第2話「古代遺跡の謎」
古代遺跡の入口。
巨大な石造りの扉には、八つの属性を示す紋章が円環状に配置されていた。光、炎、風、闇、氷、土、水、雷——それぞれが微かに脈動している。
「これは……」
アレンが扉に近づくと、左目が金色に、右目が銀色に輝き始めた。
「アレン、その扉……古代魔導王国の封印術式だ」
テラが実体化して、扉を見つめる。
「封印術式?」
「ああ。八属性全てを持つ者でなければ開けられない。つまり……」
「八属性を統べる者、か」
アレンが呟く。
まさに、自分のために作られたような扉だ。いや、正確には古代魔導王国の王族のために。
「アレン、慎重にね」
ヒナタが心配そうに声をかける。
「わかってる」
アレンは深呼吸すると、扉に両手を当てた。
瞬間、体内から八属性のマナが溢れ出す。いや、正確には世界マナが彼を通して流れ込む。
光の輝き。炎の熱。風のそよぎ。闇の静寂。氷の冷気。土の重厚さ。水の流れ。雷の閃光。
八つの力が扉の紋章と共鳴し、眩い光を放った。
『——認証完了。アルカディアの血を継ぐ者よ、ようこそ』
扉から、古代語の声が響く。アレンには、その意味が直感的に理解できた。
ゴゴゴゴゴ……
重厚な音を立てて、巨大な扉がゆっくりと開いていく。
「すごい……本当に開いた」
トムが感嘆の声を上げる。
「さすがだな、アレン」
レンが剣の柄に手をかけながら言う。
扉の向こうには、長い石造りの廊下が続いていた。壁面には無数の古代文字が刻まれ、天井からは青白い魔導灯が柔らかな光を放っている。
「入るぞ。全員、気を引き締めろ」
アレンが先頭に立ち、遺跡内部へと足を踏み入れた。
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廊下を進むと、周囲の石壁に刻まれた古代文字が次々と目に飛び込んでくる。
「これは……歴史が記されているのか?」
リサが壁面の文字を眺める。
「古代魔導王国の記録だな。この遺跡は、単なる封印の場所じゃない。知識の保管庫でもあったんだ」
レンが分析する。
アレンも壁面の文字を読み取ろうとする。アルカディア家に伝わる知識のおかげで、断片的に意味が理解できた。
『——八属性を統べる者は、世界の均衡を保つ——』
『——しかし、その力は同時に破滅ももたらす——』
『——故に、封印せし者たちよ——』
「封印……やはり、ここには何かが封印されているのか」
アレンが呟いた時、突然廊下の先から強大なマナの波動が襲ってきた。
「っ! これは……」
全員が思わず身構える。
「古代魔獣の気配だ。それも、とんでもなく強力な」
グラシアが警告を発する。
「まだ完全には目覚めていない。でも、封印は確実に弱まっている」
アクアが冷静に分析する。
「急ごう。封印が完全に解ける前に、何とかしないと」
ヒナタの言葉に、全員が頷いた。
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廊下を抜けると、巨大な円形の広間に出た。
「これは……」
思わず息を呑む。
広間の中央には、巨大な魔法陣が床一面に描かれている。八属性の紋章が円環を成し、その中心には漆黒の球体が浮かんでいた。
そして、広間の壁面には——
「古代文字が、びっしりと……」
エマが驚きの声を上げる。
壁面の全てが、古代文字で埋め尽くされていた。まるで、巨大な書物のように。
「アレン、読めるか?」
レンが尋ねる。
「少し待ってくれ」
アレンは壁面に近づき、文字を読み始めた。
『——ここに記す、八属性を統べる者への警告——』
『——汝が力の真の姿は、創造と破壊、両極の力——』
『——その力を完全に統べるには、全ての化身との完全なる絆が必要——』
『——しかし、我らが封印せし魔獣は、その絆を試す——』
アレンの心臓が高鳴る。
この先の文章に、重要な情報がある気がする。
『——魔獣を倒した暁には、汝に授けん——』
『——失われし化身を取り戻す、古代の儀式を——』
「これは……!」
アレンが思わず声を上げる。
「アレン、何か見つけたのか?」
ヒナタが駆け寄る。
「ああ。ここに、四化身を復活させる方法が記されている」
「本当か!?」
レンが目を見開く。
エルフェリア、イグニス、シルフ、ノクス。世界マナ化してしまった四体の化身を、再び実体化させる方法。
それが、ここに記されている。
「でも、その前に……」
アレンが中央の魔法陣を見つめる。
「封印された古代魔獣を倒さなければならない、ということか」
「試練、ってわけだな」
カイルが拳を打ち鳴らす。
その時、アレンの心の中に四体の化身の声が響いた。
『アレン、私たちのために……』エルフェリアの切ない声。
『無理すんなよ。危なくなったら逃げろ』イグニスの心配そうな声。
『でも、あなたなら大丈夫。信じているわ』シルフの励ましの声。
『我々は常に汝と共にある』ノクスの力強い声。
「ありがとう、みんな。必ず、お前たちを取り戻す」
アレンが心の中で答える。
「よし、それじゃあ——」
マルクが一歩前に出ようとした、その時。
壁面の文字が突然、赤く発光した。
『——警告——封印破壊を試みる者あり——』
『——古代魔獣、覚醒まで残り時間僅か——』
「なに!?」
全員が驚愕する。
「誰かが、外から封印を破壊しようとしている!」
アクアが叫ぶ。
その瞬間、遺跡全体が激しく揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
「くそっ、間に合わなかったか!」
レンが舌打ちする。
中央の漆黒の球体が、不気味に脈動し始める。ひび割れが走り、そこから禍々しい黒い霧が溢れ出す。
「みんな、下がれ!」
アレンが叫んだ瞬間——
ドォォォォォン!
巨大な爆発音と共に、広間の天井が崩れ落ちた。
いや、崩されたのだ。
外から。
「ふふふ……ようやく、辿り着きましたわ」
崩れた天井の向こうから、その声が響く。
紅い瞳。
黒い長髪。
冷たい微笑み。
「セレス!」
アレンが叫ぶ。
セレスは、数十人の黒ローブの部隊を従えて、広間を見下ろしていた。
「よくぞここまで来てくれました、アレン・アルカディア。おかげで、扉を開けていただけましたわ」
「まさか……俺たちを利用したのか!?」
「ええ。八属性の封印は、私では開けられませんでしたから。でも、あなたなら開けられる。だから、後をつけさせていただきました」
セレスが優雅に笑う。
「貴様……!」
レンが怒りを露わにする。
「そして、今から封印を完全に破壊させていただきます。古代魔獣の力……それは、私の野望を叶えるために必要なものですから」
セレスが指を天に向ける。
「ノクティア部隊、総攻撃! 封印の核を破壊しなさい!」
「「「了解!」」」
黒ローブの魔導士たちが、一斉に中央の球体へ向けて闇の魔法を放った。
「させるか!」
アレンが《オクタハーモニー》を展開し、攻撃を防ごうとする。
だが——
「無駄ですわ」
セレスが指を鳴らすと、さらに強力な闇の波動が球体を襲った。
バキィィィィン!
球体が完全に砕け散る。
そして、その中から——
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
世界を震わせるような咆哮が響き渡った。
黒い霧が渦を巻き、巨大な影が姿を現す。
三つの頭を持つ、竜のような魔獣。
全身を漆黒の鱗で覆い、背中には禍々しい棘が並ぶ。
目は血のように赤く、口からは黒い炎が漏れ出ている。
「これが……古代魔獣……!」
トムが恐怖に震える。
魔獣から放たれる威圧感は、これまで戦ってきたどんな敵よりも強大だった。
「素晴らしい……これほどの力が、封印されていたとは」
セレスが恍惚とした表情で魔獣を見つめる。
「セレス、貴様何をする気だ!」
アレンが叫ぶ。
「決まっているでしょう。この力を我が物とし、世界を支配するのです」
セレスが手を魔獣へ向ける。
「我に従え、古代の獣よ!《深淵の従属契約》!」
セレスの体から、禍々しい闇の魔力が溢れ出し、魔獣へと伸びていく。
「グルルル……」
魔獣が、セレスの魔力に反応する。
「やばい、本当に支配する気だ!」
レンが叫ぶ。
「させない!」
アレンが八属性のマナを集中させる。
だが、その時——
「グオオオオオオ!!」
魔獣が突然、セレスへ向けて黒い炎を吐いた。
「なっ!?」
セレスが咄嗟に闇の障壁を展開するが、黒い炎は障壁を貫通し、彼女を吹き飛ばす。
「がっ……!」
セレスが地面に叩きつけられる。
「セレス様!」
ノクティア部隊が慌てて駆け寄る。
「馬鹿な……私の従属契約が、通じない……!?」
セレスが信じられないという表情で魔獣を見上げる。
魔獣は、誰の支配も受けない。
ただ、破壊のみを求める、純粋な災厄。
「グオオオオオオオオオオ!!」
魔獣が咆哮し、広間全体に黒い炎を吐き出した。
「くそっ、みんな散れ!」
アレンが叫ぶ。
全員が咄嗟に四方へ飛び散る。
黒い炎が床を焼き、石壁を溶かす。
「これは……ただの炎じゃない。マナそのものを焼き尽くす炎だ!」
グラシアが警告する。
「こいつ、本気でやばいぞ!」
カイルが冷や汗を流す。
魔獣は、セレスにも、アレンたちにも構わず、ただ暴れ回る。
「ちっ、これじゃ手の出しようがない!」
レンが舌打ちする。
「アレン、どうする!?」
ヒナタが叫ぶ。
アレンは魔獣を見つめながら、冷静に分析する。
(三つの頭……それぞれが独立して動いている。まるで、三つの意識があるように)
(そして、この禍々しいマナ……これは、かつての古代魔導王国が封印するしかなかった理由だ)
「みんな、聞いてくれ!」
アレンが仲間たちに叫ぶ。
「こいつは、俺が引き受ける。お前たちは、壁面の古代文字を全て記録してくれ。四化身復活の儀式の詳細が、どこかに記されているはずだ」
「何を言ってる、アレン! 一人で戦う気か!?」
レンが反論する。
「一人じゃない。八体の化身がいる」
アレンが不敵に笑う。
「それに……これは、俺の使命だ。八属性を統べる者としての」
アレンの左目が金色に、右目が銀色に輝く。
「頼む、レン。ヒナタ。みんな」
アレンの真剣な眼差しに、レンは一瞬逡巡したが、やがて頷いた。
「……わかった。だが、無理するなよ」
「任せて、アレン。必ず記録するわ」
ヒナタも決意を込めて答える。
「アレン、気をつけてな!」
トムたちも、それぞれの持ち場へと散っていく。
セレスも、部下たちと共に一時撤退した様子だ。
広間には、アレンと古代魔獣だけが残された。
「さて……」
アレンが魔獣と対峙する。
「お前を倒して、四人を取り戻す。それが、俺の道だ」
八属性のマナが、アレンの全身から溢れ出す。
「グオオオオオオオ!!」
魔獣が咆哮し、三つの頭全てから黒い炎を放った。
「《オクタハーモニー》!」
アレンが八属性の障壁を展開する。
黒い炎と八色の光が激突し、広間を眩い閃光が包んだ。
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広間の隅で、レンたちは壁面の古代文字を必死に記録していた。
「これ……復活の儀式について書いてある!」
ヒナタが叫ぶ。
「急いで記録しろ! アレンを待たせるわけにはいかない!」
レンが指示を出す。
一方、アレンは魔獣と激しい攻防を繰り広げていた。
「《フロストフレイムヘリックス》!」
氷と炎の螺旋が魔獣へ襲いかかる。
だが、魔獣は三つの頭のうち一つで炎を吐き、一つで氷の息を吐き、一つで闇の波動を放ってアレンの攻撃を相殺した。
「くっ、三つの頭が別々の属性を使える!?」
アレンが驚愕する。
「グオオオオ!」
魔獣の尾が、鞭のようにアレンへ襲いかかる。
「《ライトニングステップ》!」
アレンが雷の速度で回避する。
(このままじゃ、決定打が打てない……)
(ならば——)
「出てこい、みんな! 今こそ、八属性の絆を見せる時だ!」
アレンが叫ぶと、八体の化身が次々と姿を現した。
世界マナ化している四体——エルフェリア、イグニス、シルフ、ノクス。
実体を持つ四体——グラシア、テラ、アクア、ヴォルト。
「「「「アレン、行くわよ!」」」」
八体が声を揃える。
「ああ! 《オクタアルティメット》!」
八属性全ての力が一つに集束する。
光と炎と風と闇と氷と土と水と雷が、巨大な光の奔流となって魔獣へ襲いかかった。
「グオオオオオオオ!!」
魔獣も全ての頭から、最大級の攻撃を放つ。
黒い炎、氷の息、闇の波動——三つの力が渦を巻く。
そして——
ドゴォォォォォォォン!!
広間全体を揺るがす、凄まじい爆発。
煙が晴れると、魔獣は傷つき、荒く息をしていた。
アレンも、片膝をついている。
(まだだ……まだ倒せていない)
その時、壁面の古代文字が突然、金色に輝き始めた。
『——試練、認む——』
『——八属性を統べる者よ、汝の資格を証明せり——』
「これは……!」
壁から、一つの光の結晶が現れた。
それは、古代マナ結晶。
四化身復活の鍵。
「アレン、あれを!」
ヒナタが叫ぶ。
アレンは結晶へ手を伸ばす。
だが——
「させませんわ」
突然、セレスが再び姿を現し、結晶へ向けて闇の矢を放った。
「させるか!」
アレンが咄嗟に《オクタハーモニー》で防御する。
「まだ諦めていないのか、セレス!」
「当然ですわ。その結晶……古代の力の源。それを手に入れるのが、私の目的なのですから」
セレスと、アレン。
そして、暴走する古代魔獣。
三者の思惑が、今、この古代遺跡で交錯する。
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**次回、第3話「封印解除」**
**激突する三つの力——決着の時は近い!**




