第5話:偽りの同盟
第5話:偽りの同盟
ノクティア暗国使節団が学園に到着してから、三日が経った。
表向きは文化交流と友好のための訪問だが、学園の空気は微妙に緊張していた。
「何か……嫌な感じがするよな」
トムが訓練場で呟いた。
「分かる。あの使節団、何か裏がありそう」
カイルも同意する。
「特に、団長のセレスって人。めっちゃ怖い雰囲気」
エマが小声で言った。
「ヴァンパイア貴族だからね。近づかない方がいいわ」
リサが腕を組む。
アレンも、同じことを感じていた。
セレスの紅い瞳。
あの冷たい光を見た時、背筋に悪寒が走った。
「アレン、大丈夫?」
ヒナタが心配そうに覗き込んでくる。
「ああ……でも、気をつけた方がいい」
「うん」
『アレン』
エルフェリアの声が響いた。
『あの男は危険よ。近づかないように』
「分かってる」
『彼から、闇の気配を感じる』
「闇……」
アレンが拳を握る。
その時——
「アレン・アルカディア君」
優雅な声が響いた。
振り返ると、セレスが立っていた。
「!」
「初めまして。私、ノクティア暗国使節団長のセレスと申します」
セレスが優雅に一礼する。
「あ、ああ……初めまして」
アレンが警戒しながら答える。
「噂は聞いていますよ。古代魔法を使う、天才魔法使いだと」
「天才なんて……」
「謙遜することはない。あなたの力、本物です」
セレスの紅い瞳が、アレンを見つめる。
その視線に、アレンは息が詰まりそうになった。
「ところで、少しお話ししたいことがあるのですが」
「話……?」
「ええ。古代魔法について」
セレスが微笑む。
「我が国でも、古代魔法の研究を進めているのです」
「研究……」
「もしよろしければ、協力していただけませんか?」
「協力?」
「ええ。あなたの知識と、我が国の技術を合わせれば、古代魔法の謎を解明できるかもしれません」
セレスが手を差し伸べる。
「そうすれば、あなたはもっと強くなれる」
「……」
アレンは迷った。
確かに、古代魔法についての情報は少ない。
だが——
(こいつは、信用できない)
直感が、アレンに警告していた。
「すみません。俺、まだ学ぶことがたくさんあるので」
「そうですか……残念です」
セレスが少し寂しそうに微笑んだ。
「ですが、もし気が変わったら、いつでも声をかけてください」
「……はい」
セレスが去っていく。
その背中を見ながら、アレンは冷や汗を流していた。
「アレン……大丈夫?」
ヒナタが心配そうに声をかける。
「ああ……でも、やっぱりあいつ、何かある」
「うん……私も、そう思う」
二人は顔を見合わせた。
その日の夕方。
教師陣の会議室では、緊急ミーティングが開かれていた。
「ノクティア暗国使節団について、新たな情報が入った」
ディルク教師が資料を配る。
「何だ?」
リアナが身を乗り出した。
「情報部の報告によれば、セレスは単なる外交官ではない」
「どういうことだ?」
「彼は、ノクティア暗国の諜報部隊の幹部でもある」
会議室に緊張が走る。
「つまり……スパイか」
シリウス教師が険しい表情を浮かべる。
「恐らく。表向きは文化交流だが、実際は情報収集が目的だろう」
「何の情報を?」
「古代魔法、そして……マナの化身に関する情報だ」
ディルクの言葉に、全員が息を呑んだ。
「アレン君とヒナタさんが狙われている……」
エリナ教師が呟く。
「そうだ。特にアレンは、三体のマナの化身と繋がっている。彼らにとって、最高の標的だ」
「監視を強化しろ。セレスたちの動きを逐一把握する」
校長が指示を出した。
「了解しました」
教師陣が頷く。
「そして……」
校長が深刻な表情を浮かべる。
「全国大会が近い。おそらく、そこで何かが起こる」
「……」
「警戒を怠るな」
会議室に、重い空気が流れた。
その夜。
アレンは一人、学園の図書館で古代魔法の文献を調べていた。
「やっぱり、情報が少ない……」
ため息をつく。
『アレン』
エルフェリアの声。
「エルフェリア……」
『疲れているわね。少し休んだら?』
「でも、もっと知りたいんだ。古代魔法のこと」
『焦る必要はないわ。君は確実に成長している』
「ありがとう」
アレンが微笑む。
その時、図書館の窓の外に人影が見えた。
「?」
アレンが窓に近づく。
月明かりの下、二つの人影が密会していた。
一人は——セレス。
そして、もう一人は——
「黒装束……!」
アレンが息を呑む。
黒月の牙だ。
「まさか……」
アレンは急いで窓を開け、外の会話を聞こうとした。
「計画は順調か?」
セレスの声。
「ええ。全国大会の会場の下見も済ませました」
黒装束——シャドウの声だった。
「良い。全国大会で、古代魔法の継承者を確保する」
「そして、マナの化身も」
「そうだ。炎、光、風……三体のマナの化身を手に入れる」
セレスの目が妖しく光る。
「さらに、最近また新たなマナの化身が現れたらしいな」
「はい。風のマナの化身、シルフィアとシルフ」
「完璧だ。全て、我々の手に」
二人が不敵に笑う。
「学園の警備は?」
「強化されていますが、全国大会では手薄になります」
「ならば、そこを突く」
「了解しました」
シャドウが闇に溶けるように消えた。
セレスも、優雅に歩き去っていく。
アレンは、全身が震えていた。
「やっぱり……セレスと黒月の牙は繋がってる」
『アレン、すぐに教師陣に報告を』
「ああ!」
アレンは急いで図書館を出た。
深夜。
校長室に、アレン、ディルク教師、リアナ教師、そして校長が集まっていた。
「本当か、アレン君」
校長が真剣な表情で聞く。
「はい。セレスと黒月の牙の幹部・シャドウが密会していました」
「そして、全国大会で動くと……」
「はい。俺とヒナタ、そしてマナの化身を狙っていると」
ディルクが拳を握る。
「やはりな。セレスは敵だ」
「だが、証拠がない」
校長が苦い表情を浮かべる。
「彼らは外交特権を持っている。簡単には捕まえられない」
「では、どうすれば……」
「全国大会の警備を最大限に強化する」
校長が決断した。
「そして、アレン君とヒナタさんには、常に護衛をつける」
「護衛……」
「Aクラスのレン・ヴァルトハイムに頼もう。彼なら信頼できる」
「レンが……」
「そして、リアナ教師も同行する」
「分かりました」
リアナが頷く。
「アレン君」
校長がアレンを見つめた。
「君は今、大きな危険に晒されている。だが、恐れるな」
「……はい」
「学園は、君を守る。そして、君の力を信じている」
「ありがとうございます」
アレンが深く頷いた。
会議が終わり、アレンは校長室を出た。
廊下で、リアナが待っていた。
「アレン」
「姉さん……」
「大丈夫?」
「ああ……でも、正直、怖いよ」
アレンが素直に答える。
「怖くて当然よ。でも……」
リアナがアレンの肩に手を置いた。
「私が守るから」
「姉さん……」
「あなたは、私の大切な弟。誰にも渡さない」
リアナの目が、優しく光った。
「ありがとう……」
アレンの胸が温かくなる。
「さあ、今日は休みなさい。明日から、また訓練よ」
「うん」
二人は、それぞれの部屋へと向かった。
同じ頃。
遠く離れたアルカディア家の屋敷。
深夜の書斎で、父・ゼノスは一枚の手紙を読んでいた。
『貴殿の息子、アレンが古代魔法を使ったと聞いた。
封印は、解かれたのか?
至急、返事を求む。
――ノクティア暗国より』
「……ついに、来たか」
ゼノスが、手紙を握りつぶす。
「アレン……お前は、まだ知らない。この力の、本当の意味を……」
ゼノスの表情が、深く沈んだ。
彼は、別の引き出しから古い羊皮紙を取り出した。
そこには、古代文字で何かが記されている。
『光の継承者は、世界の命運を握る。
だが同時に、世界の滅びをもたらす可能性を持つ。
封印を解く時、運命は動き出す』
「封印……か」
ゼノスが呟く。
実は、アレンの古代魔法には、秘密があった。
それは、アルカディア家が代々守ってきた、ある封印に関わるものだった。
「アレン……お前が目覚めた力は、祝福であり、呪いでもある」
ゼノスが拳を握る。
「だが、お前なら……乗り越えられるはずだ」
彼は立ち上がり、窓の外を見つめた。
遠く、学園がある方角を。
「息子よ……強く生きろ」
ゼノスの目に、決意が宿っていた。
そして彼は、返事の手紙を書き始めた。
『我が息子の力は、アルカディア家が管理する。
貴国の干渉は、一切受け付けない。
これ以上近づけば、宣戦布告と見なす。
――アルカディア家当主 ゼノス・アルカディア』
力強い筆致で書かれた手紙。
それは、息子を守るための、父の決意だった。
翌日。
学園の訓練場で、アレンとヒナタは合同訓練をしていた。
「《ファイアボール》!」
「《ウィンドカッター》!」
炎と風が交錯する。
「良い感じだね、アレン」
「ヒナタも、風魔法が上達してる」
『二人とも、良い連携ね』
シルフィアの声が響く。
『このまま続ければ、さらに強くなれるわ』
「頑張ります!」
ヒナタが元気よく答える。
その時、レンが訓練場に入ってきた。
「よう、お前ら」
「レン!」
「校長先生から聞いた。俺が、お前たちの護衛をするらしいな」
「ごめん……迷惑かけて」
「何言ってんだ。これも訓練だろ」
レンが笑う。
「それに、お前を守るのは、俺の役目だ」
「レン……」
「さあ、一緒に訓練するぞ。全国大会まで、もう少しだ」
「ああ!」
三人は、共に訓練を続けた。
その光景を、遠くから見つめる影があった。
セレスだった。
「フフ……仲が良いことで」
セレスが妖しく微笑む。
「だが、その絆も……すぐに壊れる」
彼の手に、黒い結晶が握られていた。
「全国大会で、全てを奪う」
セレスの目が、紅く光った。
学園に、暗い影が忍び寄っていた。
その夜。
アレンは自室で、エルフェリアと対話していた。
『アレン、大丈夫?』
「ああ……でも、不安だよ」
『当然よ。でも、君は一人じゃない』
「うん……」
『レンも、ヒナタも、みんなが君と共にいる』
「そうだね」
アレンが微笑む。
『そして、私も。イグニスも。シルフも』
「ありがとう、みんな」
『さあ、もう寝なさい。明日も訓練があるでしょう』
「うん。おやすみ、エルフェリア」
『おやすみ、アレン』
アレンはベッドに横になった。
窓の外には、満月が輝いている。
(全国大会……)
そこで、何が起こるのか。
アレンは、まだ知らない。
だが、確実に——
運命の戦いが、近づいていた。
次回予告
次回予告
全国大会直前——
出場者にスクロールが配布される。
「この中から一つ、選べ」
G〜B級、火・水・風・土・光・闇。
だが、失敗すれば取得不可。
ヒナタ、トム、仲間たちが次々と挑戦——
「やった…成功した!」
だが、アレンだけは——
「どうして…俺だけ、スクロールが使えないんだ」
焦り、自責、孤独。
その時、三体のマナの化身が現れる。
「スクロールだけが、道ではない」
エルフェリア、イグニス、シルフの導き。
「あなたの力は、あなた自身の中にある」
アレン、新たな選択を迫られる——
そして、Fクラスの絆が試される。
「俺たちは、仲間だ。一緒に戦おう」
全国大会への、最後の準備が始まる!
第三章「闇の追跡者編」第6話「新たなる選択」




