第3話「ノクティア前夜」
セレスとの戦いから一週間。
連合軍は、ノクティアの復興支援を行いながら、学園への帰還準備を進めていた。
「思ったより、被害は少なかったな」
レンが街を見渡しながら呟く。
ノクティアの首都は、セレスの支配下にあったが、市民への直接的な被害は最小限に抑えられていた。セレスは、力による統治を目指していたが、無意味な破壊は望んでいなかったのだ。
「セレスも、本当は優しい人だったのね」
ヒナタが遠くを見つめる。
セレスは現在、ノクティアの仮設牢に収容されている。七大国の裁判を待つ身だ。
「アレン、セレスに会いに行くのか?」
レンが尋ねる。
「ああ。最後に、話しておきたいことがある」
アレンが頷く。
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仮設牢。
簡素な部屋の中で、セレスは窓の外を眺めていた。
「セレス」
アレンが扉を開けて入ってくる。
「アレン……来てくれたのね」
セレスが振り返る。
彼女の紅い瞳には、もう戦意はなく、ただ静かな諦観だけがあった。
「調子はどうだ?」
「ええ、問題ありませんわ。むしろ、心が軽いくらい」
セレスが自嘲気味に笑う。
「十年間、ずっと重荷を背負っていたから。それが降りて、今は……」
「後悔しているか?」
アレンの問いに、セレスは一瞬考え込んだ。
「……いいえ。後悔はしていません。私は、自分の信念のために戦った。それだけは、誇りに思っています」
「そうか」
「でも、やり方は間違っていた。それは認めます」
セレスが窓の外を見つめる。
「あなたの言う通り、力だけでは人は幸せになれない。私は、それを理解できなかった」
「これから、どうするつもりだ?」
「裁判で罪を償います。そして、許されるなら……」
セレスが一瞬、言葉を躊躇する。
「あなたのように、絆で世界を変える方法を学びたい」
セレスの言葉に、アレンは微笑んだ。
「それは良い考えだ。俺も、協力する」
「本当に……?」
「ああ。お前は、まだやり直せる。そして、お前の力は、正しく使えば世界のためになる」
アレンが手を差し出す。
セレスは、その手をゆっくりと握った。
「ありがとう、アレン。あなたは……本当に優しいのね」
「優しいわけじゃない。ただ、お前を見捨てたくないだけだ」
二人は、しばらく沈黙の中で窓の外を眺めていた。
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その夜、連合軍の本営。
七大国の代表者たちが集まり、今後の方針を話し合っていた。
「セレスの処遇については、七大国の合同裁判で決定する」
アルディアの代表が発言する。
「彼女の罪は重い。だが、アレン・アルカディアの証言によれば、彼女は改心している」
「ならば、死刑ではなく、懲役刑が妥当だろう」
グランディアの代表が提案する。
「賛成だ。そして、刑期を終えた後は、ノクティアの復興に協力させるべきだ」
セルフェンの代表も同意する。
「では、それで決定とする」
全員が頷いた。
「次に、ノクティアの今後についてだが……」
エアリアの代表が口を開く。
「セレスの失脚により、ノクティアは指導者を失った。このままでは、混乱が広がる」
「ならば、七大国で暫定的に統治するのはどうだ?」
ルミナスの代表が提案する。
「いや、それではノクティアの人々が反発する」
エルドアの代表が反論する。
「では、どうする?」
議論が紛糾し始めたその時——
「失礼します」
アレンが会議室に入ってきた。
「アレン・アルカディア……何か提案があるのか?」
アルディアの代表が尋ねる。
「はい。ノクティアの統治については、ノクティアの人々自身に決めさせるべきです」
アレンが真っ直ぐに発言する。
「自分たちで?」
「はい。選挙を行い、新しい指導者を選ぶ。それが、最も民主的な方法です」
アレンの提案に、代表者たちは一瞬沈黙した。
「……確かに、それが最善かもしれない」
グランディアの代表が頷く。
「賛成だ。ノクティアの未来は、ノクティアの人々が決めるべきだ」
セルフェンの代表も同意する。
「では、それで決定する。七大国は、選挙の支援と監視を行う」
全員が合意した。
「ありがとうございます」
アレンが一礼する。
「いや、良い提案だった。さすがは八属性を統べる者だ」
アルディアの代表が称賛する。
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会議を終えて、アレンは本営の外に出た。
夜空には、満天の星が輝いている。
「アレン」
後ろから、ヒナタが声をかけてくる。
「ヒナタ」
「良い提案だったわね。ノクティアの人々も、きっと喜ぶわ」
「そうだといいんだけどな」
アレンが空を見上げる。
「でも、まだ終わってない」
「え?」
「セレスの野望は阻止できた。でも、世界にはまだ問題が山積みだ」
アレンが真剣な表情で言う。
「七大国の関係も、完全に安定しているわけじゃない。各国には、それぞれの思惑がある」
「そうね……完全な平和には、まだ遠い」
ヒナタが頷く。
「だから、俺たちは戦い続けなければならない。武力じゃなく、対話と絆で」
アレンの言葉に、ヒナタは微笑んだ。
「あなたらしいわね。でも、一人で背負い込まないでね」
「わかってる。お前たちがいるからな」
アレンも笑顔を見せる。
「それに、この子たちもいる」
アレンの周りに、八体の化身が実体化する。
「当然よ。私たちは、いつでもあなたと一緒」
エルフェリアが微笑む。
「どんな困難も、一緒に乗り越えるぜ」
イグニスが豪快に笑う。
「これからも、よろしくね!」
シルフが明るく言う。
「我らは永遠に汝と共にある」
ノクスが誓う。
「どんな敵が来ても、守ってあげる」
グラシアが優しく言う。
「大地の力で支える」
テラが力強く頷く。
「水の流れのように、いつでも側にいる」
アクアが静かに言う。
「俺たちは最強のチームだ!」
ヴォルトが雷を纏いながら叫ぶ。
「みんな……ありがとう」
アレンが八体を見渡す。
その時、レン、トム、マルク、カイル、リサ、エマも集まってきた。
「よぉ、アレン。何してんだ?」
レンが肩を叩く。
「いや、ちょっと考え事を」
「考え事? らしくねぇな」
カイルが笑う。
「たまには休めよ。お前、ずっと働きっぱなしじゃねぇか」
マルクが心配そうに言う。
「そうよ。明日は、学園に帰還する日なんだから、今日くらいゆっくりしなさい」
リサが諭す。
「そうね。明日からまた、忙しくなるんだから」
エマも同意する。
「みんな……」
アレンが仲間たちを見渡す。
そして、笑顔を浮かべた。
「ありがとう。じゃあ、今夜はみんなで宴会でもするか」
「おお! それがいい!」
トムが目を輝かせる。
「よし、じゃあ俺が料理を作ってやる」
レンが腕を捲る。
「私は飲み物を用意するわ」
ヒナタも協力する。
「じゃあ、俺は焚き火の準備だな」
マルクが動き出す。
全員が、それぞれの役割を果たし始める。
やがて、本営の一角に即席の宴会場が出来上がった。
「さあ、乾杯!」
レンがグラスを掲げる。
「「「乾杯!」」」
全員がグラスを合わせる。
笑い声と、楽しい会話が夜空に響く。
戦いは終わった。
そして、新しい時代が始まろうとしている。
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宴会も終盤に差し掛かった頃、アレンは一人、少し離れた場所に座っていた。
「アレン、一人で何してるの?」
シルフが飛んできて、隣に座る。
「いや、ただ……これまでのことを思い出してた」
「これまでのこと?」
「ああ。俺が学園に入学した時、俺はFクラスだった」
アレンが懐かしそうに笑う。
「体内マナがゼロで、誰にも期待されていなかった」
「でも、今は違うわ。あなたは、八属性を統べる者。世界を救った英雄よ」
「英雄か……そんな大層なものじゃないけどな」
アレンが照れくさそうに頭を掻く。
「でも、確かに成長したと思う。それは、みんなのおかげだ」
アレンが宴会を見渡す。
笑い合う仲間たち。
支えてくれた化身たち。
信じてくれた先生たち。
「みんながいてくれたから、俺はここまで来られた」
「そして、これからも一緒よ」
シルフが微笑む。
「うん、そうだな」
アレンも笑顔を浮かべる。
その時、エルフェリアも近づいてきた。
「アレン、少しいい?」
「ああ、何だ?」
「実は、あなたに伝えておきたいことがあるの」
エルフェリアが真剣な表情になる。
「八属性を統べる者の使命について」
「使命?」
「ええ。あなたは、セレスを倒して世界を救った。でも、それで終わりじゃない」
エルフェリアが空を見上げる。
「八属性を統べる者は、世界の均衡を保つ役割を担っている。それは、古代魔導王国の時代から続く、重要な使命」
「世界の均衡……」
「ええ。七大国のバランス、マナの流れ、そして人々の心。それら全てを見守り、必要な時には行動する」
エルフェリアがアレンを見つめる。
「それが、あなたのこれからの使命よ」
「重い使命だな」
アレンが苦笑する。
「でも、受け入れる。それが、俺に与えられた役割なら」
「無理しないでね。あなたは一人じゃないから」
シルフが心配そうに言う。
「わかってる。みんながいるからな」
アレンが二人を見て微笑む。
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翌朝、連合軍は帰還の準備を始めた。
ノクティアの市民たちが、見送りに集まってくる。
「ありがとう、アレン!」
「あなたが、私たちを救ってくれた!」
「英雄万歳!」
市民たちが感謝の言葉を叫ぶ。
「いや、俺は……」
アレンが恥ずかしそうに手を振る。
「素直に受け取れよ。お前は、本当に英雄なんだからな」
レンが肩を叩く。
「そうよ。みんなの感謝の気持ち、受け取りなさい」
ヒナタも微笑む。
「……ありがとう、みんな」
アレンが市民たちに向かって一礼する。
「「「ありがとう!」」」
市民たちが、一斉に頭を下げる。
その光景に、アレンの胸が熱くなる。
(これが、戦う意味か……)
アレンは、改めて自分の使命を実感した。
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その時、牢の方から一人の人影が現れた。
セレスだ。
護衛に付き添われながら、見送りに来たのだ。
「アレン」
「セレス……」
「最後に、お礼を言わせてください」
セレスが深々と頭を下げる。
「あなたは、私を救ってくれました。力で倒すだけでなく、私の心にも寄り添ってくれた」
「いや、当然のことをしただけだ」
「いいえ、当然ではありません」
セレスが顔を上げる。
「普通なら、私は死刑になっていたでしょう。でも、あなたが証言してくれたおかげで、私は生きる機会を得られた」
セレスの目に、涙が浮かぶ。
「必ず、罪を償います。そして、いつか……あなたのように、絆で世界を変える人間になります」
「ああ、期待してる」
アレンが笑顔を見せる。
「いつか、一緒に戦えたらいいな」
「ええ、必ず」
セレスも微笑む。
二人は、固く握手を交わした。
かつての敵が、今は仲間となった瞬間だった。
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「さあ、出発だ!」
レンが号令をかける。
連合軍が、ゆっくりと動き出す。
ノクティアの市民たちが、手を振って見送る。
アレンも、振り返って手を振った。
そして、連合軍は学園への帰路についた。
三日間の行軍。
その間、アレンは多くのことを考えた。
これまでのこと。
これからのこと。
自分の使命について。
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三日目の夕方、学園の門が見えてきた。
「見えた! 学園だ!」
トムが歓声を上げる。
「ただいま!」
シルフが嬉しそうに叫ぶ。
学園の正門には、エリナ学園長をはじめ、多くの教師や生徒たちが出迎えに集まっていた。
「お帰りなさい、アレン」
エリナが笑顔で迎える。
「ただいま戻りました、学園長」
アレンが一礼する。
「本当にお疲れ様。よく、世界を救ってくれたわね」
「いえ、みんなのおかげです」
アレンが謙遜する。
「さあ、中に入りなさい。祝勝会の準備をしてあるわ」
エリナの言葉に、全員が歓声を上げる。
学園の大広間では、盛大な祝勝会が開かれた。
料理、音楽、そして笑い声。
平和が戻ってきたことを、みんなで祝う。
「アレン、本当にすごかったな!」
「八属性を統べる者、かっこいい!」
「私たちの誇りよ!」
生徒たちが、次々と声をかけてくる。
「ありがとう、みんな」
アレンが笑顔で応える。
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祝勝会も終盤に差し掛かった頃、アレンは一人、学園の中庭に出た。
夜空には、満天の星が輝いている。
「疲れた?」
ヒナタが後ろから声をかける。
「少しな。でも、いい疲れだ」
アレンが笑う。
「本当に、長い戦いだったわね」
「ああ。でも、終わった。そして、これから新しい時代が始まる」
アレンが空を見上げる。
「俺たちが作る、平和な時代が」
「ええ。でも、焦らないでね。一歩ずつ、着実に」
「わかってる」
二人は、しばらく沈黙の中で星を眺めていた。
「ねえ、アレン」
「ん?」
「これからも、一緒に戦ってくれる?」
ヒナタが真剣な表情で尋ねる。
「当たり前だろ。俺たちは、仲間だ」
アレンが笑顔を見せる。
「ずっと、一緒だ」
「ありがとう」
ヒナタが嬉しそうに微笑む。
その時、八体の化身が実体化した。
「私たちも、ずっと一緒よ」
エルフェリアが優しく言う。
「これからも、よろしくな!」
イグニスが豪快に笑う。
「楽しくやっていきましょう!」
シルフが明るく言う。
「我らは永遠に汝と共にある」
ノクスが誓う。
「どんな時も、支えるわ」
グラシアが微笑む。
「大地のように、揺るがない絆だ」
テラが力強く言う。
「水のように、いつでも側にいる」
アクアが静かに言う。
「最強のチームだからな!」
ヴォルトが雷を纏いながら叫ぶ。
「みんな……」
アレンが八体を見渡す。
そして、全員を抱きしめた。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
全員が、温かく応える。
星空の下、仲間たちの絆が静かに輝いていた。
戦いは終わった。
そして、新しい物語が始まろうとしている。
八属性を統べる者、アレン・アルカディアの物語が——
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**次回、第4話「決戦前夜」**
**最後の準備、そして仲間たちとの絆を確かめ合う——**




