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第3話:闇の誘い

第3話:闇の誘い


 アレンは、深い闇の中にいた。

 上も下も、右も左も分からない。

 ただ、無限に広がる暗闇だけが存在していた。

「……ここは」

 アレンは自分の声が、奇妙に響くのを感じた。

 まるで、水の中で話しているような、不思議な感覚だった。

『アレン』

 エルフェリアの声が、遠くから聞こえた。

『目を覚まして。まだ、そこにいてはダメ』

「エルフェリア……?」

 アレンは声のする方向を探そうとしたが、闇が濃すぎて何も見えなかった。

『急いで。あなたが深く沈めば沈むほど——』

 エルフェリアの声が、途切れた。

 代わりに、別の声が聞こえてきた。

「……やっと、ここまで来たのね」

 それは、女性の声だった。

 エルフェリアとは違う、もっと低く、そして——どこか寂しげな声。

「誰だ……?」

 アレンは闇の中を見回した。

「私は……あなたの一部」

 声の主が、ゆっくりと姿を現した。

 銀色の瞳。

 漆黒の髪。

 そして、闇そのものを纏ったような、黒いドレス。

「私はノクス。闇を統べる者」

 少女——いや、女性と呼ぶべきか——は、静かに微笑んだ。

「お前は……敵なのか?」

 アレンは警戒しながら問いかけた。

「敵?」

 ノクスは首を傾げた。

「違うわ。私はあなたの一部。光があるなら、闇もある」

「俺の……一部?」

「そう」

 ノクスはゆっくりとアレンに近づいた。

「エルフェリアが光なら、私は闇。イグニスが炎なら、私は氷。シルフが風なら、私は……」

 彼女は言葉を止めた。

「いえ、今はまだ話す時ではないわね」

「待てよ」

 アレンは混乱していた。

「お前は、マナの化身なのか?」

「ええ」

 ノクスは頷いた。

「私はあなたが生まれた時から、ずっとあなたの中で眠っていた」

「生まれた時から……」

「でも、目覚める時が来た」

 ノクスは銀色の瞳で、真っ直ぐにアレンを見つめた。

「あなたは今、三つの属性を持っている。でも、それでは足りない」

「足りない……?」

「光と炎と風。三つの力は強大だけれど、バランスが悪い」

 ノクスは手を広げた。

「光には闇が必要。炎には氷が必要。風には……」

 彼女は微笑んだ。

「まあ、それは後で分かるわ」

「待ってくれ」

 アレンは頭を抱えた。

「つまり、お前は俺の中で眠っていた、四つ目のマナの化身ってことか?」

「正確には、私はまだ完全には目覚めていない」

 ノクスは静かに告げた。

「今のあなたには、私を受け入れる準備ができていないから」

「準備……?」

「ええ」

 ノクスは闇の中に手を伸ばした。

 すると、そこに一筋の光が差し込んだ。

「あれを見て」

 アレンは光の方を見た。

 そこには——医務室のベッドに横たわる、自分の姿があった。

「……俺?」

「そう。これが現実のあなた」

 ノクスは説明した。

「今、あなたの精神は深い闇の中に沈んでいる。このまま目覚めなければ、永遠に闇の中を彷徨うことになる」

「……!」

「でも、安心して」

 ノクスは優しく微笑んだ。

「私が、あなたを現実に戻してあげる」

「何で……何でそんなことをしてくれるんだ?」

「だって」

 ノクスは当然のように告げた。

「私は、あなたの一部なのだから」

 彼女はアレンの額に手を当てた。

「さあ、目覚めなさい。アレン・アルカディア」

 瞬間、アレンの視界が真っ白に染まった。

「……っ!」

 アレンは激しく身体を起こした。

「アレン!」

 傍にいたヒナタが、驚いて叫んだ。

「目が覚めたの!?」

「ヒナタ……ここは……」

 アレンは周囲を見回した。

 見覚えのある医務室だった。

「学園の医務室よ。あなた、三日も眠っていたのよ」

「三日……」

 アレンは額に手を当てた。

 頭が、ひどく重かった。

「大丈夫? 無理しないで」

 ヒナタが心配そうにアレンの顔を覗き込む。

「ああ、大丈夫だ」

 アレンは弱々しく微笑んだ。

「それより……クリストフは?」

「彼なら、もう目覚めて退院したわ」

 医務室のドアが開き、エリナ先生が入ってきた。

「アレン君、目が覚めたのね。良かった」

「先生……すみません、心配かけて」

「謝る必要はないわ」

 エリナ先生は優しく微笑んだ。

「でも、もう二度と無茶はしないでね」

 彼女はアレンの身体を簡単に診察した。

「……不思議ね」

「何がですか?」

「あなたの体内のマナバランス、前よりも安定しているわ」

 エリナ先生は首を傾げた。

「三日前は完全に崩壊寸前だったのに……まるで、何かが調整してくれたみたい」

 アレンは、闇の中で出会ったノクスのことを思い出した。

 ——私が、あなたを現実に戻してあげる。

 あれは、夢だったのだろうか。

 それとも——。

『よく戻ってこられたわね、アレン』

 エルフェリアの声が、優しく響いた。

『あなたは本当に、ギリギリのところまで行っていたのよ』

『でも、誰かが助けてくれたんだろ?』

 アレンは心の中で問いかけた。

『……ええ』

 エルフェリアの声には、複雑な感情が滲んでいた。

『ノクスが、あなたを救った』

『やっぱり、あれは夢じゃなかったのか』

『夢ではないわ。ノクスは実在する。そして——』

 エルフェリアは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

『彼女は、私と同じくらい古い存在。5000年前から、あなたを待っていた』

 アレンは息を呑んだ。

「アレン? どうしたの?」

 ヒナタが心配そうに尋ねた。

「いや、何でもない」

 アレンは首を横に振った。

 その時、医務室のドアが再びノックされた。

「失礼します」

 入ってきたのは、ディルク教師だった。

 Fクラスの担任である彼は、いつもの厳しい表情を浮かべていた。

「ディルク先生」

 アレンは慌ててベッドから降りようとした。

「動くな、アレン」

 ディルクは手で制した。

「お前はまだ、安静にしていろ」

「でも……」

「命令だ」

 ディルクの声には、有無を言わせぬ力があった。

「先生、何かあったんですか?」

 ヒナタが尋ねた。

「……ああ」

 ディルクは重々しく頷いた。

「お前たちに、伝えなければならないことがある」

 彼は一呼吸置いて、告げた。

「全国大会の準決勝、相手が決まった」

「準決勝……」

 アレンは身を乗り出した。

「相手は、どこですか?」

「ノクティア暗国代表だ」

 ディルクの言葉に、医務室の空気が凍りついた。

「ノクティア……」

 ヒナタが震えながら呟いた。

「あの、黒月の牙と繋がっているという……」

「ああ」

 ディルクは厳しい表情で頷いた。

「相手の隊長は、ヴァンディア。闇魔法の使い手だ」

「闇魔法……」

 アレンは、再びノクスのことを思い出した。

 ——私は闇を統べる者。

「それだけじゃない」

 ディルクは続けた。

「今朝、ノクティア暗国の使節団が、再び学園に来た」

「使節団……セレスですか?」

「ああ」

 ディルクは苦々しい表情を浮かべた。

「彼女は校長先生に、極秘の会談を申し込んできた」

「会談……?」

「詳しい内容は分からない」

 ディルクは首を横に振った。

「だが、恐らくアレン、お前のことだ」

「俺の……?」

「セレスは、お前に興味を持っている」

 ディルクは真剣な眼差しでアレンを見た。

「古代魔法使い。三体のマナの化身と契約した少年。ノクティアにとって、お前は研究対象として非常に価値がある」

「研究対象……」

 アレンは拳を握りしめた。

「でも、安心しろ」

 ディルクは力強く告げた。

「俺たちは、お前を渡すつもりはない。お前は、この学園の生徒だ」

「ディルク先生……」

「ただし」

 ディルクは声のトーンを落とした。

「セレスは、準決勝でお前と直接会うつもりだろう」

「準決勝で……」

「ああ。試合の前後、あるいは試合中に、何か仕掛けてくる可能性がある」

 ディルクは警告した。

「油断するな。ノクティアは、何をしてくるか分からない」

 その時、医務室のドアが勢いよく開いた。

「ディルク!」

 入ってきたのは、シリウス校長だった。

 普段は穏やかな彼の顔が、珍しく険しい。

「校長先生」

 ディルクが立ち上がった。

「会談は……?」

「最悪だ」

 シリウス校長は深いため息をついた。

「セレスの要求は、断った。だが……」

「だが?」

「彼女は言った。『ならば、全国大会で直接会いましょう』と」

 シリウス校長はアレンを見た。

「アレン君、君は狙われている」

「……分かっています」

 アレンは静かに答えた。

「でも、俺は戦います」

「アレン!」

 ヒナタが叫んだ。

「あなた、まだ身体が……」

「大丈夫」

 アレンは微笑んだ。

「エリナ先生も言ってただろ。俺のマナバランスは、安定してるって」

「でも……」

「それに」

 アレンは拳を握りしめた。

「ノクティアから逃げるわけにはいかない。準決勝で戦うなら、正面から挑む」

「……無茶な奴だ」

 ディルクは呆れたように笑った。

「だが、それがお前らしいな」

「ディルク、止めないのか?」

 シリウス校長が驚いた表情で尋ねた。

「止めても無駄だろう」

 ディルクは肩を竦めた。

「こいつは、一度決めたら絶対に曲げない」

「……確かに」

 シリウス校長も苦笑した。

「では、準決勝に向けて、最大限の警備体制を敷こう」

「それがいい」

 ディルクは頷いた。

「それと、アレンの家族にも連絡を入れたほうがいいだろう」

「もう入れてある」

 シリウス校長は告げた。

「ゼノス卿には、事の次第を全て報告した」

「父さんに……」

 アレンは驚いた表情を浮かべた。

「ああ。彼は、すぐにでも王都に向かうと言っていた」

「父さんが、ここに……?」

「当然だろう」

 ディルクが言った。

「お前は、アルカディア家の三男だ。家族が心配するのは当たり前だ」

 アレンは、胸が温かくなるのを感じた。

 父が、自分のために動いてくれている。

 その時、医務室のドアが、また開いた。

「アレン!」

 飛び込んできたのは、銀髪の美しい女性——リアナだった。

「姉さん……」

「もう、心配したんだから!」

 リアナはアレンに駆け寄り、彼を抱きしめた。

「三日も目を覚まさないなんて……私、どれだけ心配したか……」

「ごめん、姉さん」

 アレンは申し訳なさそうに謝った。

「もう、無茶はしないで」

 リアナは涙を浮かべながら、弟の顔を見つめた。

「あなたは、私の大切な弟なのよ」

「……うん」

 アレンは頷いた。

「でも、姉さん。俺は——」

「分かってる」

 リアナは微笑んだ。

「あなたは戦うのね。準決勝で、ノクティアと」

「ああ」

「なら、私も協力する」

 リアナは真剣な表情で告げた。

「氷魔法なら、私も使える。ノクティアの闇魔法に対抗する方法を、一緒に考えましょう」

「姉さん……」

「それと」

 リアナは少し恥ずかしそうに付け加えた。

「クリストフから、伝言を預かっているの」

「クリストフから?」

「ええ」

 リアナは微笑んだ。

「『アレンに感謝している。彼との戦いで、僕は何かを取り戻せた気がする』って」

「……そっか」

 アレンも微笑んだ。

「良かった」

 その時、再び医務室のドアが開いた。

「おい、アレン!」

 トムが、Fクラスの仲間たちを連れて入ってきた。

「目が覚めたんだって!?」

「トム……みんな……」

「良かったぜ、本当に」

 トムは安堵の表情を浮かべた。

「お前が倒れた時は、マジで焦ったんだからな」

「心配かけて、ごめん」

「謝るなよ」

 マルクが笑った。

「お前のおかげで、俺たち準決勝に進めたんだから」

「そうそう」

 カイルが拳を掲げた。

「次はノクティアだろ? みんなで協力して、絶対勝とうぜ!」

「ええ」

 リサが頷いた。

「私たちも、もっと強くならなきゃ」

「頑張ろうね!」

 エマが元気よく叫んだ。

 仲間たちの笑顔を見て、アレンは心から思った。

 自分は一人じゃない。

 こんなにも頼れる仲間たちがいる。

「みんな、ありがとう」

 アレンは微笑んだ。

「一緒に、戦おう」

「おう!」

 Fクラス全員が、拳を突き上げた。

 その夜。

 王都の高級ホテルの一室で、セレスは窓の外を見つめていた。

 彼女の紅い瞳には、月明かりが映っている。

「セレス様」

 背後から、ヴァンディアが声をかけた。

「学園との会談は、失敗に終わりました」

「構わないわ」

 セレスは振り返らずに答えた。

「予想通りよ」

「では、どうされますか?」

「準決勝で、直接アレン・アルカディアに接触する」

 セレスは静かに告げた。

「彼の中に眠る闇の力、この目で確かめる」

「しかし、学園側は警戒しています」

「分かっている」

 セレスは微笑んだ。

「だからこそ、慎重に動く必要がある」

 彼女は窓の外の月を見上げた。

「アレン・アルカディア。あなたは、光と闇の両方を持つ者」

 セレスの紅い瞳が、妖しく光った。

「あなたの中に眠る闇、私が目覚めさせてあげる」

 同じ頃。

 アレンは一人、医務室のベッドで目を閉じていた。

 ヒナタたちが帰った後、彼は再び自分の内側に意識を向けた。

『エルフェリア』

 アレンは心の中で呼びかけた。

『ノクスは、本当に俺の中にいるのか?』

『……ええ』

 エルフェリアの声が、静かに響いた。

『彼女はあなたの中で、ずっと眠っていた。でも、もうすぐ目覚める』

『目覚めるって……どういう意味だ?』

『あなたが、四つ目の属性を手に入れるということよ』

 エルフェリアは説明した。

『光、炎、風……そして闇。四属性を統べる者となる』

『四属性……』

 アレンは、その言葉の重みを感じた。

『でも、それって大丈夫なのか? 三属性だけでも、身体が限界だったのに』

『逆よ』

 エルフェリアは告げた。

『四属性で、初めてバランスが取れる。光には闇が、炎には氷が必要なの』

『氷……』

 アレンはクリストフとの戦いを思い出した。

『でも、俺はまだ氷の化身とは出会っていない』

『時が来れば、出会うわ』

 エルフェリアは優しく告げた。

『今はまず、ノクスと向き合いなさい』

『ノクスと……』

 アレンは目を閉じた。

 すると、闇の中に銀色の瞳が浮かび上がった。

「また会ったわね、アレン」

 ノクスの声が、静かに響いた。

「ノクス……」

「私は、あなたが準備できるまで待っている」

 ノクスは微笑んだ。

「でも、それほど時間はないわ。ノクティアとの戦いが、あなたの闇を目覚めさせるでしょう」

「俺の……闇を?」

「そう」

 ノクスは銀色の瞳で、真っ直ぐにアレンを見つめた。

「闇は、光の敵ではない。光と闇は、表裏一体」

「表裏一体……」

「恐れないで」

 ノクスは優しく告げた。

「私は、あなたの一部なのだから」

 その言葉を最後に、ノクスの姿は闇の中に消えた。

 アレンは目を開けた。

 医務室の天井が、ぼんやりと見える。

「光と闇、か……」

 アレンは呟いた。

 準決勝まで、あと三日。

 ノクティアとの戦いが、自分の運命を大きく変えることを——。

 アレンは、まだ知らなかった。


【次回予告】

 準決勝の日が迫る中、アレンたちは特訓に励む。

 そして遂に、ノクティア暗国代表との戦いが始まる。

 闇魔法の使い手、ヴァンディアの圧倒的な力。

 追い詰められたアレンの中で、何かが目覚め始める——。

 第4話「闇夜の黙示録」、お楽しみに。

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