第2話:追跡者の正体
第2話:追跡者の正体
襲撃事件から二日が経った。
学園は厳戒態勢に入っていた。校門には警備の魔法使いが配置され、結界も二重三重に強化されている。
「うわ、めっちゃ物々しい雰囲気だな」
トムが校門の警備を見て呟いた。
「仕方ないわ。黒月の牙が狙ってるんだから」
リサが腕を組んで言う。
「でも、学園内は安全だよね?」
エマが不安そうに聞く。
「ああ。教師陣も警戒してるし、簡単には侵入できないはずだ」
マルクが頷いた。
アレンは黙って校舎を見上げていた。
(俺が狙われている……)
胸の奥に、重い責任感が沈んでいる。
「アレン」
ヒナタが隣に寄ってきた。
「大丈夫?」
「ああ……平気だよ」
「無理してない?」
ヒナタの優しい声に、アレンは苦笑した。
「心配性だな、ヒナタは」
「当たり前でしょ。大切な人が狙われてるんだから」
「大切な……」
アレンの頬が少し赤くなる。
ヒナタも自分の言葉に気づいて、慌てて顔を背けた。
「え、えっと!仲間として、ね!」
「あ、ああ……」
二人の間に、微妙な空気が流れる。
「お、お前ら、いい雰囲気だなぁ」
トムがニヤニヤしながら割り込んできた。
「違うって!」
「そうだよ!」
二人が同時に否定する。
Fクラスの面々が笑い声を上げた。
その和やかな空気が、アレンの心を少しだけ軽くした。
昼休み。
教師陣の会議室では、緊急ミーティングが開かれていた。
「黒月の牙について、新たな情報が入った」
シリウス教師が資料を配る。
「何だ?」
ディルク教師が身を乗り出した。
「王都の情報部からの報告です。黒月の牙は、ここ数ヶ月、各地で古代魔法に関する遺物を収集している」
「遺物?」
「はい。古代魔法のスクロール、魔道具、そして……」
シリウスが一呼吸置いた。
「マナの化身に関する情報も集めているようです」
「マナの化身……」
エリナ教師が眉をひそめた。
「アレン君がマナの化身と契約していることも、彼らは知っているのか」
「恐らく。アレン君の古代魔法の発動を目撃した者が、情報を流した可能性があります」
「厄介だな」
ディルクが苦い表情を浮かべる。
「さらに、もう一つ気になる情報があります」
シリウスが別の資料を開いた。
「ノクティア暗国の動きです」
「ノクティア?」
「はい。七大国の一つ、ノクティア暗国。闇魔法の研究で知られる国ですが……最近、古代魔法の研究にも力を入れているという情報があります」
「まさか、黒月の牙と繋がっているのか?」
「確証はありません。ですが、無視できない可能性です」
会議室に重い沈黙が落ちた。
「学園の警備をさらに強化する。そして、生徒たちの外出は極力控えさせろ」
ディルクが指示を出す。
「了解しました」
教師陣が頷いた。
放課後。
アレンは一人、学園の訓練場にいた。
「《ファイアボール》!」
炎球を放つ。
だが、その軌道は安定せず、的を外れた。
「くそ……集中できない」
アレンが舌打ちする。
『アレン』
脳内に、エルフェリアの優しい声が響いた。
「エルフェリア……」
『心が乱れている。それでは魔法も乱れる』
「分かってる。でも……」
アレンが拳を握る。
「俺のせいで、みんなが危険に晒されてる。それを思うと……」
『君は優しいのだな』
エルフェリアが静かに言った。
『だが、その優しさが時に、君の足枷となる』
「……」
『アレン。君の仲間たちは、君のために戦っているのではない』
「え?」
『彼らは、自分の意志で戦っている。君と共に歩むことを、彼ら自身が選んだのだ』
エルフェリアの言葉が、アレンの胸に染み入る。
『だから、君が背負う必要はない。共に戦い、共に乗り越えればいい』
「共に……」
『そうだ。それが、仲間というものだ』
アレンの心が、少しだけ軽くなった。
「ありがとう、エルフェリア」
『どういたしまして。さあ、もう一度やってみなさい』
アレンは深呼吸をして、魔法を構えた。
「《ファイアボール》!」
今度は、炎球が的の中心を正確に貫いた。
「やった……」
『良い調子だ。君は強くなっている』
エルフェリアの声が、温かくアレンを包んだ。
その時、訓練場の入口から声がかかった。
「アレン」
振り返ると、レン・ヴァルトハイムが立っていた。
「レン?」
「お前を探してた」
レンが近づいてくる。
「何か用?」
「ああ。お前が狙われてるって聞いた」
「……うん」
「だったら、警護をつけるべきだ」
レンが真剣な表情で言った。
「警護?」
「ああ。俺たちAクラスが、お前を守る」
「え……」
アレンが驚く。
「何で、お前がそこまで……」
「お前はライバルだ」
レンが断言した。
「お前を倒すのは、俺だ。他の奴らにやられてたまるか」
「レン……」
「それに……」
レンが少し照れくさそうに視線を外した。
「お前は、認めた相手だ。仲間を守るのは、当然だろ」
アレンの胸が熱くなる。
「ありがとう、レン」
「礼はいらねぇ。ただし、次の戦いでは容赦しないからな」
「ああ、望むところだ」
二人は笑い合った。
ライバルでありながら、確かな信頼で結ばれた関係。
それが、今のアレンとレンだった。
夕方。
アレン、ヒナタ、トムの三人は、学園近くの市街地に来ていた。
「本当に外出して大丈夫なの?」
ヒナタが心配そうに聞く。
「教師陣には許可もらってる。それに、三人なら大丈夫だろ」
トムが気楽に答えた。
「でも、油断は禁物だぞ」
アレンが周囲を警戒しながら言う。
「分かってるって。ちょっと買い物して、すぐ戻るから」
三人は市街地の商店街を歩いた。
夕暮れの街は、いつもと変わらぬ賑わいを見せている。
「あ、あの店、新しいスクロール入荷してるって」
トムが指差した。
「見てみるか」
三人は魔法具の店に入った。
店内には、様々なスクロールや魔道具が並んでいる。
「おお、これG級のファイアボールスクロールだ」
トムが興奮して手に取る。
「トム、お前それもう習得してるじゃん」
「コレクションだよ、コレクション」
「意味ないでしょ……」
ヒナタが呆れる。
アレンは店内を見回していた。
古代魔法に関するものはないか、と。
だが、そんなものがあるはずもない。
(やっぱり、古代魔法は特別なんだな……)
その時——
ゾクリ。
背筋に悪寒が走った。
「!」
アレンが反射的に振り返る。
店の外に、黒い影が見えた。
「アレン?」
ヒナタが不思議そうに声をかける。
「……外に出よう」
「え?」
「今すぐだ」
アレンの真剣な声に、二人も緊張する。
三人は急いで店を出た。
だが——
「ようやく見つけたぞ、古代魔法の継承者」
低い声が響いた。
路地の奥から、黒装束の人影が現れる。
「!」
アレンたちが身構える。
「お前……図書館の!」
「そうだ。今度こそ、逃がさん」
黒装束が前に出る。
そして、その後ろから、さらに複数の黒装束が現れた。
「囲まれた……!」
トムが焦る。
「アレン、どうする!?」
ヒナタが魔法を構える。
「二人とも、俺の後ろに」
アレンが前に出た。
「待て、アレン」
黒装束の一人が手を上げた。
その瞬間、空気が変わった。
圧倒的な魔力。
「こいつ……!」
アレンが息を呑む。
黒装束がゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、冷たい眼差しの男だった。銀髪、鋭い目つき、そして顔の半分に刻まれた傷跡。
「初めまして、古代魔法の継承者。俺の名はシャドウ」
「シャドウ……」
「黒月の牙の幹部だ。お前を確保するために来た」
シャドウが不敵に笑う。
「お前の古代魔法、いただく」
「それは……どういう意味だ」
「そのままの意味だ。お前の力を、我々が利用させてもらう」
シャドウが手を翳す。
「《シャドウウェーブ》」
闇の波が三人を襲った。
「《ファイアウォール》!」
アレンが炎の壁を展開するが、闇の波は炎を飲み込んだ。
「何!?」
「お前の炎など、俺の闇の前では無力だ」
シャドウが迫る。
「くそっ!《ファイアランス》!」
炎の槍を放つが、シャドウは軽々と避ける。
「遅い」
シャドウの拳がアレンの腹部に叩き込まれた。
「がはっ!」
アレンが吹き飛ぶ。
「アレン!」
ヒナタが駆け寄る。
「《ウォーターブレード》!」
水の刃がシャドウを襲うが——
「《ダークシールド》」
闇の盾が水の刃を弾いた。
「お前たちでは、俺には勝てん」
シャドウが冷たく笑う。
「くそっ!《ファイアボール》連射!」
トムが必死に魔法を放つ。
だが、シャドウは全て避けるか、闇魔法で相殺する。
「無駄だ」
シャドウの手が、トムに向けられた。
「《ダークブラスト》」
闇の衝撃波がトムを襲う。
「トム!」
ヒナタが身を挺して庇った。
「ぐあっ!」
ヒナタとトムが地面に叩きつけられる。
「ヒナタ!トム!」
アレンが叫ぶ。
「二人とも……!」
「心配するな。まだ死んではいない」
シャドウが淡々と言った。
「さあ、大人しく来い。そうすれば、仲間は助けてやる」
「……ふざけるな」
アレンが立ち上がる。
全身が痛む。だが、それ以上に、怒りが込み上げてきた。
「俺の……仲間に手を出すな!」
アレンの体から、炎が噴き出す。
「ほう、怒りか。だが、それだけでは——」
シャドウの言葉が止まった。
アレンの炎が、金色に輝き始めた。
「これは……古代魔法の兆候!」
シャドウの表情が変わる。
「アレン、落ち着け!」
ヒナタが必死に叫ぶ。
だが、アレンの意識は怒りに支配されていた。
『アレン!』
エルフェリアの声が脳内に響く。
『落ち着きなさい!このままでは暴走する!』
「うるさい……!」
アレンが頭を振る。
炎がさらに激しくなる。
「やばい……このままじゃ——」
その時——
「もう十分だ、下がれ」
低く、威厳のある声が響いた。
空気が一変する。
路地の入口に、一人の男が立っていた。
ディルク教師だった。
「ディルク先生……!」
ヒナタが安堵の表情を浮かべる。
「ディルク・グレイソン……!」
シャドウが警戒する。
「黒月の牙の幹部がこんな所で何をしている」
ディルクが冷たく睨む。
「……任務だ」
「アレンに手を出すな。これ以上は、許さん」
ディルクの体から、凄まじい魔力が溢れ出した。
「くっ……」
シャドウが後退する。
「今日は引く。だが、次は逃がさん」
シャドウが闇に溶けるように消えた。
他の黒装束も、一斉に姿を消す。
「逃げられたか……」
ディルクが舌打ちする。
そして、アレンのもとへ駆け寄った。
「アレン、落ち着け」
ディルクがアレンの肩を掴む。
「う……うぅ……」
アレンの炎が、徐々に収まっていく。
『アレン、深呼吸しなさい』
エルフェリアの優しい声。
アレンはゆっくりと息を吸い、吐いた。
炎が完全に消える。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か」
「……すみません」
「謝る必要はない。よく耐えた」
ディルクが頷いた。
そして、ヒナタとトムに目を向ける。
「二人とも、怪我は?」
「私は大丈夫です。でも、トムが……」
「痛ぇ……」
トムが呻いている。
「すぐに治療する。学園に戻るぞ」
ディルクが三人を導いた。
医務室。
トムとヒナタは治療を受けていた。
「幸い、大きな怪我はない。だが、数日は安静にしていろ」
エリナ教師が二人に告げる。
「すみません……」
アレンが俯いた。
「俺のせいで……」
「アレン」
ヒナタが微笑んだ。
「私たちは自分で選んで戦ったの。だから、あなたが謝る必要はない」
「そうだぜ。俺たち、仲間だろ?」
トムも笑う。
「みんな……」
アレンの目が潤む。
「ありがとう……」
「さあ、今日はゆっくり休みなさい」
エリナ教師が優しく言った。
「はい……」
アレンは医務室を出た。
廊下で、ディルク教師が待っていた。
「アレン」
「ディルク先生……」
「少し話がある。ついてこい」
ディルクに導かれ、アレンは教師陣の会議室に入った。
そこには、シリウス教師と学園長も待っていた。
「座りなさい、アレン君」
学園長が椅子を指す。
アレンは緊張しながら座った。
「今日の襲撃について、詳しく聞かせてほしい」
シリウス教師が紙とペンを用意する。
アレンは、シャドウとの戦いを詳しく説明した。
「シャドウ……黒月の牙の幹部か」
学園長が険しい表情を浮かべる。
「彼は高度な闇魔法使いです。おそらく、A級以上の実力」
ディルクが分析する。
「そんな奴が、アレンを狙っている……」
シリウスが呟く。
「アレン君」
学園長がアレンを見つめた。
「君は今、大きな危険に晒されている。黒月の牙は、必ず再び襲ってくる」
「……はい」
「だが、学園は君を守る。そして、君も強くならなければならない」
「強く……」
「君の古代魔法は、まだ不安定だ。今日も暴走しかけた」
アレンが唇を噛む。
「古代魔法をコントロールするには、心の安定が必要だ」
ディルクが言った。
「怒りや恐怖に支配されては、力は暴走する」
「……分かりました」
「そのために、特別訓練を行う」
「特別訓練?」
「ああ。学園地下にある『心の迷宮』だ」
シリウスが答えた。
「心の迷宮……?」
「魔法使いの精神を試すための、特殊なダンジョンだ。そこで、君は自分の心と向き合うことになる」
「自分の心……」
アレンが拳を握る。
『アレン』
エルフェリアの声が響いた。
『恐れる必要はない。私がついている』
「……はい。やります」
アレンが顔を上げた。
「俺は、もっと強くなりたい。仲間を守れる強さが欲しい」
「良い覚悟だ」
学園長が微笑んだ。
「訓練は明後日から始める。それまで、しっかり休んでおけ」
「はい!」
アレンが力強く頷いた。
その夜。
学園の屋上で、アレンは夜空を見上げていた。
『アレン』
エルフェリアが語りかける。
「エルフェリア……」
『今日は大変だったな』
「ああ……」
『だが、君は良く耐えた。暴走を抑えた』
「エルフェリアが助けてくれたから」
『いいや、君自身の意志だ』
エルフェリアが優しく言った。
『君は成長している。確実に』
「……ありがとう」
『これから、さらに厳しい試練が待っている。だが、君なら乗り越えられる』
「エルフェリアが一緒なら、俺は頑張れる」
『私はいつも、君と共にいる』
エルフェリアの声が、温かくアレンを包んだ。
夜風が、優しく吹き抜ける。
アレンは拳を握った。
(俺は強くなる。仲間を守るために)
そして、もう一つ。
(黒月の牙を……止める)
新たな決意が、アレンの胸に灯った。
同じ頃。
ノクティア暗国の王宮。
薄暗い玉座の間に、一人の男が跪いていた。
シャドウだった。
「報告しろ」
玉座から、冷たい声が降りてくる。
「はっ。古代魔法の継承者、アレン・アルカディアを確認しました」
「ほう……」
「ですが、ディルク・グレイソンが現れ、撤退を余儀なくされました」
「ディルクか。厄介な男だ」
玉座に座る人物——セレス。
ヴァンパイア貴族にして、ノクティア暗国の使節団長。
「次はどうする」
別の声が響いた。
影の中から、もう一人の人物が現れる。
黒月の牙の幹部だ。
「計画通り、全国大会で動く」
セレスが不敵に笑った。
「あそこなら、学園の警備も手薄になる」
「なるほど……」
「そして、古代魔法の継承者だけでなく……」
セレスの目が妖しく光る。
「マナの化身も、手に入れる」
「マナの化身……」
「ああ。彼は炎のマナの化身と契約している。それも、我々の手に」
セレスの笑みが、深くなった。
「全ては、我らが手に」
玉座の間に、不吉な笑い声が響き渡った。
次回予告
心の迷宮——
そこは、自分の弱さと向き合う場所。
アレンの前に現れるのは、恐怖の幻影。
「お前は弱い」
「お前のせいで、みんなが傷ついた」
心を削る言葉。
だが、その時——
『立ち上がれ、アレン』
エルフェリアの声が響く。
そして、イグニスも。
『お前の弱さこそが、お前の強さだ』
アレン、真の覚醒へ——
新たな古代魔法が目覚める!
《蒼炎の守護・ファイアウォール》
仲間を守る、絶対の盾!
第三章「闇の追跡者編」第3話「心の迷宮」、次回更新!