2 紫の瞳の女
王立魔術大研究所、所長室の扉が軽やかにノックされた。
「ヨハン卿、よろしいかな」
深みのある声。入ってきたのは、エドワード・ヴァレンシュタイン王弟殿下。
プラチナブロンドの長髪を後ろでゆるやかに束ね、濃紺の外套を纏った姿は洗練された威厳を漂わせていた。彼が立つだけで空気が変わる。まるで陽光と影が同時に差し込むかのような存在感だった。
「これは殿下。お忙しい折に恐縮です」
ヨハンが立ち上がり、恭しく頭を下げる。
エドワードは軽く手を上げて制し、穏やかに笑った。
「ヨハン卿、私に堅苦しさは不要だ。……それに今日は少々興味深い話があると伺った」
低く落ち着いた声。その物腰には、若き日の鋭さよりも深い余裕が宿っていた。
ヨハンは、レディアから聞いた夢の内容を簡潔に語った。
炎に包まれた王都、紅い髪の女、紫の瞳。
――紫の瞳。
エドワードはわずかに眉を動かし、考え込むように瞳を伏せた。
「紫の瞳、か……」
その声音には、静かな興味が滲んでいた。
「この王国でも稀少な特徴だ。私の記憶が確かなら――」
言いかけて、エドワードは微笑を含ませて言葉を切った。
「……ふむ。調べてみる価値があるな。ヨハン卿、後ほど時間をいただきたい」
「もちろんでございます」
ヨハンが恭しく答える。
◇◇◇
王宮の一室。長いテーブルの上には書類が広げられ、窓から差し込む光が埃の粒を白く照らしていた。
エドワード・ヴァレンシュタイン王弟殿下の隣に座るのは、トーマス・ウルバヌス猊下。
かつて公安、第三者監察院の長として辣腕を振るった男だが、今はその地位をエドワードに譲り、相談役に退いている。
年齢不詳の顔は、昔からほとんど変わらない。痩せぎすで皺だらけだが、瞳だけは年齢を感じさせない鋭さを湛えていた。
「……紫の瞳を持つ子、ですか」
ウルバヌスが低く呟く。
エドワードは頷き、レディアから聞いた夢の内容を説明した。
ウルバヌスが長い指で机を二度、軽く叩く。
「思い当たるのは一人だな」
「やはり」
エドワードの声がわずかに低くなる。
ウルバヌスは口角をわずかに上げ、過去を語り始めた。
「先王の側妃が産んだ子だ。当時、処分する案も上がった。
だが珍しい瞳の色ゆえ調べさせたところ、魔術師の血統が浮かび上がり、殺すのも惜しいとなった。
とはいえ国王陛下の治世を脅かす旗印にされたら面倒だ。……そこで安全な白亜の離宮に閉じ込め、我が配下を里親としてつけ、徹底的に監視させた」
エドワードが問いかける。
「名は?」
「カタリナ・ドレイク。十八歳になるはずだ」
エドワードは静かに息を吐いた。その仕草だけで部屋の空気が僅かに緊張する。
「――近く、調査隊を送ろう」
落ち着いた声だったが、その決定に迷いはなかった。




