3 カタリナ
王都を出発して二日。離宮までの道は整っているとはいえ、馬車の車輪はときどき大きく跳ね、窓の外には霞む森と丘が続いていた。
車内にはレディアと調査隊の面々。
魔術大研究所の青年フィリップ・ハーゲンは、ぼさぼさの黒髪に丸眼鏡をかけ、古文書を熱心にめくっている。
「……魔術師の血、ですか」
彼が独り言のように呟く。
「古い記録によれば、紫の瞳は強い魔力と結びつけられることが多い。本人がどうかは、会ってみないと分かりませんが」
同乗していた調査員たちが小声で応じた。
「魔術師の血が王族に……厄介な話だ」
「いや、ご安心を。もし本当に危険な娘なら、猊下がわざわざ離宮で囲って育てたりはされまい。きっと物静かで聡明なお嬢さんでしょう」
レディアは胸の奥が少し固くなるのを感じた。
元側妃の子。王都から遠ざけられ、厳重に監視されて育った娘。――気難しいに違いない。
「そうだといいんですけど」
フィリップが顔を上げ、にやりと笑う。
「会ってみるまでは分かりませんよ。滅多に笑わない、冷たい美人かもしれませんしね」
調査員の一人が吐き捨てるように言った。
「……そういう女は厄介だ」
レディアは膝の上で手を組み、紫の瞳の娘の像をいくつも思い描いた。冷たい視線を向ける女性、皮肉を口にする孤高の美人。
――しかし、実際のカタリナ・ドレイクは。
◇◇◇
白亜の離宮
夕刻。森の端に立つ白い石造りの建物が、長い影を地に伸ばしていた。
出迎えたのは里親役の夫妻――グレゴールとマリアンヌ・シュタイン。穏やかな笑みを浮かべる二人の背後から、細身の娘が歩み出る。
黒髪は肩まで、紫の瞳は淡く光を宿し、夜明け前の空を思わせる。痩せてはいないがしなやかで、立っているだけなら妖艶な美しささえある。
調査隊は思わず息をのんだ。
――だが。
「おおー! 王都からわざわざ! 私のこと調べに? なにするの? 走る? 剣? ……まさか魔法? いや無理無理、全然できないし!」
にかっと笑った瞬間、レディアたちの想像は粉々に砕けた。
カタリナ・ドレイクは、驚くほど素直で、驚くほど脳筋で、そして驚くほど屈託がなかった。
◇◇◇
離宮の広間に簡易の机が運び込まれ、フィリップが黒い鞄から奇妙な装置を取り出した。
歯車と水晶板を組み合わせた魔力検査機。中央の水晶に手を置けば魔力量と血筋の傾向が表示される――まだ研究段階の代物だ。
「さ、手を置いてください」
「こう?」
カタリナがあっけらかんと手を置くと、水晶の内部に淡い光が広がった。針が音を立て、数字が跳ね上がる。
「……おおっと、これはなかなか」フィリップが目を丸くする。
「総量は多めですね。ヨハン卿より少し劣るくらい、相当なものです」
調査員の一人が問いかける。
「魔術師の血筋は?」
「はい、間違いなく。事前調査どおり、元側妃様のお相手は魔術師の血統でした。すでに処刑されていますが」
別の調査員がレディアへ視線を送る。
レディアはカタリナをそっと見つめた。夢の女に、どこか似ている気がする。だが夢では赤髪だった。今のカタリナは黒髪。自信は持てない。
「とにかく」フィリップが机に手をつき、目を輝かせる。
「この娘は研究対象としても非常に興味深い! 王都に連れ帰らせてください! 絶対に損はさせません!」
「……騒ぐな、フィリップ」調査員の一人が低く言う。
だが別の調査員は首を傾げた。
「夢の詳細を知るのはレディア嬢だけ。彼女の近くに置く意味は大きいと思います。それに――」
「私、学校に行ってみたい!」カタリナが唐突に言った。
「王都ってにぎやかなんでしょ? いろいろ見てみたいし」
その一言に、全員が一瞬黙る。
調査員の一人が低く結ぶ。
「……王弟殿下からも、必要があれば連れて帰ってよいと命じられています。監視と護衛を十分に行うなら、問題はあるまい」
すでに別の調査員が小型魔法陣で王都へ連絡を飛ばしていた。淡い光が弾け、数分もしないうちに返答が戻る。
「ヨハン卿のご決裁です。カタリナ嬢を王都に。レディア嬢も同時に王都総合学院に入学と決定されました」
フィリップが満面の笑みを浮かべ、カタリナは子供のように喜び、レディアは驚き、調査員たちは深い溜息をついた。




