第1話:祝祭の影
第1話:祝祭の影
学園内予選大会から三日が経った。
王立アカデミアは祝祭ムードに包まれていた。全国大会出場を決めたFクラスの快進撃は、瞬く間に学園中の話題となった。
「見たか、Fクラスの試合!」
「まさかAクラスを相手にあそこまでやるとは……」
「特にアレン・アルカディアだ。あの古代魔法、本物らしいぞ」
廊下を歩くアレンの周囲には、好奇と羨望の視線が注がれる。
「うわぁ……めっちゃ見られてる」
隣を歩くトムが気まずそうに肩をすくめた。
「有名人だな、俺たち」
マルクが苦笑する。
「悪い気はしないけど、ちょっと落ち着かないわね」
リサが髪をかき上げながら呟いた。
アレンは小さく息を吐いた。
(注目されるのは……慣れないな)
貴族の家に生まれ、常に周囲の視線に晒されてきた。だが、それは「アルカディア家の三男」という肩書きへの注目だった。
今は違う。
自分自身の力が、認められている。
その実感が、アレンの胸に静かな誇りを灯していた。
「アレン!」
振り返ると、ヒナタが駆け寄ってきた。
「おはよう、ヒナタ」
「おはよう。今日、訓練場空いてるみたいだから、一緒に練習しない?」
「いいな。俺ももっと動きを確認したかった」
ヒナタの提案に、アレンは頷いた。
予選大会での戦いは勝利で終わったが、課題も多く残っていた。特にレン・ヴァルトハイムとの一騎打ちで見せられた圧倒的な実力差は、アレンの心に深く刻まれている。
「全国大会までまだ時間はある。もっと強くならないと」
「うん。私も、もっと魔法の精度を上げたいし」
ヒナタが微笑む。
その笑顔を見て、アレンの胸に温かいものが広がった。
(ヒナタと一緒なら、もっと強くなれる)
訓練場に向かう途中、Aクラスのエリアを通りかかった。
「よう、アレン」
声をかけられ、振り返る。
レン・ヴァルトハイムだった。
「レン……」
「予選大会、お疲れさん。いい戦いだった」
レンが淡々と言う。
その表情には、以前のような冷たさはなかった。
「……ありがとう」
「全国大会、お前らも出るんだろ?」
「ああ」
「なら、また戦場で会おう。次は手加減しないからな」
レンが不敵に笑う。
アレンも笑みを返した。
「こっちもだ」
「期待してる」
レンは軽く手を振り、去っていった。
ヒナタが目を丸くしていた。
「レンさん、変わったね」
「ああ。ライバルとして認めてくれたんだと思う」
「アレンが強くなった証拠だよ」
ヒナタが嬉しそうに笑った。
訓練場での練習は、充実したものだった。
アレンは炎魔法の制御を、ヒナタは水魔法と光魔法の切り替えを重点的に鍛えた。
「《ウォーターブレード》!」
ヒナタの放つ水の刃が、的を正確に切り裂く。
「精度、上がってるな」
「ありがとう。でも、まだまだ」
ヒナタが息を整える。
「次、光魔法いくよ。《ライトニング》!」
光の槍が空中に出現し、標的に突き刺さる。
「すごい。もう切り替えがスムーズだ」
「アレンに負けてられないもん」
ヒナタがウインクする。
アレンは苦笑しながら、自分も魔法を放った。
「《ファイアボール》!」
炎球が的に命中し、爆発する。
だが——
(まだ、古代魔法は不安定だ)
予選大会で覚醒した古代魔法《紅蓮覚醒・金炎刃》。あれは感情の昂ぶりと極限状態が引き起こした奇跡だった。
今、意図的に発動しようとしても、うまくいかない。
『焦るな、アレン』
脳内にイグニスの声が響いた。
『古代魔法は心と深く結びついている。お前の意志が明確でなければ、力は応えない』
(意志……)
『そうだ。何のために戦うのか。誰のために力を使うのか。それを見極めろ』
イグニスの言葉を噛み締める。
「アレン?」
ヒナタが心配そうに覗き込んできた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「古代魔法のこと?」
「……ああ」
「無理しないでね。アレンはもう十分強いから」
ヒナタが優しく微笑む。
その笑顔に、アレンの胸が温かくなった。
「ありがとう、ヒナタ」
夕暮れ時、訓練を終えた二人は学園の中庭を歩いていた。
「今日の訓練、楽しかったね」
「ああ。またやろう」
「うん!」
ヒナタが嬉しそうに頷く。
その時、アレンはふと、違和感を覚えた。
(……何だ?)
空気が、重い。
まるで何かが学園を監視しているような、不穏な気配。
「アレン?」
「……いや、何でもない」
アレンは首を振った。
だが、胸の奥の違和感は消えなかった。
その夜。
学園周辺の森で、異変が起きていた。
「教師陣、総員集合!」
シリウス教師の緊迫した声が、教師陣の部屋に響き渡る。
「どうした、シリウス」
ディルク教師が駆けつける。
「森の魔獣が異常行動を起こしています。通常、人里に近づかない種が、学園の結界近くまで来ている」
「何?」
エリナ教師も顔色を変えた。
「まるで……何かに誘導されているかのような動きです」
シリウスが険しい表情で地図を広げた。
「すぐに調査班を編成する。学園の警備も強化しろ」
ディルクが指示を出す。
「了解しました」
教師陣が動き出す。
だが、彼らはまだ知らなかった。
これが、大きな陰謀の始まりだということを。
深夜。
学園の図書館。
アレンは一人、古代魔法に関する文献を調べていた。
「古代魔法の制御方法……何かヒントはないか」
分厚い本を次々とめくる。
古代魔法についての記述は断片的で、体系的な知識は失われていた。
「やっぱり、手探りでやるしかないのか」
ため息をつく。
その時——
ガシャン!
図書館の窓ガラスが割れた。
「!」
アレンが反射的に身構える。
黒い影が、窓から飛び込んできた。
「——ッ!」
影は人の形をしていた。黒装束に身を包み、顔は仮面で隠されている。
「古代魔法の継承者、発見」
低い声が響く。
「誰だ!」
アレンが魔法を構える。
だが、黒装束はすでに動いていた。
「《シャドウバインド》!」
闇の鎖がアレンを襲う。
「くっ、《ファイアウォール》!」
炎の壁で防ぐが、鎖は炎をすり抜けてきた。
「闇魔法……!?」
「抵抗は無意味だ。大人しくしろ」
黒装束が迫る。
アレンは咄嗟に後ろに跳んだ。
「《ファイアボール》!」
炎球を放つが、黒装束は軽々と避ける。
「その程度か」
「まだだ!」
アレンは連続で魔法を放った。
だが、黒装束は全てを避けるか、闇魔法で相殺してくる。
(速い……!レベルが違う!)
「もう終わりか?」
黒装束がアレンの眼前に現れた。
「!」
拳が迫る。
アレンは間一髪で避けたが、頬を掠めた。
血が滲む。
「ぐっ……!」
「古代魔法の継承者、確保する」
黒装束が再び攻撃を仕掛けようとした、その時——
「《ウォーターランス》!」
水の槍が黒装束を襲った。
「何!?」
黒装束が後退する。
「アレン!」
駆けつけたのは、ヒナタだった。
「ヒナタ!」
「大丈夫!?」
「ああ、助かった」
「邪魔が入ったか」
黒装束が舌打ちする。
「お前たち、何者だ!」
ヒナタが警戒しながら問う。
「知る必要はない」
黒装束が懐から何かを取り出した。
煙玉だ。
「次は逃がさん」
煙が図書館を包む。
「くっ、前が見えない!」
「アレン、大丈夫!?」
煙が晴れた時、黒装束の姿は消えていた。
だが、割れた窓の近くに、何かが残されていた。
「これは……」
アレンがそれを拾い上げる。
黒い布に刺繍された紋章。
三日月と牙を模した、不吉な印。
「……黒月の牙」
アレンが呟いた。
ヒナタが息を呑む。
「何、それ……」
「分からない。でも、俺を狙ってきた」
アレンの表情が険しくなる。
この襲撃は、何を意味するのか。
そして、「古代魔法の継承者を確保する」という言葉の真意は——
不穏な予感が、アレンの胸を満たしていた。
翌朝。
学園の会議室に、教師陣と学園長が集まっていた。
「昨夜の襲撃事件、まとめてくれ」
学園長の厳しい声。
「はい。図書館にて、アレン・アルカディア君が何者かに襲撃されました。幸い、ヒナタ・カミシロさんの助けで無事でしたが……」
シリウス教師が報告する。
「犯人は?」
「逃走しました。ですが、これを残していきました」
シリウスが黒い布の紋章を机に置いた。
「……黒月の牙」
ディルク教師が低く呟いた。
「知っているのか、ディルク」
「ええ。古代から存在する秘密結社です。彼らの目的は……」
ディルクが一呼吸置いた。
「古代魔法の独占。そして、世界の支配です」
会議室に緊張が走る。
「まさか、彼らが動き出したというのか」
学園長の表情が険しくなる。
「アレン君が古代魔法を使ったことで、彼らの目に留まったのでしょう」
エリナ教師が深刻な面持ちで言った。
「学園の警備を最高レベルに引き上げろ。生徒たちの安全を最優先だ」
「了解しました」
教師陣が頷く。
「そして……アレン君には、事情を説明する必要がある」
学園長が静かに言った。
「彼は、大きな戦いに巻き込まれつつある」
昼休み。
アレンは学園長室に呼び出されていた。
「座りなさい、アレン君」
学園長の厳かな声。
アレンは緊張しながら椅子に座った。
「昨夜の襲撃について、話がある」
「……はい」
「あの黒装束は、『黒月の牙』という組織の者だ」
「黒月の牙……」
「古代魔法を狙う、危険な秘密結社だ。彼らは古代魔法の力を集め、世界を支配しようとしている」
学園長の言葉に、アレンの背筋が凍る。
「俺を……狙っている?」
「そうだ。君が古代魔法の継承者である以上、彼らは諦めない」
「……」
「学園は全力で君を守る。だが、君自身も気をつけてほしい。一人での行動は避け、常に仲間と共にいるように」
「分かりました」
アレンが頷く。
(俺のせいで、皆が危険に晒される……)
胸に重いものが沈んだ。
「アレン君」
学園長が優しい声で言った。
「君は一人ではない。仲間がいる。教師陣もいる。だから、恐れる必要はない」
「……はい」
「そして、君の力は、大切な人たちを守るためにある。それを忘れないように」
学園長の言葉が、アレンの心に染み入った。
その日の夕方。
Fクラスの教室に、メンバー全員が集まっていた。
「アレン、大丈夫か?」
トムが心配そうに尋ねる。
「ああ、何とか」
「黒月の牙って……本当にヤバい連中らしいな」
カイルが深刻な顔で言った。
「私たち、どうすればいいの?」
エマが不安そうに聞く。
「学園が警備を強化してくれてる。俺たちも、一人で行動しないようにしよう」
マルクが冷静に言った。
「でも……」
リサが口を開く。
「アレンが狙われてるってことは、私たちも危ないってことよね」
「……ごめん」
アレンが俯いた。
「俺のせいで、皆を巻き込んで——」
「何言ってんだよ!」
トムが大声で遮った。
「俺たち、仲間だろ!?」
「トム……」
「危険だからって、お前を見捨てるわけないだろ!」
「そうだぜ。俺たちはFクラスだ。一緒に戦ってきた仲間だ」
カイルも力強く言った。
「私たちも同じ気持ち」
エマがにっこり笑う。
「アレン一人の問題じゃないわ。私たち全員の問題よ」
リサが腕を組んで頷いた。
「みんな……」
アレンの目が熱くなる。
「ありがとう」
「だから、一緒に乗り越えよう」
ヒナタが優しく微笑んだ。
「俺たちなら、できるよ」
マルクも笑顔を見せる。
アレンは深く頷いた。
(そうだ。俺には、仲間がいる)
その夜。
学園の屋上で、アレンは一人、星空を見上げていた。
『アレン』
イグニスの声が響く。
「イグニス……」
『心配するな。お前は一人ではない』
「ああ、分かってる」
『だが、油断は禁物だ。黒月の牙は執念深い。必ず再び襲ってくる』
「その時は、全力で戦うよ」
アレンが拳を握る。
『良い心構えだ。だが、忘れるな。お前の力は、仲間と共にあるべきだ』
「……うん」
『お前は強くなった。だが、まだ未熟だ。これから、さらなる試練が待っている』
イグニスの声が、厳しくも温かい。
『だが、お前ならきっと乗り越えられる。俺が保証する』
「ありがとう、イグニス」
アレンが微笑む。
夜風が、優しくアレンの髪を撫でた。
遠くで、学園の鐘が鳴る。
静かな夜。
だが、その静けさの中に、確かな嵐の予兆が潜んでいた。
次回予告
襲撃は続く。
市街地で再び現れる黒装束——
そして、黒月の牙の幹部「シャドウ」が姿を現す。
「お前の古代魔法、いただく」
圧倒的な力に、アレンたちは苦戦を強いられる。
ヒナタとトムが庇い、負傷——
「くそっ……!」
アレンの心に、怒りと無力感が渦巻く。
その時、駆けつけた一人の教師。
「もう十分だ、下がれ」
ディルク教師が、本気で動く。
追跡者の正体が、明らかになる——
第三章「闇の追跡者編」第2話「追跡者の正体」、次回更新!




