アレンが優しく言う。
「俺たちと一緒に、正しい道を歩もう」
ヴォイドは、しばらくアレンの手を見つめていた。
そして、ゆっくりとその手を取った。
「……ありがとう、アレン」
ヴォイドが初めて、心からの笑みを浮かべる。
「お前のような者に……出会いたかった……」
だが、その時——
ヴォイドの体が、光の粒子となって消え始めた。
「ヴォイド!?」
「深淵の核の反動だ……もう、私の体は持たない……」
ヴォイドが静かに言う。
「でも、後悔はしていない。最後に……お前に会えて良かった」
「待ってくれ、ヴォイド! まだ——」
「いいんだ」
ヴォイドが穏やかに微笑む。
「私は、もう十分生きた。そして、最後に真実を知ることができた」
ヴォイドがアレンを見つめる。
「絆こそが、最強の力だということを」
「ヴォイド……」
「世界を……頼んだぞ、アレン……」
そう言うと、ヴォイドは完全に消えていった。
「ヴォイド……!」
アレンが叫ぶ。
だが、もうそこには誰もいなかった。
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儀式場に、静寂が戻る。
全てが、終わった。
世界崩壊の儀式は阻止された。
ヴォイドも、最後には心を開いた。
そして——
八体の化身たちは、世界を救うために消えた。
「終わった……んだな……」
アレンが呟く。
「ああ」
レンが頷く。
「これで、本当に終わった」
「さあ、帰りましょう」
エリナが優しく言う。
「学園に」
「はい……」
アレンが立ち上がる。
一行は、儀式場を後にした。
遺跡を抜け、地上へ。
外では、連合軍の兵士たちが歓声を上げていた。
「勝った!」
「世界は救われた!」
「アレン万歳!」
声援が飛び交う中、アレンは空を見上げた。
青く澄んだ空。
白い雲。
温かな日差し。
平和な世界。
「みんな……見てるか?」
アレンが呟く。
「俺たちは、世界を救ったぞ」
風が、優しく吹き抜ける。
まるで、八体が答えているかのように。
「ありがとう……」
アレンが微笑む。
「また、会おうな」
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それから数日後、連合軍は学園へ帰還した。
学園では、盛大な祝賀会が開かれた。
「アレン、本当にお疲れ様」
エリナが労いの言葉をかける。
「いえ、当然のことをしただけです」
「謙遜しないで。あなたは、世界を救った英雄よ」
エリナが微笑む。
「これから、あなたの名前は伝説となって語り継がれるでしょう」
「伝説か……」
アレンが照れくさそうに頭を掻く。
「でも、俺は普通の学生に戻りたいです」
「ふふ、それもいいわね」
エリナが笑う。
「じゃあ、明日から通常授業を再開するわよ」
「了解です」
アレンが笑顔を見せる。
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その夜、アレンは一人、学園の展望台にいた。
星空が、美しく輝いている。
「みんな、元気にしてるかな」
アレンが呟く。
エルフェリア、イグニス、シルフ、ノクス、グラシア、テラ、アクア、ヴォルト。
八体の化身たち。
彼らは今、世界マナとなって、どこかに存在している。
「また会える日まで……」
アレンが空に向かって手を振る。
その時、八つの流れ星が空を横切った。
「これは……」
アレンが驚く。
まるで、八体が応えているかのように。
「みんな……」
アレンの目から、涙が溢れる。
でも、それは悲しい涙ではない。
嬉しい涙だ。
「ありがとう……」
アレンが微笑む。
「必ず、また会おう」
風が、優しく吹き抜ける。
星空の下、一人の少年の物語は——
まだ、終わらない。
これから、新しい物語が始まるのだから。
八属性を統べる者、アレン・アルカディアの物語は——
永遠に続く。
-----
**次回、最終話「新たな夜明け(エピローグ)」**
**全ての終わり、そして新しい始まり——**




